第88話 汝は敵なりや、味方なりや
▼セオリー
「話を戻しましょうか。爺やの持ってきた企業連合会の臨時会合が行われることの他に情報はありませんの?」
リリカの言葉でレジスタンス側にいた警備員の服装をした男性が口を開く。
「三日後、ウチの警備会社へ追加の依頼が入っていました。場所は甲刃重工の中央支店ビルです。動員されるのが普段の倍以上の人数ですので、おそらく会合の場所はそこかと」
「……可能性は高そうですわね。セオリーさんへ届いた会合の招待状には場所は書かれておりまして?」
「いや、日時の指定だけだった。暗黒アンダー都市に迎えを寄越すって書いてあったな」
企業連合会からの封書は城山組を経由して届けられた。
城山組組長のトウゴウは、会合場所をギリギリまで教えないことで、俺が会合場所に組の構成員などを潜ませておけないようにしているのではないか、と言っていた。俺もそう思う。
つまり、桃源コーポ都市の上層部は暗黒アンダー都市の元締めを信用してないってわけだ。
「ホタルは前元締めのライゴウの下で若頭してたわけだし、企業連合会との会合について何か知らないか?」
「ボクですか?! ……えーっと、いつも会合には大組長が一人で行っていたので会合時の内部情報は分からないです。お役に立てず、すみません」
「いや、気にすんなって。それにしても、悪企みする上層部連中相手に一人で入って行くなんて堂々としてるな。護衛の一人も付けないなんて」
向こうが警戒しているとはいえ、数人の護衛くらいは許されそうなものだ。いや、息子であるライギュウの戦いぶりを見るに、ライゴウにとって味方はむしろ邪魔になりかねないのかもしれない。
そんなことを考えていると全盛期のライゴウとも戦ってみたかったな、という気持ちが湧き上がる。おそらくはライギュウ以上に洗練された技と肉体を兼ね備え、なおかつライギュウにあった致命的な弱点である慢心がライゴウには無かっただろう。頭領に奇襲されて返り討ちにする化け物、ひと目見ておきたかったもんだ。
ライゴウに思いを馳せていると、ホタルが何か思い出したように声を上げた。
「あっ、そういえば大組長が言っていたことを思い出しました。護衛とは違うんですけど、甲刃重工のトップはこちら側だって言ってましたよ」
「さっきからちょくちょく名前が挙がる甲刃重工ってのは?」
「甲刃重工は甲刃連合のフロント企業ですわ」
俺の疑問にリリカが答える。
なるほど、ヤクザクランである甲刃連合が表の社会で商売する時の社名が甲刃重工というわけだ。暗黒アンダー都市の元締めは甲刃連合の幹部を兼ねる。そういう意味では、同じ甲刃連合に所属する味方と言って良いわけか。
「なら、俺が甲刃重工の中央支店に行って、先にトップと話つけてくるか」
「セオリーさんがあまり大っぴらに動かれますと他コーポの上層部に勘ぐられますわよ」
「そこはほら、変装していくとか」
「変装ですの?」
さすがに難しいだろうか。しっかりとした変装なんてしたことがないから、どれだけ上層部を欺けるのかは分からない。しかし、甲刃重工の会合出席者とコンタクトを取るのは重要だと思う。例えライゴウの時代に味方だったとして、俺に対しても協力的とは限らない。そこを事前にハッキリさせておけば、段取りの時点でどう対処するか決めておける。
リリカも甲刃重工と接触する利点は大いに理解しているのだろう。だからこそ、腕を組んで考え込んでいる。メリットとデメリットを天秤にかけているのだ。
「爺や、彼を変装させて他のコーポを欺けるかしら?」
「やれと言われれば、そうするまでですな」
バルターは事も無げに言葉を返す。なんとも頼りになる返事をくれる老執事だ。
実際、バルターは企業連合会との会合日時の情報をどこからか入手してきている。その諜報員としての実力は折り紙付きと言っていい。そんな彼が後押ししてくれたからか、リリカも決心したようだ。
「でしたら、やってみましょうか。ただし、保険としてレジスタンスに関しては他言せずにお願いしますわ」
「分かった。あくまで新しく元締めに就いた俺が事前に情報を得たくて接触した、という体でいこう」
リリカの許可も出た。かくして俺は甲刃重工へ変装して乗り込み、中央支店のトップから情報を引き出すことになったのだった。
レジスタンスとの情報共有を済ませた後、善は急げとばかりに甲刃重工へ向かうことにした。アポイントを取らなくていいのかという疑問はあるけれど、会合は三日後に迫っている。あまり悠長に構えてもいられないのだ。
もしも門前払いを受けたら、こっそり侵入してやろう。それで元締めかつ甲刃連合幹部となる俺を攻撃してくるなら、それこそ味方ではないだろう。
変装に関してはバルターによる手ほどきを受けた。
驚くべきは手ほどきを受けた結果、『変装術』を覚えることができたことだ。忍術を習得する方法の内、NPCから伝授してもらうというのがあるけれど、実際にそれで忍術を覚えたのは初めてだ。
伝授ができるNPCというのは伝授する忍術を高レベルで習得している必要がある。バルターがどれだけ変装術に全振りしているかがよく分かる。
そんなわけでバルター直伝変装術も覚えたところで、いざ、滅菌区域にある甲刃重工中央支店へ!
とはいえ、俺は桃源コーポ都市において保障区域より先に進めない。裏口を通らないといけないわけだ。その方法に関してはリリカに教えてもらった。
リリカ曰く、シャドウハウンドの仲間がいる場合に取れる手段は護送されるに限る、という。
どういうことかと言うと、シャドウハウンド隊員は捕縛した対象を護送状態にして連行することができるのだ。
この護送状態というのは、基本的にNPCの犯罪者相手に使われる技能であり、プレイヤー相手に使われることは少ない。護送状態となっている対象は捕縛したシャドウハウンド隊員の預かりになり、桃源コーポ都市のゲートなどで行われるカルマ値検査を素通りすることができるという。
つまり、この仕様を悪用したのが裏口による入場手段なのである。
「はい、しっかり付いて来てねー」
エイプリルが上機嫌でロープを引く。繋がれた先に居るのは俺だ。
まるで犬の散歩でもしているつもりか。俺を引き連れて歩くのが楽しいらしく、鼻歌まで奏で始めた。
本来の犯罪者を捕まえるクエストであれば、このままシャドウハウンドの中央本部基地に向かい、引き渡すことでクエスト達成となる。しかし、今回はシャドウハウンドの基地には寄らず、さらに中心部へと向かう。
甲刃重工の支店ビルは滅菌区域にある。そのため、保障区域からさらに中心部へ行かなければならないのだ。そういえば、ゲートを通って保障区域に入って思ったことがある。
「甲刃重工で働いてる人も甲刃連合の構成員だよなぁ。それなら、そいつらもヤクザクランだと思うんだけど、どうやって滅菌区域まで入ってるんだろう?」
「そういえばそうだねー。ついでに教えてもらえば良いじゃない」
実際に働いている人が甲刃重工の支店ビルへ向かう時に毎回護送されている訳がない。なにか他にもカルマ値を偽装したりする特殊な方法があるのだろう。
それから保障区域と滅菌区域を隔てるゲートを通過した。赤い光が照射される時に少し緊張してしまったけれど、終わってしまえば何ということは無い。無事に滅菌区域に入り込むことができた。
「より一層、金持ちの住む空間って感じだな」
「そうだね。見てよ、道端にゴミ一つ落ちてない」
エイプリルに言われて高層ビルに囲まれた道路を見渡してみる。確かにゴミの一つも落ちていない。最外周部のゲットー街などはそこら中にゴミが落ちていたし、路地裏に入れば
なるほど、金持ちの住む空間はこういった細かな部分からして違うのだ。
「それはさておき、そろそろ縄を解いてくれ」
「えー、もうちょっと繋いで連れ回したかったなー」
「俺は犬じゃねーんだわ」
不承不承と言った様子で縄を解いていくエイプリル。捕縛状態じゃなくなれば護送状態も解除される。よし、これで自由の身となった。
俺は事前にリリカより教えてもらっていた甲刃重工支店ビルの場所へ向けて歩き出そうとする。すると、エイプリルが腕を取った。
「どうした?」
「無事に全部終わったらさ、逆嶋で中途半端になっちゃったデートの続きしようね」
それだけ言うと返事も聞かずにエイプリルはゲートへと駆けていった。
背中はすぐに見えなくなり、俺は路上に一人取り残される。
「このタイミングで言うなよ」
照れ隠しするように、そんなことを呟いてから、俺は気持ちを切り替えて甲刃重工へ歩き始めたのだった。
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