第94話 神輿を担げ、空高く
▼セオリー
逆嶋バイオウェア中央支部の社長室は思いの外こじんまりしていた。
もちろん個人に与えられる一室として考えれば広々としているのだけれど、甲刃重工のバーカウンターなどが設けられた社長室と比べると実務に寄った設計になっている。いや、むしろこちらがコーポとしての正しい在り方なのかもしれない。
部屋の中央を占めるのは大きな四角いテーブルと、それを囲むように設置されたソファだ。その奥には執務テーブルが置かれ、壁には分厚い本がズラリと並ぶ本棚がある。
「やぁ、こんにちは、お客様ですかな?」
何冊もの分厚いファイルをテーブルに広げたままソファに座って中身を読んでいた男性は、俺に気付くと顔を上げた。それから散乱するファイル類をそそくさとテーブル端に片付ける。
「汚いところを見せてしまいましたね。アリス君、お客様をお連れする時は一声かけてくれるかな?」
「申し訳ありません。
アリスは全く悪びれる様子も見せずに答えた。
おいおい、一応相手は逆嶋バイオウェアのお偉いさんじゃないのか。それならアリスの上司でもあるだろうに、そんなぞんざいな扱いで良いのか?
しかし、男性はアリスの言葉を聞いて目を輝かせながら俺を見た。
「アリス君がそう呼ぶということは、君がセオリー君ですね?」
「あぁ、そうだ。というか、俺のこと知ってたのか」
「はっはっは、逆嶋バイオウェアの中で君は有名人さ」
えっ、俺の知らぬ間に知名度が上がっていたのか?
正直、知らない人に知られているというのは非常にもどかしい気持ちだ。何というか、ぞわぞわして落ち着かない。
「おっと、挨拶が遅れましたね。私は逆嶋バイオウェア中央支部の総責任者をしているパット。以後お見知りおきを」
「ご丁寧にどうも。俺は中忍のセオリーだ。ここでは暗黒アンダー都市の元締めをしている」
俺の挨拶を聞いたパットはまたもや盛大に笑った。
そんな面白いところがあっただろうか。俺がジト目で睨むと、パットはバツの悪そうな顔をして頭を掻いた。
「いや、失礼。今、笑ったのは悪い意味ではないのです。驚愕し過ぎて笑うしかなかったのですよ。元締めですか、またずいぶんと派手な肩書きを背負いましたね」
元締めの肩書きは思わず吹き出すほど驚くべきものらしい。それからパットは俺をソファへ座るよう手招きしてくれたので、それに従い腰を下ろした。アリスは俺の座るソファの後ろへ立つ。
ちょっと待て、これだとアリスは俺の護衛みたいになってないか。お前の業務は目の前にいるパットの護衛ではないのか。
しかし、アリスもパットも何も言わず、それをさも当たり前のことであるかのように受け入れている。
……あぁ、そう。それなら俺から言うことは何も無いわ。
「さて、それじゃあ本題に入っていいか?」
「えぇ、もちろん。セオリー君の頼みなら大体快諾しますよ」
なんで俺への好感度がすでにマックスなんだ。もし、この「‐NINJA‐になろうVR」が恋愛シミュレーションゲームだったとしたらヌルゲーもいいとこな好感度の高さだぞ。
「えっと、俺は桃源コーポ都市の上層部、つまり企業連合会の腐敗を正常化させたいと思っている」
「うんうん」
「そのために、手を貸して欲しい」
「OK、手を貸しましょう」
さて、どうだ。企業連合会に組するコーポだけが利益を得る現在の仕組みにメスを入れようというのだから、逆嶋バイオウェアの利益を考えれば簡単に頷くことはできないはずだ。その上で俺に手を貸してもらうためにはそれなりの見返りを用意しないといけないだろう。だが、それでも俺は最善手を求めて足掻き続ける……!
「……って、え?」
いや、今何て言った?
手を貸しましょう、と言ったか。この男はまるで考える素振りも見せずに快諾したというのか。怖い、怖すぎる。何を考えているんだ。自社の利益が第一じゃないのか。
「本当に良いのか? 俺が言うのもなんだけど、逆嶋バイオウェアの純利益で考えるとマイナスじゃないか」
「いえいえ、むしろ大助かりですよ。企業連合会の現状を何とかしたかったのは何もセオリーさんだけではありません。我々も同じなのです」
俺はボケっとした顔でパットを見つめる。ということは利害関係どころか目的も一致しているというのか。ホワイ、それは何故?
「おや、知らずに私どもの下まで来たのですか」
俺はコクコクと頷いて詳細を尋ねた。
パットの話によると、逆嶋バイオウェア中央支部は長いことカルマ室長の部下が総責任者の座にいたらしい。そして、不正な方法を駆使して莫大な利益を出した後、その内の何割かをカルマ室長の私的な研究費として横流ししていたというのだ。
そういえば、組織抗争クエストの際にカルマ室長周りで不正な金の流れを察知した上層部が研究所内部に忍者を放っていたという件を思い出した。まさか、その時の不正な金の出処が桃源コーポ都市にあったとは思わなかったな。
「つまり、カルマが失脚した後、カルマの部下だった男も御用になったわけか」
「そういうことですね。そして入れ替わりに派遣された私が、彼らの残していった置き土産を片付けているわけです」
パットはテーブルの隅に置いたファイルを横目で眺める。その顔からはやれやれといった雰囲気が浮かんでいる。
言ってしまえば好き勝手していた彼らの尻拭いをしていたわけだ。どんな手段を取っていたのか分からないけれど、パットが即座に俺へ手を貸すことを快諾する程度には腐敗していたのだろう。
それからトントン拍子に話は進んだ。
目論見としては、俺が甲刃重工と逆嶋バイオウェアを後ろ盾として企業連合会の会長の座に就く。そして、全てのコーポの不法行為を禁止して、正常化を目指すのだ。
ちなみに、俺への好感度がやたらと高かったのは、カルマ室長の横暴を止めた際の主要メンバーとして逆嶋バイオウェアの上層部陣営に名を覚えられてしまったらしい。その裏には俺がパーティーリーダーとして暗躍したのだと強く推すコタローの存在があった。
コタローの野郎、調子のいいこと言ってあることないこと吹き込んだようである。所々の部分でそれって俺じゃなくてイリスの活躍だよね、という場面やハイトの機転による成功だよね、と思うような場面が俺の功績にすり替わっているところもあった。
その度にツッコミつつ、訂正をしていく。しかし、パットはそう謙遜せずとも良いじゃないかと話半分だ。こうして適当な尾ひれ背びれが付いて噂話は誇張されていくんだろうなぁ。俺は人の噂話の闇を覗いた様な気分だった。
「
あとはどうやらアリスの説明も誇張された俺という虚像に拍車を掛けているようだ。中忍であるコタローの説明と違って頭領のアリスが言うと重みが違うんだよ。それを言われたら皆それを信じちゃうんだよ。
とりあえず、そんな原因があったために、パットからの好感度は最初から高かったわけだ。そりゃ、二つ返事で快諾もするわ。
「さて、とはいえ我々だけでは他の企業連合会に属するコーポを
「あぁ、それに関してはちょっと確認を取る必要がある。少し待ってくれ」
パットの心配は分かる。それは先ほど甲刃重工のトップにも同じことを言われたばかりだ。俺は席を外すと無線機を取り出してカザキへ連絡を取る。この無線機はカザキから連絡を取りたい時に使えと言われて渡されたものだ。
「あ、もしもし、カザキ? 俺だよ、俺俺……あっ、ちょっと待って切らないで」
『私も暇ではないんですがね。我が社を出てからずいぶんと早い連絡ですが、どうかしましたか? まさか逆嶋バイオウェアの協力を取り付けたなどと言わないでくださいよ』
「あぁ、そうだよ。逆嶋バイオウェアは俺に協力することを快諾した。そっちのことも話して良いよな」
『……はい?』
一拍の間を置いてからカザキは間抜けな声を漏らした。顔がはっきりと幻視できる様な声色だった。
「だから、逆嶋バイオウェアが協力してくれるってよ」
カザキは信用ならないようで逆嶋バイオウェアのトップと話をさせろと言い出した。俺が事情を説明すると即座にパットは無線機を受け取った。
「やぁ、甲刃重工のカザキさんですね。逆嶋バイオウェアのパットです。先月の企業連合会の会合振りですね」
「なっ……、本当に彼へ手を貸すのですか?」
「もちろん。カザキさんの方こそ彼へ手を貸さないのですか?」
カザキからすればここで俺を裏切るわけにはいかない。何故なら、もし俺を裏切ろうものならカザキの座を俺が奪いに向かうからだ。それも逆嶋バイオウェアを味方に付けてである。カザキはずいぶんとアリスのことを高く買っていた。その評価の高さはそのまま恐れに反映されている。
それを知ってか知らずかパットの声も圧を感じる。我々が味方するセオリーさんを裏切ろうという訳はないですよね、といった具合だ。
「ははっ、何を言いますやら。当然、我々も味方しますよ」
カザキの口から言質を取った。こうして企業連合会に属する巨大コーポの内、二つを味方に付けることに成功した。あとは、八百万カンパニーと三神インダストリ、そして、シャドウハウンドだけだ。
パットとカザキと作戦について話を進めた後、俺は三日後の企業連合会の会合へ向けて暗黒アンダー都市の拠点へと戻って行ったのだった。
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今回出てきた不正な金がカルマ室長へ流れていたという話は『第四十話 逆嶋防衛戦 その21~14へ行けと言わんばかりの通路~』に出てきます。
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