第279話 招かれたるは

▼セオリー


 知識の蒐集者たちの巣窟と言われるクラン「ニド・ビブリオ」ですらリンネに関する情報は皆無だった。彼女は何者なのか、詳しくはおいおい調べることにする。また、アニュラスグループと摩天楼ヒルズの情報収集に関してはルペルに一任することとした。


 任務の割り振りを決めた後、俺はエイプリルとホタル、シュガー、アーティという3人と1匹を引き連れて山怪浮雲へと向かっていた。

 中四国地方で仲間集めをするべきだというルペルの提案を受け、どこのフィールドから足掛かりにしていこうか迷っていた所、ルペルとシュガー両名から推薦されたからである。


『行く当てがないなら山怪浮雲が良い。あそこにはニド・ビブリオの中四国支部があるから有益な情報も得られるかもしれない』

『それは名案だ。クランの支部へは俺が案内しよう』


 二人の会話が脳裏で再生される。トントン拍子に話が進み、気付けばシュガーの案内で山怪浮雲へ行くことになっていた。


 山怪浮雲は中四国地方の南側にある大きなフィールドだ。摩天楼ヒルズなどがある北側フィールドとは海を挟んで対岸にある。そう、間に海があるのだ。しかも、そこの海は常に渦潮が発生しており、とてもじゃないが生身で泳いでは渡れない。

 そんなわけで長耳砂丘の南海岸港からフェリーに乗って山怪浮雲へ向かう。人生において初めてのフェリーだった。



 ものの数十分で山怪浮雲の巨大なフィールドが姿を現す。

 元々、山怪浮雲は雲よりも高い二つの大きな山が東西にフタコブのように連なっている形をしていたらしい。しかし、ワールドモンスターの襲来により、フタコブの片方『金床かなとこ山』が吹き飛ばされてしまった。これにより、現在では唯一残った方の『金槌かなづち山』を中心に街が形成されているという。


 山怪浮雲の港に到着する。向かう場所は健在な方の金槌山から広がる裾野部分にあたる街だ。

 シュガーの案内に従って歩みを進める。横目にもう片方の山だった場所、金床山が映った。


「近くに来てみるとより一層驚くな。本当に山がえぐれてる」


 本来ならもっと大きな山があっただろう場所には、中腹から大きく弧状に穿たれた傷跡だけが残っていた。抉れた山の麓にも街の跡が見えたけれど、遠目にも破壊され廃墟となっている様子が見て取れた。

 ワールドモンスター「渦巻くレヴィペント」の襲撃。その危険を一身に受け持ったフィールドの姿だった。






 金床山周辺の惨状を見つつ、金槌山の裾野に広がる街『天福てんぷく』へと到着した。

 何を隠そうニド・ビブリオというクランが最初に生まれた場所である。道中、ずいぶんとハイテンションなシュガーがずっと聞いてもないのに解説をしてくれていた。


「元々、ニド・ビブリオには前身があってな、冒険クラン『ビブリオ』という。この中四国地方でユニークに関する情報を冒険の末に手に入れていったのさ。破竹の勢いで情報を手にするビブリオにとって中四国地方だけでは狭かったのかもしれないな。しだいにクランのメンバーたちはバラバラに各サーバーへと足を伸ばした。そして、それぞれの場所に巣を張ったのさ。それが『ニド・ビブリオ』だ。つまり、中四国にあるニド・ビブリオは発祥の地であり、総本山でもあるわけだ」


「……そ、そうなのか」


 マシンガントークで語られるクラン情報を前に、俺はせいぜいそう答えるのが関の山だった。

 それはそうと、話にはよく聞いていたけれどニド・ビブリオというクランの拠点に行くのは今日が初めてだ。

 正直、拠点の見た目が全然想像つかない。知の蒐集者と言われるくらいだしファンタジックな見た目をしているのだろうか。個人的な想像だと大木をくり貫いて作った建物とかを想像してしまう。もはや魔女の家の如しだ。


「さあ、みんな着いたぞ」


 シュガーに言われて辿り着いた場所は街の図書館だった。コンクリート施工の二階建て、大きな窓ガラスから中を覗けばたくさんの本が棚に並んでいる。もちろん、一般のNPCらしき人々が思い思いに本を読んだりしてくつろいでいる。


「本当にここなのか?」


「あぁ、そうだ。俺も初めて来たが、ここも立派な外観だな」


「いや、まあ大きな図書館で立派だけど……」


 だけど図書館って公共の場所なのでは?

 聞いてた話によるとニド・ビブリオはプレイヤーが作ったクランだよな。それが公共の場所を拠点にして良いのか?


「ちなみに各地方の支部も拠点を図書館に置いているんだ。気になったら寄ってみてくれよな」


 どうやらどこも図書館らしい。良いのか、それで。

 ツッコもうかと思ったけれど、先にずんずんと図書館へと入って行くシュガーに置いて行かれまいと付いて行くことを優先した。まあ、図書館側が許可してるなら良いんだろう。

 図書館の受付へ進むとシュガーは懐から黒いカードを取り出して受付職員に見せた。


「ニド・ビブリオ入室希望、同行者4名だ」


「拝見いたします」


 受け取った職員はカードをパソコンで読み取る。それから受付の横から建物の奥へと伸びる道を手で示した。


「どうぞ奥へ」


「あぁ、ありがとう」


 指し示された道へ向かってシュガーが進む。俺たちも遅れずに付いて行った。

 なにやら他のクランと比べてもずいぶんと厳重な気がする。拠点へ出入りするために受付を介さないといけないのか。


「厳重な玄関だな。不知見組の事務所とは大違いだ」


「保有する情報が重い弊害だ。中にはおいそれと外部へ出せない情報もあったりする」


 フフフと不敵に笑うシュガーに、少し背筋が寒くなる。シュガーの思わせぶりな話は話半分で聞くのが良いと思うけれど、それでも引っ掛かる部分はある。

 外へ出せない情報か……。思えばルペルが最初にワールドモンスターの情報を話した時も、シュガーはすでに知っている風だった。


 ニド・ビブリオは一体、どれだけ世界に出ていない情報を掴んでいるのだろう。それこそ、エニシとともに訪れたヨモツピラー上空にある空中庭園、そこの図書館とも被るところがある。知識権限を得ていれば不世出の知識だって得ることができた。


 これらの謎に対してシュガーは、きっと俺が尋ねれば答えてくれるのだろう。しかし、シュガーの方から言ってこないということは攻略情報として大きすぎる情報なのかもしれない。

 であればシュガーのオススメに乗っかっておこう。まずは分からないなりに手探りで楽しませてもらおうじゃないか。




 図書館の奥、階段を下り地下へ向かう。薄暗い通りを潜り抜け、進んだ先で見えた光景に驚く。そこは暗黒アンダー都市を思わせる地下都市だったのだ。


「ようこそ、ニド・ビブリオへ。ここが知の蒐集者たちの巣窟だ」

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