第87話 作戦会議

▼セオリー


 リリカの所属する被搾取階級レジスタンスとの共闘を決めた後、俺はリリカに連れられて北部ゲットー街を歩いていた。


 桃源コーポ都市に入るためには東西南北にあるゲートを通らなければいけない。そして、それぞれのゲートから保障区域に入るためのゲートまでの道のりはいずれも大きな道路で一本に繋がっている。

 そんな大通りに面した建物はゲットー街の中では比較的真っ当な商売が成立している。俺たちが先ほどまで話をしていた喫茶店もその一つだ。


 では、そんな大通りから一本裏道に入るとどうなるか。

 答えはシャッター街である。軒を連ねる家々は閑散としており、人の住んでいる気配が希薄だ。


「ここは昔、商店街だったそうですわ」


 リリカの案内で少し広めの通りに入る。

 そこは道に面して入り口が向けられている小売店がズラリと並んでいた。しかし、その道を通る人影は皆無であり、開店中の店もまた皆無だった。いずれの店もシャッターで閉め切られている。


 その内の一店舗へとリリカは足を進めると、シャッターを四回ノックした。すると、静かにシャッターの内側から開錠される音が聞こえた。すぐさまシャッターが半分ほど開く。


「入りますわよ」


「おう」


 リリカが腰をかがめて店内へと入って行く。

 俺とエイプリル、シュガー、ホタルの四人は続いて店内に入った。


 中は真っ暗だ。忍者の基本技能で暗視が利くため、全く何も見えないというわけじゃないけれど、人の顔を判別するなどはできそうにない。

 俺たちが全員入り切ると、店の内側に待機していた人物がすぐさまシャッターを閉じて鍵をした。その人物も室内の暗さで顔が判別できない。むしろ、それを狙って暗くしているのだろう。レジスタンスのメンバーであることがバレればコーポの刺客に狙われるかもしれない。それを用心した結果が真っ暗な室内というわけだ。


「部屋の奥から地下に続く道がありますわ。足元にお気を付け下さい」


 店内を抜けて奥に入ると、リリカの言う通り地下へ続く階段があった。リリカはそこをずんずんと降りていく。


「わざわざ地下を作ったのか?」


「いえ、このお店には最初から地下があったそうですわ。なんでも昔はワインの卸売りをしていたそうで、一時保管場所としてワインセラーを地下に作ったのだとか」


「なるほど、ワインセラーか」


 ワインは温度管理など気を付けることが多いと聞いたことがある。その為、温度の変化が少ない地下にワイン用の貯蔵庫を設けることがあったらしい。いまや科学の発達により温度管理などはAIに任せておける時代になったけれど、この地下室はそんなかつての名残なのだろう。


「ところで、ここまでの道中に何度か視線を感じたけど、それは大丈夫なんだよな?」


 北部ゲットー街に入ってから今居る商店街に入るまでに夥しい視線を感じていた。それは初めて桃源コーポ都市に入った時に感じたものと同種のものだ。何人もの人間に監視されているような感覚は言いようの知れぬ気持ち悪さがある。


「それでしたら、大丈夫ですわ。視線の正体はレジスタンスの人たちですもの」


「レジスタンスの人たちがどうして街中の監視なんかしてるのさ」


「新しく桃源コーポ都市に入ってきた忍者を把握するためですわ。その情報を集めて、レジスタンスに味方してくれる相手なのか吟味した後、ワタクシが声をかける算段になっておりましたの」


「味方を集めるためにゲート入り口を監視しているのか。その割には視線の数がやたら多く感じたけど、レジスタンスの規模は昔に比べて縮小したんじゃないのか?」


「レジスタンスのメンバーは半分以上がゲットー街に住む一般住人ですわ。ですから、戦闘員の規模は半年前にワタクシ一人にまで落ち込みましたけれど、諜報や情報収集をこなしてくれる住民の皆様は健在ですの」


 戦闘員は大幅に減ったけれど、その裏で縁の下の力持ちとして支えていたメンバーはほとんど残っているという訳か。

 それにしても、一般の住民が諜報活動やらしているのは驚きだ。忍者を相手にして勝る部分などほとんどないだろうに。


「ふふ、民を舐めてはいけませんわよ」


 俺の心を見透かすかのようにリリカは笑った。


「彼らはこの都市に住む一市民として桃源コーポ都市に広く浸透していますの。その情報収集力たるや恐ろしいものがありましてよ」


 不敵に微笑むリリカは言葉を切って、ワインセラーの入り口を開けた。店内から道中に至るまで真っ暗だった中、ワインセラーの中はさすがに電灯が点いており明るい。そして、当然ワイン樽など一つもなかった。代わりにテーブルと椅子が無造作に置かれている。

 先客は六人ほどでいずれも普通の市民といった風貌である。ただし、服装はそれぞれだ。スーツを着込んだサラリーマンもいれば、ゴム手袋を腰にぶら下げた清掃員もいる。


「遅れて申し訳ありません。彼らが我々に味方してくれる不知見組ですわ」


 リリカが先に居たレジスタンスメンバーへと俺たちを紹介すると、彼らの目が一斉に俺たちへと向けられた。何故かその視線からはピリついた緊張感が伝わってくる。


「不知見組で組長をしているセオリーだ。一応、暗黒アンダー都市の元締めも兼任している。この度はリリカに誘われてレジスタンスの協力をすることになった。よろしく頼むよ」


 ひとまず当たり障りなく挨拶する。なんか向こうからは強張ったような緊張感がある。それを少しでも和らげようと精一杯穏やかな語り口で挨拶をしてみたのだけれど、効果のほどはどうだろうか。

 俺が挨拶をすると相手は驚いたように目を点にして黙ってしまった。あれ、何か変なこと言ったかな。


 沈黙が流れる中、そろそろ俺が心配になってきた所で六人の内一番年上と思われる清掃員姿のおじいさんが慌てて挨拶を返してきた。


「おっと、すみませんな。味方になるのがヤクザクランだと聞いており、皆身構えていたのです。それがまさか、こんな若い方だとは思わず驚いてしまいました」


 リリカから俺たちの情報はある程度知らされていたのだろう。それでヤクザクランの組長が味方で来るなどと聞けば、そりゃ剣呑な雰囲気にもなろうものだ。

 今更ながら、自分の肩書きが与える威圧感が大きいのだと認識し直した。確かに俺だって現実であれば関わることになれば少なからず警戒するだろう。今後も挨拶する時とかは誤解を与えないように気を付けないといけないな。


「ヤクザクランを作ったのも成り行きでそうなっただけなんだ。どちらかと言うと本職は真っ当に忍者だから安心してくれ」


 とりあえず、反省を生かして誤解を解くように弁明してみたけれど、自分でも何に安心してくれなのかよく分からないし、真っ当な忍者ってなんだとセルフツッコミが即座に思い浮かんだ。

 ふむ、なかなか難しいな。肩書きによる第一印象ってのは簡単に覆せるようなものじゃない。とはいえ、今回の相手は元々が非合法なレジスタンスなので、そこまで俺の肩書きを気にしてもいられないようだ。彼らは快く迎え入れてくれた。


「リリカ嬢より聞いております。心強い味方ができて大変ありがたい」


「さて、挨拶もその辺にして情報共有に入りますわよ」


 パンパンと手を叩き、リリカが席に着く。それに続いて、俺たちも空いている椅子に座った。

 今日これから行うのは腐敗したコーポ上層部を打倒する作戦を決める前の情報共有だ。俺たちは桃源コーポ都市に関してはまるで情報を持っていない。そのため、作戦を決行する前の情報収集はレジスタンス側の収集力に掛かっている。

 全員が席に着くと、リリカがサラリーマンへ視線を送る。それが合図になっていたようで、持っていたカバンの中から書類が取り出されていく。


「臨時で企業連合会の会合が行われるようです。日時は三日後、議題は暗黒アンダー都市の新しい元締めと顔合わせとのこと」


「……驚いた。俺のとこに来た通達と同じだ。一般人とは思えない情報収集力だな」


 サラリーマンの男が読み上げた書類に書かれた企業連合会の会合に関する情報は事実だ。元締めとなった俺の下へ来た封書に書かれていた情報と同じである。


「彼はワタクシの配下ですわ。戦闘員として参加させることはできませんけれど、情報収集力にかけては信頼が置けますのよ。ねぇ、爺や?」


 なるほど、配下の存在を忘れていた。リリカは上忍だからカリスマ性さえ満たしていれば配下を持てる。固有忍術を持たないとはいえ忍者であることには変わりない。


「……待てよ。今、爺やって言ったか?」


「えぇ、爺やですわ。ほら、顔をお見せになったらどうかしら」


 リリカが見つめる先を俺も目で追う。そこにいるのは普通のサラリーマンだ。顔はどう見積もっても三十代くらいが関の山だろう。それ以上の年齢、ましてや爺やなどと呼ぶ年齢にはとても見えない。

 そう思っているとサラリーマンは自らの顎に手を添えた。それから皮膚を掴むと勢いよく引っぺがした。


「ひぇっ」


 ホタルの驚き怯える声が地下に木霊す。しかし、本当に皮膚が剥がれたわけではない。変装用の人工皮膚を取り払っただけだ。そうして先ほどまでサラリーマンだった人物は一瞬にして片眼鏡モノクルを掛けた老人へと変貌していたのだ。


「お嬢様、変装中は爺やと呼んではいけないと言っているでしょう」


「良いじゃない。ワタクシ、味方を騙すのは好きじゃありませんの」


「好き嫌いの問題ではないのですが……、まったく仕方ありませんね」


 突然のダンディな老人の登場に驚きを隠せない俺たちだったが、老人の方は改めて席を立つと優雅に一礼した。


「先ほどは変装をしたまま失礼致しました。けして皆様を騙すような意図はありません」


「あぁ、それは気にしてないから良いよ。それで貴方は?」


「私はリリカお嬢様付きの執事を任されているバルターと申します。以後、お見知りおきを」


 再度、優雅な一礼をしてからバルターは席に着き直した。気付けば彼の服装もスーツから執事服に早変わりしている。情報収集力が高く変装も上手いとなると、いよいよもって本格的な諜報員だ。


 それにしても老執事にして諜報員の配下を持つお嬢様のリリカか。俺はここいらでリリカのプレイスタイルを察し始めていた。

 彼女は生粋のロールプレイ重視のゲームプレイヤーだ、と。

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