第93話 持つべきものは熱狂的腹心
▼セオリー
甲刃重工のトップであるカザキを味方につけた俺は、次に逆嶋バイオウェアの中央支部へと足を運んでいた。
カザキからは逆嶋バイオウェアは護衛の忍者が厄介なので落とすのは後回しの方が良いと言われた。しかし、細かく話を聞いて味方に引き込めると踏んだ俺は逆嶋バイオウェアへ向かうことを選択した。その話をした時のカザキの食い下がりようは今思い出しても必死さが滲み出ていた。
数刻前。
甲刃重工中央支店ビル最上階。
「セオリーさん、悪いことは言いませんから八百万カンパニーか三神インダストリにしましょう。その二組織は手持ちの頭領が少ないので護衛にまで引っ張り出してくることはありません」
「いや、大丈夫だって」
「貴方の言動は甲刃連合の意志と思われかねないのですよ。軽率な行動は合理的ではありません」
「こっちにも考えがあるんだ。……そうだな、なんなら甲刃重工との協力関係に関しても一旦忘れてもいい。逆嶋バイオウェアの話が上手くいった後に改めて協定を結ぼうじゃないか」
カザキは俺を「本気で言っているのか」とでも言いたげな目つきで見た。実際、甲刃重工の後ろ盾を失くした場合、企業連合会に斬り込めるカードは元締めという立場一枚だけになる。カザキからすれば無謀な挑戦と映るだろう。
だが、俺の目が揺るぎないことを認めると、とうとう諦めたようだった。
「分かりました。セオリーさんの好きになさって下さい。ただし、先ほどの条件は守ってもらいますよ」
甲刃重工の取締役を任された身として、カザキは最低限の逃げ道を担保した。さすがに俺が成功する目は低いと見積もったのだろう。保身に走るのは仕方がない。俺の切れるカードが『暗黒アンダー都市の元締め』だけだと思っているカザキには無理からぬことだ。
ここでカザキが一歩引いたことで、計画が目論見通りに行った際、俺はカザキより一歩リードすることができる。企業連合会を手中に収めた時、無理を通すにはある程度の強い立場が必要だ。
さて、ここからは根回しと悪だくみの時間だ。
桃源コーポ都市の中でも中心地にある滅菌区域と呼ばれるエリアは、基本的に富裕層だけが住むことを許される。
そんな滅菌区域には一流のコーポだけが軒を連ねることができるわけだが、その中でも中央に
例に漏れず逆嶋バイオウェアの中央支部も甲刃重工と同じくヨモツピラーを囲む巨大ビル群の一つだ。
ちなみに、仮拠点を探していた時に何とはなしにこの辺の土地の値段を調べてみたところ、一坪当たりの額が平気で億超えしているのを見てそっと目をそらした記憶がある。
たぶん、ゲーム的にも個人で保有できる額ではないだろう。所持金がカンストしていたとしても足りないのではないか。気になってステータス画面の所持金欄を目測で測ってみたら十桁くらい数字が入りそうだった。あれ、億以上の所持金にできるな……。このゲーム、怖い。
などと遠い目になった記憶を思い返しつつ、目の前に聳えたつ高層ビルを見上げた。甲刃重工に負けない高さだ。階層も同じく百階以上あるのだろうか。
しかし、今回は事前連絡を欠かさずにしたので問題ないはずだ。
(着いたぞー)
(今、参ります)
俺が到着を伝えると、即座に『念話術』が返ってきた。
よしよし、俺が呼べば馳せ参じるという言葉に二言は無かったようだ。そう、何を隠そう逆嶋バイオウェアが護衛として連れて来ていた頭領ランクの忍者というのは……、……うん?
「あ~る~じ~さ~ま~!!」
俺のことを
俺は頭上を見上げる。遥か上空に黒い点が見える。その黒点は徐々に大きさを増していく。あぁ、見間違えじゃあない。あれは人だ。
「なんでビルから飛び降りてくるんだよ!」
俺が受け止めればいいのか? ……いや、無理でしょ。超高速で落下してくる人を受け止めようものなら確実に双方が命を落とす結果になりますよ。つうか、頭領なんだから大丈夫だよね? 無事に着地できると踏んで飛び降りたんだよね?
徐々にシルエットがくっきりと見え始めてきたため、相手のポージングが把握できた。両腕を広げて、まさにハグするかのような姿勢で落下してきている。あれ、これやっぱり目標地点を俺に設定して落下してきてないか。
「待って、その速度は受け止め切れないから!」
「私の慕う気持ちをお受け取り下さい!」
ダメだ、話が通じていない。
俺は早々に落下予測地点から距離を取った。そして、直後に人型未確認落下物体が地表へと衝突した。まるで爆発でも起きたのかというほどの衝突音を立てる。粉塵が巻き上がり、落下地点を覆い隠してしまったせいで、どうなってしまったのか確認する術を失ってしまった。
おいおい、これで死んでたら困るぞ。もしも本当にそうなったらNPCの思考AIが酷すぎる、と運営にクレームを入れよう。
「
色々と思う所はあるけれど、結果的に彼女は無事だったようだ。粉塵が晴れると、片膝をつき
何を隠そう逆嶋バイオウェアの頭領と言えば、ひょんな経緯から俺の腹心となったアリスに他ならない。つまり、すでに逆嶋バイオウェアに関しては、ほぼ俺の傘下と言って差し支えない状態だったわけだ。いや、流石にそれは過言か。中央支部を任されている者が他にいるだろうし。
「そんなことより、身体は大丈夫なのか?」
俺の忠実な腹心であることはよく分かったのだけれど、それ以上に気になるのは高層ビルから落下した身体の方だ。頭領の暴力的なステータスによる圧倒的フィジカルだけで何とかしてるなら納得だけど、それはライギュウのような規格外にのみ適用できる話だ。
アリスのステータスは通常の頭領ランク相当だ。それでも普通の忍者よりはよっぽど頑丈だろうけど、それでもフィジカルだけで高さウン百メートルから落下する衝撃を受け切れるとは思えない。
「心配はご無用です。反射能力を駆使して衝撃を無くしましたので」
「おぉ、そうだったのか」
どおりでアリスの落下地点が丸く抉れている訳だ。落下の衝撃を地面に反射して返した訳か。
かつてアリスは狂気のバイオ研究者であるカルマ室長の魔の手にかかり、バイオミュータント忍者へと改造されてしまった。その際に固有忍術とは別に反射能力を植え付けられたのである。
一安心した所で本題に入ろう。
「さて、それじゃあ中央支部の責任者の所まで通してもらえるか」
「はい、了解いたしました。どうぞ、こちらへ」
アリスの案内に従ってビルの中へと入る。
今回はアリスが同伴しているため、フロントの受付にも妨害されず、すんなりと内部へ入ることができた。
それから何事もなくエレベーターに乗り込む。どうやらこのビルも百階まであるようだ。しかし、甲刃重工の時と同じようにボタンは八十階までしか存在しない。果たしてどうやって最上階まで行くのかと思っていると、アリスがカードキーを取り出した。いつだかコタローが社員証と言っていたモノと似ている。というか、まったく同じものをどこかで見た気がする。
「あぁ、Aランクカードキーか」
「その通りです」
カルマ室長の研究室へ乗り込んだ時に同じカードキーが必要になった覚えがある。どうやら、逆嶋バイオウェアでは社内の重要度が高い場所へ入る際には、これらの対応するカードキーが必要な仕様となっているようだ。
アリスはボタンの下にあるスキャナーにカードキーを読み込ませる。すると、モニター部分に追加の階数ボタンが表示され押せるようになった。アリスは迷いなく百階、すなわち最上階のボタンを押した。
いよいよだ。アリスは俺の味方に付いてくれる。しかし、逆嶋バイオウェアが派遣してきた中央支部の責任者は必ずしも俺の味方とは限らない。どうにか上手く話を進めないといけないな。
こうしてアリスを引き連れた俺は最上階の社長室へと足を踏み入れたのだった。
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