第41話 逆嶋防衛戦 その22~ラストバトルは唐突に~

▼セオリー


 地下二階、カルマ室長の研究室。

 そこは研究室と言うにはかなりの広さだ。一般的な体育館くらいの広さと高さがあるのではないだろうか。一瞬、ここが地下であることを忘れてしまうほどだ。


「あの迎撃システムを強引に突破してくるなんて凄いですねぇ」


 研究室の奥から男の声が聞こえた。

 様々な機材に囲まれて、痩せぎすの男が一人立っていた。スーツの上から白衣を羽織り、髪はオールバックに固められている。一見すると営業マンのような見た目だが、こちらを見る瞳の中には底知れない狂気のようなものが潜んでいるように感じた。

 男は細長い目をさらに細め、銀縁眼鏡のブリッジを中指で神経質そうに直した。


「それで君たちはなんなんですかねぇ。てっきり、マークさせていた上忍が来たのかと思っていましたが、逆嶋バイオウェアの忍者ですらない者まで混じっているではないですか?」


「カルマ室長。お前はパトリオット・シンジケートと裏で繋がり、逆嶋の街へ危害を加えようとしている。それを止めるために俺たちは来たんだ」


 俺の言葉にカルマは鋭く反応する。


「なるほど、上層部よりも情報を掴んでいるようですねぇ。色々と作戦に支障が生じそうだ」


「もう逆嶋バイオウェアの上層部にも伝達済みだから、大人しく捕まってくれると助かるんだけどね」


 コタローが逃げ道を塞ぐように言うと、カルマは不敵に笑った。そして、片手を上げてパチンと指を鳴らすと、全身を包帯で覆われた人影がボトリボトリと天井から落ちてきた。カルマと俺たちの間を遮るように二十体前後の人影が壁になる。


「これがバイオミュータント忍者か」


「私の研究成果です。まだまだ増えますよ。この数を僅か五人でどうにかできますかぁ?」


 カルマは笑みを浮かべ、自慢の創作物を見せびらかすように手を広げた。

 確かに多勢に無勢だ。本来ならこちらが圧倒的に不利だろう。しかし、現状におけるこちらの勝利条件はカルマの無力化だ。おそらく、彼がバイオミュータント忍者を操っているのだろう。それなら彼を無力化すればおのずと全体を無力化できるはずだ。


(セオリー君、よろしく)


(おう)


 イリスとの短い念話術のやりとりの後、俺の身体は瞬時にカルマの背後へ転移した。イリスの『影跳びあらため』によるものだ。今日だけでもう何度転移させられただろうか。もう転移には随分と慣れたものだ。

 目の前に晒されているカルマの無防備な背中へ向けて、黒いオーラを纏わせたクナイを突きだす。これでお仕舞いだ。

 しかし、クナイは金属音を響かせて弾かれてしまった。それも、何も無いはずの空間にだ。手ごたえは確実に金属同士をぶつけ合わせたような感触だった。俺とカルマの間に、何かが“存在”る。


「ドクター・カルマ。あまり甘く見てはいけません。あの女は頭領のイリスです。下っ端の忍者では返り討ちに遭いますよ」


 その女性は何も無い空間からヌルリと現れた。へそ出しのキャミソールとぴったりしたスキニージーンズだけを身に着け、スラリと伸びた四肢が印象的な女性だ。

 俺とカルマの間に立ちふさがるように手刀を俺に向けている。その腕は小指の先から肘にかけて、側面が鈍く煌めく刃と化していた。おそらくは俺のクナイを防いだのも腕と一体化した刃によるものだろう。


「なんと、頭領ですか! それは是非とも戦闘データを取らせていただきたいところですねぇ」


「あら、私の戦闘力をこんな雑魚たちで測ろうだなんて無理な話よ?」


 イリスはカルマの言葉を笑い飛ばしながら、影から新たなイクチを生み出す。そして、高圧水流をカルマ目がけて放出した。バイオミュータント忍者たちは身体を盾にして防ごうとするが、それらをまるで歯牙にもかけず吹き飛ばしていく。そして、ついにはカルマの目前まで高圧水流が迫ってきていた。


 ……おかしい。カルマのピンチに対して、俺と対峙している女忍者がまるで微動だにしないのだ。同じ陣営の仲間であるなら少しくらいカルマを守ろうとする動きがあってもおかしくない。だが、それが一切ないのだ。


 その答えは直後に分かることとなる。

 高圧水流がカルマに直撃するかと思われた瞬間、なにも無い空間で水流が不自然な弧を描いて反転した。そして、今度は逆にイリスへ向かって高圧水流が跳ね返っていく。イリスは反転して主に牙をむく水流をイクチの胴体を壁にして防いだ。


 なにも無い空間に阻まれる。俺のクナイが弾かれた時と同じだ。ということは、他にも誰かがいるのか。

 その直後、想像通り何も無かったはずの空間から、またもやヌルリと女性忍者が現れた。今度は全身をスーツに身を包んだ女性の忍者だ。その女性を見た瞬間、アマミとコタローがハッとした表情になる。


「イリス、気を付けて! 彼女はアリス、逆嶋バイオウェアの頭領よ」


「ふぅん、それは面倒ね」


 アマミの言葉を聞いてイリスの顔が引き締まる。相手が同じ頭領ランクともなると一筋縄ではいかない。


「彼女には私の持ちうる限りの粋を凝らしました。バイオミュータント忍者と化した彼女の力、とくと味わってくださいねぇ」


 カルマの言葉を皮切りにアリスが疾駆した。

 爆発的な瞬発力が可能にするのか、一瞬で距離が詰まる。イリスとアリスの距離が肉薄するまでに縮まると、そこから高速機動での戦闘が始まった。イリスは片刃の短刀を懐から取り出し、イクチの噛みつきとタイミングを合わせて斬りかかる。アリスは噛みつきを避けた後、イリスの斬りつけをその身で受ける。しかし、血を流したのはイリスの方だった。

 短刀による攻撃はアリスの掌の前に浮かぶ鏡が受け止めており、そしてもう一つの鏡がイリスの背後に浮かんでいた。イリスが攻撃した直後、背後に浮かぶ鏡からは同時に斬撃が飛んでいた。それがイリスの背中を斬り、血を流させたのだった。

 イリスは一度、呼吸を整えるように距離を取る。


「攻撃を吸収して跳ね返すのね。これは思った以上に面倒だなー」


 イリスの頬を一筋の汗が流れ落ちた。






 アリスの攻略はまだ時間がかかるだろう。ハイト、コタロー、アマミの三人はバイオミュータント忍者たちの攻勢に晒されている。あちらも多勢に無勢で苦戦を強いられているようだ。

 唯一、カルマに手が届く位置にいるのは俺だけだ。ここは俺がなんとかするしかない。目の前の女性さえ排除できれば後は痩せぎすの研究者一人、簡単に倒せるはずだ。


「私を突破しようと考えていますか? でしたら、とんだ思い上がりです。貴方の速さはせいぜい下忍か中忍程度のものでしょう。先に伝えておきますが、私は上忍頭です。突破はできませんよ」


「お前、ずいぶんとペラペラ喋るじゃないか。格下相手に余裕ってことか」


「私はお前ではありません、リデルという名前があります」


 リデルは先ほどからカルマの近くを動こうとしない。意識も全方位に向けているようで、俺へ向けている注意はほんのわずかのように感じる。

 時折、ハイトが青い蝶を飛ばしてカルマの近くへ差し向けるが、そのことごとくが瞬時にリデルの両腕の刃によって切り伏せられていた。青い蝶はおよそカルマの半径二メートル以内に入ると切り裂かれている。太刀筋はほとんど目で追えない速さだ。上忍頭と言っていたのも本当のことなのかもしれない。

 守られている当の本人であるカルマはイリスとアリスの戦いを何か機材を用いて計測するのに夢中だ。


「リデル、防衛対象が暢気なヤツで大変だな」


「それほどでもありません。……貴方たちは本当にたった五人でここに乗り込んできたのですか」


「そうだけど、何か悪いか?」


「ずいぶんと甘く見られたものだと思っただけです」


 リデルはそう答えた直後、踏み込みから腕の刃での一閃を俺へと見舞ってきた。最初の内はカルマが攻撃に晒されることを嫌って防御寄りになっていた。そのため、あまりカルマの側から離れられなかったのだろう。

 しかし、しばらく戦っても追加の援軍が無さそうだと安全確認した後は、目の前にいる俺という弱い敵をなるべく早めに片付けたくなったのだろう。いくら俺が下忍とはいえ、一般人であるカルマからすれば脅威であることに変わりない。

 アリスとイリスの戦いはどちらに勝利の女神が微笑むか分からない。向こうとしても、なるべく早めに盤面を有利にしたいはずだ。


 だからこそ、俺の方も備えられる。事前に両目へと気を『集中』させ、動体視力を上げておいた。そのおかげで今はリデルの斬撃がギリギリ目で追える。

 クナイで斬撃を受け止める。しかし、受け止めたクナイがまるでバターのように切り裂かれた。最初に弾かれた時と違い、向こうからの斬りつけだ。あちらの刃の切れ味と筋力の強さがうかがえる。


 そんな中、俺は心中で笑った。やっと乗ってきてくれたな、と。

 相手の力量は完全に上だ。それは仕方ない。俺はクナイを持っていた右腕を捨てる選択をした。スパッと綺麗に右腕が斬り落とされる。だが、俺はまだ生きてる。

 逆の手でクナイをカルマ目がけて投擲する。否、投擲は叶わない。しようとした瞬間に左腕も斬り落とされていた。もう一歩、リデルは俺に接近するために踏み込んだ。


「良いのか? 防衛対象が狩られるぞ」


 とは言っても、もう遅いけどな。

 カルマの下へ、天井から二つの人影が落ちてくる。その人影は忍者だ。地下一階でイリスが倒した二人の忍者だ。彼らは俺の『空虚人形エンプティマリオネット』の術で操り人形と化している。俺たちが地下二階に突入した際、こっそりと部屋に忍び込ませていた。イリスからすれば簡単に倒せる相手だったようだけれど、それでも二人とも上忍だ。ハッキリ言って俺よりもよっぽど強い。


「離反したというのですか?!」


 リデルも驚愕に目を見開く。俺へ向けて踏み込んだ瞬間を狙った奇襲だ。重心はもう前へ向かっている。止めようがない。

 俺の操る二人の忍者はそれぞれの持つ刀で同時にカルマの脳天を叩き切ったのだった。






 リデルは俺へと踏み込んでいた足を止めると、即座に反転してカルマへ向き直る。そして、俺が操っていた忍者へ斬りかかった。

 俺の命令は『隠密して隙を窺い、カルマへ攻撃を仕掛けよ』というものだ。逆に言えば、それを達成した後は木偶の坊になってしまう。無抵抗の者というのは、あんなにも容易く切り伏せられてしまうものか。


『攻撃を避けて、俺の護衛にまわれ』


 俺の命令は口に発する必要はない。たったそれだけの思考をして命令を発するまでの間に、一人は細切れにされていた。もう一人も片腕を切り裂かれた。

 しかし、そこでギリギリ俺の命令が届き、回避行動に移る。そして、俺を背に庇う形でリデルとの間に立った。


「仲間を相手にしても即殺とは、さすがヤクザクランの上忍頭だな」


「今の反応の鈍さ……。貴方が操っているのですか?」


「さぁ、どうだろうな」


 不用意に手を晒す必要はない。カルマを倒し、他のバイオミュータント忍者たちも行動停止するはずだ。そうすればイリスと合流して、リデルも倒せるはずだ。


「言っておきますが、勝ち誇るにはまだ早いですよ」


 リデルの言葉に首をかしげる。リデルの背後に見えるカルマは脳天を叩き割られ、大量の血を噴水のように吐き出している。見るも無残な姿だ。正直、悪だくみをしていたNPCとはいえ、殺したくはなかったけれど、あの状況で手加減などできようはずもない。

 そして、あの状態は紛れもなく死だ。あれで死んでいなければ人間を辞めている。


 そうだ、死んでいなければおかしい。

 だが、どうだ。周りではいまだにイリスとアリスが攻防を繰り広げていた。ハイト、コタロー、アマミはバイオミュータント忍者と戦い続けている。何も終わっていないのだ。


「バカな、止まらないのか……?」


「えぇ、そうですとも。何も終わっていないんですねぇ」


 俺は自分の目を疑った。死んだはずのカルマが、血を噴水のように噴き出して膝をついていた男が、再び立ち上がったのだ。

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