第92話 上層部崩し

▼セオリー


 甲刃連合が混乱の最中にあるということは理解できた。この状況はむしろ俺にとって追い風と言って良いだろう。今の内に桃源コーポ都市での地位を確立して、地盤を盤石にすることができれば、他の幹部連中もおいそれと刺客を放てなくなるはずだ。


「例えばの話だけど、俺が企業連合会会長の座に就くことはできるか?」


 俺の考えた戦法はこうだ。

 企業連合会の会長の座に俺が就き、腐敗した上層部を一掃する。そして、桃源コーポ都市をクリーン化するのだ。

 これは現在会長に就くルシスがライギュウを使ってしようとしたことと基本のやり方は同じだ。違いがあるとすれば、俺には被搾取階級レジスタンスという味方と暗黒アンダー都市の元締めという立場がある。これらを上手く活用すれば、ルシスの思い描いていた絵空事とは違い、現実味が帯びてくるのではないだろうか。


「なるほど、セオリーさんは更なる権力を望む、と?」


「いや、そんな大それた野望じゃない。どちらかと言えば自衛だな。桃源コーポ都市の上層部はそれこそ甲刃連合の幹部たち並みに信用ならない。だったら、俺が上に立って上層部連中をげ替える」


 被搾取階級レジスタンスの存在を上手く隠しつつ、俺の目的として上層部の一掃を伝える。この反応次第でカザキのスタンスが分かってくるはずだ。


「ほうほう、それは中々に面白い。して、その一掃する上層部というのには私も入っているのですか?」


「さすがに桃源コーポ都市の上層部を全て敵に回すほど愚かじゃない。同じ甲刃連合の幹部として手を組まないか?」


 俺の提案を受けて、カザキは即答しなかった。

 顔の前で指を合わせて目をつむり、しばし黙考する。俺は答えを急かすこともなく、ゆったりとソファに背を預けた。

 ここで深く考えてくれるのは好印象だ。少なくとも俺の提案に関して、考えるに値しない作戦とは思っていない。多少なりとも考えてくれている訳だろう。となると、今彼の頭の中では成功時の利益と失敗時の損害を計算し、天秤に掛けているところだと考えられる。


 その間に、俺もこの先のことを考えよう。

 リリカ率いるレジスタンスは桃源コーポ都市上層部の総入れ替えを望んでいるようだ。しかし、それを実際に成功させたとして、桃源コーポ都市に巻き起こる混乱は相当なものだろう。

 ただでさえ今はパトリオット・シンジケートの暗躍により関東サーバー全体が揺らいでいる。もし、上層部崩壊後の混乱の最中、桃源コーポ都市にパトリオット・シンジケートが魔の手を伸ばしてきた場合、何も抵抗できずに滅茶苦茶にされる様子が予想できるのだ。

 リリカたちが思い描くものよりも穏便に桃源コーポ都市を正常化する手段はあるはずだ。それは俺が元締めに就いたことで新たに開かれた道かもしれない。手探りでもそれを探して這い進むしかない。


「企業連合会の中で特に力を持っているコーポは四つあります」


 しばしの黙考の末、カザキは口を開いた。

 俺は頷いて続きを促す。


「甲刃重工、逆嶋バイオウェア、八百万カンパニー、三神インダストリ」


 いずれも東西南北のフィールドに名を轟かせる巨大コーポだ。

 しかし、逆嶋バイオウェアも腐敗した上層部の中に入っているのか。カルマの一件はあるけれど、かなり健全寄りのコーポだと思っていた。

 もしくは桃源コーポ都市に設置された支部だけが悪い方に染まってしまっているのかもしれない。コーポも一枚岩ではないだろうし。


「基本的な企業連合会の運営はこの四つの組織が利益を得ることを最優先する形で動かされます。例えば我々甲刃重工は機械製品のトップシェアを誇りますが、その裏には芽が出る前に潰した同業他社の存在があるわけです」


「一社独占状態を継続するように市場をコントロールしているのか」


「その通り。そして、それを支えてくれているのがシャドウハウンド中央基地本部というわけです」


 企業連合会がどんな悪事を働こうが、捕まえる側の機関が機能不全を起こしているんじゃ捕まえられるものも捕まえられないというわけだ。


「コーポはシャドウハウンドに守られながら繫栄し、シャドウハウンドは見返りにコーポから金を受け取る。WIN-WINの関係ということです」


「その裏にはコーポによって踏みにじられた敗者もいる訳だろう。単純なWIN-WINではないよな」


「それは当然です。現在の仕組みは巨大コーポだけが利するようになっていますから」


 カザキは至極当然といった表情で断ずる。そこにあるのは利益追求主義というコーポの性質だけがあった。


「なるほど、桃源コーポ都市の腐敗した内部構造は分かった。それで?」


「今の説明から分かる通り、セオリーさんの打倒すべき相手は大きく分けて五つの組織です。我々甲刃重工を除いても四つの組織、それらに勝たなければ会長の座に就いたとしても傀儡になるだけです。さて、この四つの組織を潰すことが貴方にできますか?」


 カザキは俺の目を覗き込んだ。今更ながら打倒すべき相手の巨大さを思い知る。それはそうだ。桃源コーポ都市という一つの都市を牛耳っている企業連合会を相手取ろうというのだ。その道は困難に溢れているだろう。

 しかし、そこでふと気に掛かった。カザキの言葉には虚偽うそいつわりのまやかしが紛れ込んでいる。


「待て、何も全てを相手する必要はないだろう。四つの組織の内、二つを落とせば甲刃重工を含めて過半数を落としている。それで相手の反抗心をし折れないか」


 全ての組織を自分の手で打倒するとなると大変な労力だ。しかし、過半数を落とすだけなら半分の労力で済む。


「いやぁ、良かった。全て倒すなどと言われたら流石に付いていけないところでしたよ。ですが、それだけ頭が回るのでしたら良いでしょう」


 カザキは笑みを深める。つまり、俺を試したってわけか。虚栄を張るような無謀な人間じゃないか。そして、冷静に状況を分析して勝ちへの道筋を見つけられる人間なのか。カザキが試してきたのはこの辺りだろう。


「味方に付く気になったか」


「えぇ、悪くない取引だと考えました。それに私も甲刃重工のトップを辞めたくはないですからね。貴方を敵に回すと自分の地位に不安を覚えたものですから」


「それほどの力は俺に無いよ」


 実際それほどの力はない。むしろ、甲刃連合の幹部としてはカザキの方がベテランだろうし、俺の方が立場も弱いのではないだろうか。

 とはいえ、万が一敵に回っていたら真っ先に落とす対象だったけどな。甲刃連合の混乱状態を鑑みればカザキを倒した後、甲刃重工トップの後釜に座れるのは俺の可能性が高い。そうすれば自動的に今と同じ条件まで持って行くことができる。


「フフッ、怖い顔してますよ。もしもの想像はそれくらいにしましょう」


 おっと顔に出ていたか。もうちょっとポーカーフェイスとか覚えた方が良いんだろうか。わりと考えが表情に出ていると指摘される機会が多い気がする。


「それで味方になったカザキの目からして、どこを落とすのが効率良いと思う?」


「そうですね。……まず、シャドウハウンドはマストでしょう。あそこは企業連合会としても手を出しにくい特殊な立ち位置ですし、シャドウハウンドが正常に機能し始めると露骨な裏工作はできなくなりますから」


「確かにシャドウハウンドは早々に正常化させたいな。それに都市の最外周部にある警戒区域にもシャドウハウンドの治安維持活動を復活させるべきだと思う」


「外周部のゲットー街なんかは他所のヤクザクランも居を構えてますからね。最近では逆嶋での抗争に勝った黄龍証券が調子を上げているみたいですし」


「黄龍証券っていうと、……黄龍会か?」


「そうです。ウチで言う甲刃重工と甲刃連合の関係ですね」


 ヤクザクランはどこもフロント企業というか、表社会に向けた顔を持っているんだな。パトリオット・シンジケートも愛国報道社というコーポを表社会向けに持っていたはずだし。


「ちなみに、セオリーさんの就いた元締めという役職は、主に警戒区域と暗黒アンダー都市に侵出してきた他所のヤクザクランに睨みを利かせる役目なのでお忘れなく」


 カザキは俺へ釘を刺すように伝えた。

 そういえば元締めの仕事って何するのか知らなかったわ。たぶん、俺が黄龍会の動向やらを知らなかったから、元締めの仕事も知らないんだろうなと思って教えてくれたのだ。世話を掛けて済まないね。

 さっきのWIN-WINの関係の中で出てこなかったけれど、ヤクザクランに関してもコーポから金を貰う代わりに他所のヤクザクランが手出しできないようにする、という仕事が割り振られているのだろう。

 それはさておき、話を戻そう。


「それでシャドウハウンドは打倒すべきだとして、他には?」


 最低でも二つのクランを倒さなければ過半数のコーポを支配下に置くことはできない。残りは全てコーポだ。それぞれの戦力事情などもあるだろう。


「あとの一つはそうですね。八百万カンパニーと三神インダストリは同程度ですので、どちらを攻めても変わりないかと。逆に逆嶋バイオウェアはお勧めしません」


「何でだ? 組織抗争に負けて力を落としてるんじゃないのか?」


 俺の疑問を聞いたカザキは顔を近づけてヒソヒソ声になる。まるで聞こえてはいけない相手が存在するかのように。


「逆嶋バイオウェアは護衛の忍者が厄介なのです」


「そんなに強いのか」


「えぇ、頭領ランクの女忍者なんですが……」


「……ん?」


 あれ、なんか既視感がある気がする。いや、まだ分からん。話は最後まで聞こう。

 俺はカザキの続く言葉を待ったのだった。

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