第39話 逆嶋防衛戦 その20~強さって何だ~
▼セオリー
ハイトの眼前に掲げられた電子巻物には大きく『捜査令状』と書かれていた。そして、その権限の力は絶大なものだった。研究者たちは途端に抵抗を止め、速やかにひとまとまりになった。
この研究所ではこれから戦闘が起きるかもしれない。そのため、研究者たちには地上へ避難してもらう。地上ではハイトの要請でシャドウハウンドの隊員が来てくれているはずだ。
ハイトとコタローが研究者たちに外へ避難するよう指示している間で、イリスも一仕事終えたようだった。両手で二人の忍者を引きづりながら歩いてくる。俺が倒した一人以外にも忍者が研究者の中に紛れ込んでいたというわけだ。
「セオリー君もちゃんと倒せたね、偉い偉い。不意打ち込みでギリギリかなー、と思ったけど頑張ったじゃない」
「アマミがフォローしてくれたから意外とあっさり倒せたよ」
アマミのフォローと初手で両腕をほぼ封じることができたのが大きいだろう。しかし、イリスの評価も分かる。両腕をほとんど使えない状態にしたというのに足さばきだけで俺の攻撃を避け切っていた。
これでも俺は下忍とはいえ筋力を犠牲にしている分、俊敏のステータスが高めだ。それでもあれだけ躱されるということはステータスの差に相当の開きがあったのだろう。ハイトほどではないけれど、コタローやアマミよりは速いくらい。おそらく上忍になりたてくらいのレベルだったのではないだろうか。
「んで、そっちのは?」
「あぁ、これ? こいつらも隠密して様子を窺ってたの。それでどっかに連絡しようとしてたから、すぐに眠らせちゃった」
イリスが引きづってきた忍者は二人とも忍者装束を着ていた。つまり、この研究室は忍者によって常に見張られていたわけだ。彼らの所属や目的はなんだろうか。
「それじゃあ、捕縛尋問しよっか」
イリスは縄を取り出すと、意識を失っている三人ともをグルグル巻きにしていく。そして、縛り終えたイリスは俺を見てくる。何だろうと
「多分、NPCだけど、私ならそのまま殺して捕縛尋問する」
それだけ言って、また見つめ返してきた。
そこで合点がいった。彼らを生かすか殺すかを問うているのだ。一階を防衛していた警備隊に対しても生かしたまま意識だけを奪うという選択をしたのはハイトや俺の提案したものだった。それとアマミもやや弱く賛成だったか。
逆にコタローやイリスは殺してでも速やかに作戦を遂行する方向を推した。もちろん、結果的に警備隊は一般人だったので、殺してしまうとカルマ値が低くなっていただろうから殺さなくて正解だった。しかし、俺はたとえ相手が忍者だったとしても、なるべくなら殺したくない。
そんな俺の心情を汲んだからこそ、イリスは俺を見ているのだ。
「分かった。俺の気付け薬を使おう」
「優しい支配者様だね」
「やめてくれ……。下忍の俺にとって、その称号は名前負け感が強すぎるんだよ」
「その名に恥じないくらい強くなればいいじゃない」
「そう簡単に言うけど、忍者のランクを上げていくのは大変だろうからなぁ」
そんな弱気の俺を見てイリスは笑った。
「何を言ってるの? 忍者のランクは絶対の強さじゃないんだよ。私が放った大怪蛇イクチはシャドウハウンドに何度も倒された。それに君らだってさっき格上の忍者を倒せたでしょう。結局、個の強さには限界があるの」
「そりゃあ、そうだろうけど。個人の強さがあるからこそ、人も付いてくるんじゃないか」
「んー……、じゃあ、アマミ君はどうして彼をフォローしたの?」
突然、イリスは話の矛先をアマミに向けた。研究者たちへの対応はハイトとコタローがしているためアマミも俺たちとともに地下一階の研究所で待機しているが、俺とイリスの会話には入ってこないでいた。イリスに対してまだ心を許しきれてないところがあるのだろう。そのため、出し抜けに振られた話題に一瞬戸惑った顔をした。それから少し思案した後、答える。
「どうしてって彼一人だと
「どうしてフォローしたの?」
「えぇ……、それは、仲間だから、かしら?」
アマミは矢継ぎ早に繰り返される質問に、何なのこれ、と若干呆気に取られているようだったが、それでも無難に返答した。俺も同じような状況なら同じように行動するし、同じように質問に答えただろう。
質問の意図を測りかねていると、イリスは満足げに俺の方を振り返った。
「ほら、君が弱くたって助けてくれる人はいるでしょう。そういう人をたくさん作れば、例え君が下忍のままでも頭領を倒せる可能性だってあるんじゃない?」
「滅茶苦茶なこと言い始めたぞ、この人」
俺は目線でアマミに助けを求める。しかし、アマミの方も何言ってんの、という顔だ。
「察しが悪いなぁ~。つまりはさ、必ずしも強さは忍者のランクだけじゃない、ってことよ。この人を助けたいと思わせるような話術だって強さだし、権謀術数で社会的に攻撃を仕掛ける強さだってあるわけでしょう」
「あぁ、そういうことか。でも、このゲームは忍者になるゲームだろ。それなのに忍者としての強さ以外のものがそんなに大きく反映されるものなのか?」
「良くも悪くもこのゲームはリアルだからね。思いもよらない角度から切り込んでくることなんて日常茶飯事さ。それこそ盤外戦術なんていくらでもあるわけだよ」
イリスの言葉を聞いて思い浮かぶのは、今回の極秘任務の黒幕であるカルマ室長と背後にいるパトリオット・シンジケートだ。
組織抗争クエストが被ったのは偶然かもしれないけれど、この組織抗争で疲弊した直後にバイオミュータント忍者の強襲が起きれば苦戦は必至だろう。さらにそれを退けたとしても疲弊しきった所に本命のパトリオット・シンジケートの忍者が奇襲してくる可能性もある。
「ところで組織抗争って二連戦になったりすることもあるのか?」
考えてみるとパトリオット・シンジケートも組織抗争クエストが出なければ、そこまで無差別に街を襲うこともできないはずだ。
「考えてることは分かるよ。パトリオット・シンジケートとの組織抗争が続けて起きるかどうかってことだよね」
俺はコクリと頷く。アマミも拠点としている街で起きるかもしれない未来のことなので、固唾を呑んで耳を傾けている。
「残念だけど、ヤクザクランは組織抗争を任意で起こせるんだ。だから、続けてパトリオット・シンジケートが宣戦布告してくることは有り得る話だよ」
「そんな……。それじゃあ、また街で戦いが起きちまうってことかよ」
「だからこそ、私たちはこの極秘任務を成功させないといけない、というわけさ」
俺が悲壮感を漂わせたところを狙ってか、イリスはニヤリと笑って言葉を返した。どういうことか考えてすぐに思い当る。
最初にイリスは、パトリオット・シンジケートが逆嶋へ勢力を伸ばすための尖兵としてバイオミュータント忍者を使おうとしている、と言っていた。つまり、そういった裏工作をしてでも逆嶋の戦力を削りたかったわけだ。
パトリオット・シンジケートの組織としての規模は分からないけれど、少なくとも逆嶋の街は関東地方の中でも巨大な都市に当たる。大きな都市ということは、そこを拠点にする忍者も多くいるということだ。つまり、バイオミュータント忍者による攻撃さえ防げれば、パトリオット・シンジケートからの奇襲に対して自衛できるだけの戦力的余裕を残しておけるわけだ。
それにバイオミュータント忍者の作戦が頓挫すれば、そもそも組織抗争を仕掛けること自体がリスクの高い行動になり得る。そうなれば、おのずと侵攻作戦自体も振り出しに戻せるかもしれない。
「なるほどな、俄然やる気が出てきた」
「私も逆嶋を守るために全力を出すわ」
アマミの方も極秘任務をクリアする明確な理由ができたことで、目に力強い意志が宿ったように見える。
「うんうん、やる気を出してくれて嬉しい限りだね。さて話を戻すけど、今後もこういう極秘任務に遭遇した時、君は解決したいって思うでしょ?」
「そりゃあ、なるべく解決したいかもな」
「そうなったら、まだ下忍だからとか言ってられないじゃない。だから、君は君の強みを生かして戦うしかないんだよ。強くなってから戦おう、だとそれまでに取りこぼした多くのものが悔いになる」
「俺の強み、か」
イリスが言う俺の強みというのは、やはり固有忍術の『不殺術』と称号忍術の『支配術』のことだろう。たしかに『不殺術』で意識を奪い、『支配術』で操るというコンボは多対一を苦手としていた俺にとって僅かに差し込み始めた光だ。ハイトも羨ましがっていたくらいだ。明確に強みと言っても良いかもしれない。
「ちなみに、君の忍術の話じゃないからね」
「え、違うの……?」
どうやら俺の考えは違ったらしい。
「自惚れるなよ、君の固有忍術なんて初見はちょっと困るけど対策立てられたら一瞬で雑魚よ、雑魚」
「ひ、酷い……」
というか固有忍術でも称号忍術でもなければ何が俺の強みだというのか。
俺は疑問符とともにイリスを見る。彼女は俺を真っすぐに見つめ返してきた。
「そうじゃなくて、君の強みは周りを巻き込んで味方を生み出す力だよ」
「味方を生み出す力?」
正直言ってピンと来ない。むしろ、味方を作って協力して事に当たるのは普通のことだし、周りの誰もがしていることだ。なにも特別なことはしてないのではないか。
俺がピンと来てないことを察したのか、イリスは人差し指を立てて左右に振って見せる。
「ちっちっち、分かってないね。単純に味方を作ることは誰だってやってること、そう思ってるでしょ。でも、違うんだよ。君がしたことは味方を生み出したんだ。それも巻き込む形でね」
おそらく、イリスが言っているのは今現在のパーティーのことを言っているのだろう。たしかに思い返してみれば、俺が巻き込んでパーティーができた、ってことにはなるけど。
「シャドウハウンドと逆嶋バイオウェア、それと無所属の混成パーティー。しかもランクは下忍から頭領まで揃えたパーティーなんてそうそう経験できないよ? しかも、そのパーティーで君がリーダーなんだからね」
「いや、たまたまそうなっただけだろ。偶然だって」
最初にパーティーを組む時に、コタローの提案でなし崩し的に俺がリーダーになった。そのパーティーにイリスが合流したのだ。傍から見れば、たしかに下忍が頭領を従えるという構図になってしまっている。
「どうかなー、頭領を従えた下忍なんて間違いなくオンリーワンな体験だよー。……まぁ、それはさておき、ココにいるパーティーの忍者は全員、君が巻き込んだんだよ。それは紛れもなく事実さ」
イリスは拳を俺の胸にトンと軽く当て、ウィンクをした。
どうなんだろうか、むしろ今回のパーティーが生まれたことが俺の強さと考えることこそ自惚れなのではなかろうか。とてもじゃないけど、そうは考えられない。ただ、イリスと話して収穫はあった。
どれだけ個人で強くなっても全ての問題を一人で解決できるわけではない。頭領という忍者の最高ランクに辿り着いた先人の教えだ。イリスの言いたいことは、こちらに重きがあったのではないだろうか。だからこそ、味方を生み出せ、という助言に繋がるのだ。
「とりあえず、その助言、ありがたく受け取っておくよ」
「私にできなかった択を選び取った君へのプレゼントみたいなものだと思ってよ」
選択の話。俺とイリスが共有する秘密、エイプリルのことだ。
イリスは
「それはそうと俺の固有忍術が対策取られたら雑魚って言ってたけど、参考までにどんな対策方法があるんだ?」
相手が取り得る対策方法が分かれば、それに対するカウンターをさらに用意することが出来る。せっかく頭領という最高峰の忍者がいるのだ。聞けるだけ聞いて知識を吸収したい。
「うるさーい、そのくらい自分で考えなさーい!」
しかし、イリスのプレゼントタイムは終了してしまったようだ。シッシと手で払うようなジェスチャーで俺を追い払う。ぐぬぬ、残念。
それと同時にハイトとコタローが研究者たちを説得し、避難させることに成功して戻ってきたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます