第66話 崩壊と瓦礫の山

▼セオリー


 俺は目の前に広がる惨状に目を疑う。


「どうなってるんだ……?!」


 俺たちは一直線に芝村組の事務所へと向かった。その道中も蔵馬組傘下と思われるヤクザクランの構成員が徘徊していたけれど、隠密を駆使し戦闘を避けてまで先を急いだ。

 そして今、目の前には瓦礫の山が広範囲に散らばるだけの荒れ地が広がっていた。たしかに数刻前にはここに立派な芝村組の事務所があったはずだ。しかし、今はもうその姿は見る影もない。


「まだ息がある奴がいるぞ」


 シュガーが瓦礫の下に挟まれた芝村組の構成員を見つける。カナエが持ち前の怪力で瓦礫を退かすと、ノゾミの医療忍術により傷を癒していく。意識を失っているようだが、医療忍術のおかげで少しずつ顔色が良くなっていった。

 その後も、辺りを探し回ったけれど他に生存者は無く、皆息絶えていた。シュガーの下まで戻り、状況を伝える。


「ダメだ、他の奴らは全滅だな」


「となると情報を知る手掛かりはコイツにかかってるわけか」


 シュガーが見つめる先、ノゾミの医療忍術を受けて静かに眠っている構成員の男は不意にゆっくりと瞼を開いた。


「うっ……」


 男はゆっくりと身体を起こすと辺りを見回した。俺たちに気付くと警戒心を抱いたような目でこちらを見てきたため、俺は警戒を解くように声をかける。


「俺は芝村組の食客、セオリー。お前を回復させたのは、そこのノゾミだ」


 俺は電子巻物を呼び出し、食客の資格を表示させて見せる。俺の資格を見た男は、強張っていた肩から力を抜いた。しかし、それから辺りを再び見回し、瓦礫と化した事務所を見た途端、項垂うなだれた様子で天を仰ぎ見ると顔を両手で覆った。


「遅くなってすまなかった。俺たちが着いた時には、すでにこの有り様だったんだ」


 食客として招かれたからには事務所の危機には馳せ参じて戦う必要があった。それが叶わなかったことに対して俺が謝罪すると、構成員の男は顔を覆った手の奥からくぐもった声で答えた。


「……いや、アンタが居たところでどうにもならなかったさ。あれは天変地異みたいなもんだ」


「一体、何が起きたんだ?」


「正直、被害を被った俺ですら何が起きたのかよく分からない。……突然、事務所が宙に浮いたような不思議な感覚があって、直後に世界が回転したんだ。そして、気付いたらこのザマだ。……何を言ってるか、訳分からないだろ。俺だって分かんねぇよ……」


 記憶を手繰り寄せるようにポツリポツリと話す男の証言は現実とは思えないことばかりだ。しかし、貴重な証言だ。吟味する必要がある。

 男の介抱をノゾミに任せ、その場から一度離れると俺はシュガーとエイプリルを集めた。


「どういうことだと思う?」


「言葉をそのまま受け取ると、事務所が宙に浮いて回転して粉々になった、ってことよね。……そんなこと有り得る? それよりだったら、爆弾百発くらい一斉に起爆させちゃった、とかの方が信ぴょう性あるでしょ」


 エイプリルは半信半疑な様子だ。それに対して、シュガーは腕を組むと苦々し気に口を開いた。


「普通だったら有り得ない、そう考えるだろうな。しかし、俺たちはライギュウという男を知っている。奴がこの芝村組の構成員たちを邪魔に思っているのなら、一息に吹き飛ばして根絶やしにしたとも考えられる」


「ライギュウが建物を持ち上げて粉々にしたって言いたいのか」


「そんな人外じみたパフォーマンスをする奴が敵だなんて嫌になって来るがな」


 シュガーはそう言って、肩をすくめつつ笑った。






 俺たち三人が建物を破壊した犯人を予想している間に、ノゾミが介抱していた芝村組構成員の男はふらふらと瓦礫の中を歩いていた。そして、瓦礫の下に挟まれ、圧死している他の構成員たちをなんとか瓦礫の下から出そうとしていた。

 話を一旦切り上げた俺は男の下へ行く。


「一人で瓦礫を退かすのは大変だろ。手伝うよ」


 声をかけて、男の立つ位置とは反対側に行き、瓦礫を一緒に持ち上げる。そして、亡骸を下から引っ張り出した。

 男が言うには、今日は芝村組若頭のホタルから構成員へ招集がかかっており、十人のメンバーが集合していたらしい。


「芝村組って地下世界の元締めなんでしょう。それなのに十人しか人手が居なかったの?」


「招集を受けたのは組員の中でも若衆頭だけだ。若衆頭の下にはさらに若衆が付き従ってるから全体の人数はもっと多い」


 エイプリルの疑問に対して、男はいくらか元気を取り戻したのか、つらつらと答えを返した。

 瓦礫の下から引き上げた亡骸を事務所だった場所の前に並べていく。彼らが若衆頭だというなら主要な構成員を失ったことになる。


 最初にホタルが俺をスカウトするために襲撃を仕掛けてきた際、実際に戦闘を行ったのがおそらく若衆だろう。そして、それを指揮していたのが若衆頭だ。そう考えると若衆はだいたい下忍未満の戦闘力で、若衆頭は下忍と中忍の間くらいの戦闘力だろう。

 つまり、ほとんどの若衆頭が亡くなった時点で芝村組はほぼ戦闘能力を失ったと言って良い。カナエが居たとはいえ、複数人で襲い掛かって俺一人抑えられないレベルの若衆が何人居ても話にならない。


 横たわらせた亡骸の数は九体。唯一生存していた男を除くと数はぴったり合う。しかし、構成員の男は慌てた様子で辺りを見回す。


「おかしいぞ、若頭が居ない」


 再び走り出し、辺りの瓦礫の隙間などを確認していく。エイプリルは首を傾げつつ、小声で俺に耳打ちした。


「ねぇねぇ、若頭ってセオリーの言ってたホタルって人でしょう? その人はプレイヤーだから死んでも復活するんじゃないの」


「たぶん、あいつはユニークNPCじゃないんだろう。だからエイプリルのように知識権限の技能も持っていない。プレイヤーとかリスポーンに関しても知らないんじゃないかな」


「そっか……」


 エイプリルは納得して、ホタルを探し回る男を見た。ホタルは生きているから大丈夫だ、と伝えたところで彼には理解できないだろう。そうして存在しない亡骸を探し続けることになる。


 手っ取り早いのはホタルがさっさとリスポーンして戻ってきてくれることだ。しかし、ホタルのリスポーン地点はおそらくこの芝村組の事務所に設定されていたことだろう。事務所のリスポーン地点が破壊されたとなると、他のリスポーン地点で目覚めることになる。

 もし、桃源コーポ都市か暗黒アンダー都市の中に別のリスポーン地点を用意していなければ、他の街でリスポーンする可能性も十分にある。そうなると、ここへ戻って来るまでに二、三日かかる可能性も考えられる。このまま彼に亡骸探しを続けさせるのも気の毒だ。俺が男になんと声を掛けようか思案していると、シュガーが男の下へ近づいていった。


「おい、少し待て。ここら一帯には転移忍術を使った際の残滓が漂っている。若頭ってのは転移忍術を使えたか?」


「……いや、若頭は転移忍術なんて使えなかったはずだ」


「そうか。となると敵側の仕業かもしれん。お前の探す若頭は転移忍術で遠くに飛ばされた可能性がある」


「ほ、本当か!?」


「確証はないが、この場に亡骸が無く、転移忍術の残滓がある以上は可能性として高い。しばらく待ってみないか。二、三日したら戻ってくるかもしれん」


「分かった……。でも、それなら若頭は生きてるってことだよな?」


「あぁ、その可能性は十分にある」


 シュガーが頷き返すと、男は膝から崩れ落ちるようにして地面にうずくまった。若衆全体でホタルを組長に担ぎ上げようとするくらいだ。ホタルの人望はかなり高かったのだろう。男から溢れ出る安堵感から、それが窺い知れる。

 シュガーは俺の下まで戻ってくると、サングラスをクイっと掛け直し笑った。


「さて、あとは若頭君が戻って来るまで待つか。それから次の一手を考えよう」


「そうだな。それにしても転移忍術の残滓、だったか? そんなもんよく分かったな」


「……、それはまあ、優しい嘘ってヤツさ」


 シュガーはそう言うと、サングラスの奥でウィンクを返してきたのだった。

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