第194話 特異の使役者

▼セオリー


 ゆっくりと目を開く。目の前には『魂縫い』を使う直前と同じくアーティの姿がある。周りを見渡すとダイコクと目が合った。


「お前さん、何をしたんだ?」


「『支配術』で『服従の呪い』を書き換えた。これでアーティは自由の身になったはずだ」


「おぉ、それは本当か?!」


 信じられないといった表情でダイコクは俺とアーティを交互に見やる。

 驚くのは当然だ。本来、洗脳支配系の忍術は破るのが難しい。そもそも使い手が少ないから、それに対抗する方法がそこまで発達していない。せいぜい、よく見られるのは情報を黙秘するためのプロテクトを施すというくらいだ。そのため、ひとたび洗脳や支配に掛かってしまうと、それを破るのが非常に難しい。

 例えば毒や麻痺といった物理的な状態異常であれば毒消し、麻痺なおしのような回復用忍具が存在するけれど、洗脳や支配といった精神的な状態異常に有効な汎用回復用忍具は存在しないのだ。

 

 とまあ、ここまでは洗脳支配系忍術の先輩であるルペルの受け売りな訳だけど、さらに踏み込んで俺の考察を加える。おそらくだけど洗脳支配系の忍術を破る場合には同じ洗脳支配系の忍術が必要になるのだ。そして、より強力な洗脳支配によって上書き、書き換えができる。

 つまり、今回アーティが受けていた『服従の呪い』を破ったキーは『支配術』だ。さらに俺の場合は加えて『魂縫い』という精神世界に干渉する固有忍術を持っている。その二つの相乗効果により洗脳支配を破るという点において、一層のアドバンテージを得ているのではないだろうか。


 とかなんとか考察に思いを馳せていると、沈黙していたアーティがぶるりと身体を震わせた。それから、ちょうど目を覚ましたかのように。周囲を見渡すような動作をする。

 正直、見た目が蜘蛛だから、彼女が今どういう状況なんだかよく分からない。特に沈黙したままだと気を失ってるんだか、ただ黙っているだけなんだかも分からなかった。でも、どうやら一時的に意識が飛んでたっぽいな。キョトンとした表情を感じられる。

 それから、漂わせていた視線が俺とぶつかり、動きが止まる。なんだか熱い視線が俺に注がれている。


「セオリー様! 呪いを解いてくださり、ありがとうございます!」


 ぴょんと跳ねて俺に抱き着いてきた。

 ちょっと待って、蜘蛛の状態で抱き着かないで! わりとリアルに造形されてるから怖いのよ! 一瞬、捕食されるのかと思っちゃう程度には怖いのよ!


 身体を硬直させてアーティのハグをされるがままに受け続ける。八本の脚が俺の腕ごと身体を拘束しているので逃げようにも逃げられない。

 大丈夫、これはゲーム。ゲームなんだ、と自分へ言い聞かせる。自己暗示により生理的嫌悪感を脳の隅へ追いやるのだ。笑顔を引きつらせつつアーティへ声をかける。


「そう言うってことは『服従の呪い』は無事に解除されたか」


「セオリー様のおかげです!」


「うんうん、良かった良かった。ちなみに様付けはしなくていいぞ」


 『支配者フィクサー』の称号のせいでアリスやピックといった仲間になったNPCから敬称を付けて呼ばれることが多くなってきたけれど、どうにも慣れない。というか、いまだになんとか止めさせられないか考えているくらいだ。まあ、アリスに関しては若干諦めている節もあるけれど……。そんなわけだから、アーティにも敬称なんて付けずに接してもらいたいのだ。


「いえ、そうはいきません。アリスさんからみっちりと腹心としての心得を教えていただきましたので、今後は私もセオリー様の役に立てるよう精進していく次第です」


「うん。……うん?」


 いま、なんて言った?


「えーっと、聞き間違えじゃなければ今、腹心とか言った?」


「えぇ、セオリー様に『服従の呪い』から解放して頂いたのですから、腹心になるのは当然かと」


「…………、そっか。それで、アリスから心得がどうこうってのは?」


 色々と言いたいことはあるけど、とりあえず飲み込んで気になるところを尋ねる。


「腹心の先輩であるアリスさんから『腹心通信』にて事細かにレクチャーを受けました」


「……? …………そ、そっか。分かったよ、よろしくな」


 ふ、ふふ、なにがなんだか分からない。理解を超えると笑いが出てくる。とりあえず分かったことはアーティが腹心になったらしい、ということだけだ。あぁ、よく考えたらこの流れって完全にアリスの時と一緒じゃん。

 これは完全に俺の落ち度だな。自由にさせるとか言っておいて、したのは服従先を八重組から俺へとスライドさせただけだ。


「恩義を感じているのかもしれないけれど、腹心なんてなったら八重組の時と一緒だろ。俺はアーティを自由にするって言ったんだ。腹心だって無理にならなくて良いんだぞ?」


「問題ありません。アリスさんから『腹心通信』でみっちりと教えていただきました。セオリー様は腹心一人一人のことを慈しみ、大事にされている、と。そんなセオリー様の下でなら腹心になっても構いません」


 何故だろう。アーティの目玉がグルグルと渦を巻いている気がする。一体、アリスは何を吹き込んだんだ。確かに熱狂的腹心の筆頭みたいな存在だけど、それにしたって俺のことを持ち上げ過ぎだ。つうか、『腹心通信』ってなんだよ……。


 立て続けに新しい情報を流し込まれて目を白黒させていると、突然青白く光る電子巻物が目の前に出現した。


『ユニークモンスターのテイムに成功したため、称号:特異の使役者ユニークテイマーを得ました』


「へっ?」


 その巻物に踊る文面はなかなかに刺激的なことが書かれている。特異の使役者ユニークテイマー、すなわち新たな称号である。このゲームの中では一つの称号を得ることさえ機会が無ければ困難だ。その称号が二つ目である。ゲーマーとしては、かなり嬉しい誤算だ。

 たしかにユニークモンスターをテイムするというのは称号を得るに相応しい偉業と言って良い。とはいえ、条件は難しいけれど意外と持っている人が複数いそうな称号でもある。


「なあ、ダイコク。特異の使役者ユニークテイマーって称号、聞いたことあるか?」


「ふぅー……、一回落ち着かせてくれんか。さっきから訳の分からんことが目の前で立て続けに起きているんだ」


 目頭に指を当てながら首を振るダイコクへ話を振ると、疲れたような声で返事があった。ユニークモンスターが突然、俺の腹心になったのだ。そりゃあ、驚くだろう。


「ちなみに、それは俺も一緒だ」


「なにをバカなことを、全てお前さんが起こしたことだろうに」


 ハンっと鼻で笑ったダイコクは俺を呆れ半分のジトっとした目で見た。こりゃ、俺の言ってること信じてないな。


「まあ、お前さんが狙ってやったのか、偶然起きてしまったのかは、この際どうでも良い。特異の使役者ユニークテイマーと言ったか。聞いたことならあるぞ、それこそ歴史に変革をもたらした忍者たちは当然のように、その称号を持っていたそうだ」


「えっと、歴史上の忍者じゃなくて、もっと身近な例とかは……」


「そんな化け物がホイホイ居てたまるか!」


 どうやら居ないらしい。まあ、称号を開示するメリットなんて無いわけだし、周囲に言ってないだけで実は称号を持ってました、なんてパターンもありそうだけどな。


「なんにせよ、……序列二位、おめでとさんよ」


「え、……あぁ、そうか」


 ダイコクが背を向けて歩き始めた。そして、背中越しに手を振りつつ、祝福をくれた。俺は言われてから一瞬、呆けた後、戦いが終わったことに気付いた。

 敵対していた由崎組のマキシは戦闘不能。八重組のアーティはいまや俺の腹心だ。思い描いていた結末の付け方とは全然違う方向へ着地したけれど、それでも戦闘終了に違いはない。俺は悪戯っぽく去り行くダイコクへ声をかける。


「ところでダイコクは、……というか甲刃重工は序列二位を狙わなくていいのか?」


 俺に対して序列二位の祝福をするってことは戦闘放棄に他ならない。そもそもカザキは序列二位を狙ってるわけではないようだったから、序列三位に滑り込めただけ上々と思っているかもしれない。


「はっはっは、悪い冗談だ。お前さんとやり合うなんて割に合わん。俺は払われた金の分しか働く気はないよ」


「そうかい。俺はなんだかんだダイコクと組めて良かったぜ」


 彼は傭兵という職業柄か、いぶし銀の働きが似合う男だった。一人で戦場を打開するわけではないけれど、居れば居るだけ戦いやすくなる。サポーターとしての戦い方を学ぶ上で良い参考になった。


「ふん、俺は自分の見る目の無さに呆れてるとこさ」


 やれやれといった声音で肩をすくませる。俺もダイコクと最初に会った時の会話を思い出していた。


「足を引っ張るなよ、だなんてどの口が言えたものか」


「いや、あの段階では実際その通りだったわけだし、ダイコクは悪くないだろ」


「……お前さんがそう言うなら、そう言うことにしておこう」


 今度こそダイコクは完全に去った。そして、その場には俺とアーティだけが残ったのだった。それじゃあ、地上に戻って勝ち鬨を上げようか。

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