第280話 地下図書館‐ジオライブラリ‐
▼セオリー
ニド・ビブリオ中四国支部の拠点は図書館の地下に広がっていた。いや、拠点という言葉で表して良いものか。まるで暗黒アンダー都市のように地下に街が生み出されていた。
「どうなってんだ。まるで一つの街が丸々地下にあるみたいだ」
「図書館地下空洞。冒険クラン、ビブリオが最初に見つけたユニークにして、以後彼らのクラン拠点となった場所だ」
「ユニーク……、暗黒アンダー都市みたいな隠し街ってことか」
「そうだ。しかも、各サーバーにつき一ヶ所ここと同じ地下空間を持つ図書館がある。ニド・ビブリオはそれを独占しているのさ」
「独占する必要があるだけの何かがあるのか」
俺の指摘を受け、シュガーはニヤリと笑みを浮かべた。この笑い方は図星を突かれた時のものだ。シュガーは顔を俺へ近づけると囁くような声量で伝えてきた。
「……さらに重要なものを秘匿している」
まるで外に漏らしてはいけない秘密を語るように、その瞳は真剣そのものだった。
シュガーの案内に従い、ニド・ビブリオの拠点を奥へ進んでいく。暗黒アンダー都市のように街並みが広がっているけれど、景観にだいぶ違いがある。
暗黒アンダー都市は九龍城砦のような不規則な建築による混沌とした外観をしていたけれど、ニド・ビブリオの拠点は整然とした区画整理がされており、近未来的な都市構造を地下空間に実現している。
街の中には忍具店や巻物屋なども入っており、まさしく一つの街と言っていい。だからこそ、やはり疑問は尽きない。ここは本当に一クランの拠点で合っているのか?
「ニド・ビブリオの特殊な点は図書館地下空洞というユニークスペースを手に入れたことだけでなく、ここへユニークNPCを誘致したことにある」
「ユニークNPCを誘致した?」
「あぁ、ユニークNPCの中には特殊な技能を持つ者がいるのは知ってるだろう。彼らはその類まれな技能の為に命を狙われることもあるのさ。だから、ここで庇護することを提案し、勧誘するんだ」
「それって、守る代わりに技能も独占するのか?」
それこそ
「いや、技能の独占まではしない。あくまで生活拠点を移してもらうだけだ」
あれ、予想が外れた。
「考えてもみろ、技能を独占なんてしたら他のプレイヤーから反感を買う。それはニド・ビブリオの望むところではない」
「そりゃ、そうか。でも、ここに住まわせているなら独占してるのと変わりないんじゃないか?」
「別に行動の制限まではしていないんだ。襲われる危険性の少ない日中なら図書館の外にも出ているし、クラン外のプレイヤーが接触することもできる」
「なるほどなぁ」
「あくまでニド・ビブリオはユニークに関する知識の蒐集と保存に努めるクランだ。特にユニークNPCは儚い。いつ謀略にかかって死亡するか分からない。だからこ、生き延びたい者へ手を差し伸べているに過ぎない」
ニド・ビブリオの拠点は命を狙われたユニークNPCの避難場所としての側面も持っていた。そして、それこそがこの場所の特殊性を高めている。
シュガーは歩きながら街中にある店の説明をしてくれた。
途中見かけた忍具屋の店主もユニークNPCだった。ヤクザクランの地上げに抵抗したところ命を脅かされ、ニド・ビブリオへ身を寄せたのだという。
これは一例だけれど、他のNPCたちに関しても似たような話がわんさか出てきた。彼らへ手を差し伸べるのもニド・ビブリオの活動理念なのだろう。
ニド・ビブリオの拠点、最奥部。そこにあったのは図書館だった。
図書館の地下空間にまた図書館があるというマトリョーシカのような不思議構造だ。しかし、シュガーによればこここそが地下空間のメインコンテンツなのだという。
足を踏み入れる。そして、異変に気付く。
外観はたしかに何の変哲もない小さなコンクリート建築の図書館だった。しかし、中に入った途端、そこは巨大図書館への入り口と変貌していた。明らかに外観から予想できる面積とかけ離れている。壁にかかる本棚は一体何十メートルという高さをしているのだろうか。
この感覚には覚えがある。そう、まるで───
「空中庭園の図書館みたい、じゃない?」
ハッとして振り返る。エイプリルと目が合った。俺はこくりと頷いて肯定する。ちょうど同じことに思い当っていた。
桃源コーポ都市の中心、ヨモツピラー上空にある空中庭園で見た図書館も、外観と合わない拡張された内部空間を持っていた。同じなのだ
「ここの名は
「ジオライブラリ……」
「この世界で見つかり、登録された知識が集積されていく場所。各地方のジオライブラリが同期していて情報も即座に共有される」
続く説明を聞き、納得する。どうやら空中庭園の図書館とは違う部分もあるらしい。あそこの図書館は不出の知識すら検索し閲覧できた。しかし、このジオライブラリでは見つけた上で登録しないといけないらしい。性能としては天と地ほどの差がある。
しかし、これまでにニド・ビブリオが蒐集してきた知識の量を考えれば馬鹿にもできない。
さて、俺は何のためにニド・ビブリオへ来たのか。それは中四国地方で味方になってくれそうなクランを見つけることにあった。
つまり、まず調べるべきことはクランに関する情報だ。ジオライブラリの中に設置されたパソコンを操作して必要な情報を集める。ここは人海戦術を活用する。俺とエイプリル、ホタルの三人で調べることにした。またシュガーは人脈を使ってニド・ビブリオ中四国支部の中で有益な情報を集めてくれている。
そうして時間が過ぎていった。
ハッキリ言って舐めていた。中四国地方に限定してもクランの数は膨大な量だ。小一時間で調べきれる範囲ではなかった。
俺は目頭を指で抑え、伸びをする。左右を振り返り見るとホタルとエイプリルも調べものに難航しているようだった。ここは一旦、途中経過の確認をした方が良さそうだ。シュガーを呼び寄せると館内のテーブルに集まる。情報のすり合わせだ。
「クランで協力体制を築けそうなとこはあったか?」
「いやもうクランの数多すぎだってば!」
第一声にエイプリルが愚痴とともに息を吐き出した。うんうん、それは同意だ。
「それと調べて分かる情報だけだと、どんなクランなのか実態が分かりにくいですね」
続けてホタルも難点を述べる。うんうん、それも同意する。
「情報があっても活用することの難しさってことだなぁ。俺も二人と同意見だ。実際にそのクランの人と話してみないと分かんないことが多い」
俺たち三人が調べることの難しさを話す一方で、シュガーはコクコクと黙って頷きながら傾聴していた。
「シュガーの方は何か収穫があったか?」
「……あぁ、そうだな」
少しためてから俺の質問に頷き返す。これは自分は良い情報を持って来たぞ、という時の間だ。これは期待できそうだ。
「どうやら最近、奇々怪海港や山怪浮雲の港で偽神眷属というモンスターが出現しているらしい」
「偽神眷属ぅ?」
シュガーの持ってきた情報の切り口は思いがけないものだった。
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