第67話 仮住まいのセオリッティ

▼セオリー


 崩壊した芝村組の事務所を後にして二日経った。

 その間、俺たちは暗黒アンダー都市の中に仮住まいとして拠点を一つ借りた。資金が潤沢にあるわけではないため、六畳一間の小さな部屋だ。基本的にシュガーと俺は睡眠時にログアウトすれば良いので、実質エイプリルだけが寝泊まりする部屋となる。つまり、基本的にはリスポーン地点として設定するための拠点でしかない。


「せーまーいーよー!!」


「そんなこと言っても金が無いんだから仕方ないだろう」


「逆嶋の拠点が懐かしいよぅ……」


 そう言うとエイプリルは畳に敷かれた布団に顔を埋めた。たしかに逆嶋でおキクさんとランの家を間借りさせてもらっていた時は広い客間にベッドが置かれていた。あの客間だけでも、俺たちが今回借りた部屋の二倍くらいはあるだろう。あの駄菓子屋、居住スペースがかなり広かったんだなぁ、と今更ながらにありがたみを知る羽目になった。


「その内、もっと大きな拠点を構えよう。なんなら別荘も建てられるくらい稼いでやろうぜ」


「別荘?! ……良いね、夢は大きくなくっちゃ!」


「広い家に住むぞー!」


「おー!」


「別荘を建てるぞー!」


「おー!」


 俺の掛け声に合わせて、エイプリルもテンション高く合いの手を入れる。そうだ、俺たちはまだまだ中忍だ。この先、上忍や頭領へとランクアップすれば一回のクエストで得られる報酬金の額も上がっていくはずだ。そんな未来への希望に満ちた展望へ向けて、俺たちは息を合わせて一致団結するのだった。


「いや、頭領まで上がってもそこまで羽振りよくないぞ」


 そんな夢を見ていた俺たちに水を差す一言をシュガーは放ってくる。俺とエイプリルは揃ってジトっとした目でシュガーを見つめた。


「なんだ、お前は。せっかく俺たちが夢を膨らませているって時に水を差しやがって」


「そんなこと言われても事実なんだから仕方ない。クエスト報酬はもちろん上がっていくけどな、その分だけクエストをクリアするまでに使用する忍具の消費量や事前準備で出費がかさむんだ」


 シュガーは難しい顔をして、紙にクエストクリアに掛かるお金を書き出していく。頭領ランクが受けるクエストとなると一つ一つが非常に難しかったり、手間の掛かったりするものが増えていくらしい。

 たしかに忍具は消耗品も多いし、情報収集のために使う資金もそれなりに必要になってくるだろう。しかし、シュガーの書き出していく出費を見るに、教えてもらったクエスト報酬額に比べればまだまだかなりの黒字になりそうなもんだ……。


 そんな中、次第に『変わり身人形×三十個』や『身代わりのお札×二十個』などと書かれ始めてから不審な気配を感じ取った。


「ちょっと待て、そのアホほど高額な変わり身人形とか身代わりのお札ってヤツは本当に必要なのか? しかも一、二個じゃなく十個単位で買っておくのは多すぎないか」


「バカいうな、頭領ランクのクエストに俺が出張っていけば、ほとんどの敵の攻撃が即死級だ。これでも切り詰めた方なんだぞ」


 こうして俺は頭領であるシュガーの羽振りが全く良くない事情を理解した。あぁ、コイツは頭領として金策面でかなり不遇なんだ、と。


「……それってシュガーのステータスが低いから無駄に出費がかさんでるってことよね?」


 無慈悲な言葉はエイプリルよりもたらされた。シュガーは雷に打たれたように仰け反り、そして固まった。


「エイプリル、いくら本当のことだからって直接言ってやるな。俺もまさか親友がこんなに燃費の悪い頭領だとは思わなかったけど、それをグッとこらえて飲み込んでたのに」


「お前も結局言ってるじゃないか!」


 硬直から脱したシュガーは俺の追撃の口撃こうげきに憤慨して指を差してくる。こら、人に向けて指を差すな。


「たしかに俺は出費がかさむ方かもしれない。しかし、お前たちが忍者としてランクを上げた時、出費がかさまないと言えるか? むしろ、ほとんどの忍者は忍具などに頼って火力の底上げをしている。多かれ少なかれ金がかかるんだ」


 シュガーはいかにクエストをクリアするために金が必要かを力説する。そんな中、俺はシュガーが見せてくれた『変わり身人形』を手に取り、アイテムの詳細を確認する


『どんな攻撃も三回まで無効化する自分の変わり身をその場に生み出す』


 なるほど、変わり身の術で出てくる分身とほとんど同じものを生み出すようだ。違いは三回まで攻撃を無効化する、という点か。俺が忍具の効果を確認していると、シュガーは横から使用方法を解説し始める。


「この人形は実に便利でな、十体ほどバラまいて本体を隠すことができる。ただの変わり身だと思った相手は範囲攻撃をしてくるわけだが、誰一人として消えることはない。ここで驚いた相手に隙が生じるわけだ」


「それって範囲攻撃に巻き込まれて、本体がやられないか?」


「そのための身代わりのお札さ。これは致死ダメージを受けた際、一度だけ無効化してくれる。俺にとってはどんな攻撃もほぼ致死ダメージだ。つまり、確実に効果が発揮されるわけだよ」


 言ってて悲しくならんのか、と思わなくもないけれど、自分の弱さを上手く強みに変換しているところは見事と言う他ない。

 もし、身代わりのお札が発動しない場合、本体だけは傷を負ってしまう。そして、身代わりの分身たちは無傷なわけだから、逆に本体がバレてしまうわけだ。本体のステータスが弱いからこそお札の効果で無傷となり、本体がバレないという寸法なわけだ。


「見事だ、と言いたいところだけど、この一連の流れだけで凄い額の金が溶けていってる件について弁明はあるか?」


「必要経費だ」


「……そうか」


 シュガーは自分の弱さを割り切って考えている。たしかにそうだ、配られた手札で勝負するしかない。頭領という忍者の最高峰に至るまで、こうやって試行錯誤しながら戦ってきたのだろう。いまだ中忍程度の俺がどうこう言う筋合いはない。


「シュガー、よく頭領まで登りつめたな……」


 なんだか、この縛りプレイじみた制約の中で頭領まで登りつめた親友を逆にたたえたくなってきた。


「よせやい、この程度の縛りがあるくらいがちょうどいいさ」


 俺とシュガーは肩を組み、笑い合った。互いに認め合い、称え合う。そういう関係性の尊さを学んだ気がした。俺はもうシュガーのことをクソ雑魚頭領とか言わないよ。





「……あっ、作れたよ。変わり身人形!」


「「えっ」」


 エイプリルの元気な声が、肩を組んで窓から朝日を眺める俺とシュガーの背後から届いた。その言葉に思わず俺とシュガーは声を揃えて間抜けな返事を発していた。


「ほら、こんな感じでしょ」


 エイプリルの手にはシュガーが取り出して見せた変わり身人形と同じものが乗っていた。俺はそれを受け取り、忍具としての効果を確認する。


『どんな攻撃も一回だけ無効化する自分の変わり身をその場に生み出す』


 どうやら、シュガーが出した身代わり人形と比べると無効化できる回数が三回から一回だけに減少している。さすがのエイプリルでも完璧に同じものを作るのは叶わなかったようだ。


「これは……」


 シュガーの方も完璧とは言い難い出来栄えに言葉を失っているようだ。


「さすがに値段が高額なだけあるわね、同じものを作るつもりで忍具作成したんだけどなぁ」


「そりゃ、エイプリルが簡単に同じものを作れたら、シュガーのこれまでの出費は何だったんだってことになるからな。むしろ、同じものが作れなくて良かったよ」


「いや、そんなことはない。エイプリルはまだ中忍だろう。このまま忍具作成の技能レベルを上げていけば、同じものを作成できるようになる可能性は十分にある……」


 しかし、思いがけずシュガー自身の口からフォローの言葉が掛けられる。


「そんな、良いのか。エイプリルが同じものを作れるようになったら、お前がこれまで使っていた出費が否定されるようなもんじゃないか?」


「ふっ、何を言うかと思えば、そんなみみっちいことを考える俺ではない」


 そうして、シュガーはおもむろに立ち上がると空中へと跳び上がる。そのまま足を折りたたみ、手を顔の横に揃えた。いったい、何をする気だ?!

 そのまま地面に顔面から接地し、畳からバフンと良い音が鳴る。


「お願いします、俺の専属忍具屋になってください!!」


 それは紛れもなく土下座だった。一片の躊躇もない土下座だった。

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