第38話 逆嶋防衛戦 その19~絶対権限主張します~

▼セオリー


「うぅ……、気持ち悪い……」


 ゴロリと転がった工場の床はひんやりと冷たい。しかし、俺は自分の身体がまるで自分のものでないかのように全く立ち上がることができないでいた。


 そう、強力無比なコンボには大いなるデメリットも存在したのだ。

 イリスの使う『影跳びあらため』は他者にも対応した『影跳び』の強化版だ。そして、転移忍術などまともに使ったことのない俺は連続転移の影響で盛大に酔った。転移の繰り返しにより三半規管と平衡感覚がガチャガチャに狂ってしまっている。仰向けにぶっ倒れた俺はおよそ五分間、まともに動けなかった。


「転移系の忍術が使えるのは知ってたけどよ、なんでエイプリルと同じ固有忍術なんだ?」


「んふふ、それは内緒。ユニーククエストだから自分で発見してね」


 ハイトの疑問に対して、イリスはウィンクをしてはぐらかす。簒奪者ユザーパーの秘密について俺にはこっそりと教えてくれたけれど、他の人には秘密のようだ。とはいえ、俺も積極的に流布したい内容でもない。


「それにしても、セオリーの方も称号忍術と固有忍術の嚙み合わせがナチュラルにコンボってるとか本気で羨ましくなってきたぜ」


「いや、今のは相手が一般人だから上手くいっただけだろ。忍者相手じゃあんなに上手くいかない」


 それになにより、イリスの『影跳び』によって俺が相手の背後に転移できたことも大きい。転移がなければ一人を倒すまでにかかる時間はもっと長引いていたはずだ。長引けばその分だけ意識を失った警備員の存在が露見する可能性も高まる。


「さて、それじゃあ続いて地下へ潜入と行こうか」


 イリスの号令により、俺は『支配術』によって自由にできる警備員たちに命令を出す。誰が地下への入り方を知っているのか分からないので、ひとまず全員に命令だ。


「地下への扉を開け」


 俺が命令を発すると、一人だけ服装の色が違う警備員が工場の奥にある扉へ進んでいった。おそらく彼がこの警備部隊のリーダーなのだろう。

 リーダーは工場奥の扉に着くと、扉の横に設置されているスキャナーにカードキーを押し当てた。ピッという音とともに扉が開く。その先には地下へと続く階段が伸びていた。


「正規の手順で開けなければ、おそらく警報が鳴ってただろうね。私一人だともっと手こずってたかもしれない。ありがとね」


 イリスが俺に笑顔を向ける。つい数時間前まではやるかやられるかの敵同士だったはずなのに、どうにも肩透かしを食らった感が残る。なんというか、シコりがあるような感覚とでも言えばよいだろうか。


「そういえば、コタローはイリスに食べられたりしたわけだけど、今一緒に行動するのに思う所はないのか?」


 コタローは今回の極秘任務にあたって大変物分かり良くイリスと手を組んだ。しかし、初対面は敵同士で、しかもイリスが変化した大怪蛇イクチによって丸呑みにされて死亡している。そんな経験をして思う所はないのだろうか、と気になったのだ。


「うーん、たしかにボクは一回殺されたわけだけど、所詮はゲームの中だしね。ロストした経験値も相手が頭領だったおかげで大したことなかったのも大きいかな」


 コタローの返答は思った以上にドライなものだった。しかし、ゲームにおいてはこのような思考こそが楽しむコツの一つなのかもしれない。昨日の敵は今日の友とも言うしな。

 俺はそう納得することにした。とはいえ、あのタイミングでエイプリルが殺されていたら、こうして肩を並べることはなかったかもしれないけれども。


 そうこうしている内に、最初の扉が見えてきた。扉の横には『地下一階 バイオ工学研究所』と書かれている。連れてきている警備隊のリーダーに再度カードキーで扉を開けるように命令する。しかし、リーダーは微動だにせず、立ち尽くしていた。


「あれ、扉を開けてくれないな」


「これは、アレだな。こいつにはそこまでの権限が与えられてないんだろう」


 ハイトはそう答えながら、リーダーの持つカードキーを手に取って眺める。そうして、しばらく眺めてからカードキーの一ヶ所を指差しながら全員に見せた。


「ほら、ここを見てみろ。こいつのカードキーはCランクって書いてあるだろ。おそらくこの先はもっと高ランクのカードキーが必要なんだ」


「そっかぁ、困ったね。仕方ないから、ぶっ壊しちゃう?」


 イリスがさっそく腕力にモノを言わせた解答を提示してくる。それじゃあ、ここまで相手にバレないように隠密で行動した意味がなくなるんじゃないか。そう思ったけれど、そもそもイリスが一人で乗り込んだ場合は全て力技で突破していたのかもしれない。そう考えると、突っ込むのも今更だ。


「いや、ちょっと待って。このカードキー、もしかしたらボクたちの社員証と同じ作りかも知れない」


 イリスの提案に待ったをかけたのはコタローだった。コタローは懐から逆嶋バイオウェアの社員証が取り出す。それを見ると確かに警備隊リーダーの持っていたものと似ている。むしろ、警備隊リーダーの持っていたカードキーの方が簡素な作りだ。そして、コタローの取り出した社員証にはBランクと書かれていた。


「そっちのカードキーは清掃業者とかの外部作業員とかに渡される入場許可証なんじゃないかな。だから、ボクらの持つ社員証の方が上のランクなんだと思う」


 思わぬところでコタローたちを味方にしていたことが功を奏した。さっそく、コタローは社員証をスキャナーに当てる。数秒の間をおいて扉は開いた。


 地下一階、バイオ工学研究所への扉が開く。中は工場のように広々としており、壁には人一人が入れそうなくらい大きなガラスの筒が並んでいる。ガラスの筒は緑色の溶液で満たされており、その中で人の腕や脚の部分がプカプカと浮かんでいる。

 おそらく、これが逆嶋バイオウェアの主戦力製品だという人工培養された義肢というものだろう。これが病院に送られ、移植手術などに活用されるのだ。つまり、この階層はまだ世間にも公にされている工場部分だ。バイオミュータント忍者の製造工場ではないだろう。


「おや、組織抗争に駆り出されているはずの忍者がどうしてこちらに来ているのですかな?」


 機器を操作していた白衣の研究者の内、一人がこちらに気付き近づいてくる。ここがまだ極秘任務の破壊すべき工場でないのなら、彼ら研究者たちも普通にここで働いているだけだろう。極秘任務のことは伝えられないけれど、なんとか誤魔化さなければならない。そう思っているとコタローが前に出た。


「中はまだ無事のようだね。黄龍会の忍者がこちらの工場を狙っているという情報を得たから、防衛のためにこちらへ来たところなんだよ」


「ほう、そうでしたか。しかし、一階の防衛に回している警備隊からは連絡を受けておりませんですが」


「おや、おかしいね。一階の警備隊なんてものは居なかったよ。だから、不審に思って地下一階まで降りてきたのさ」


 これは嘘だ。警備隊は俺たちが無力化した。リーダーだけは地下一階の扉の前まで付いてきてもらったけれど、用済みになった後は一階に戻ってもらい一時待機中だ。

 とはいえ、しばらくすれば意識が戻って『空虚人形エンプティマリオネット』の術も解けてしまうだろう。そうなるとカルマ室長まで連絡が行ってしまう。なるべく速やかに対峙するところまでいきたいところだ。


「なんと、それは本当ですか! クローン技術のデータは本社側にあるからと過信していましたが、こちらの工場も狙われるとは……。しかし、室長が防衛を手厚くするよう上に進言したはずです」


「地上の情報は全然来ていないのかな? 地上は大怪蛇イクチというユニークモンスターで大変な騒ぎだったんだよ。おかげで防衛も手が回ってないくらいさ」


 コタローはさも当然のように口から出まかせを吐き続ける。ところどころ真実が織り交ぜられていることにより、もっともらしく聞こえるというのが始末の悪い所だ。


「そうだ、カルマ室長はどちらに? 直接会って情報を伝えたいんだけど」


「室長でしたら地下二階の研究室にいらっしゃいますが、そちらはランクAのカードキーでなければ行けません。あちらの通信機で連絡が取れますので、お使いください」


 研究員は部屋の隅にある通信機を指し示す。ここでカルマ室長に連絡を取られてしまうと、こちらの嘘が露見する可能性もある。なんとか直接会いに行く流れにしたいところだ。


「室長はなにか用事でもあるのかい。総責任者ならこちらの地下一階に居るものだと思っていたんだけどね」


「それが愛国報道社という新聞屋の記者が会いに来ておりまして……。なんでも長めのインタビューとのことで、ここ連日は夕方から深夜にかけて籠り切りなのです」


 コタローはちらりと俺たちのほうへ振り返るとハイトへ目くばせした。

 ハイトもこくりと頷く。そして、すぐにハイトから念話術がパーティー全体に飛ばされる。


(今の話に出てきた愛国報道社ってのはパトリオット・シンジケートの表側の事業だ。これはだいぶ臭いぜ)


(ハイト、シャドウハウンドの権限をお願いしてもいいかな?)


(おう、任せとけ)


 コタローとハイトの間で話がトントン拍子に進んでいく。セキュリティ問題の関係で直接対峙することが難しい、というのは予想できていた。イリスは力技で強行突破する気満々だったらしいけれど、今回はハイトが仲間にいる。

 シャドウハウンドは公営の警察機関だ。そして、そこに所属する忍者にはガサ入れに関する組織特有の権限がある。それがクラン技能『捜査令状』だ。

 ハイトは極秘任務を受注すると決めた瞬間からアヤメおよびタイドを含むシャドウハウンドの上層部へ『捜査令状』の発行を求めた。対象が逆嶋バイオウェアということでタイドからは疑問を呈されたけれど、最終的にはアヤメが折れて先ほど発行されたらしい。


 あとはハイトが『捜査令状』を使って、カルマ室長の下まで強行突入するだけだ。という所でイリスから俺へ念話が飛んでくる。


(セオリー君、今からちょっと君を跳ばすから、目の前にいる人を問答無用で倒してくれる?)


(え、いきなり何だよ)


(あ、ダメだ。もう連絡しようとしてる。はい、跳ばすよ。『影跳びあらため』)


 俺の疑問は流され、返答を待たずに転移させられた。目の前には白衣の男性が一人立っている。無防備な背中だ。仕方がないので命令通りに『仮死縫い』をまとわせた手刀を心臓部へ狙って突き入れる。

 しかし、背中に手刀が突き刺さった瞬間に相手は身体をよじって回避した。せいぜい、背中の皮膚を軽く裂いたくらいの傷だろう。あの辺の傷なら、おそらく僧帽筋と広背筋が動かせなくなっているかな。


 案の定、相手は肩を動かすことができなくなったようだ。肘から先しか動かない両腕を驚いた様子で見下ろしている。俺はさらに距離を詰めて正面から心臓部を狙う。白衣の男性は身のこなしからして明らかに忍者だ。足さばきだけで俺の攻撃を避けていく。ただ、俺だけに構っていていいのかな。

 ちょうど良いタイミングで後ろからアマミが足払いを仕掛け、白衣の男性は体勢を崩した。そして、俺が馬乗りになると相手も観念したようだ。しかし、どんな奥の手があるか分からない。速やかに心臓へ手刀を突き入れた。クリティカルヒット。相手の意識は深い闇へ落ちていった。


「な、なにをしているのかね!?」


 最初に俺たちの対応をしていた研究者が驚きの声を上げる。周りにいる他の研究者たちも戦々恐々といった面持ちだ。しかし、そんな彼らの前にハイトは立ち、影に食らいつく猟犬のエンブレムを象ったバッジと『捜査令状』を掲げた。


「動くな、シャドウハウンドだ。手荒な真似をして悪いが、これには理由がある。これより『捜査令状』の権限をもって、この工場および室長カルマの研究所を捜索する」

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