第91話 暗躍せし愛国者たち
▼セオリー
カザキの案内に従ってソファへと腰掛ける。カザキ自身は俺をソファまで案内するとバーカウンターの方へ向かった。
「何かお飲みになりますか?」
指に挟んだウィスキーの瓶を俺へ見せる。
あれって全部酒だよな……。
「いや、遠慮するよ。俺は未成年だからアルコールはダメなんだ」
とは言っても、現実の身体がアルコールを摂取する訳でもないから、実際のところゲームの中では酒類を飲んでも大丈夫だ。ただし、ゲーム内で飲酒をした場合、酩酊という状態異常になって前後不覚になってしまう。軽度の酩酊であればパフォーマンスはそこまで落ちないけれど、万が一重度の酩酊になってしまえば通常の操作感でのプレイは最早望めない。
一応、甲刃重工は敵か味方か定かではない。そういう場合は敵地に居ると思って気を引き締めておいた方が良い。
「おや、ずいぶんとお若い。羨ましい限りだ。……でしたら、ソフトドリンクを用意しましょう。オレンジジュースは大丈夫ですかな?」
カザキはカウンターの下にある冷蔵室を開け、酒類を割るために用意してあったのだろうオレンジジュースを取り出して見せた。
「大丈夫だけど、そんなに長居するつもりはないぞ」
「そうでしたか。とは言っても地下都市の元締めにご足労頂いて、飲み物の一つもお出ししないというのは失礼でしょう。ここは私の顔を立てると思って頂いてください」
「……そうか。それなら一杯貰おうか」
カザキは俺の返事に納得したように笑みを浮かべ、グラスにオレンジジュースを注いでいく。それから自分用にグラスへと酒を注ぐと、二つのグラスを持ってソファまで歩いてきた。ソファの前には背の低い横長のテーブルが置かれており、そこにグラスを静かに置く。
それからカザキは俺の対面へ位置取るようにソファの一部を移動させて座った。
「さて、まずは乾杯でも?」
ニヤついた笑みをこちらに向けてグラスを持ち上げる。
なんだろう、とてもやりにくい。会話の主導権を相手に握られ続けているというか、イニシアチブを常に取られ続けているというか。
本来なら突如来訪したこちらが奇襲を仕掛けた方なのだから、会話の流れについても主導権が握りやすいはずだったのだけれど、知らず知らずの内に相手のペースに飲み込まれている気がする。このままではいけない。ある程度は強引に流れを引き戻さないといけない。
「乾杯までは良いだろう。ただし、その後はすぐに本題へ入るぞ」
「フフッ、つれないですね」
俺は持ち上げたグラスをカザキの持つグラスに軽く当てる。氷がグラスの中でカラカラと小気味良い音を立てる。その音を聞きつつ、グラスに口を付けた。軽く一口含み、それから一息に飲み干す。これで何か薬でも仕込まれていれば甲刃重工は敵対的であると判断できて簡単に事が進むんだけどな。
しかし、飲み干してから十秒程度経っても何も起きない。オレンジジュースはただのオレンジジュースだったようだ。
「そんなに警戒しないでください。細工も何もしていませんよ」
「警戒するに越したことは無いだろう。甲刃連合の幹部連中なんかは権謀術数お手の物らしいしな。どこから刺客が飛び出すかも分からない」
「そういう化かし合いがしたい幹部は桃源コーポ都市に見向きもしませんよ」
カザキの返事は予想外のものだ。ライゴウの時代にも刺客が何度も差し向けられたと聞いているし、桃源コーポ都市に見向きもしないということはないだろう。
「信用してませんね?」
「そりゃあ、な。前情報と食い違い過ぎる」
「セオリーさんが聞いた情報というのは少し古い情報ですね。かつては他の幹部もライゴウを
確かに刺客を差し向けられていたという話を聞いていたけれど、それがいつ頃まで続いていたのかなどは詳しく知らない。
「とはいえ、今の元締めは俺だ。また、刺客が放たれてもおかしくないんじゃないか?」
「そうですねー。半年以上前にセオリーさんへと代替わりしていたら話は違ったかもしれません。ですが、少なくとも今は桃源コーポ都市を気にしている余裕は甲刃連合にはありませんよ」
「何か問題でも発生しているのか」
「問題アリアリです。パトリオット・シンジケートのことはご存知で?」
「あぁ、知ってる」
知っているというか、逆嶋で受けた極秘任務でガッツリ戦った相手だ。カルマ室長の側近だったリデルはパトリオット・シンジケートの所属だったはずだ。
「なら話が早い。半年ほど前からパトリオット・シンジケートが関東地方に侵攻してきたわけです。中央を除いた東西南北のフィールドに位置する主要都市へ目標を定めてね」
その説明を受けて、逆嶋での一件がフラッシュバックする。
南の甲刃工場地帯は甲刃連合が大部分を支配する地域だ。そこにもパトリオット・シンジケートは何かしら仕掛けてきたのだろう。それでてんやわんやという訳か。
そういえば、黄龍会が逆嶋バイオウェアへ組織抗争クエストを仕掛けた際、その少し前に甲刃連合とも組織抗争をしたばかりだったという話を聞いた気がする。
甲刃連合と争った結果、黄龍会はユニークNPCを大量に失い、その失った戦力を補充するため、逆嶋バイオウェアのクローン技術を狙ったという話だったはずだ。
「つまり、甲刃連合には黄龍会をぶつけられたって訳か」
どのように関与したのかは分からないけれど、パトリオット・シンジケートが半年前から暗躍し始めて、甲刃連合が困っただろうことと言えば、黄龍会による組織抗争クエストくらいだろう。
俺の考え至った答えはカザキからすると驚きだったらしい。口を丸くして感嘆の声を漏らした。
「ほお、よくそこに繋がりましたね、その通りですよ。パトリオット・シンジケートが唆して黄龍会を焚き付けたのです。とはいえ当時は分からなかったのですがね。しばらくして痕跡が見つかり、近頃ようやく裏が取れてきたところです」
「自分たちが正面に立たず、裏からコソコソとするのが好きな連中なんだな」
「とはいえ、一組織が
関東の東側に位置する三神貿易港はまだ行ったことのないフィールドだ。しかし、そこはすでにパトリオット・シンジケートによって大きな被害を受けていた。
そして、甲刃連合も実際には黄龍会と同じく相当の痛手を負っていたようだ。そんな状況だからこそ、甲刃連合から中央へ対する注目度が一段と低いタイミングなのだろう。
「そんな混乱の最中だから俺は平穏に過ごせているのか」
「ある意味で代替わりには良いタイミングだったわけですよ。さて、これで少しは私のことを信頼してくれましたか?」
「信頼関係が構築できるかは、これからの話し合い次第だな」
南の甲刃工場地帯に引き篭もっている幹部連中から刺客の手が伸びてこないことは分かった。パトリオット・シンジケート関連の情報も俺が知る情報と噛み合うことから確度は高いだろう。その点までは一定の信頼を置いても良い。
しかし、桃源コーポ都市に巣食う腐敗した上層部の一員という意味では甲刃重工トップであるカザキという男を信頼し切ることは未だできない。
俺の慎重な態度にカザキは肩をすくめると、降参するように両手を上げた。
「分かりました。私の分かる限り何でも答えますよ。今は内輪揉めしている余裕はありませんからね。早々に私は味方だと理解していただく方が早いでしょう」
「物分かりが良いな。さすがフロント企業のトップを任されるだけある」
「そちらは若いのにしっかりしてますな。最初はライギュウを倒したと聞いて、どんな化け物が新たに出てきたのかと冷や冷やしたんですからね」
「いやぁ、ライギュウに関しては練ってきた作戦が上手くハマっただけさ。……あぁ、そうだ。ライギュウと言えば会長のルシスがライギュウを利用して謀反しようとしていたらしいぞ」
俺は蔵馬組の若頭から聞いた情報を伝える。しかし、その情報はすでにカザキも掴んでいたようだ。
「そのようですね。お飾りでも会長に据えてやったのに恩知らずな人です」
その顔からはニヤニヤとした笑みがいつの間にか消えていた。代わりに眉間に皺が刻まれ、怒気が周囲に撒き散らされているかのように赤いオーラが身体に纏わり付いていた。
「アンタも忍者なのか」
俺は目に映るオーラをしげしげと観察しつつ尋ねた。すると、カザキは恥ずかしそうに顔を手で覆った。そして、すぐに赤いオーラが萎んでいく。
「えぇ、こう見えて私も幹部の末席に連なる者でしてね」
「やっぱり、幹部だったのか」
支店ビルとはいえ甲刃重工のトップを任される人物と言えばそれなりの人材を派遣するだろう。だから薄々そうじゃないかとは思っていたのだ。
「未だに感情の高ぶりを抑えられない半人前ですがね」
照れたようにお道化るカザキだが、幹部になるというのは並大抵の者では不可能だろう。少なくともライギュウを倒したのと同程度の実績を積んでいるはずだ。そう考えると、敵に回せば厄介だが、味方に付ければ心強いだろうことは容易に想像がつく。
俺は情報を得ることとカザキを味方に付けることの両方へ期待を膨らませて本題へと話を進めるのだった。
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