第40話 逆嶋防衛戦 その21~14へ行けと言わんばかりの通路~

▼セオリー


 ハイトとコタローが戻ってきた後、俺たち五人は地下二階へ通じる扉の前にいた。研究者たちはAランクのカードキーが無ければ扉を開けることはできないと言っていた。

 とはいえ力技による強引な侵入は最後の手段としたい。そのため、まずは先ほど倒した三人から情報を抜き取ることにした。気付けの丸薬を飲ませ、目を覚ますと同時に『仮死縫い』で再び昏倒させていく。


 あっという間に捕縛尋問の条件を満たし、三つの電子巻物が床に転がった。

 三つの巻物を全員で覗き込むと、そこには二つの組織の名前が書かれていた。俺が倒した研究者に紛れ込んでいた白衣の忍者は逆嶋バイオウェアの上忍。イリスが倒した二人の忍者はどちらもパトリオット・シンジケートの上忍だ。


「ふむふむ、なるほどねー。白衣の忍者は逆嶋バイオウェアの上層部が潜り込ませた内偵だったみたい」


 白衣の忍者が与えられていた任務は『カルマ室長に不審な動きがないか調査する』というものだ。そして、イリスが倒した忍者には『カルマ室長の周囲を嗅ぎまわっている忍者を見つけ出し、始末する』という任務が与えられていた。


「危なかったね。もう少し深く踏み入っていたら、彼は始末されていたかもしれないね」


 同じ組織の一員だと知ったコタローは安心したように深く息を吐いた。それから、再び気付けの丸薬を飲ませ、白衣の忍者を起こす。

 確かに危ない所だった。イリスのやり方で捕縛尋問を行っていれば、目の前で眠る三人の忍者が全員ともに死んでいた。そして、事後になって仲間だったと気付くことになる。せっかく仲間としてパーティーを組んだのに、またもやギクシャクとした関係性に戻ってしまうところだった。


「う、うぅ……、これはいったい」


「目を覚ましたようだね。ボクはコタロー、安心してくれ、ボクらは同じ仲間だ」


 コタローはそう言って社員証を見せる。白衣の忍者は意識を取り戻した直後は身体を強張らせていたが、コタローの社員証を見るとすぐに脱力した。コタローは続けて質問する。


「君はどういった経緯でここにいたんだい?」


「捕縛尋問をしたなら分かっているだろうが、私はカルマの周囲を調べていた。上層部はカルマの周囲で不自然な金の動きがあったことを察知したらしい。そこで何か不審な行動を取っていないか調べるよう命令を受けたのだ」


「なるほど、逆嶋バイオウェアの上層部もカルマには若干の不信感を持っていたんだね」


「そうだ。しかし、彼はバイオ研究においては比肩する者がいないほど優秀なのも事実。そのため、秘密裏に調査をしていた所で現在の事態となったのだ」


「それなら……、イリス、あの依頼書を彼に託しても良いかな?」


 コタローは極秘任務の依頼書を指してイリスに尋ねる。イリスはそれに了承し、懐から極秘任務の依頼書を出した。キラキラと輝く依頼書を目にした白衣の忍者は目を見開く。


「これは極秘任務か!」


「うん、そうだね。ボクらは極秘任務の過程で研究所へ来たんだ。上層部もカルマへの不信感を持っているなら、その依頼書が見えるはずだから、それを持って説明に行ってくれるかな」


「分かった。しかし、そちらは五人だけで大丈夫か?」


「最悪、失敗した時のために第二陣の用意とかをしておいてもらえると助かるかな。ただ、さすがに増援を待っていたらカルマに気付かれて高飛びされてしまうかもしれない」


「そうか、ならコレを渡しておく。活用してくれ」


 白衣の忍者はカードキーを一枚コタローへ手渡す。それにはAランクと記されていた。


「これは大助かりだね、もう少しで扉を無理やりこじ開けていたところだったよ」


「それはしなくて正解だったな。ここの研究所は本社並のセキュリティだ。無理やり押し入ろうとすれば迎撃システムが作動していただろう」


 またもや危ないところだった。迎撃システムがどんなものかは分からないけれど、一昔前に流行った映画では、バイオ系の研究所で物騒な迎撃システムがあった。たしか通路いっぱいに高熱のレーザーが張り巡らされて大変な目に遭うのだ。そんな恐怖体験はしたくない。


「では、健闘を祈る」


 白衣の忍者はそう言うと、地上へ向けて階段を駆け上がって行った。これで地下二階へと続く扉を開けるためのカードキーも手に入った。あとはカルマ室長の本拠地である地下二階へ乗り込み、企みをぶっ潰すだけだ。

 カードキーをスキャナーに押し当てると、ピッという音とともに扉が開く。眼前には地下二階へ続く階段が姿を現した。


「よし、行くか」






 階段を降りていく道中には特にこれといった妨害や迎撃は無かった。まだカルマ室長がこちらの侵入に気付いていない、ということを願いたい。しかし、イリスが言うにはもうバレているだろう、とのことだった。

 地下一階の研究所でイリスが倒した二人の忍者はパトリオット・シンジケートの忍者だ。そして、カルマ室長と一緒に地下二階へ降りていった人物は愛国報道社の記者という話である。この記者という人物もおそらくはパトリオット・シンジケートの忍者だろう。


「二人とも通信機を持っていたし、基本は定時連絡をするものでしょう。それをしていないわけだから、もう異変には気付いてるんじゃないかな」


「じゃあ、もう逃走してるかもしれないのか?」


「まぁ、逃走経路はいくつか用意してるだろうね。とはいえ、工場をそのまま移動させることはできないし、持ち出す研究データを精査する時間も必要でしょ。となると、まだ下にいるんじゃないかな」


 イリスは口笛でも吹くような軽い口ぶりで話す。捕まえられる可能性があるのなら、むざむざと逃がしたくはない。それに、悪党は逃げた先でまた同じような悪だくみをするだろう。俺の歩く速度が速まるのを見て、イリスは言葉を続けた。


「ただ、そうなると逃げ出すまでの時間を作りたいよね」


「そりゃあ、そうだろうな」


「そんな時、セオリー君だったらどうする?」


「俺だったら? ……そうだな、足止めで迎撃システムを起動する、とか」


「その通り」


 通路の先で壁がガコンと音を立てて動き出す。そして、ビンゴ! と言いたくなるタイミングで青白く光る一本のラインが横一文字に浮かび上がった。そして、こちらに向かって直進してくる。


「アレって、もしかしなくてもレーザートラップ的なサムシングじゃないか?!」


「たぶん、そうだねぇ!」


 イリスとの会話は強制的に打ち切られる。レーザーのスライド速度が突如として高速になったのだ。忍者の高速移動に対応したスピード。完全に忍者を殺しに来ている。まさか本当にレーザートラップが出てくるとは思わなかった。逃げ場のない通路でどうするか逡巡する。


「『花蝶術・胡蝶乱舞』」


 そんな中、レーザーを察知したハイトは固有忍術で生み出した青い蝶を壁一面に張り巡らせていく。そして、レーザーと青い蝶が接触した途端、レーザーは蝶たちに遮断されて消え去った。


「レーザーを押し留めてるのか……?」


「押し留めるっつうか反射してるって方が正しいかもな。俺の生み出す蝶は元々隠密用の忍術だからよ。目くらまし以外にも光学迷彩とかに使ったりもできる。その特性を利用すれば光を反射する、ってこともできるわけだ」


「そういうことか、おかげで助かった」


「光を利用したレーザートラップで良かったぜ。逆に単純な火とかには弱いからよ」


「ほうほう、火ね……」


 あれ、目の錯覚だろうか。通路の先、今度は壁から炎が放射されているように見えるんだけれど。


「ははっ……、つまり、あれは防げねぇってわけだ」


 ハイトの口から乾いた笑いが零れる。炎と接触した蝶は端から燃え落ちていく。俺はハイト以外の三人を見る。コタローとアマミは何も打開策が無いようだ。固有忍術的に考えても確かにそうだろう。それに引き換え、イリスはニンマリと笑って、打開策はあるぞ、と暗に伝えてくる。


「俺たち四人にはもう打つ手がない。どうせ、相手に気付かれてるなら、少しくらい強引に押し入っても構わないだろう。イリス、頼む」


「そそ、仕方ない。そろそろ力技の出番ってわけだよ」


 イリスはそう答えると即座に『簒奪術・大怪蛇イクチ』と唱える。すると、イリスの影が蠢き始め、その中から大怪蛇イクチの頭が現れた。通路いっぱいの大きさを誇るイクチが口を大きく開いた。そして、口から高圧水流を炎に向けて発射した。

 ジュワっという音とともに水が一気に水蒸気に変わっていく。しかし、その分、炎の勢いも若干弱まっているようにも見える。


「よし、このまま押し切れれば行ける」


 そう思ったのも束の間だった。天井から粉末が降り注ぐ。キラキラと輝く粉末は高圧水流に触れると、途端に火花を散らし、煙を上げた。


「あの粉、なんかヤバくない?」


 イリスが疑問を投げかける間にも、小さな爆発が連続して起き始める。


「もしかして、禁水性の物質か? だったらヤバい、爆発が起きてもおかしくねぇぞ!」


 疑問に答えたのはハイトだった。イリスが高圧水流の放出を止めると、即座に青い蝶をカーテンのようにして通路の先とを遮断する。しかし、高圧水流が使えなければ、今度は炎が迫ってくるだけだ。


「こうなったら全員、口の中に入って。一気に突破するよ」


 イリスが指さす先はイクチの口内だ。俺とハイト、コタローはイリスに続いて、中へ飛び込んでいく。アマミは一瞬嫌そうな顔をしたが、火の手はもうすぐそこまで迫ってきている。背に腹は代えられない。

 そうして全員が口の中に入ると、イクチは口を閉じる。直後、激しい勢いで前方に動き出した。


「「う、うわぁぁああああ」」


 俺とアマミの叫び声がシンクロする。いきなりの急発進により、イクチの口内でバランスを崩した俺とアマミは尻から地面に落ちる。しかし、ヌメっとした舌が優しく支えてくれたため無傷だ。

 だが、さらにその直後、何か固いものにぶつかったような衝撃が口内にまで響いた。またもや、口内でもんどり打って引っくり返る。コタローやハイトもさすがに今の衝撃は耐えられなかったようで、同じように引っくり返っていた。

 こうして、無事に殺人的な通路を突破し、イクチの口が開かれる。プップップと異物を吐き出すように俺たちは外へ放り出された。


「とんだ暴走列車だったな」


「同感だね」


「こんなことなら次は絶対に入らないんだから……」


 ハイトとコタローはやれやれと言った様子だ。アマミはイクチの唾液にまみれ心底嫌になったのか恨みがましくイクチを見た。

 しかし、イリスの影の中に溶け込んでいくイクチは表面が焼け爛れ、ところどころ炭化していた。イリスがこの手段を取らなければ、焼け爛れて炭化していたのは俺たちの方だったろう。


「イリス、すまない。そして、ありがとう」


「なに感傷的になってるの。あれは分身みたいなものなんだから気にする必要ないよ」


 あれほど強力な大怪蛇イクチを分身のようなものだと軽く言うイリスに、頭領という忍者の凄さを改めて思い知らされる。しかし、心の中で少し疑問にも思う。あれほど強力な力が本当にデメリット無しで使えるものだろうか。

 俺の見てきた忍者の中でイリスを除いて一番高いランクは上忍のハイトだ。もしくは、教官忍者も上忍頭相当の強さだった。しかし、彼らを見ていても規格外さは感じない。むしろ、順当に下忍や中忍を超えた先、延長線上にあると思える強さだ。


 しかし、ことイリスに限って言えば強さが規格外と言っていい。組織抗争において、イリスが呼び出した大怪蛇イクチはシャドウハウンドの忍者が三十人規模で戦ってようやく倒せたのだと聞いた。

 二日目に倒した際も、実際に倒したのは隊長のアヤメが一人で倒したそうだけれど、その前準備として少なくない忍者たちが捕縛要員として戦ったわけだ。そんな規格外の強さを前に、ただ頭領ランクだからというだけでは納得し切れない部分も存在する。

 イリスへの疑問符は尽きない。けれども、それを一つ一つ解き明かしていくには時間が足りない。


「ほら、ボケっとしてないで、ようやく黒幕様のお見えだよ」


 イリスが声をかける。ハイトとコタローはすでに臨戦態勢のようだ。イクチの唾液で半べそ気味のアマミも立ち上がり、前を見据える。俺もポーチのクナイを確認し、最終決戦へ向けて心を落ち着かせた。


 地下二階、カルマ室長の研究室。

 ようやく、ここまで辿り着いたんだ。

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