第14話 レベルアップと猪狩り

▼セオリー


「しかし、筋力1の弊害がここでくるとは……」


「ツルハシで鉱石掘るのに最低筋力3以上必要とは思わなかったね」


 クエストを受注した後、エイプリルと一緒に向かった場所は幽世かくりよ山脈にある鉱山だった。忍具作成用の鉱石を採掘するポイントはマップに表示されていたため迷うことなく到着することができた。しかし、いざ採掘しようとした際にそれが発覚した。


「ツルハシ、めっちゃ重いな」


「私には軽く感じるけどなー」


 エイプリルがぶんぶんとツルハシを片手で振るのに対し、俺は両手で持って振り上げるのがやっとだ。振り下ろそうとすると狙ったところにいかず、カス当たりになってしまう。力の伝導率も悪いようで鉱石は欠片ほどしか取ることができない。

 俺のゲーム表示では先ほどから『小さい鉄鉱石の欠片(粗悪)を手に入れた』と表示され続けている。その横でツルハシを振るうエイプリルは『鉄鉱石(普通)』を手に入れている。これが筋力十倍の差か、俺がやる意味あるのかな……。

 その後、何ヶ所か採掘してみた結果、一つの採掘ポイントごとに採掘可能回数が上限として決められていることが分かった。そのため、以降はエイプリルに採掘してもらった。俺は、無力だ……。


 そんなハプニングもあったけれど、他のクエストはおおむね順調に進み、依頼掲示板で受注できる下忍のクエストを次々とクリアしていった。

 忍具作成用の鉱石採掘と丸薬の材料採集を何周かクリアし、依頼掲示板に表示されなくなった後は迷子の子犬探しもクリアした。迷子の子犬探しでは俺の比較的高いステータスである隠密と俊敏を活かし、逃げ回る子犬をなんとか捕獲することができた。

 そう、ようやくクエストクリアに貢献できたのである。俺はもう無力じゃない……!


 そうこう自信を失ったり回復したりしながらクエストをこなしていった結果、俺たちは下忍ランクのレベル10まで上げることができた。

 レベルの低いうちはレベルアップに必要な経験値が少なく設定されている。これだけサクサクとレベルが上がっていくのは今の内だけだと思うけど、やはり新しくできることが増えていくのは楽しい。


 今まで固有忍術の『不殺術』と『集中』しか忍術がなかった状態に加えて、レベル10に上がったことで自動習得の忍術を覚えた。


 そもそもチュートリアルで習得した『集中』という忍術は体の一部分をオーラで包み、身体能力を底上げする忍術だった。

 ちなみに『集中』を使って鉱石採掘で良いところを見せようと腕にオーラを集中させてツルハシを振るったところ、脚の踏ん張りが足りず、振り上げたまま後方に引っくり返るという黒歴史を披露してしまった。


 今回、レベル10となったことで『身代わり術』という忍術を習得した。

 分身の術が自由に動かせる自分の分身を生み出すのに対し、身代わり術はその場から動かない自分の分身を生み出すことができる。動かすことはできないため、敵の攻撃に対するデコイとして活用したり、居場所を攪乱かくらんするための陽動として使えるだろう。ちなみに攻撃を一発食らうと霧散してしまう。

 レベルアップに伴う自動習得なので、どんな忍者であっても使い道がありそうな汎用性の高い忍術といえるだろう。


「忍術も順調に増えてるし、この調子でじゃんじゃんクエストをクリアしよう」


「おー!」


 クエストが順調に進み、エイプリルも上機嫌だ。レベルが10まで上がったことで受注できるクエストも増えていた。


「ほうほう、お次は街に出た猪を狩れ、と」


「こっちは山から下りてきた熊を狩れだってさ」


「急に戦闘力が必要なクエストになってきたな」


「でも、忍者がやることなのかな、ちょっと微妙じゃない?」


 エイプリルの疑問ももっともだ。この世界に職業猟師の人が居るなら仕事を奪ってしまうことになるのではないだろうかと思う。とはいえ、報酬も上がっているので受けるに越したことはない。すぐに受注して逆嶋の街中だという猪出現ポイントへと向かった。


 その結果分かったのは「この世界の猪はヤバい」ということだった。俺とエイプリルは五十メートルほど離れた家の屋根から様子を見ていた。道路脇のゴミ集積所に頭を突っ込んで食べ物を漁る姿は野生の動物らしいが、そのそびえる体格は二メートル近くあった。


「でっかいな……」


「大きいね……」


 それしか言いようがない。これは一般人の猟師には無理だ。銃を撃ってる内に突進ではね飛ばされる未来しか見えない。口から生えている一対の牙もそれぞれが一メートル近い大きさだ。あの牙で突かれれば忍者といえども痛手を負うだろう。

 どうしようかと作戦を考えていると俺たちの居る方角とは反対側から二人組の忍者が現れた。スーツを着ていることから逆嶋バイオウェアに所属する下忍プレイヤーらしい。狩る対象が同じということは、このクエストは他のプレイヤーと競合するタイプのクエストのようだ。つまり、狩るのは早い者勝ちになる。

 あまり時間をかけて作戦を練っている訳にもいられないなと焦る中、スーツ姿の二人組はいきなり猪に襲い掛かった。ゴミ漁りに夢中な猪は背中から襲い掛かる二人に全く気付いていない。


「いくぞ! 『集中』、『風操術・風纏かぜまとい』!!」


「『解析術・急所感知』。見えたぞ。……オッケー、マーキングできたよ!」


 一人は『集中』で腕力を強化し、さらに持っていた刀にオーラを行き渡らせると、白い紙吹雪が舞い始める。おそらく風属性のエフェクトなのだろう。

 それと同時にもう一人は目にオーラが集中し、懐から取り出した球体型の忍具を猪に投擲した。球体形の忍具は猪の脇付近に当たると弾けた。そして、中に入っていたペンキのようなもので一ヶ所に色を付ける。急所感知とマーキングという言葉から、おそらくあの色付けされた部分が、この巨大猪の弱点なのだろう。


「疾風迅雷突きぃ!!」


 勢いよく突っ込んでいくと、風の力が付与された刀をマーキングされた箇所へ突き出す。刀は切れ味が大幅に上がっているようで、するりと猪の肉体に突き刺さっていく。それと同時に痛みに打ち震える猪が咆哮をあげた。びりびりと周囲の大気ごと震えるような鳴き声に、刀を突き立てていた忍者が一瞬気圧けおされる。猪はその瞬間を見逃さず、身体を大きく振った。猪の力は相当に強かったのだろう。刀身を半ばまで刺していた忍者は刀を持っていられずに吹き飛ばされた。

 猪はゆっくり振り返ると自分に傷をつけた相手を見下ろした。刀を持っていた方の忍者は猪に睨み付けられても体勢を立て直せない。ゴミ集積所の向かいにあった家の塀に背中を強く打ち付けたため一時的に身体機能が麻痺しているようだ。

 急所をマーキングした方の忍者が盾になるようにして立つが手に持ったクナイの小ささは猪の牙と比べるとまるで爪楊枝か何かのように頼りない。

 このままだとあの二人はやられてしまうだろう。俺はエイプリルに作戦を手早く伝えると走り出した。


 猪は足で地面を蹴り、今にも突進を開始しようとしている。二人組のスーツ忍者はその様子を見て顔を青ざめさせる。そんな時、声が届く。


「『瞬影術・影跳び』。これでも食らいなさい!」


 猪の背後に飛んだエイプリルは手にしたクナイを猪の臀部でんぶへ向けて力任せに突き立てる。急所以外は固い皮膚に覆われているようでクナイは数センチしか刺さらない。しかし、猪の気をそらすことには成功した。

 猪は怒り狂ったようにエイプリルの方を振り返った。そして怒りのままにエイプリルへと突進を開始する。巨体のわりに俊敏な動きをする猪に対して、エイプリルは回避行動が間に合わず棒立ちのままだ。そして、猪の大きな牙はエイプリルの身体をいとも簡単に突き貫いた。


「「ああ!」」


 自分たちを助けようとしてくれたプレイヤーがやられてしまった、二人のスーツ忍者にはそう映ったかもしれない。走って近くまで辿り着いた俺は安心させるように声をかける。


「まぁまぁ、そう慌てるなって」


「ちゃんと『身代わり術』で避けたから無事だよ」


 そこには俺の影へと退避したエイプリルが立っていた。早速覚えた忍術を試してもらうことにしたけれど、どうやら動かない分身を陽動として生み出す『身代わり術』はエイプリルの『影跳び』とかなり相性が良さそうだ。

 牙で確かに突き貫いたはずのエイプリルの身体は霧散して消えてしまった。そのことに猪は困惑している。今が不意を打つチャンスだ。俺は隠密を最大限に発揮し、音を立てないように忍び寄る。そして、猪の脇腹に刺さったままとなっている刀へ向かって杭を打つように全力の拳を叩き込む。


「合わせて『不殺術・仮死縫い』もプレゼントだ!」


 拳が刀の持ち手部分を叩くと同時に黒いオーラが刀を包み込む。このマーキング地点は急所だ。つまり、クリティカル攻撃になる。俺の仮死縫いでクリティカル攻撃が出た場合、刀は急所に到達するために邪魔をする全てのものを透過する。

 ぬるりと刀が猪の強靭な筋肉や骨を透過して奥へ分け入る。そして、最奥に包まれた心臓へと達した。直後、猪はビクンッと大きく震えたかと思うとゆっくりと横向きに倒れていくのだった。






「助かったよ、ありがとな」


「ありがとうございました」


 二人のスーツ忍者が感謝の礼をしてきたので、同じクエストを受けていたことを説明してこちらも二人の攻撃があったおかげで勝てたことを伝えた。実際、最初の一撃が無ければ急所への最適な攻撃場所が分からず長期戦になっていただろう。エイプリルの攻撃もそこまでダメージを与えられていなかったし、火力の低さは俺たち二人とも共通の課題かもしれない。

 その後に軽く情報交換したところ、俺の予想通り彼らは逆嶋バイオウェアに所属する下忍だった。始めたタイミングも昨日からで俺とほぼ同じだ。親近感が湧いてきた頃、彼らは急に「あれ、ヤバい。もう一時間だ」「本当に? 早くログアウトしよう」と言って忙しなくログアウトしていった。


「急にログアウトしてどうしたのかな?」


 エイプリルの疑問に俺は自分の過去の記憶に思い当る節があった。『ゲームは一日一時間までよ!』般若のごとき顔をした母の顔が思い浮かぶ。たぶん、あの二人は小学生くらいの年齢なんだろう。

 微笑ましい気持ちになりつつも一時間のプレイ時間だと経験値稼ぐの大変そうだなぁ、と思うのだった。

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