第251話 神社プロレス無礼講


 天狗は倒れたまま動かないモモを見下ろすと、クルリと反転してミツビの方へと向かった。手応え的に狐娘はまだ動けるはず、そういう見立てからだ。

 実際、ラリアットで地面に直接叩きつけられたモモと比べて、ドロップキックで吹き飛ばされただけのミツビはまだ立ち上がるだけの力が残っていた。

 よろよろと立ち上がりつつ、モモへと視線を注ぐ。顔面が玉砂利に埋もれるほどの威力だ。


「モモはん……」


 ミツビが呟くように言葉を絞り出す。当然、モモからの返事は無い。


他人ひとの心配より、自分の心配をしたらどうだ」


「ご忠告、おおきに」


 ミツビの瞳に強い敵意が宿るのを天狗は肌で感じ取った。肌がピリつくような感覚。注意する必要がある。

 天狗は再びカラスの群れへ合図を出した。上空を飛び回るカラスたちが一斉に地上へ殺到する。ミツビはそれを拒否するように両手の指で狐を形作り、忍術を唱えた。


「増援はもうしまいや。『稲荷術・二尾コンコン』」


 両手の狐を互い違いに組み合わせ、両手をゆっくりと広げる。まるで異界を見通す窓を作るように、指の隙間からカラスを覗き込んだ。すると、たちまちカラスたちの身体が先の天狗と同じく火達磨になっていく。

 もはや飛んではいられない。境内におびただしい数のカラスが墜落していく。まさに死屍累々のありさまができあがった。


 ミツビはカラスをあらかた落とすと術を解いた。効果範囲が広い分、気力消費も激しい。ドッと身体に疲れが襲ってきた。それでも天狗から意識はそらさない。

 カラスたちがやられて破れかぶれに襲ってくるかもしれない。ミツビはそう予測していた。しかし、天狗は動かなかった。


「この火も幻術か?」


「さぁ、どうやろね」


 ミツビはうそぶいて見せたが、天狗はそれを嘘だと確信した。さきほど自分が受けた忍術と同じ。それの範囲拡大版といったところだろう。

 天狗はミツビの所作に注意を払いながら、ゆっくりと歩を進めた。最初に攻撃を受けた時は気付かなかったが、カラスたちへ術を使ったことで種が割れた。


「おぬしの術、指で窓を作り、その中に捉えた相手へ幻術を仕掛けるのだろう?」


 天狗は確信めいた口調でミツビへ問いかける。それに対してミツビはポーカーフェイスを貫く。ミツビとしても二度、同じ相手を前にして術を披露したのだ。多少は術のカラクリがバレるのも想定内である。


「沈黙、か。では答え合わせといこう」


 突如、天狗が駆け出した。一直線にミツビの下へ突進を仕掛けてきたのだ。ミツビは慌てて指を狐の形にする。天狗一人相手なら『一尾コン』で十分。


「『稲荷術・一尾コン』、……んなっ!?」


 狐の目の中に天狗を捉えた。そう思った瞬間、天狗はカラスへと姿を変化させた。さらに『二尾コンコン』で墜落させたはずのカラスたちが天狗の姿をくらますように周囲へ群がって追随する。

 普通の動物ならしばらくは幻術から抜け出せないと高をくくっていた。どうやらあのカラスたちも天狗と同じくらいの速さで幻術を解除できるらしい。


 ポテンシャルを見誤った、とミツビは悟る。

 一尾コンで捉えた一羽のカラスが火達磨になり墜落する。しかし、たった一羽だ。残りの大群は問題なくミツビの下へ殺到する。


 カラスの群れが通り過ぎていく。両腕を身体の前で揃えて防御姿勢を取ったが、カラスたちは翼とくちばしが硬化されており、ざくざくと切り傷と刺し傷が生まれていく。

 そして、そんなカラスたちの中から虚を突くように天狗が現れた。姿を視認した瞬間、ミツビは頭部に強い衝撃を受ける。翼を広げた天狗は身体を捻り、脚を回り込ませ側頭部を蹴り抜いていたのだ。


 ピンポン玉のように蹴り飛ばされ、真横へと吹き飛んでいく。すぐに浮遊していた時間は終わりを告げ、玉砂利を削りながら地面を転がっていった。





 天狗は地面に足を付けると、ゆっくりと歩いてミツビへ近づいた。確実に良い一撃が入った。ピクリとも動かない姿を見るに、それは間違いないだろう。しかし、これでも気を抜けないのが忍者だ。


「困ったわぁ。天狗はん、強いわ。もう、手加減言うてる余裕はあらへんよ」


 天狗の思った通り、ミツビは少しふらつきながらも立ち上がった。

 ずいぶんと強い言葉を口にする。それが本当ならばこれまでは本気じゃなかったということか。天狗は真偽を測りかねる。


 優位だったはずなのに天狗は言い知れぬ不安感に襲われた。そんな天狗を嘲笑うかのようにミツビの口の端がわずかに吊り上がる。

 何か、くる。天狗は直感的にそう理解した。しかし、ミツビは動こうとしない。いや、先ほどの一撃はそう軽いものではなかったはずだ。動こうとしないのではなく、正しくは動けないのだ。となるとミツビはブラフ。

 そこまで頭が回って天狗はハッと気付いた。モモのいた場所をチラリと見る。


「猫娘がいない……」


「こっちだニャン♪」


 背後で声が聞こえた。と同時に天狗の片翼が切り裂かれた。思いがけない一撃に慌てて距離を取る。ばっさりと斬り落とされた片翼が玉砂利の上に落ちた。


「思ったより耐久力は低いんだねぇ」


 手を口に当ててモモが驚いたような声をあげる。その指先からは鋭く伸びた爪がキラリと光っていた。

 モモは知る由もないが、意識外からの一撃はクリティカルヒットになっていた。それにより、通常であれば成しえなかったであろう片翼を切り落とすという戦果を上げた。


「ナイスや、モモはん」


 天狗の意識がモモへ移った。それはミツビがフリーになったとも言える。狐の目の中に天狗を収める。瞬く間の内に天狗は火達磨になった。


「うぉおおっ!」


 幻術だと見破ってもなお脳は騙される。存在しないはずの火に熱さを感じ、天狗は顔をしかめた。

 無視はできない。天狗は丹田たんでんに気を集めると一息に全身へ流し込み、幻術により狂わされた体内の気の巡りを整えた。幻術を破る方法は色々にあるが天狗はこれしか知らない。

 そして、この方法の欠点は気の操作に集中することで相手へ向けられていた注意が一瞬でも逸れることにある。


(……また、猫娘が消えたか)


 意識から外れた途端、モモの姿が消えていた。

 高速で移動しているという線は薄い。空を自在に飛ぶことのできる天狗ならまだしも、彼女らは地に足を付けて駆け回る必要がある。それならば高速移動した際に痕跡が残るはずだが、それが無い。まさか物理的に姿を消している……?


「モモはんにばかし気ぃ取られとるとウチが足掬うで」


 モモへ意識を回したことで再びミツビが動き出す。手裏剣を投擲して天狗に回避を要求する。

 結果、否応なしに天狗は思考を中断され、回避に専念することとなった。ただでさえ翼をもがれてバランスが悪い。当然、動きにも支障が出る。


「ぐっ、やり辛い」


「せやろ。うちらの得意戦術や」


「もらったぁ!」


 ミツビが撹乱し、モモが死角からの一撃を決める。この相性の良さこそ二人がコンビを組んだ理由の一因でもある。

 モモの二撃目が天狗の腹部に吸い込まれる。爪による斬撃が腹部を切り裂いた。


 一転して立場が逆転した。相手の攻撃が読めない。天狗は術中にハマり、翻弄されていた。

 このままでは負ける。万全の状態であれば上空へ飛び上がり、一度仕切り直しできたのだが、今は片翼を失って空も満足に飛べない。


「だが、同胞たちのためにも負ける訳にはいかない……!」


 天狗は自身を鼓舞するとミツビへと突進した。姿の見えないモモを相手するより、姿の見えるミツビを徹底して攻撃する。これしか手は無かった。

 ミツビもそれは想定内である。ミツビの術を警戒して左右へフェイントをかけつつ肉薄する天狗へ『稲荷術』が通るかは微妙といえるだろう。

 さすがに術を見せすぎた。しかし、逆に言えば天狗は他の術を知らない。


「ウチが狙われるんも織り込み済みなんよ」


 モモとミツビのコンビと対峙した時、最終的に誰もが到達する考え。それは「まずは見えてるミツビを倒す」という方法だ。もし、思考が誘導されていることに気付ければ短絡的にミツビを狙いには行かないだろう。

 何故なら、狙われる方が分かっていればたんまりと罠も仕掛けておけるのだから。


 ミツビと肉薄するまであと数歩というところまで天狗は接近した。しかし、そこまでだった。足に猛烈な痛みが走る。続いて重りを付けられたように足が前へ踏み出せないことに気付く。

 見下ろせば足首を挟み込んで離さないトラバサミが目に映った。古典的が故に引っ掛かる。


「残念やったなぁ」


「無念だ……」


 背後よりモモが迫り、天狗の首を狙って爪刃がきらめいた。罠に掛かり、受け身も取れない状態で死角からの攻撃。クリティカルによる倍々ゲームで終わりだ。その場にいる三人が終わりを確信した。





「その勝負、ちょっと待って」


 そんな刹那の緊張を飄々ひょうひょうとした声が横切る。

 声の横槍とともに、物理的にも長槍がモモの爪刃を弾いた。


「誰?!」


 突然の乱入者。モモは距離を取って相手を見た。

 長い髪を一本にまとめた高身長の女性。その手には身長をさらに超える長さの槍が握られていた。


「おぉ、我らが神よ!」


 そして、その女性が現れた途端、天狗は膝を折り、彼女へ向けて大仰おおぎょうあがめめ始めるのだった。












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12月は土日全部に仕事が入っているので更新がのんびり気味になるかもです。

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