第90話 決死のビルディングクライミング
▼セオリー
俺は今、巨大コーポの所有する高層ビルでロッククライミングならぬビルディングクライミングを敢行していた。
最初の内は両足だけに気を『集中』させて歩いていたけれど、いかんせん風が強すぎた。不意に襲ってくる突風に煽られてバランスを崩すこと数回、その内の一回は本気で落下しそうになった。
ここまで来て落下死などしたら笑えない。今では両掌にも気を『集中』させ、四つん這いで一歩一歩確実に進んでいた。
そんなアクシデントを乗り越えつつ、八十一階より先へと進む。ワンフロア進むごとに窓ガラスから内部を覗き込み、社員が居ないかを確認していく。ビルに貼り付いてクライミングしている不審者など見つかったら一発で通報されてしまうだろう。ここは慎重にならざるを得ない。
そんな中で、新たな収穫もあった。
「……植物を育てているのか?」
高層階でコソコソと何をしてるのかと思ったら、植物を栽培していた。広大なフロアを埋め尽くすように敷き詰められた植物は見たことのない種類だ。ヤクザクランで植物栽培というと思い浮かぶキーワードはある。しかし、実際にソレだと言えるほどの知識は俺に無かった。
それから先、十階層に渡って広大な植物栽培場と化していた。それらを尻目にズンズンと先に進んでいく。
九十階に入ると打って変わって研究室のような内装になっていた。並べられたテーブルの上には下層で栽培されていた植物が置かれ、それを社員と思われる者たちがすり鉢などを用いて細かく粉砕していた。
次のフロアへ向かうと、先ほど粉砕されて粉末状になった植物を巨大な機械に入れて混ぜ合わせていた。植物の他にも同じく粉末状となった素材が複数種類用意されている。それらを機械に入れて混ぜ合わせ、混合物を作り出しているようだ。機械が混合物を排出するホースの先はさらに上の階へと伸びている。
そして、次の階で何をしていたのか明らかになった。
「丸薬だ。……忍具の量産工場だったのか」
ホースから排出された混合物は液体を加えて混ぜ合わされ、型へと流し込まれていく。こうして丸薬の形に成型されているようだ。
丸薬、つまりは忍具だ。しかし、俺が逆嶋で受けたクエスト「丸薬の素材集め」では下層で育てられていたような植物は採取対象じゃなかったし、そもそも見た記憶すらない。だから、生成される丸薬も俺の知らないものということだ。
わざわざ人目につき
何はともあれ、今の俺には関係のないことだ。植物の形状は把握したから後で調べて何だったかは分かる。ひとまず今は最上階を目指して突き進んだ。
最上階直前になって俺はふと思った。
どうやって内部に入ろうか、と。
これまで高層階は全てはめ殺しの窓になっていた。他に非常用脱出口になっている窓ガラスもあるのかもしれないけれど、基本的には中から鍵を開けるタイプだ。外側からでは手出しできない。
となると、最上階まで辿り着いても中に入れない。そうなると必然的に甲刃重工のトップとも対面することができないんじゃないか。
考えが足りなかった。高層ビルに窓の外を伝って潜入なんて映画みたいで格好いいかもしれないと思っていたけれど、実際には事前の情報収集や前準備が足りていなかった。
こんなことなら社員を片っ端から『支配術』で操って行けば良かったかもしれない。それなら操った相手が道案内役も兼ねてくれてスムーズだったかもしれない。
でも、相手が格上の忍者だったりしたら返り討ちに合うかもしれないしなぁ。行き当たりばったり過ぎて思い浮かぶ作戦はどれもこれも失敗する様が容易に予見できてしまう。
とりあえず、ここまで来ちゃったものは仕方ない。ひとまず、窓越しに甲刃重工トップの顔だけでも拝ませてもらおうじゃないか。そう考えて、最上階へと手を掛けた。
最上階へ辿り着いた俺は驚いた。なぜなら、そこにはフロア半分を埋め尽くすほどの広さを持ったバルコニーが広がっていたからである。バルコニーには屋上プールやテラスさえも用意されている。まるで豪邸の庭だ。
しかし、最上階にバルコニーが併設されていて助かった。幸運にもこれで内部に潜入できる可能性が高まったのである。
俺は柵を乗り越えるとバルコニーに降り立った。人の気配はない。そのままビル内部に繋がっている出入口へと向かう。出入口は横開きのガラスドアであり、センサー式の自動開閉となっているようだ。取っ手はなく、ガラスドアの上部にセンサーが設置されているのが見える。
俺は身を隠しながら内部の様子を窺う。『忍び歩きの術』も併用して周囲の物音に最大限の注意を払う。しかし、中からは俺以外に生き物の気配は感じられなかった。
本当に誰も居ないのか?
しかし、外部から読み取れる情報には限りがある。これ以上は中に入らないと分からない。
意を決して俺はガラスドアの前に立った。センサーが俺に反応して、自動でドアがスライドしていく。やはり、中には誰もいない。一歩踏み出して内部に潜入する。
「バー……?」
ビルの中はバーのような内装になっていた。バーカウンターの奥に並べられた酒類、煌びやかな電飾に、豪華なソファが並べられている。詳しくはないけれど、金持ちの客間などはこんな風なのだろうか。俺には一種のお店のようにしか見えない。
絢爛な内容に目を奪われていると、部屋の奥にあった扉が開いた。周囲に隠れられるような場所は無い。ええい、こうなりゃぶっつけ本番だ。俺は仁王立ちしたまま開いた扉の先にいる人物を見据えたのだった。
「……?! おや、来客の予定は無かったはずですが」
「アンタが甲刃重工のトップか?」
俺の姿を認めた瞬間、多少の動揺が見えたけれど、すぐに持ち直した。さすがに巨大コーポの責任者を任されるだけあって肝が据わっている。
「いかにも甲刃重工の取締役を務めるカザキと言います。して、貴方は?」
「俺は不知見組で組長をしているセオリーだ。アンタらには元締めって言った方が伝わるか?」
俺の返事は予想外だったようで、カザキは目を丸くして俺の顔を見つめた。それから、すぐに顔を片手で覆うと笑い声を嚙み殺すようにしてクックッと声を上げた。
「なるほど、セオリーさんでしたか。部下からの情報だけだと人相までは分からないものでして、ご無礼を致しました」
「いや、構わないさ。むしろ、アポも無しにいきなり乗り込んだ俺の方こそ非礼を詫びよう」
「ほう、貴方は礼節を弁えているようですね。あの方とは大違いだ」
カザキの口振りはまるで誰かと比べるような言い方だ。
「知らない誰かと比べられるのは、あまり良い気がしないな」
「おっと失礼。ですが、少なくともセオリーさんのことは評価しているのですよ」
カザキは顔にニヤニヤとした笑みを張り付けたような男だった。常に薄っすらと笑っているかのような表情でいる。
「とはいえ、突然こちらに来るだなんて、まるでライゴウさんのようだと思ったものでして」
「ライゴウ?」
「えぇ、あの人も貴方と同じように突然、ここに現れました。いや、アレには度肝を抜かれましたね。とはいえ、おかげでセオリーさんの時には平静さを保てたので結果的には良い経験だったのかもしれませんが」
どうやら、先代元締めのライゴウも俺と同じように最上階までアポなしで乗り込んでいたらしい。なんだか親近感が湧いた。
「ライゴウもここに乗り込んできていたのか」
「乗り込んできたどころか、カウンターに並べていた高級ウィスキーを軒並み空っぽにしていましたよ。それでいて非礼を悪びれもしない。全く困った人でした」
カザキが思い出すようにしてバーカウンターを見やる。やっぱりさっき感じた親近感は嘘かもしれない。さすがにライゴウほどの横暴は働けない。
「さて、ここに来たということは何か話がしたくて来たのでしょう。さぁ、こちらへどうぞ」
カザキはソファへと手を向けて、俺を招いたのだった。
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