第89話 高層ビル潜入ミッション

▼セオリー


 甲刃重工。

 表向きは機械製品全般を取り扱う大企業であり、一般車両から精密機器の部品まで手を広げている分野は多岐に渡る。しかし、その実態は関東最大のヤクザクラン甲刃連合のフロント企業である。


 機械製品の製造ラインは裏で兵器製造に使われており、裏社会で売られている非合法な忍具の内、銃火器などの機械系忍具はほとんどが甲刃連合で作られているという。最近身近になったところで言えば、暗黒アンダー都市のヤクザクラン構成員が使用していた銃や短刀などは甲刃連合ブランドの物が大半を占めていた。


 忍者が銃火器を使うメリットは少ないように思えるかもしれない。実際、プレイヤーが使用する場合、高ランクの忍者になるほど筋力と技量のステータスで威力と弾速が上がる手裏剣などを用いる傾向にある。


 では、銃火器のメリットは何か。

 それは、どれほど弱い忍者であっても固定ダメージを叩き出せる点である。いや、忍者である必要すらない。一般人が使用したとしても最低限の固定ダメージを保障してくれるのが銃火器の最たる利点だ。エイプリルやコタローが作る爆弾もこのメリットを当てにしている。

 つまり、火力の出せない忍者であっても最低限のダメージソースを担保し、なおかつ手軽に入手できるのが銃火器の利点である。銃声はサイレンサーを付けることで軽減できるため、忍者の隠密性を大きく阻害することもない。他に問題点を挙げるなら火薬の匂いくらいだろうか。



 さて、甲刃連合の息がかかった地域では驚くほど簡単に銃火器は手に入る。実際、暗黒アンダー都市の広場でも露天商が気軽に販売していた。ゲームを始めたばかりのプレイヤーも同じだ。序盤の火力不足を補うために何気なく手にしていく。


 こうして甲刃連合は裏社会における銃火器販売のシェアを独占したのだ。

 あいにくと俺は火力の必要性が薄い忍者であるため、銃火器の類とはほとんど縁がなかった。まあ、筋力的にハンドガンくらいしか持てないから、そもそも重火器と相性が良くないというのもある。

 せいぜい使っているのはエイプリル手製の爆弾くらいだろうか。しかし、元を辿ればコタローに教えてもらった爆弾作成だ。その着想は甲刃連合がばら撒く銃火器類から得たのかもしれない。


 何はともあれ、この世界において甲刃連合は表と裏に強いパイプを持つ組織ということだ。






 甲刃重工の中央支店ビルがあるのは、桃源コーポ都市の中心部を固める滅菌区域の中でも一等地だ。

 桃源コーポ都市の中心には最も高い建物として『ヨモツピラー』がある。その周囲を巨大コーポのビル群が囲むようにして軒を連ねているわけだ。


 それぞれのビルが一体何百メートルあるのか疑問に思うほどの高さだ。怖気づきそうになる心を奮い立たせると意を決して甲刃重工が入っているビルの中へ一歩踏み出す。


「どういったご要件でしょうか?」


 エントランスをくぐり、フロントの受付の下まで行くと、早速用向きを尋ねられた。

 今の俺は『変装術』を使用してスーツを着たサラリーマンに扮している。人相も道行く人の中からパーツをランダムに継ぎ接ぎしたため、この世には存在しない人物となっており、足がつくこともない。

 受付の人も仕事で来訪した客だと思ったようだ。


「このビルの責任者に会いたいんだけど居る?」


「……はい?」


 受付の人の動作が一瞬固まる。それから、再び口を開いた。


「社長にアポイントを取られている方でしょうか。少々お待ちください。ただ今、お調べいたします」


 そう言って、手元のモニターに視線を落とし、操作し始めた。すぐに確認を済ませたようで俺へと向き直る。


「この時間に面会の予定は入っていないようですが……」


「いや、急ぎの要件だからアポは取ってないんだ。どうにか少しの時間でも作れないかな」


「そう言われましても、予定にない方をお繋ぎする訳にはいきません。申し訳ありませんが、お引き取り願います」


 うやうやしく礼を返される。これ以上、会話を続ける気はない、という雰囲気が全身から発せられていた。

 つまりは帰れってことだ。そりゃ、そうなるよな。普通、事前に連絡も無く会いに来るヤツはいない。いたとしても、大概は厄介事を持ち込む輩だろう。


「ちなみに、訪問者の名前だけでも伝えられないかな?」


「対応いたしかねます」


「ダメぇ~?」


「お引き取り願えますでしょうか」


 完全に帰れモードだ。何を言っても突っぱねられる。


「仕方ないか。じゃあ、また今度にするよ。……あっ、ところでトイレ借りるね」


 こうなったら仕方ない。作戦Bだ。俺はトイレを探しに行く振りをして、ビルの中へとすたこらさっさと入って行った。後ろから「お待ちください、お客様ー?!」という声が追ってくる。

 俺は社内へ続く扉を開き、廊下をズンズンと進んでいく。そして、角を曲がった所で『変装術』を解除する。それから、俺がビルに入る少し前に入って行った甲刃重工の社員を模して再び『変装術』を使用する。それから何食わぬ顔で廊下に顔を出した。


「あっ、すみません。この廊下でスーツを着た男性とすれ違いませんでしたか?」


 慌てて追ってきた受付の人が俺を見るなり、先の不審者について尋ねてくる。


「あぁ……、ゴホゴホ、奥に行ったぞ」


 俺は廊下の角を指差すと、声を低くして小さめの声量で答える。変装術は便利だけれど、声は元のままだ。そのため、誤魔化すために咳ばらいを交えつつ返答した。


「喉、大丈夫ですか?」


 俺はコクリと頷きながら身振り手振りで大丈夫であることを伝える。

 それを見た受付の人は、そのまま角を曲がって幻想の俺を追いかけていった。


 よし、これで追いかけてくる受付の人は撒けた。悠々とフロントまで戻り、エレベーターの昇降ボタンを押す。どうやら甲刃重工ビルは百階まであるらしい。これを階段で上ろうなどと思ったら途方もない時間がかかってしまう。文明の利器に頼ろうじゃないか。

 すでに一階で待機状態になっていたエレベーターに乗ると、何も考えずにとりあえず最上階のボタンを押す。エレベーターの扉が閉まる直前、受付の人が首を傾げながらフロントへ戻ってくるのが遠目に見えた。


 ビルの階層数は百階となっているけれど、このエレベーターでは八十階までしか上がれないらしい。社長であれば一番上にいるだろう。となると、八十階から先はまさか階段じゃないだろうな。

 そんなことを思っていると、エレベーターが速やかに八十階に到達する。エレベーターから降りて見渡してみると、長い廊下がどこまでも続いている。当てもなく歩き回るには甲刃重工のビルは広すぎる。俺は振り返ってエレベーター横の案内板を確認した。


「ここは会議室フロアになっているのか」


 フロアマップも合わせて確認すると、八十階は広々とした会議室が左右に二つあるだけの階層のようだ。ほとんどワンフロア丸々使った会議室は社員のほとんどが入室しても余りある広さだろうと予想できる。

 シャドウハウンド逆嶋支部の建物にあった大講堂と同じような使用用途だろうか。しかし、現在は使用していないらしく人の気配はまるで無い。俺は警戒しつつフロア内を探索したのだった。






「上階に行く手段がない……?」


 八十階のフロアを探索して分かったのは、これより上の階層に行く手段が無い、ということだった。

 案内板の表記としては最上階の百階に社長室があると明記されている。そして、八十一階から九十九階までは何も明記されていないのだ。デッドスペースというわけでもないだろう。

 となると、これより上の階層には簡単に立ち入られては困るモノが隠されているということだろう。何か正規の手段があるのかもしれないけれど、今は時間もない。少し強引に上がらせてもらおうか。


 会議室の窓際へ向かう。このフロアを探索した際に見つけていた場所だ。甲刃重工のビルは基本的にはめ殺し窓となっており、手動での開閉はできないようになっていた。しかし、一ヶ所だけ緊急時脱出用の手動開閉機能が付いた窓が存在したのだ。俺は案内に従って窓を開け、外に身を乗り出して足に気を『集中』させた。

 ビルの壁面に垂直で立つと、そこから一歩ずつ上へと進んでいく。あとニ十階層分は徒歩移動だ。下を見れば数百メートルはあろうかという高さを感じられる。吹き荒れる風で流される前髪を押さえる。


「この高さから落ちたらぺしゃんこだろうなぁ」


 独り言は風にかき消されてしまう。無駄口は後にしよう。

 俺はまだ遥か上にあるだろう百階を目指して歩き出したのだった。

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