第281話 調べものと司書
▼セオリー
「偽神眷属?」
シュガーのもたらした情報は近頃、中四国地方の漁港部に現れる偽神眷属なるモンスターの出現情報だった。
偽神眷属。眷族と言うくらいだからその上の偽神も存在するのだろう。なんだ、偽神を味方につけて摩天楼ヒルズを一緒に襲おうってことか?
「つまり、仕向けるのか」
「なに?」
「偽神を摩天楼ヒルズに仕向けるのかってこと」
「……お前はアホか」
シュガーによって一蹴された。どうやら違うらしい。
「そんなことしたら中四国の全クランを敵に回すことになるぞ」
この行為は古から伝わる
モンスターを運んで相手に擦り付けるという極悪非道の行いだ。モンスタートレインともいう。良い子は絶対に真似しちゃタブーのバッドプレイだ。
「なぁんて、そうだよな。それは冗談として、偽神の情報をどう活用するんだ?」
「冗談に聞こえなかったが……、まあいい。活用法は簡単だ、お前が陣頭に立って討伐するんだよ」
シュガーは当然と言わんばかりに答える。
いや、そんな簡単そうに言うけど、いきなり余所者が討伐クエストを横取りして行ったら逆に反感を買わないか。
「地元のプレイヤーが倒せなくて困ってるなら協力してもいいだろうけど、そう都合良い状況が転がってんのか?」
「そのまさかだ。山怪浮雲のクランが偽神討伐に乗り出してるんだが、どうにも妨害を受けてるらしくてな。討伐が難航してるみたいだぞ」
なんと都合の良い状況が転がっていた。なんか都合が良すぎて罠じゃないかと疑いたくなるくらいだ。
いや、しかし、偽神って公式の討伐クエストだったはず。討伐の妨害ってのはどういうことだ?
「複数のクランが討伐を競っててお互いに邪魔してるとか?」
「いや、山怪浮雲で討伐に乗り出してるクランは一つだけだ。ちなみにココのニド・ビブリオはそのクランへ協力してるらしい」
「へぇ、それこそ不思議な話だな。妨害なんてどこの誰がするんだ。考えられるとするなら偽神が討伐されると困る奴らがいるってことだよな」
「分からん。いずれにせよ、討伐しようとしてるクランと俺たち不知見組も協力体制を築いても良いだろう」
シュガーの提案に乗り、偽神討伐をしようとしているクランと会ってみることにした。仲介はニド・ビブリオがしてくれる。トントン拍子で話が進み、待ち合わせ時刻まで待つことになった。会合はもう少し後だ。
それまでもう少しジオライブラリで情報収集をしてみる。今度はクランのことだけじゃなく、山怪浮雲に現れている偽神眷属に関してだ。さすがに討伐対象について何も知らない状態で協力するぜ、と会いに行っても袖にされるのが目に見えている。
軽く調べてみたところ、現在中四国地方の漁港や海岸で海洋生物型の偽神眷属が出現しているらしい。
出現箇所は中四国の中央に位置する「
「海の中だったら探すのに骨が折れそうだ」
「考えてみたら水中戦ってしたことないよね」
エイプリルに言われて、確かにと手をポンと打つ。
このゲームが水中にも対応していることは分かっている。かつてイリスが変化した大怪蛇イクチの口の中へ入って海中から三神貿易港へ侵入したことがあるからだ。
ずっとイクチの口の中にいたから海中がどんな様子だったのかは分からないけれど、少なくとも海中もフィールドの内に含まれていることは確実である。
それよりも問題は操作感だ。いきなり操作方法とか変わるの嫌なんだよなぁ。よくあるゲームの水中ステージというと移動方法が泳ぎに変わったり、酸素管理が必要だったり、いかんせん面倒という印象が強い。
もしも海中が戦場になるのであれば、泳ぎの操作感覚を掴むために練習しておいた方が良いだろう。こんなことなら甲刃連合のプライベートビーチで泳いでおくんだった。浅瀬でエイプリルとぴちゃぴちゃしただけだっつーの。
俺たちが偽神に関して調べていると、突然ジオライブラリの館内に鐘の音が鳴り響いた。
あまり図書館には似つかわしくない音色に思わず顔を上げる。周囲を見回すとエイプリルと目が合った。同じく気になったらしい。
「なんだ?」
「見て、奥から誰か出てきたよ」
エイプリルが先に気付き、指を向ける。そちらへ視線を向けるとジオライブラリの奥から一人の女性が現れた。ゆったりとした衣服はまるでファンタジー世界の魔法使いが着るようなローブだ。纏う女性は柔和な笑みを湛えつつも、どこか強者特有の威圧感があった。
というか、俺はこの人を知っている。
かつて空中庭園の図書館で会った。
「司書だ」
漏れた言葉にエイプリルも同調するように頷く。やはり見間違いではない。エニシに連れられて行った空中庭園の図書館司書、その人である。
司書はゆったりと歩いて行き、図書館における受付スペースに着くとスッと座った。司書らしく、そこが定位置であるかのように自然だった。俺たちと同じように調べものをしているニド・ビブリオの忍者たちは当然のことという風に気にしていない。
……いや、よく見ると司書をチラ見している。全く気にしていない訳でも無さそうだ
「どうしてここに空中庭園の司書がいるんだ?」
「……むしろ、どうしてセオリーが彼女のことを知っている」
俺の疑問に対してシュガーが疑問を重ねる。何故って、そりゃあ一度会ってるんだから知っているに決まっている。しかし、よく考えたらシュガーには空中庭園の図書館で神域忍具について調べたことは報告したけれど、司書のことまでは話題に出していなかったかもしれない。というわけで改めて説明した。
「なるほど、彼女が空中庭園に……となるとやはりユニークNPCなのか」
一人納得するシュガーに対し、俺たちにも分かるように説明を求める。
「あぁ、スマン。彼女は冒険クラン、ビブリオが初めてジオライブラリを発見した時に出迎えてくれた、つまり最初から居たNPCなんだ」
シュガーの説明によると、司書は全国のジオライブラリに出現する。出現時間は被らないから彼女一人が各ジオライブラリに現れていると考察されているらしい。また、どのジオライブラリにも存在しない時間帯もあるのだそうな。
「多分、その時間帯は空中庭園の図書館に居るんじゃないかな」
「セオリーの話が本当ならそういうことになる。……その話、あまり大っぴらに話すなよ」
「なんでだよ」
「なんでもだ。お前が長時間の尋問を苦にしないなら構わんがな」
あまり司書のことを言いふらすと尋問という責め苦が待ち受けているらしい。いや、本当になんでだよ!?
もう少し詳しく聞きたかったけれど、当のシュガーは「ユニークNPC部門と相談すべきか、いや空中庭園が絡むとなるとユニーククエスト部門も交えないといけないか……」など頭を抱えながらあーだこーだブツブツと呟いていた。ダメだ、話にならん。
さて、司書に関して言いふらすのは危険だというのは分かったけれど、会ったことのある相手に知らん振りして挨拶をしないというのも気分が悪い。受付の前まで行き、声を掛けることにした。
「司書さん、だよな? この前は世話になりました」
「あら、貴方はエニシの坊やと一緒に訪ねてきた二人ね」
俺とエイプリルの二人を見て司書は答えた。
「良かった、覚えててくれたか。直接は会話してなかったから忘れられてたらどうしようかと思ったよ」
「ふふ、安心して。私は世界のすべてを記録している。忘れるなんてことは起きないわ」
さらりと超越者的な返答が返ってきたけど、まあスルーしよう。それよりも司書と会話を始めてから周囲がザワリとし始めたような気がする。空気が一変したというか、衆人環視の中にいるような圧迫感があるのだ。
「じゃあ、挨拶もできたことだしこの辺で!」
「えぇ、またいつでも」
挨拶を終え、すぐさま俺はエイプリルの腕を引いてその場を離れた。何か嫌な予感がしたのでさっさと退散する。
見れば、俺たちが離れた後にニド・ビブリオの忍者と思われる人々が司書の下へ殺到していた。
「シュガーとホタル、一度出よう」
何やら外部と連絡を取り合うシュガーと調べものを続けてくれていたホタルを引っ張り、不知見組はそそくさと撤退した。後方では司書に向かってギャルゲよろしく色々と話しかけている集団の声が聞こえてくるのだった。
「ところでシュガー、もしかして司書さんって普段は塩対応だったりする?」
「塩対応というか、基本的にシステム的な返答しかしない。だから彼女自体はユニークNPCなのか判断が難しかった」
「なるほど」
そんな中で司書と普通に会話をしてしまった。システム的な返答ではなく、俺とエイプリルを明らかに認識した会話だった。なるほど、なるほど。
俺が納得していると、ドタドタと慌てたような足音が後方から聞こえてきた。
「おい、さっきの奴はどこにいった!」
「白髪の男性忍者だ、探せ!」
「司書タンの好感度アップ方法を吐かせるんだー!」
がやがやとずいぶんと騒がしい。彼らはみな知の蒐集者である。シュガーの言っていた長時間の尋問というのもあながち冗談ではないのかもしれない。
ふぅ、危なかった。俺は変装術で姿を変えて、いずこかへ駆けていくニド・ビブリオの忍者たちを見送るのだった。
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