第250話 カラスと天狗


 不思議な鳥居をくぐった先、モモとミツビは神社のある境内へ転移していた。

 そして、神社の賽銭箱にはもたれかかるようにして天狗が座ったまま眠りこけているのだった。


(……天狗だ!)


(せやなぁ)


(NPCかな?)


(話しかけな分かれへんよ)


 二人は『念話術』で相談した。

 クエストというのは出てきた相手を片っ端から倒していけばいい、なんて単純なものではない。

 クエストの導入説明をしてくれるNPCの可能性だってあるし、やっぱり敵対する相手だったりする場合もある。それらを見極めるところまで含めて忍者に必要な能力、情報取集力なのである。


 特に無所属である二人の場合はクエストの選択肢が多い。

 敵対し合う2勢力があったとすれば、どちらへ肩入れするのかプレイヤーに委ねられることすら珍しくない。その結果、クエストの報酬が変わることも日常茶飯事だ。

 どう動くのが一番得をするのか、彼女たちは謎の天狗を前にして見極める必要があった。


「あのぅ、ごめんくださ~い」


 意を決してモモが声を掛けた。恐る恐る近付きつつ、しかし、いざとなればいつでも逃げられるくらいの距離間を保ってだ。


「む……?」


 声を掛けられてピクリと天狗の肩が動いた。それからゆっくりと顔を上げて、声を掛けてきた相手へと視線を向ける。


「おや、参拝客か? こんなところに迷い込むとは珍しいこともあったものだ」


「いや、参拝に来たんじゃなくて……」


 天狗はモモを参拝客と思ったのか、立ち上がって賽銭の前を譲ろうとした。そこへモモが待ったをかけると、天狗はムッとした雰囲気を醸し出した。


「参拝でないなら何用だ。ここは神社だぞ」


「えっと、その~」


 真正面から尋ねられ、モモは返事に困ってしまう。

 よく考えれば明確な理由があって来たわけではない。もしかしたら良い感じにクエストでも転がってないかな、くらいの考えである。

 しかし、その本音を正直に話すのは何だか良くない気がしていた。何故なら参拝ではないと答えた後、天狗や周囲のカラスたちが異様な威圧感を発し始めていたからである。

 返答によってはただでは済まさない、そんな有無を言わさぬプレッシャーが感じ取れたのだ。


「な、なんちゃって! 本当は参拝に来ました~」


 結果、モモは日和った。ここでいきなり敵対関係になるのは得策ではないという判断からだ。モモはミツビを呼び寄せると二人して小銭を賽銭箱へと放り投げた。

 参拝をし始めると、すぐに天狗たちから発せられていた威圧感は消え去った。どうやらバッドコミュニケーションにはならなかったようだ。


(この後、どうするん?)


(そんなこと言われても分かんないよ。ミツビちゃん、どうしよう)


(そないなこと言われても)


 二人とも無所属の忍者となって日が浅い。クエストを発生・進行させるためにどうしたらいいのか、まだよく分からないのだった。

 しかし、特殊な方法で入り込めたこの場所は明らかにクエストが関係していると思われる。逃す手は無い。


「ところで、この神社はどんな神様がまつられてるの?」


 そこで取った手段は、とにかく天狗と雑談してみることだった。


「おぬしら、御神体様のことも知らずに参拝したのか」


 若干、呆れられているのが天狗の声色から窺い知れる。


「実は、私たち参拝自体が目的じゃなくて山登り自体が目的で来てて」


 咄嗟についた嘘にしては上出来だ、とモモは思った。

 実際、クエスト探しの当てもない山登りだったため、あながち嘘という訳でもない。


「ふむ、山登りか。若い娘が二人ばかりで……酔狂なものだ」


 天狗は立ち上がると見下ろすように二人の顔を覗き込んだ。あまり信用していないのか、平坦で冷たい声色だった。まるで疑いの目を向けるかのようだった。


 一歩、おもむろに天狗が足を前に出した。

 咄嗟にモモは近づかれた分だけ後退する。しかし、一歩後ろに下がった瞬間、目の前に天狗の姿が肉薄していた。


「『滑瓢ぬらりひょん術・化招猫ばけまねきねこ』!」


 天狗の拳がモモの身体へ捻じ込まれる寸前、忍術が間に合った。

 猫耳が生え、猫娘へと変化を遂げたモモは身軽なフットワークで天狗の拳を回避した。そして、再び天狗との距離をとる。


「なるほど、忍者だったか」


「ちょっと待って! こっちに戦う気は無いんだけど」


「では何故、我らが神のことを尋ねた。我らが神を害する偽神の手先ではないのか!」


 天狗の語気が強まると同時に、神社の屋根にとまっていた数十羽のカラスたちが一斉に鳴き始めた。まるで二人の少女たちを糾弾するように、ここから立ち去れと言うように。


「そんなことしないってば! っていうか、ギシンって何?」


 モモは弁解するが、天狗たちは聞き入れずかぶりを振った。


「黙れ、偽神の手先かどうか、ひっ捕らえてからじっくり教えてもらおう」


 問答無用。天狗は背中から生えた黒い翼を大きく羽ばたかせると空高く飛び上がった。カラスたちが追従するように飛び立ち、上空が黒く覆い尽くされる。


「もう、分からずや!」


「ほな、戦うしかあらへんなぁ」


 上空へ意識を傾けていると、突如強い突風が横薙ぎに吹いた。思わず二人は腕を持ち上げて顔を守った。境内に落ちていた枝葉が突風で巻き上げられ身体に当たる。

 そんな一瞬の隙を狙うように風切り音が上空より聞こえた。まだ突風に気を取られ、顔の前で腕を掲げるモモはそのことに気付いていない。


 天狗の攻撃は一直線にモモを狙っていた。猛禽類が狩りをする時と同じだ。意識の外から刈り取る。王道の一撃必殺。

 しかし、それはミツビの動向を全く無視したものだった。


「『稲荷術・一尾コン』」


 ミツビは片手の指で狐を作る。そして、忍術を唱えながら狐の目の中に天狗を捉えた。

 途端、ボウと音を立てながら天狗の全身が火に包まれる。


「馬鹿な、急に火が」


「モモはんばかり見てはるから」


 上空から攻撃を仕掛ける側だったはずの天狗は火達磨になって地上へ落下した。焼け残る翼で落下速度を和らげるのがやっとといった風で玉砂利に叩きつけられる。

 天狗は肺から空気を吐き出して咳き込んだ。しかし、同時に咳き込みつつも手で身体を払い、火を消すことに意識を回した。落下した直後にもかかわらず冷静な判断だ、とミツビは目を細める。


「……燃えて、いない?」


 天狗は身体を何度も確認する。確かに空中で火達磨になって墜落したと思ったはずなのに、今は火傷の跡すらない。せいぜいあるのは落下してできた擦り傷くらいだ。

 まるで初めから火なんて発生していなかったかのようだ。まさか幻覚でも見たというのか。そこでハッとして天狗はミツビを見る。


「なんとも面妖な術を使う」


 対するミツビはクスクスと口元を袖で隠しつつ笑うだけだった。

 落下してきた天狗から距離を取ったモモはミツビの側まで下がる。


「ミツビちゃん、ありがと」


「かまへんよ」


 それから仕切り直しとばかりに天狗と二人は互いに向き直った。

 そこで天狗は気付く。モモが猫娘と化したのと同じく、ミツビには黄金こがね色のフサフサとした尻尾が一本生えていることに。


「化け猫と化け狐か」


 天狗は考えを改める。最初は狩る側のつもりだった。しかし、手を誤れば逆に狩られる可能性が十分に有り得る相手だ。最大の警戒でもって当たる必要がある。


 上空を旋回するカラスの群れ。それらに向かって天狗はピュウと口笛を鳴らした。すると突如として群れは急降下を始めた。

 そのまま天狗と二人の間に割って入るように、カラスの群れが境内を横断する。あっという間に即席の黒い壁ができあがり、お互いの姿を覆い隠してしまう。


 カラスの群れが全て横断し切り、再び上空へ飛び上がる。

 するとすでに天狗の姿は無くなっていた。カラスとともに飛び立ち、姿をくらませたのだ。


「また、いなくなった」


「どこに……きゃあっ!」


「ミツビちゃん!」


 姿を見失った一瞬、二人の集中が途切れた。そこを見逃さず、天狗はミツビの懐へ滑り込むようなドロップキックを食らわせていた。

 少女の小さな身体は衝撃に耐えきれず、そのまま境内の端まで吹き飛ばされる。その勢いは玉砂利を巻き込みながら2,3度身体をきりもみ回転させてようやく止まった。


 それに対してモモはミツビの安否を心配し、彼女の吹き飛んだ方向を思わず目で追っていた。そして、それは致命的な隙になった。

 素早く接近した天狗はモモの頭を掴み上げると空中へ放り投げる。猫娘は地上戦でこそしなやかな動きで攻撃を回避することができたが、さすがに空中で回避はできない。落ちてくるのに合わせて天狗のラリアットが炸裂した。

 天狗の太い腕に巻き込まれながら後頭部から玉砂利の地面へ叩きつけられる。誰の目にも明らかな危険な衝撃が後頭部で弾けた。

 衝撃によりモモの視界はチカチカと明滅するのだった。

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