第278話 一夜経ち合流、次なる一手
▼淵見瀬織
摩天楼ヒルズでの一件からログアウトして一晩経った。
寝て、起きて、夏休みの甘いまどろみに包まれた日常をゆったりと過ごす。
カレンダーを見れば大学生の長い夏季休暇とはいえ、すでに三分の二が過ぎていた。残り僅かな自堕落生活を噛み締めながらテレビを点ける。ちょうど「VRゲームTV」が最新ゲーム情報を伝えてくれる時間だった。
『熱い話題を切り取るっ……、VRゲームTV!!』
番組MCが熱弁を振るい盛り上げる。何と言っても目玉情報は「‐NINJA‐になろうVR」だ。
『速報! 昨晩、中四国地方で大規模なクエストがあったそうです』
『指名手配のプレイヤーを探し出す
『結局、公式イベントではなかったんですよね』
『運営側から正式な声明は出ていませんが、これまでも大規模イベントには事前の説明があったことを踏まえると非公式の線が濃厚です』
『いやぁ、非公式とはいえあれほど大規模に発展してしまったとなると、渦中のプレイヤーは大変だったのではないでしょうか』
『そうですね。とはいえ指名手配されていますから、よほどの悪役ロールをしたのでしょう。むしろ悪役冥利に尽きるのでは』
まさか地上波のテレビ番組で自分が直接的に関わったイベントが紹介されるとは、なんとも複雑な気分だ。それもこれも俺が不用意に虎の尾ならぬマグロの尾を踏んだせいでもある。
個人的にはそんなに悪いことしたかなぁという気持ちもあるけれど、改めて思い返すといきなり社長室に乗り込んでくる余所者のヤクザクラン忍者というのは、クロ目線で見ても十分警戒に値する存在だったかもしれない。
自分が甲刃連合に所属しているのだということは肝に銘じておくべきなんだろうな。
『公式イベントと言えば偽神出現がありますね』
『そちらは正式な発表もありました。ユニークモンスターよりも少人数で戦いやすいボスモンスターという位置づけになるそうです。全国各地に出現しているのでパーティーやクランの仲間と腕試しに挑んでみてはいかがでしょう』
偽神。情報としてだけは神域忍具について調べた時に特攻対象に書かれていたので知っている。その敵が正式実装されたらしい。
『公式からのヒントとして、偽神の情報はNPCとの会話などに隠されている、との情報も出ていますので参考にして探して見て下さいね~』
『以上、「‐NINJA‐になろうVR」最新情報でした!』
その後も新作ゲームの話題や他の人気タイトルの情報が流れていくけれど、特に目ぼしい情報は無さそうだ。テレビを消し、伸びをしてから立ち上がる。
一晩明けて頭も冷静になった。
昨日は一日の内に色々なことが起きすぎた。クロマグロのクロに目を付けられ、指名手配になり、摩天楼ヒルズから逃げ出し、闇医者リンネから一方的な密約を押し付けられ、そして、アリスを失った……。
リンネからアリスを奪い返すのはマストだ。けれど、その方法はすぐには思い浮かばない。
中四国地方の征服任務というタスクがすでに乗っかっているのに、その上からアリス奪還というタスクが積まれてしまった。どちらのタスクもどう進めていくか作戦を考えるのが必要だろう。
幸運にも猶予はまだある。シュガーやルペルにも相談すべきだろう。シュガーとルペルは今日にも中四国地方で合流する手はずになっている。
まずはそれからだ。ひとつひとつクリアしていこう。
▼セオリー
中四国地方、摩天楼ヒルズより東方面に進むと海岸線に接する形で『長耳砂丘』と呼ばれるフィールドに辿り着く。実際の日本を模しているこのゲームにおいては珍しい全体が砂地に覆われたフィールドだ。
実際には一つのフィールドにできるほど日本の砂丘は広くないけれど、ゲーム内では拡大されて一つの広大な砂丘フィールドとなっている。日本海にも面しているせいで、イメージとしてはめちゃくちゃ広い砂浜って感じだ。
「わぁー、綺麗ね」
エイプリルが海岸沿いを駆けていく。陽の光を照り返し白く輝く砂地と吸い込まれそうな深い青の海。そのコントラストが映える。
こちらを振り返り、頭の上で大きく手を振るエイプリルの姿はまるで海水浴のコマーシャルの一つのようだ。
「綺麗な場所だな」
「指名手配になったおかげですね」
「う、うーん……そう、かなぁ」
隣を歩いているホタルの「指名手配」という言葉に若干のダメージを受ける。
なりたくてなったわけじゃないやい、という気持ちと、自身の軽率な行動によって引き起こされた悲劇とがない交ぜになって感情がぐちゃぐちゃになりそうになる。
いやいや、ホタルも悪気があって言ったわけじゃない。実際、指名手配にならなければ長耳砂丘へ足を伸ばすつもりは無かったのだ。
中四国地方を征服する上で、各フィールドの優先順位は摩天楼ヒルズ→奇々怪海港→山怪浮雲→長耳砂丘の順だった。つまり、一番優先順位が低いフィールドだったのだ。
今回のようなイレギュラーが無ければ見ることのできなかった風景だ。プラスに考えよう。ブンブンと頭を振ってバッドな感情を追い払う。
さて、シュガーとルペルには摩天楼ヒルズで指名手配になったこと、新たに落ち合う場所を長耳砂丘とすることは伝えてある。
フレンドチャットに届いていたメッセージによればすでに二人は長耳砂丘の北海岸沿いにいるらしいが……。
「セオリー! いたよー!」
前をズンズンと進んでいたエイプリルが進む先を指差す。
海水浴場かよ、とツッコミたくなるようなカラフルなパラソルが並ぶ。その下ではベンチで横になる水着の奴らがいた。
「お前ら、ずいぶんと満喫してんな……」
「ん……、おぉ、やっと来たか」
近くまで寄り、声を掛けるとようやく俺たちに気付いたらしい。ベンチから上半身を起こし、こちらを向いたシュガーは完全に水着だった。なんならルペルも水着だ。
「聞いたよ、指名手配になったんだって?」
「なりたくてなったわけじゃないけどな」
ルペルの言葉に返答する。
「クロとリンネのことは何か分かったか?」
「君を指名手配にしたNPCとアリスを
俺の質問にルペルはニヤリと笑みを浮かべる。電子巻物を呼び出すと、複製して俺たちへ寄越した。
「海鮮料亭・奇々怪海の社長クロ。摩天楼ヒルズのコーポではかなり大きい方で、中四国サーバーのプレイヤー認知度はかなり高い。いわゆる重要NPCというヤツだね」
「重要NPC……」
「しかし、認知度のわりに表舞台への露出は極端に少ない。まるでプレイヤーの目から隠れようとしているみたいだ」
「たしかに話した感じプレイヤーを全然信用してないみたいだったな」
「なるほど、それもあってか奇々怪海はコーポとして忍者を保有しているが、プレイヤーは所属できないそうだ」
ルペルの説明に驚きを覚える。プレイヤーが所属できない組織。そういうのもあるのか。
「意外に思うかもしれないが、そういうコーポは全国にある。大きな組織で言うと九州のラビット製菓、中四国のヤマタ運輸、関西の金之尾コンサルティング辺りかな」
ラビット製菓、ヤマタ運輸、金之尾コンサルティング……?
脳内でパズルがハマる音がした。俺の表情が変わったことにルペルも気付いたらしく、言葉を促すように俺を見つめた。
「今ルペルが挙げたコーポは俺たちの逃走を妨害しようとしてきた頭領たちの所属先だ」
「ふむ……、となるとアニュラスグループがクサいか」
ルペルの零したアニュラスグループという言葉。奇々怪海でも聞いた組織名だ。奇々怪海の経営母体と説明されたっけか。
「まさか全ての母体がアニュラスグループなのか?」
俺の質問にルペルはこくりと頷く。すんなりとそれらの組織名が出てきたところを見るにルペルの方でもすでに候補を絞り込んでいたらしい。
「それにアニュラスグループは胡散臭い組織だ。プレイヤーの出入りが無いので詳細な情報は掴めていないが、そこから調べていけば何か突破口が見つかるかもしれないね」
「そういや、ヤマタ運輸の忍者が頭領は奇々怪海の頭領と別の任務についてるって話してたぞ」
「それは面白い情報だ。その方向で尻尾を探ってみよう」
クロを含むアニュラスグループ関連は今後の方向性が決まった。アニュラスグループの胡散臭い動きを調べて尻尾を掴む。これで決まりだ。
「それにしても、まさかこんな所で昔の繋がりとぶつかるなんてね」
「昔の繋がり?」
「私がパトリオットシンジケートに所属していた時の話さ」
パトリオットシンジケート、かつてルペルが所属していた関西のヤクザクランだ。ルペルはその中で「
「パトリオットシンジケートは間接的にアニュラスグループとも手を組んでいたんだ」
「なっ……」
「カルマ室長のことは覚えているね。彼は逆嶋バイオウェアのお抱え研究者だったが、研究資金欲しさに裏金をパトリオットシンジケートやアニュラスグループから受け取っていたのさ」
ルペルにもたらされた情報に絶句する。情報がこんがらがってすぐには処理しきれない。俺が情報を飲み込むのをルペルは静かに待った。
「つまり、アニュラスグループはパトリオットシンジケートと同じくカルマのパトロンになってたってことか」
「パトリオットシンジケートとしてはアリスという頭領の戦力が欲しかった。そこでカルマと協力したわけだが、アニュラスグループに関しては何が目的だったのかは不明だ。そこにもしかしたら付け入る隙があるかもしれないね」
アニュラスグループは過去に後ろ暗いことをしていたかもしれない。いや、もしかしたら今だって現在進行形でしているかも。そこが千載一遇の逆転チャンスとなり得るかもしれない。
「ルペル、アニュラスグループの件について調べるのを頼めるか?」
俺は摩天楼ヒルズで指名手配を受けている。一緒に居たエイプリルやホタルも顔が割れてしまっているだろう。そうなると自由に調べられるのはルペルだ。
「まあ、そうなるだろうね。分かった、私が調べてみよう」
「俺も何か手伝えればいいんだけどな……」
「ふむ、それなら私から一つ提案がある。君たちには中四国地方で味方を作って欲しい」
「味方?」
これから中四国を征服しようっていうのに、味方を作るなんてあべこべじゃないか。そう思ったけれど、ルペルは真面目だった。
「最初から思っていたんだがね。一から地方を掌握し征服するのは不可能だ。私が上手くいかなかったのは関東の一件でよく分かっているだろう。だからこそ、君はここでも関東の時と同じ戦法を取るべきなんだ」
「関東と同じ戦法っていうと、企業連合会の会長になって、逆嶋バイオウェアと甲刃重工を味方につけて……って、それをここでも再現しろってことかよ」
「そういうことだ」
「んな無茶な」
「無茶なものか。関東で成し得たことすら無茶な話だったんだ。アレができたのならここでもできる。君の前では道理が引っ込む、私はそう信じているよ」
ルペルの真剣な真刺しは有無を言わせぬ力強さを持っていた。言ってることは無茶苦茶だ。けれど、それを成し得なければどちらにしろ中四国征服なぞ夢のまた夢。
「あー、もう分かったよ。やれるだけやってみる」
俺の返事にルペルは満足げに頷いた。
「それでクロの情報は分かったけど、もう一人リンネの方はどうだったんだ?」
「む……、それはだね」
それまで饒舌にクロに関する情報をペラペラと話していたルペルだったけれど、俺の質問を聞いた途端、苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
「元ニド・ビブリオ、ユニークNPC部門として誠に不甲斐ないことだが、リンネというユニークNPCに関しては全く情報が無かった」
歯切れの悪いルペルの返答を聞き、リンネという存在がクロ以上の難敵かもしれないことを予感させたのだった。
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