第15話 競合クエストと猪狩り二回目

▼セオリー


 猪狩りを終え、次は一緒に受注していた熊狩りだ。猪の大きさを考えると熊の方も当然同じく危険度が高いだろう。熊の出現地点へと近付いた後、まずは物陰で様子を窺うことにした。

 案の定、遠目に見える熊の体高は二メートルほどある。二足で立ち上がったりすればより高くなるだろう。そして、熊はすでに戦闘を始めていた。周囲には巫女服の女性とスーツ姿の女性、学生服の男性という三人がいた。身のこなしを見るに三人とも忍者のようだ。


 主に男子学生が竹刀を叩きつけて攻撃しているようだが、そこまで決定打にはなっていない。しかし、俊敏が高いようで熊の爪による引っ掻き攻撃を上手く躱していた。

 その後方にいるスーツの女性は巫女を庇うようにして立ちつつ、学生の戦いを見守っている。一番後ろにいる巫女は手を拝むようにして組み、気を練り上げているようだ。


「そろそろ、いいよ」


 巫女の声に合わせて、スーツの女性が男子学生に退避の掛け声を送ると、竹刀を熊に叩きつけていた男子学生は女性たちの傍まで退避してきた。熊もそれを追って三人に近寄ろうとするけれど、その前に巫女の術が発動した。


「『口寄せ術・蛮虎招来』かーらーの、『使役術・従魔剛健』!」


 熊と三人の間へ割り込むようにして爆発が起こる。もうもうと煙が立ち上る中で何か大きな生き物が身じろぎするのが感じられた。すぐに風が煙を押し流していき、生き物の姿が露わになる。そこには巨大熊に比肩する大きさの虎が立ちはだかっていた。突然の虎出現により熊の前進が止まる。そこを見計らって虎は鋭い爪と牙で熊に襲い掛かった。

 虎の爪が熊の両肩に食い込む。しかし、すぐさま熊の方もお返しとばかりに両腕で虎の頭を掴み、抑え込んでいく。頭を掴まれてしまったために凶悪な鋭さを輝かせる虎の牙は熊の首元まで届いていない。力はほとんど互角なようで互いに取っ組み合った状態でジリジリと攻撃を加え合っている。


「フルパワー虎ちゃんでもダメなの! あの熊強くない?」


 巫女は驚きと憤慨を表すように声をあげている。スーツの女性はこうなることが分かっていたのか、次の術の準備に取り掛かっていた。


「やっぱり虎だけじゃ火力足りないか。じゃあ、ショウ君やるよ」


「おう、よろしく」


「『結縁術・月下氷人』、対象はショウ君と蛮虎で」


 スーツの女性が学生と虎に指を向けると、スーツ姿の女性の手元から赤い糸が現れた。赤い糸の両端はそれぞれ虎とショウと呼ばれた男子学生に伸びていく。そして、その二人に糸が付着すると女性の手を離れた赤い糸が光を放ち始めた。

 遠目に見ている俺にも感じた。その瞬間に男性学生と虎の双方が格段に強くなったのだ。体を包むオーラが一際大きくなり、身体も一回り大きくなったように錯覚する。取っ組み合いを続けていた虎は次第に熊を押し始める。

 そして、男子学生の方も竹刀を握りしめ直すと再び熊に向かって駆け出した。十分に近づくと男子学生は高く飛び上がり、熊の脳天へと竹刀を叩きつける。鈍い打撃音が響き渡り、同時に熊がふらつく。学生の俊敏さはさっきまでと変わらないが、その力強さが段違いに上がっていた。

 虎の方もふらつく熊に追い打ちの二連撃を食らわせる。勝負の趨勢すうせいはその時点でほとんど決まった。ほどなくして竹刀の一撃を再度脳天に受けた熊は大きく土煙を上げながら地に倒れ伏した。


「すごい。あの赤い糸が繋がった途端、急に強くなってたね」


「あぁ、たぶんスーツの女性の忍術が関係してると思う。わざわざ二人を繋げたってことは相互強化かな」


「正解! お互いの一番高い能力値を相互に反映させるって忍術よ」


 エイプリルと目の前で起きた出来事を話し合っていると突然後ろから話しかけられた。驚きつつも振り返り確認すると、そこにはスーツ姿の女性が立っていた。


「あら、驚かせてごめんね。後ろから見られてるのを感じたから様子を見に来たんだけど、どうやらクエストが被ったみたいね」


「そうみたいだな。先に猪狩りのクエストをやってから来たから出遅れたよ」


「あら、猪狩りならウチの新入りとも会ったんじゃない?」


 話を聞いたところ、ついさっき共闘したスーツ姿の刀使いと弱点感知の忍者二人のことだったため、頷く。


「君らと一緒に倒したんだ。たしかにあの二人だけだとちょっと厳しいかなと思ってたんだけど他のプレイヤーを待ってる余裕がなかったみたいなのよねー。一緒に戦ってくれてありがと」


 そんなことを話している間に他の二人も合流した。

 情報収集も兼ねて軽く挨拶を交わす。学生のショウと巫女のユキは下忍で、スーツの女性ことアマミが中忍頭だった。この前のコタローと俺たちの関係に似ているな、という話をするとアマミも同じクエストをしている最中らしく下忍の手助けをしていたようだった。


「逆嶋バイオウェアはカルマ値かなり上げないと上忍にさせてくれないのよね」


「カルマ値って下忍の手助けで上がるのか」


「コーポ専用クエストを受注してればだけどね。むやみやたらに手助けしても上がらないよ」


 そんな話を教えてもらった後、彼らはクエスト報告のため帰っていった。俺たちも猪狩りの報告をするために依頼掲示板へと戻った。

 それにしても、リアルタイムで競争になるクエストは優先順位を考えて受注しないと駄目だな。現状は俺とエイプリルで二件まで同時に受注できるから、最低でも片方のクエストは時間制限や競争のない採集系クエストにすると無駄になりにくいだろう。





 その後はクエストをこなすごとにより良い方法を考えながら効率的にクエストをこなしていった。そして、現実で日をまたぐ前くらいにログアウトした。

 ベッドに横たわりながら明日の予定を整理する。明日は日曜日で一日まるまる使える。明日の内におキクさんへ治療費を返して、中央の桃源コーポ都市に向かいたいところだ。携帯端末にはまだメッセージの着信は無い。ということは佐藤はまだサーバー移動の準備中だろう。もし、明日を使っても桃源コーポ都市に行く目途が立たなければ再度連絡をすることにしよう。





 翌日も俺とエイプリルはクエストを受注するために依頼掲示板の下へ来ていた。そして、いくつかのクエストをクリアしていく中で、再び猪狩りのクエストが貼り出されているのを見つけた。

 前回は逆嶋バイオウェアの忍者二人との共闘で倒した形だった。そのため俺は密かにリベンジの機会をうかがっていた。これは絶好のチャンスだ。すぐさまクエストを受注すると出現位置へと急行した。

 クエスト受注後にすぐさま向かったため、二回目である今回の猪狩りは俺とエイプリル二人だけでの再戦となった。とはいえ急所の位置は前回の戦いで知っている。エイプリルが陽動している内に、隙をついて俺が『仮死縫い』の付与されたクナイを脇腹へと突き入れるだけだ。


 ……なんて簡単に考えていたが、それは大間違いだった。

 正確に急所を突くことによりクリティカル攻撃に成功したとしても、クナイとそれを持つ方の手首までしか猪の肉体を透過していかなかった。そして、手首から先は通常通り猪の固い皮膚に跳ね除けられてしまったのだ。圧倒的にリーチが足りていないのである。


「長物の武器でも用意しとくんだったな」


「リーチの長い武器は重いから上手く扱えないんじゃない?」


「それは、……そうかも」


 影跳びで俺の背後に退避したエイプリルが笑いながら俺の愚痴に返す。たしかに長物は重いだろう。俺の能力値の筋力1は鉱石採掘用のツルハシですらふら付くほどのレベルだ。武器の適正能力値に達していない可能性は十分にある。


「仕方ない、少しずつ削っていくか」


「うん、今はそれがベストだよ。頑張ろう!」


 エイプリルは元気に影から影へと跳びだしていった。能力値の俊敏さでは俺の方が上だけど、あの固有忍術があれば直線的な機動力という面では俺よりも素早いかもしれない。


「でも、負けてらんないよな。『集中』、『不殺術・仮死縫い』!」


 忍術『集中』により黒いオーラを脚部にまとわせると俊敏を高める。俺の右手とその手に持ったクナイを包み込む黒いオーラ『仮死縫い』はとことんパワーとは対極にある忍術だ。例え付けた傷が掠り傷であってもその部位は仮死状態となり使用不能になる。そこに必要なのは傷をつけられるだけの最低限のパワーがあればいい。

 四肢の内、腕を一つ削れば防御力が下がる。脚を一つ削れば機動力が下がる。四肢すべてを削れば、あとは煮るなり焼くなり自由だ。

 エイプリルの陽動もあり、俺は順調に猪の脚部を攻撃していく。前足と後ろ脚を一本ずつ奪うと得意の突進は鳴りを潜め、その代わりに首を振るうことで口の端から伸びる巨大な牙を武器として使ってきた。

 首周りの筋肉を仮死縫いで切り、さらに動きを封じようとしたが首の太さは大きな丸太のようだ。薄皮を裂くような攻撃では首全体を仮死にすることはできなかった。それでも長期戦で少しずつ首周りを切りつけ続けること一時間。ついに猪はピクリとも動かなくなった。

 体の大きな生き物を相手にして分かったが仮死にできる範囲や判定もまだまだ謎な部分が多い。いずれきちんと検証しないといけないな。

 だが、今はもう頭が働かない。無理だ。


「はぁー、疲れた。もう集中力切れたわ、何も考えたくない」


「お疲れ、セオリー。あとは私が捌いとくよ」


 エイプリルは陽動に専念していたため俺ほど猪に接近していない。そのため、まだ余裕があるようだ。クナイを器用に使って猪を解体していく。

 ちなみに昨日猪を狩った際もエイプリルが解体をしてくれた。流れ出る血は地面に滴り落ちるとポリゴン状の粒子となって消えていく。今では見慣れた光景だが最初は街中で猪の解体とか血で汚したりしないか? と思ったものだ。こうして解体した肉や皮、骨、牙は街の肉屋や忍具屋などに売ることができる。

 クエストをクリアした時の報酬金以外での主な収入のため、余すところなく持ち帰りたい。しかし、まだ解体には慣れないなぁ。ちなみに、解体専門業者もいるようで苦手なプレイヤーや面倒くさがりなプレイヤーは分け前のいくらかを報酬として解体専門業者に依頼するようだ。


「結局、猪狩りにかかった時間は一時間と少しか。やっぱり火力が課題なのは変わらないな」


「でも、二人だけでこの猪倒せたのはすごいと思うよ」


 エイプリルが言うように、この猪狩りクエストは下忍として忍者になったばかりのプレイヤーたちにとって最初の壁と言われるクエストらしい。情報収集で得た話によるとレベル10台の下忍だと四人パーティーで戦って適正という難易度だ。そう考えれば、今回二人だけで倒したのはよく頑張ったと言えるだろう。

 そして次の壁が昨日見た熊狩りのクエストだ。アマミに教えてもらった話によれば熊狩りのクエストはレベル20台の下忍が四人パーティーで戦ってもギリギリ勝てるかどうかという難易度らしい。ショウとユミの二人は下忍の20台後半レベルだったため、中忍頭のアマミが手助けしてなんとか勝てたのだという。

 万が一、俺たちが猪狩りより熊狩りを優先して、アマミら三人より早く到着していたら、今頃熊の餌になっていたかもしれない。


 ……うん、慎重にいこう。熊狩りはレベル20台後半になってから仲間を募って受けよう。そう心に誓った。

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