第171話 メリー・バトル・エンド

▼セオリー


「……ってな感じに『龍飛先生の武術教室』というゲームで鍛錬を積んだ」


 俺が棒術を学んだ経緯を正直に話すと、フェイは懐かしむように目を細め、カラカラと笑った。


「ゲーム制作に参加したのは、ほんの気まぐれだったケドネ。まさか知らない内に新たな弟子が生まれていたとは驚きだヨ」


「で……、弟子だなんて恐れ多い!」


 当時においては最先端の技術だったモーションキャプチャーを用いてVR世界に落とし込まれた龍飛先生は、その時すでに御年九十歳を超えていたという。

 棒術の他、拳法、剣術、槍術など数々の武術で結果を残し、弟子も多く存在した。さらには今ではその弟子が開いた道場すら数多くあるなんて状況だ。

 つまり、武術界の生ける伝説レジェンドとも言える存在なのだ。そんな龍飛先生の弟子なんて、そう軽々しくなれるものではない。


「どれ、この際だから稽古の一つでもつけてあげようかネ。前のゲームではどの難易度までいけたカ?」


 ドクンと心臓が喜びに跳ねる。

 別に俺は武術家フリークというわけではない。けれど、「龍飛先生の武術教室」は高校生時代の貴重な青春の一ページを捧げたゲームであることに違いはなかった。そんなゲームの監修を務めた龍飛先生はまぎれもなく憧れの人である。


 当時のことを思い返す。

 最高記録はレベルマックスのCPUを倒した末に出現する「難易度:龍飛先生」のCPUにボロ負けした記憶までだ。最近、棒術の練習がてら再度挑戦してみたけれど、やっぱり歯が立たなかった。


「まだ最高難易度の龍飛先生は倒せてないですね」


「あのゲームの私を倒せていたなら、今だって私に一撃くらいは入れることデキタだろうネ」


 フェイは俺から奪い取った棒を投げ返してきた。


「まだ君は発展途上。もう一度全員で掛かってくると良いヨ」


 俺を見て、それからロッセルとライギュウを見回した。俺がどのような経緯で武術を学んだのか話している内に二人も完全に復活した。

 俺の話は時間稼ぎみたいなものだったけれど、フェイからすると俺一人では話にならないからロッセルとライギュウが体勢を立て直すまで悠々と待っていたようだ。


「それなら遠慮なく、全員・・で掛からせてもらう」


 フェイの正体が予想外だったため、色々と紆余曲折話が逸れてしまったけれど、結局の所はやるかやられるかだ。

 アリスとイリスの頭領二人はエリア一つ分遠くまで飛ばされてしまったからまだ戻ってこれないだろう。となると、現状の戦力はたかが知れている。フェイの余裕はこういった所からも来ているのかもしれない。


 現実世界でも名のある武術家であるフェイが忍者として生まれ変わった結果、手の付けられない化け物が誕生した。

 しかし、化け物みたいなヤツとはもう何度も戦ってきている。それにアリスやイリスを倒し切るまでに至らなかったということは、頭領と戦えばそれなりに苦戦するということ。希望的観測レベルで見れば戦えないこともない、……と思いたい。


「フェイのことは頭領ランクだと思って戦う。いいな?」


「最初からそのつもりだ」


「俺より強いヤツたぁ、勘弁ならねぇなぁ」


 ロッセルは気を引き締め直すように息を吐き、ライギュウは目をぎらつかせてフェイを睨む。二人が戦闘態勢に入ったことを確認すると、俺は棒を両手で握り、威勢よく足を踏み出した。


「『瞬影術・影跳び』」


 俺が足を踏み込むのと同時にフェイの後ろで影が踊る。一瞬の内に闇の中からエイプリルが顔を出した。そして、手に持った爆弾をフェイに向けて投げつける。ここまで一連の動作を無音で行った。


「ほぉ、まるでアサシンだネ」


 チラと目線だけが後ろを窺うように動く。そのままノールックで足を後ろに突きだすと、爆弾を爆発する前に蹴り返した。

 当然、エイプリルはすぐに俺の後ろに『影跳び』しているので無事だ。それにしたって、俺が踏み込むのとタイミングを合わせて後ろから奇襲したのにも関わらず、平気で反応するとはマジの武術家恐るべしと言ったところか。


「ズルいとは言わないよな」


「それは当然ネ」


 言葉を交わすと同時に中段突きを繰り出す。左右からはロッセルの掌底とライギュウの剛腕が挟み込むように迫る。爆弾を弾くためとはいえ、蹴りを放った体勢からでは三方向からの攻撃に対応しきれないだろう。


「『五行龍爪・土龍鱗壁』」


 攻撃が迫る中、それでもフェイは余裕の表情を崩さなかった。五行龍爪を嵌めた手を横薙ぎに振るうと、その指の軌跡を辿るように大きな龍の鱗が現れたのだ。

 俺の突きは甲高い音を立てながら弾かれる。ライギュウの拳もロッセルの掌底も同じだ。そして、ロッセルの反応を見るに今回も『剛柔術』の力が発動しなかったようだ。それどころかライギュウの拳に纏わり付いている稲妻も鱗に触れた途端、消滅していた。


 フェイとの戦いの最中、何度も起きている現象だ。すなわち固有忍術の力が打ち消されている。これだけ何度も検証できればおのずと原因は分かってくる。いずれも彼が指に装備している『五行龍爪』を使った攻撃時だ。


「その爪、固有忍術を無効化してるのか」


「バレたカ。さすがに露骨過ぎたネ」


「ならば力押しが効くというわけだ。行け、カナエ」


 俺が答えに辿りついたと同時に聞きなれた声がフェイの後方から聞こえる。そこには心臓を貫かれたはずのシュガーミッドナイトが立っていた。ここで初めてフェイが驚いた顔を見せる。

 シュガーの指示により、小さな少女カナエが不釣り合いに大きな斧を振りかざしてフェイに迫る。カナエ単体では圧が弱い。俺もすかさずライギュウへ物理特化で攻め立てるよう指示を出す。

 カナエの斧とライギュウの拳。いずれも異能は関係なく単純なパワーだ。


「たしかに心臓を貫いたはずヨ。どうして生きてるカ?」


「フッ、俺も頭領の端くれなんでね。色々と奥の手を持っているのさ」


 フェイの疑問にシュガーは不敵な笑みで答える。

 なんか格好つけてるけど、ただ単純に「身代わりのお札」を使って致死ダメージを無効化しただけだろ。

 そんな俺の脳内ツッコミは当然シュガーに聞こえるはずもなく、腕を組んで仁王立ちしたシュガーは訳知り顔でフェイの所持する忍具の解説を始めた。


「極上忍具『五行龍爪』。爪型装備品タイプのユニーク忍具であり、忍具自体と忍具から放たれる技の両方に忍術を含む異能を打ち消す効果が付与されている。……なんとも面倒な忍具だよな」


 まるで解説書に書いてあった内容を丸暗記したかのような説明は、俺たちへの解説の意味も含まれているのだろう。つうか、絶対に最初から五行龍爪のこと知ってたよな。

 もっと早く言えよ、と言いたい気持ちは山々だけれど、俺が気付いたタイミングでちょうど良く参戦して解説を始めたということは、ここまで含めてわざとなんだろうな。確かに何でもかんでも攻略法を教えてもらったらゲームは味気ないものになってしまう。その点ではいい塩梅だ。


 それは良いとして、問題は五行龍爪である。

 黄龍会が保有する最強の忍具というだけあって面倒な性能をしている。このゲームの根幹、売りであるはずの固有忍術のような異能の力を打ち消す忍具だという。

 なんとも厄介だ。ただ打ち消すだけでも厄介なのに、その上で使い手がフェイ、つまり龍飛先生ときたもんだから鬼に金棒である。


「くっ、拳が当たらねぇ……」


 ライギュウの拳は簡単に見切られ、その場で回避されている。そして、カナエの斧は力の方向を完全に掌握され、いなされていた。

 異能を打ち消されると聞いてすぐに思いつく打開策は、力押しだ。しかし、フェイに対して力押しはもっとも下策となり果てる。彼が持つ武の技術をもってすれば相手の力の方向をコントロールするなど朝飯前だ。

 あ、ライギュウが小手返しで引っ繰り返された。続けて床に倒れたライギュウの無防備なボディにフェイの掌底が叩き込まれる。直撃と同時に床にヒビが入る。小手返しからの連撃が早すぎて誰も邪魔することすらできなかった。


 『黄泉戻し任侠ハーデスドール』が解け、ライギュウの身体が粒子になって消える。戦いによる消耗でライギュウが送還させられるのは初めてだ。

 その後、すぐにカナエも同じ末路を辿る。慌ててシュガーがタマエを追加で出して応戦していたが五行龍爪を持つフェイには意味を為さなかった。

 フェイは立ち尽くすシュガーの脇をすり抜け、俺とロッセルの方へと近付いてきた。


「逆嶋でのリベンジと息巻いてはいたが、これほど力の差があるとは……」


「鍛錬が足りなかったネ。覚悟はいカ?」


「覚悟はできている」


 ロッセルはギリと歯を食いしばるとフェイを睨み付けたまま構えを取った。彼の『剛柔術』は意味を為さない。だからといって素の徒手空拳でも勝ち目はないだろう。だからこそ、これからする抵抗は、せめて素直には死んでやるものか、という意地でしかない。



 ……いや、ちょっと待て。覚悟決まり過ぎだろ。ロッセルはNPCだろうに。


「おい、待てって。なに勝手に命投げ出してんだよ」


 ロッセルとフェイの間に割り込む。フェイの瞳は凪の様に穏やかだった。ロッセルを殺めることに何の躊躇も感じられない。


「俺の力が及ばなかったのだから当然だ。むしろ、俺は逆嶋で一度生き延びている。その時点で幸運だったんだ。そして、相手の力量を見抜けなかったからこそ命を落とす」


 ロッセルの野郎、まだ二十代後半くらいだろうに達観し過ぎだ。それともこの殺伐とした世界のNPCだと早くに達観してしまうものなのか。


「でもまあ、何を言われようと邪魔するけどな」


「微力ながら俺も手伝おう」


 フェイに敵と見なされなかったことに憤慨したようでシュガーが珍しくファイティングポーズを取って俺の横に並んだ。ノゾミも俺にステータス強化のバフを掛けてくれている。焼け石に水かもしれないけど、なるべくならNPCには死んでほしくないもんな。


「なあ、俺たちが時間稼ぐから逃げてくんねーか」


 ロッセルへ向けて笑いかける。

 一度腹に決めた覚悟の言葉をひるがえせと言うのは心苦しいものがあるけれど、命あっての物種だ。逆嶋バイオウェアの貴重な上忍頭だろうに、こんなところで簡単に命を投げ打って良いわけがない。


「だが……」


「あぁ、もう男がウジウジしてんじゃないわよ! 『瞬影術・影呑み』」


 それでも言葉尻を濁すロッセルに我慢ならなくなったのかエイプリルが強制的に腕を引いた。そして、影の中に沈み込んでいく。

 よし、いいぞ。実は同じくNPCであるエイプリルにもさっさと逃げて欲しかったから一緒にこの場を離れてくれるなら好都合だ。


「おっと、そう簡単に逃がさないヨ」


「させるかよ」


 フェイがこちらへ詰め寄る。そして、この攻撃がフェイの側から攻め立てる最初で最後の番だった。




 気付けば、一瞬で視界が反転していた。抵抗する間もなく棒を引き寄せられ、肘を掴まれたと思った時には宙を飛んでいた。そして、再び棒を奪われる。こんな簡単に自分の得物を奪われてちゃダメだよなぁ。

 その直後にシュガーは下段突きを両膝に受け、足を折られた。さらにノゾミは棒の側面で腹部を叩かれ、吹き飛ばされる。

 驚くべきことに、この一連の攻撃が僅かまばたき一回分くらいの時間で実行された。


 まだ、影に入れたのはエイプリルだけだ。ロッセルの身体は下半身までしか影に沈んでいない。ロッセルは影に沈みゆく中で掌底を構え、襲い来るフェイに相対した。

 フェイの下段突きがロッセルの腹部へ差し込まれる。それを目で捉えたロッセルは掌底を棒の側面にぶつけ、即座に軟化させる。これにより棒は柔らかな材質となり、突きは必殺となり得ない。


 しかし、そこまでだった。

 即座に棒を手放したフェイの引き絞られた三指による貫手がロッセルの心臓を正確に狙い、───放たれた。

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