第13話 無所属忍者のクエスト受注

▼セオリー


「確かに店の隣はすぐ別の家だったし、壁ごと回転は物理的に無理だったわ。でもさ、落とし穴は先に言おうよ。びっくりするよ。つうか、俺のワクワクを返してよ!」


「あははっ、セオリーの叫び声に店主さんも笑ってたよ。初めての人は結構その勘違いするんだって」


 落とし穴はスロープ状になっていて、そのまま安全に地下へと降りることができた。すぐ後にエイプリルも笑いながら降りてきて笑いながら話しかけてくる。回転式隠し扉のワクワクは男の子にとって抗い難い誘惑なのだ。仕方ないだろう。

 さて、そんな降りた先は小部屋になっており、壁には様々な忍具が置いてあった。そして部屋の角にはカウンターがあり、店員が座っている。というか、さっき上の店に居た中年のおじさん店主が座っていた。


「あれ、おじさんって上にも居たような。双子ですか?」


「ふふ、私も忍者の端くれでしてね。分身術ですよ」


 店主は過去に根の忍者だったことを教えてくれた。そのため、固有忍術は使えないけれど一般的な忍術は使えるらしい。ちなみに、一般忍術と呼ばれる忍術群は誰でも習得可能とはいえ、俺やエイプリルのような下忍なりたて忍者にはまだほとんど使えない。




 一般忍術を習得する方法は基本的に三種類ある。

 一つ目はレベルアップによる自動習得だ。投擲術や変わり身術などの汎用性の高い忍術がこれに該当する。

 二つ目は『習得の書』と呼ばれる巻物を読んだり、人に教えてもらったりといった学習による習得だ。巻物は消費アイテムとして存在し、人に教えてもらう場合は専用のNPCに伝授してもらう必要がある。エイプリルがチュートリアル中に使った諜報系忍術の『思念糸』なんかは教官忍者に伝授されたものだ。

 三つ目は行動学習による習得だ。この三つ目がなかなか曲者で、ゲームの中でプレイヤーが行った動作や使った武器、クエストの受注傾向、その他にも色々なデータをゲーム側が読み取った結果、プレイヤーごとに見合った忍術を習得できる。習得するタイミングはランダムだけれどレベルアップ時に自動習得の忍術と一緒に習得できることが多いそうだ。




 というわけで、元根の忍者である店主は分身術により地上と地下の店番を一人で行っているようだ。便利な術だなー。

 ただ、尋ねてみたところ分身術は自然な人間らしい動きをする場合には完全マニュアル制御にしないといけないため、二つの身体を自分一人で動かさなければならないため制御が難しいのだという。話している最中も時折、店主が行動停止している時があったけれど、その時は地上に客が来て対応していたらしい。シングルタスクな人にはかなり厳しい忍術のようだ。

 そういう人のためにオート行動モードもあるようだ。しかし、その場合には攻撃・防御・忍術などの指示から選択し、その最初に設定した指示を愚直に遂行するだけのロボットのようなものになる。そのため、場面の切り替わりが激しい戦闘中なんかでは陽動くらいにしか使えないらしい。


 話を聞いた後は本来の目的の一つである忍具の確認をおこなった。

 今までは手裏剣とクナイだけを駆使して戦っていた。しかし、コタローが教えてくれた煙玉を使った救出方法のように、今後クエストによっては様々な場面があるはずだ。そのためには手数を増やすに越したことはない。


「へぇ、煙玉にオプションで催涙ガスとか付けられるんだな」


「これを救出任務の時に使ったら、救出対象も催涙効果を受けるけどね」


 冷静にエイプリルが補足する。たしかに、救出任務のクエストなどでは救出対象に危害を与える可能性のあるオプションは使いにくくなるな。それも使い分けか。

 陳列された忍具を見るとどれも一長一短がある。正直、全部一通り欲しくなってしまう。だが、残念ながらお金は無いのだ。

 他にも気を込めて遠隔で爆発させられるお札型の忍具である『気爆符』といった面白そうなものや、撒菱まきびしといったオーソドックスな忍具なども売られていた。

 おっ、鎖鎌もある。絶対に使いにくいだろうけど、手に持ったまま中距離まで攻撃できるから『不殺術』と相性良さそうなんだよな。


 ……しかし、やっぱりお金が無いのだ。

 世知辛いゲームだ。しかし、それを解消するのが今日のもう一つの目的だ。今日は元々ウィンドウショッピングしつつ、店の人などにクエストはないか聞いて回る予定だったのだ。というわけで、店主に聞いてみる。


「ところで、店主さんは何か困りごととかありませんか? 俺たち無所属なのでクエストを探してるんですよね」


「なるほど、そういうことでしたか。うーん……、残念ですが私からお願いしたいことはないですね」


「……そうですか。分かりました」


「ふふ、そう落胆しないでください。代わりに依頼掲示板の場所を教えてあげましょう」


「依頼掲示板?」


 店主は人差し指を口にあてて、他言無用ですよ、と前置きをしてから場所を教えてくれた。

 場所は街の中にある本屋だ。コタローから教えてもらったお店の中にも入っている。たしか表向きは本屋だけど、忍者相手には『習得の書』と呼ばれる忍術を習得できる貴重な巻物を売ってくれる店だ。

 忍具屋の店主によれば、その店には依頼掲示板もあるそうだが、コタローは何も言っていなかった。行けば分かるから言わなかったのだろうか。それでもクエストの受け方を教えてくれた時にも全く依頼掲示板については触れていなかった。

 どうしてだろうという疑問を抱いたけれど、とりあえず俺たちは忍具屋の店主にお礼を言って店を出た。






 結果として疑問はすぐに解消された。というのも本屋には入り口が三つあったのだ。

 一つは一般人用の入り口。これは普通に本屋に繋がる。そして、忍者用の入り口。店横の螺旋階段を上がり、直接二階に入る形になっている。こちらは習得の書を売る巻物屋に繋がっているようで、俺たちが店先に立って確認している間にもスーツ姿を着たプレイヤーが何人か出入りしていた。

 最後に、無所属忍者用の入り口だ。この入り口には最初全く気が付かなかった。というのも巻物屋に繋がる螺旋階段とは反対側に位置している電柱に貼られた貼り紙、それが入り口だったからだ。しかも、スーツ姿の忍者たちはその貼り紙には目もくれない。そもそもスーツ姿のプレイヤーおそらく逆嶋バイオウェア所属の忍者だと思うが、彼らはその貼り紙が見えていないようなのだ。

 最初に俺たちが気付くことができたのも一人の男がその貼り紙を手の甲でコンコンと二回叩いた後に吸い込まれるように消えたからだ。

 すぐにその貼り紙の下まで行って観察してみる。その貼り紙は、四隅になにやら崩された字体の漢字が書かれた小さなお札が貼られていた。そして、貼り紙自体には『依頼掲示板』とはっきり書かれている。

 近くにいたスーツ姿のプレイヤーに「これって何ですか」と尋ねると、電柱があるだけにしか見えなかったようで「何を言ってるんだ」という顔をされた。つまり、この貼り紙は俺たちにしか見えていないのだった。予想だが、これが無所属忍者専用の入り口なのだ。そして、コタローも存在自体知らなかったのだろう。

 俺たちは先ほどの男の真似をして貼り紙を二回ノックする。すると目の前が真っ暗になり、足場が不安定になったような奇妙な感覚に襲われた。そして、身体が闇の中に落ちていった。




 闇に包まれた視界が徐々に回復していき、辺りを見回してみると、そこは薄暗い路地裏だった。

 さっきまで天気の良い晴れた空だったのに、今は空に月が浮かぶ夜になっている。傍にはエイプリルも呆然とした様子で立っていた。お互いに顔を見合わせた後、周囲を確認する。すると細い道が奥へと続き、そちらに向かって矢印の看板があった。


 看板の通りにしばらく進んでいくと、開けた空間に出た。周囲は雑居ビルに囲まれているが、それでも五十メートル四方はありそうな空間だ。そして、そこに大きな掲示板が鎮座していた。掲示板の前や空間の端の方など、パッと見ても三、四十人ほどのプレイヤーと思しき忍者が存在していた。

 思っていたよりプレイヤーが多くいて驚いたが、街中ではゲームに慣れた忍者は大概屋根の上を高速移動するみたいだし、俺たちみたいにのんびり街中を歩いている忍者は少数派なのだろう。コタローも俺たちと別れた後は屋根に飛び移って消えていったし、それなら街中にプレイヤーが少なく感じるのも頷ける。実際には気付いていないだけで、そこら中に忍者は隠れているのかもしれない。


「それにしても、デカい掲示板だな」


「横の長さどのくらいだろうね。二十メートルくらいあるかな?」


 そして、この空間のメインである依頼掲示板はとんでもなく横幅が広い掲示板だった。高さは普通の掲示板と同じ二メートル弱くらいなので、その横幅だけが異様に見える。しかし、それにも理由があるようだ。

 端から見ていくと貼られた依頼書に朱印で『中忍頭』とか『上忍』などといった忍者のランクを示す印が押されている。そして、それらの依頼書はそれぞれの忍者のランクに合わせて区切って貼ってあるという訳だ。実に分かりやすい。


 俺たちは掲示板の左端まで行って、やっと下忍の印が押された区分けに辿り着いたので早速下忍コーナーの依頼を見ていく。『迷子の子犬探し』、『失せ物探し』、『忍具作成用の鉱石採掘』、『丸薬の材料集め』、エトセトラ、エトセトラ……。

 ほとんどお使いみたいなクエストばかりだった。下忍の戦闘力や隠密力だとできることは限られる。そのため、一般人からのお使いクエストも入ってくるのだろう。というか迷子の子犬探しまでいくと忍者が一般人に浸透しすぎじゃないか……? そう思ったけれど、任務依頼者への連絡先が探偵会社などになっていたため、そういった仲介役が存在しているのだろう。

 そんなわけで俺たちは『忍具作成用の鉱石採掘』と「丸薬の材料集め」のクエストを選び、パーティーで受注した。パーティー人数分だけ一度に受注できるようなので二つずつ一気に消化していこう。こういう所でパーティーを組んでいると効率が良い。

 この二つのクエストにした理由は報酬で得られるものの中に経験値やお金だけでなく忍具や丸薬が付いてくるからだ。その分、報酬金だけで比べると「迷子犬探し」や「失せ物探し」より少し安いけれど、実物の報酬も考えるとお得だ。

 その後、俺たちはクエストを達成するため逆嶋さかしまを出て幽世かくりよ山脈の採掘ポイントや薬草採取ポイントへとくり出していったのだった。

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