第12話 男の子ってこういうのが好きなんでしょう

▼エイプリル


『宿主プレイヤー:セオリーがログアウトしました。再ログイン時まで腹心:エイプリルを凍結保護しますか?』


 セオリーがログアウトした後、私の目の前には青白く光る電子巻物が現れていた。

 ログアウト直前、セオリーから時間経過の差について聞いた時はかなり落胆した。セオリーが向こうの世界に半日戻るだけで、こちらでは二日間独りで過ごすことになるのだ。それを聞いた時、表には見せないけれど私の心は深く沈んだ。私も向こうの世界に行ければ良いのに、そんな無理難題を考えてしまうほどにはへこんでいた。

 でも、今目の前に現れた電子巻物の内容を見て少し心が明るくなった。凍結保護されている間、NPCである私は完全にこちらの世界から切り離され、時間が停止するようだ。つまり、セオリーと同じ時間をこの世界で過ごせるに等しい。

 セオリーが向こうに戻る時間が必要なのは仕方がない。凍結保護が選択式なのも良いことだ。たまにはこっそり修行して戻ってきたセオリーにサプライズしてみるのもいいかもしれない。時間を飛ばす術を手に入れられたことで、そんな冗談を考えられる程度に気持ちが前向きになった。


 私は、巻物に対して肯定を返した。


『凍結保護申請を確認。―――承認しました』


 電子巻物に承認の文字が浮き上がると同時に私の意識は闇へと消えていった。






淵見ふちみ 瀬織せおり


 ゲームからログアウトして、部屋に掛かった時計を見る。午後一時頃にゲームを開始して今は午後五時ごろだ。まだ四時間程度しか経っていないということになる。


「これ、時間感覚だいぶ狂うな」


 キャラ作成やチュートリアルに時間を取られた上で、さらに半日以上をゲーム内で過ごしていたはずだ。

 感覚ダイブ型VRゲームの中でも時間加速の技術を用いている物はまだまだ少ない。つい二、三年前にやっと一般市場にも出回り始めたばかりの最先端技術だ。一年前に発売した「‐NINJA‐になろう VR」に導入されると決まった際にもそこそこ大きな反響があったほどだ。ここ一年で発表されたゲームには導入されたものがいくつかあったらしいけれど受験勉強のため全く触れてこなかった。そのため瀬織にとっては今回のゲームが時間加速技術の初体験だった。


「これ、ゲームの中で勉強したら四倍勉強できるのかな……」


 まだ受験生気分が抜けきらず、自然とそんなことを考えてしまう。というか、四倍も受験勉強したくないわ。すぐにその考えを打ち消した。

 我が家の夕食は、俺が一人っ子なので父と母と三人で食卓を囲み、だいたい午後七時頃に食べる。つまり、夕食まではあと二時間ほどある。中途半端な時間に戻ってしまった。

 もう一度ゲームに戻ろうかなと思ったところで携帯端末がメッセンジャーアプリの着信を伝えていることに気付いた。着信は同じ高校の友人である佐藤だった。彼とは小学校からの腐れ縁で、お互いにゲームが好きというところから自然と仲良くなった。高校二年の終わりまではよく一緒にオンラインでゲームをした仲だ。

 ちなみに佐藤は高校卒業後、家業の米屋を継ぐということで受験戦争には関与しなかった勢だ。そのため「‐NINJA‐になろうVR」も発売日当日には入手して、今も現役でプレイしている。いわば忍者の先輩にあたる。俺が始めたのも彼からの強い勧めが一因だ。

 俺はゲームを始める直前に「‐NINJA‐になろうVR」が届いたことを彼に連絡していた。そして、ゲームを楽しんでいる間にその返事が来ていたようだ。


『ついに淵見もNINJAデビューか! よろしい、ならばNINJAというものをとくと教えてやろうではないか。関西地方の中央、金之尾神社で待つ』


 返事に目を通して、それから返事が着た時間を見た。

 俺がゲームを開始した一分後に返信が着ていた。どうやらタッチの差で俺がゲームを先に開始してしまったようだ。そして、彼は関西地方でプレイしているらしい。なんで関東在住なのに関西スタートなんだよ、と思ったけれど現実の居住地に縛られる必要なんて無いことに気づいてしまった。


『ごめん、返信いま見た。関東地方でスタートしたから会えないわ』


 とりあえず、メッセンジャーアプリで謝罪と開始場所を返信で伝えておく。一応サーバー移動も可能だったはずだけど果たして手軽にできるのだろうか。手軽に移動できるなら佐藤の方からやって来るかもしれない。

 そんなことを思っていると、俺が返事を送って三十秒ほどで今度は電話が着た。


「もしもし」


「おう、昨日の学校ぶり! つうか、お前関東スタートかよ」


「ごめんて」


「問題ない。勝手に待ってただけだ。というわけで、俺はこれから関東に飛ぶわ」


「サーバー移動するのか。そんな手軽なんだな」


「うむ……、まあ、しようと思えばできるってところだな。準備にしばらくかかるから、それまでは一人で頑張ってくれ」


「最初からそのつもりだよ。というか佐藤が来てもレベル差があるんじゃないか?」


「普通にクエストをこなす分には差があるけど、色々とイベントもあるし、上手く一緒に遊べるさ」


「へぇ、そういうイベントもあるんだな。そしたら今は幽世山脈の逆嶋ってとこにいるけど、その後で中央の桃源コーポ都市に行く予定だからその辺で落ち合おう」


「了解した。ちなみにキャラ名はセオリーでいいな?」


「そうそう」


 そうして、しばらく他愛のない話をした後、通話を終了した。そういえば向こうの忍者ランクはどこまでいっているのだろう。聞きそびれてしまった。発売日から遊んでいるなら上忍や下手したら上忍頭などにもなっているかもしれない。ゲーム内で会った時を楽しみにしておこう。

 そんな電話をしている内に時刻は午後六時三十分になっていた。今から夕食の配膳を手伝えば丁度良い時間だろう。俺は自室を出た後、キッチンへ向かった。






▼セオリー


 夕食も食べ終え、風呂も済ませた。というわけで、準備万端で再びゲームの世界へと戻った。ログインすると部屋の一室だ。ランに案内された客間に立っていた。


「あれ、エイプリルがいないな」


 待っている、と言っていたエイプリルは付近に居ない。窓の外から差し込む光からもう朝になっていることが分かる。外は良い天気みたいだし、散歩にでも行っているのだろうか。

 すると俺の影が水面のように波打ち始めた。なんだ、と警戒しつつ見ていると影から浮き上がるようにエイプリルが出てきた。


「セオリー、お帰りなさい」


「ただいま。……それで今、影から出てきたよな。新しい忍術でも覚えたのか?」


 驚きを隠せないままエイプリルと自分の影を交互に指さす。

 エイプリルは、えへへと笑うと事のいきさつを説明し始めた。それによると俺がログアウトしている間に限り、彼女が望むのならば時間の経過を凍結することができるようになったということだ。これにより彼女が手持無沙汰で待たなければならない時間は無くなったということだ。


「でも、セオリーが居ない間に活動することも選べるから、こっそり修行して驚かせることもできるね」


「あんまり心臓に悪いことはしないでくれよな」


「もちろん、優秀な腹心としてセオリーの役に立つよう成長しますよー」


「いや、俺のためとかは考えなくていいから。エイプリルの自主性を重んじるからね!」


 エイプリルの自主性は尊重したいので俺自身に直接関わってくること以外は自由に決めて欲しい、ということは強く念押ししておいた。

 それからおキクさんとランに挨拶をして店を出る。フレンドリストのコタローはまだログインしていないようなので、二人で街中を散策した。


 まずは事前にコタローから聞いていたお店の中から忍具屋へ行くことにする。こういった忍者にかかわるお店は、店先の看板の隅に小さく×印が刻まれている。それを確認することで、ゲームにかかわる建物かを判断するのだ。


「いらっしゃい」


 忍具屋の店主はちょび髭を生やした中年のおじさんだった。表向きは包丁などの刃物を取り扱うお店のようだ。店主はカウンター席に座ったまま、集中した様子で包丁を砥石で研いでいた。


「すみません、忍具をみたいんですけど」


「そっちの扉へどうぞ」


 集中しているのを乱すのは悪いな、と思いつつも俺が声をかける。すると店主は顔を上げて、手を差し向けて答えた。しかし、向けられた先は何の変哲もない壁である。俺が困った様子でいると、店主が頭を掻きながら立ち上がった。


「おっと初見さんでしたか。これは失礼しました。この壁の前に立って、このように三度ノックするように叩いてください」


 店主は壁際に立つと、説明しながら壁を手の甲で叩く振りをした。

 俺は店主の言葉を受けてワクワクとした気持ちになる。これはもしかして忍者屋敷とかでよくあるアレではないだろうか。壁に背をつけてクルリと壁ごと回転して隠し部屋に入るアレである。男の子ってこういうのが好きなんでしょう、と言われるたぐいのカラクリだ。

 これから起こるだろうことを考えると思わずテンションと口角が上がる。そんな俺は言われた通り壁際に立つと、手の甲で壁を三度ノックした。

 さあ、来い! そう待ち構えていると突如足元がパカッと開き、そのまま地下へ落ちていった。落とし穴である。


「こっちかよぉぉおお!!」


 俺の声は落とし穴の中に虚しく、そして悲しく響いたのだった。

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