第86話 被搾取階級レジスタンス その2

▼セオリー


 被搾取階級レジスタンスが半年前に起こした作戦は、暗黒アンダー都市の元締め争いを端に発した桃源コーポ都市上層部による話し合いの場で決行された。

 当時のレジスタンスは上忍頭や上忍のNPCも多く参加しており、プレイヤーも複数人参加していたという。


 作戦決行当日、リリカは体調を崩しており作戦に参加できなかった。ある意味、それは運が良かったのかもしれない。もしくは一人残されるという意味では運が悪かったのか。

 計画通り作戦は決行され、多くの忍者が会議場で血を流した。その時に大きな壁として立ちはだかったのは、やはり頭領ランクの忍者による護衛だった。残念なことにレジスタンス側に頭領ランクの忍者はおらず、奇襲を仕掛けた側であるはずのレジスタンスは瞬く間に壊滅させられてしまったのだという。


「でも、プレイヤーが参加していたならリスポーンできるんだし、戦闘員がもう少し残っていても良いんじゃないか?」


「その日、作戦に参加したプレイヤーは都市の上層部へ刃を向けたという罪で桃源コーポ都市において指名手配になりましたわ。桃源コーポ都市における指名手配は警戒区域すら入った途端に警察機関と追いかけっこが始まる鬼畜モードになっておりますの。その結果、味方していたプレイヤーは皆早々に離れていきましたわね」


 指名手配というのは聞いたことがある。カルマ値が著しく下がる行為などをした時に付与されるペナルティだ。しかし、たった一度の罪でも発行されるのか。


「そんな簡単に重いペナルティが科されることもあるのか」


「あるぞ。各都市には重要NPCという者がいる。そいつらに対して不正に危害を加えたり、殺害したりしようものならカルマ値がどん底に落ちる仕組みになっている」


 今まで口を挟んでこなかったシュガーが横から補足してくれた。なるほど、重要NPCなんて概念があったのか。本当に知らんことがいっぱいだな。


「でも、それって結構知らないでやっちゃうこともあるんじゃないか?」


「はっはっは、セオリー。それを言うなら今更だろう」


「今更ってなんだよ」


「お前はすでに重要NPCに危害を加えたことがあるじゃないか」


 ———なん……だと?!


「いや、そんなん知らんけど。どゆこと?」


「カルマ室長だよ、逆嶋バイオウェアの」


 ポク、ポク、ポク……チーン。

 ハッ、思い出した。


「カルマって重要NPCだったの?」


「驚きましたわ。知らないで突っかかって行ったんですの?」


 驚きなのはこっちのセリフなんですけど。知らぬ間に危ない橋を渡っていたってわけだ。イリスは巻き込んだ張本人だから良いとして、共に戦ったハイトやコタロー、アマミはよく付いて来てくれたものだ。


「タイド様から重要NPC相手でも果敢に立ち向かった気骨のある方々と聞いておりましたので、桃源コーポ都市でもお力添えいただけるかと勝手に思い込んでいましたわ」


 なるほど、逆嶋支部のタイド副隊長から見るとそう映っていたのか。そんな俺たちならレジスタンスに味方するのではと睨んだわけだな。


「つまり、危険を顧みず共に戦えるメンバーとして俺たちに白羽の矢が立ったわけか」


 こうして色々と無茶な話を振ってきた理由が分かった。


「危ない橋なのは承知の上ですわ。それでも前向きに検討していただけるとエイプリルから返信が来た時は感激しておりましたの。でも、それはワタクシのぬか喜びだったのですね。いえ、結果として無知に付け込むような形になったことは事実。申し訳ございません」


 リリカは頭を下げて詫びた。それから席を立とうとする。ずいぶんとせっかちなお嬢様だ。俺は席を立つリリカの腕を掴んだ。


「まあ、座れよ。別に作戦に乗らないとは言ってないだろう」


「ですが、あまり乗り気ではないのでしょう?」


「そりゃあ、隠し事されてたら警戒もするさ。まずは洗いざらい情報共有しようぜ」


「……分かりましたわ」


 再びリリカを席に着かせると、俺はひとまずケーキを食べようとテーブルに視線を落とした。そこには空の皿が三枚あるだけだった。

 おかしいな、季節のフルーツタルトとブルーベリーチーズケーキ、モンブランをそれぞれ一皿ずつ頼んで三人で分け合おうって話をした気がするんだけどなぁ。


「……なぁ?」


 グルンと首を回してエイプリルを見る。エイプリルはピューピューと下手な口笛を吹きながら明後日の方向を向いている。その口の端には三種のケーキの残滓が見て取れた。

 グルンと反対へ顔を向ける。ホタルは口をモグモグと動かしている。頬をぷくりと膨らませ、まるでリスのようだ。あの頬の膨らみ方は三等分したケーキの量を超過しているだろう。


「お前ら、なんでケーキ全部食べてんだよぉ!!」


 このゲームを始めて以来、一番大きい声で怒ったかもしれない。ホタルとエイプリルの襟首を掴んでガクガクと揺さぶる。それでもエイプリルは目をそらしたままこちらを見ない。ホタルも無心で口をモグモグと動かし続けている。


「おい、エイプリル、なんで全部食った?」


「美味しかったよ」


「聞いとらんわ!」


「ホタル、お前は弁明あるか?」


「美味しかったです」


「もはや潔ぉし!」


 そのまま二人とも店の外に投げ転がした。

 そして、席に戻ってから再びケーキを三皿注文する。この三皿はあの二人の財布から出してもらおう。さて、ようやく話の続きに戻れそうだ。


「……それじゃあ、話を戻そうか」


「この流れでよくシリアスな話に戻せますわね」


「ウチのパーティーじゃ日常茶飯事だからな」


「……ふふっ、それはとても愉快なパーティーね。嫌味とかでなく本心からそう思いますわ」


「リリカはパーティーとか組んでないのか?」


「……もう長いこと組んでませんわ。特にここ半年は協力者を求めて奔走していましたし」


「それも結果は芳しくなかったみたいだな」


 レジスタンス内に戦闘員はリリカしかいないと言っていた。つまり、協力してくれるメンバーは集まらなかったというわけだ。


「誰彼構わず声を掛ける訳にはいきませんもの。貴方たちに声を掛けたのだってタイド様の推薦があったからですわ」


 そういえば、そんなことを言っていたか。

 あれ、そういえばエイプリルから話を聞いた時に、この作戦はタイドからの極秘任務とか言っていた気がする。そもそも被搾取階級レジスタンスは桃源コーポ都市の問題だろう。どうして、そこにタイドが介入しているんだ?


「聞いたところだと、この話にはタイドも一枚噛んでるんだろう? 彼は戦闘に参加しないのか」


「タイド様には別の使命があります。そのため、逆嶋を離れられませんの」


 うーん、その説明では納得しかねる。


「そこは教えてくれても良くないか。そもそも、どうして中央の問題にタイドが介入しているのか分からないし」


 タイドが絡んでいるのであれば、それを通して逆嶋支部のシャドウハウンドから追加の増援が見込めたりするのではないか。そんな淡い希望を考えつつ、俺は粘った。するとリリカは仕方ないとばかりにため息を吐いて話し始めた。


「アヤメ隊長はご存知ですね」


「シャドウハウンド逆嶋支部の隊長だろう」


 それがどうしたというのだろう。


「彼女の両親も被搾取階級レジスタンスに所属していました。というより、お二人がレジスタンスの創設者なのです」


「ほう?」


 話の風向きが変わった。この件に関わりがある人物はタイドというよりはアヤメだったということか。


「お二人が活躍されていた頃はレジスタンスも活気で溢れ、精力的に活動していたそうですわ。日ごとに規模が大きくなり、最盛期にはメンバーが三桁近くいたとか。とはいえ、ワタクシはまだゲームを始めてすらいない頃なので伝聞ですけれど」


 昔は被搾取階級レジスタンスの活動規模も相当に大きかったようだ。しかし、それがどうしてここまで縮小してしまったのか。俺の疑問に答えるようにリリカは話を続ける。


「しかし、規模が大きくなるにつれて巨大コーポに目を付けられるようになったそうですわ。レジスタンスの活動がよほど邪魔になってきていたのでしょう。それから腐敗したコーポ同士が手を組み、合同で忍者を放ちました。複数の巨大コーポを同時に相手しなければいけなくなったレジスタンスは追い詰められ、そこからはメンバーも少しずつ数を減らしていったのです」


 巨大コーポというとパッと思い浮かぶのは逆嶋バイオウェアだ。あの一社だけでも一体何百人の忍者が所属しているだろう。そんなコーポを複数相手にするとなれば一つの組織だけでは身に余るだろう。


「それで?」


「最終的に当時の指導者だったお二人が投降する形で、表向きはレジスタンスを解散したように見せかけたそうです」


「組織を存続させるためにリーダーを生け贄にしたのか」


「その通りではありますけれど少し語弊がありますわね。そもそも、その案はお二人がレジスタンスに進言したそうですわ。そして、レジスタンスのメンバーには息を潜めて機を窺えと言い残したのです」


 なるほど、そうやって巨大コーポの目を掻い潜ってレジスタンスの火を絶やさないよう後進に未来を託したのか。アヤメの両親がレジスタンスと深い関りがあったということは分かった。


「それでアヤメとタイドがどう関わってくるんだ?」


「両親が投降する際にアヤメ隊長だけは裏から逃がされました。その時、共に逃げたのが下忍としてゲームを始めたばかりのタイド様です」


「アヤメとタイドは最初桃源コーポ都市に居たのか」


「えぇ、そして逃げ延びた先が逆嶋でした。それから色々と手を尽くしたのでしょう。今ではシャドウハウンド逆嶋支部はアヤメ隊長の親衛隊と言って良いほど統率が取れています。その結果、アヤメ隊長は未だ中央に根を張る巨大コーポから狙われる身ですが、それでもおいそれと手出しされなくなりました」


 そういえば逆嶋支部はアヤメの人気で人が集まっているとか聞いた気がする。タイドが画策して意図的に逆嶋支部をそういう構成にしたのかもしれない。逆嶋支部という人の壁が抑止力となってアヤメに伸びる魔の手を防いでいるというわけか。


「逆嶋にアヤメ専用の砦を築き上げたってことか。でも、それならタイド一人くらいこっちで加勢してくれても良いんじゃないか?」


「それはできませんわ。そもそもアヤメ隊長とタイド様が逆嶋から離れないことに意味があるのですから」


「どういうことだ」


「半年前、作戦を決行して我々が壊滅した後、桃源コーポ都市の上層部は念入りにレジスタンスの足取りを追いました。主に生き残ったプレイヤーたちですわね。そこでワタクシは立ち去るプレイヤーたちと秘密裏に会って最後の頼みごとをしましたの」


「立ち去るプレイヤーに頼みごとを……?」


「お願いは一つだけ。逆嶋に向かってもらうことですわ。そして、それがコーポの上層部に疑念の種を植え付けることとなりましたの。実はレジスタンスの本部は逆嶋にあるのではないか。アヤメ隊長を旗印として再び蜂起するのではないかと思い込んでいるのです」


 なるほど、敗走したプレイヤーたちの動きで、さらなる背後に潜むレジスタンスの影を幻視させたわけだ。そうして疑念の種は育っていく。ただでさえ腐敗したコーポの上層部連中だ。叩けば埃はいくらでも出てくるのだろう。

 そんな中で逆嶋支部のシャドウハウンド隊員たちとアヤメ隊長はまるで自分の首を取るために刃を研ぎ澄まし、機を窺う猟犬たちとして映っていてもおかしくはない。その一挙手一投足に注意を払っていることだろう。


「だからこそ逆嶋支部には動かないでいてもらった方が良いってわけか。逆嶋支部が動かなければ必然的にレジスタンスも動かないだろうと思わせられる。そして、俺たちの奇襲が虚を突ける」


「その通りですわ。懸念材料は戦力でしたけれど、ライギュウを倒せるだけの戦力があるならば成功率は低くないと思いますの。いかがでしょう、ご協力頂けますか?」


 俺は目をつむると、腕を組んだ。

 逆嶋支部をレジスタンスの本部であるかのように錯覚させる。この作戦はリリカ一人の努力では難しいだろう。となると逆嶋支部とリリカも通じているのだろう。

 そうか、そこでタイドから受けた極秘任務という話に繋がるわけか。タイドが逆嶋支部を囮に使い、その隙を突いてリリカが上層部を攻める。そんな筋書きだろう。リリカ側の戦力が心許ないことを除けば良い奇襲作戦だ。


 ……いや、俺たちが中央に向かうと知った時から作戦に組み込んでいたか?

 もし、俺の性格も考慮して作戦に組み込んだのだとすれば、タイドはとんだ食わせ物だ。何故なら俺はレジスタンスの話を聞いて断るという選択肢が無くなってしまっていたのだから。


「決めた。不知見組は桃源コーポ都市の上層部連中を奇襲する作戦に乗るぞ」





********************


※分かりずらかったかもしれないので時系列。


アヤメの両親が指導者となって『被搾取階級レジスタンス』を創設。

瞬く間に一大勢力となり、最盛期を迎える。

レジスタンスを邪魔に思ったコーポが協力して忍者を放つ。

どんどんと数を減らされたレジスタンスは壊滅の危機に陥る。

アヤメの両親が投降し、レジスタンスを解散したように見せかける。

その間、アヤメはタイドとともに逆嶋へ逃走。

レジスタンスは息を潜めて機を窺う。

アヤメらは逆嶋で地盤作りをする。

作中の半年前。

ライゴウが死亡し暗黒アンダー都市が元締め争いで混乱する。

レジスタンスが蜂起して作戦を決行するが失敗する。

リリカだけが生き残り、タイドと連絡を取りつつ暗躍を始める。

作中時間に戻る。


以上のような流れです。

つまり、レジスタンス側はすでに二回の敗北を経験している状態ですね。

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