閑話休題 サマーバケーション


 出会いの春を過ぎ、季節は夏。大学生にとっては社会という荒波へ放流される前に訪れる最後のバカンス。ここにも一人、自由を謳歌できる残り数度の夏を惜しみ、満喫すべく画策する女性の姿があった。



 神楽かぐら夜ミ子よみこ中星なかほし大学2年生にして電脳ゲーム研究会の会長を務める彼女は、きたる夏季休業夏休みを前にして一つの難題に直面していた。


「……足りない。……人が足りない」


 亡者のようにうめく神楽は頭を抱えて書類を握り締める。隣では我関せずと涼しい顔をした鷹条たかじょうひとみがハードカバーをめくっていた。そちらへギラリと目を移すと夜ミ子は口を開いた。


「鷹ちゃん先輩も方法を考えて下さいよぉ! このままじゃ、毎年恒例の夏合宿が開催できないんですから!」


 神楽の握り締めた書類には「中星大学セミナーハウス利用案内」の文字があった。電脳ゲーム研究会では夏休みの度に大学のセミナーハウスを借りて合宿をするのが恒例行事となっていたのだ。


「そんなこと言われても……」


「うわーん、セミナーハウスの利用が学生4人以上からなんて知らなかったぁ~」


 目下、悩みの種はそれであった。現状、4年生は就職活動に突入し不在な中、サークルメンバーは鷹条瞳、神楽夜ミ子、淵見瀬織の3名しかいなかった。これでは夏合宿は始まる前から頓挫である。


「うっ、うっ、ゲーム合宿ぅ……浜辺でバーベキューぅ……」


 サークル室でへたり込み、昨年の合宿を思い出しつつ悔し涙を流す神楽に、鷹条は掛ける言葉もなかった。かくいう鷹条も少しばかり残念に思う気持ちがないわけでもない。3年生である鷹条からすれば文字通り最後の合宿になる可能性もある。

 そんな中、何も知らない男がノコノコと現れた。電脳ゲーム研究会1年、淵見ふちみ瀬織せおりだ。


「こんにちはー、……って、うわぁ! どうして床に倒れてんすか?!」


「あぁ、淵見くん。ごめんね、会長のあたしが力足らずで、せっかくの楽しい行事を台無しにしちゃったんだ……」


 およよ、と服の裾で顔を隠す神楽はただひたすらに懺悔の言葉を連ねるだけで会話にならない。淵見は助けを求めるように鷹条へ視線を向けた。


「どういうことですか?」


「夏合宿のメンバーが足りない」


 鷹条はそう言って神楽の握り締めるパンフレットを奪い取ると広げて見せる。


「ほうほう、大学のセミナーハウスを借りて合宿ですか。たしかに夜通しゲーム三昧の合宿とか楽しそうですね」


「そうなの、楽しいの! でも、それを、あたしの力不足でぇ~!!」


 神楽はびゃーと泣きわめくように変わらず懺悔モード継続中であった。これほど悔しそうにするということは昨年の合宿はよほど楽しかったのだろう。


「それほどですか。こりゃあ、開催できないのは機会損失ですね……」


「利用人数は最低4名から。あと一人必要」


 鷹条は人差し指をピンと立てた。それを見て淵見はなるほど、あと一人足りないわけかと頷く。しかし、サークルの合宿となると適当な誰かを引っ張ってくるわけにもいかない。むむむ、なかなか難しいなと首を捻るのだった。


「ちなみに、鷹条先輩や神楽先輩も呼ぶあては無いわけですよね」


「ない」


 鷹条は即答。神楽も首を縦にブンブンと振っている。

 とはいえ、ここで神楽か鷹条が友人を呼んできた場合、男女比が1対3となる可能性が高い。淵見は自身の肩身が狭くなることを予想し、そこは良かったと前向きに考えていた。


 しかし、結局のところ合宿自体が開催できなければ仕方がない。

 何か手はないか。そう三人集まり色々と考えるけれど妙案は出てこない。


 気付けば日も暮れ、手詰まり感漂うサークル室にはどんよりとした空気が満ちていた。

 最初に心挫けたのは神楽だ。荷物をカバンに詰め始め、帰り支度を始めた。いつもなら最後までサークル室に残り、あと少しもう少しだけゲームをして遊んでいようよ、そんな風に食い下がる神楽がである。


「神楽、先輩……?」


「ごめん、今日はもうお開きにしよ」


 力無い言葉。そこには無力感があった。

 サークルメンバーの少数化に対する危機認識が足りなかったこと。夏になりやっと神楽は理解した。しかし、それでは遅すぎたのだ。新入生歓迎期間はとうの昔に終わり、今から動いても後の祭りだ。

 その時、淵見は退室する神楽の目尻に溜まる雫を見た。瞬間、頭で考えるよりも先に身体が動いていた。咄嗟に神楽の腕を取る。


「なっ、何、どうしたの?」


 腕を掴まれて困惑する神楽と、考えて行動した訳ではない淵見。二人ともに硬直したまま数秒の時が流れた。一方、鷹条は涼しい顔して窓から夕焼け空を眺めていた。

 この時、解答の見えぬ袋小路でもがいた結果、全員の思考は若干バグっていたと言って良いだろう。そして、そんなカオスに一石を投じる存在が現れた。


「やあ、諸君! 元気にしているかね、私だよ!」


 電脳ゲーム研究会4年、前会長でもある浜宮仁のエントリーだった。

 サークル室の時間が再び動き出した。





「浜宮先輩、どうしたんですか。就職活動は?」


「フッフッフ、姫、私を甘く見てもらっては困るな。卒業後の進路はもうすでに決まったよ」


 神楽の質問に対して浜宮は事も無げに答えた。何も知らない淵見は、もう内定もらったんだ、すごいなーと素直に尊敬の目で見ていたが、神楽と鷹条は懐疑的な視線を向けるのだった。


「それにしてもどうしたんだね。なにやら空気が暗いようだが」


「そうなんですよ。人数が足りなくて……」


 そこまで話してハッとした顔になる神楽は鷹条を見た。瞬時に意図を察した鷹条はテーブルの上に放っておいたセミナーハウス利用案内の用紙を掴み上げて神楽へトスした。


「浜宮先輩! ここに名前を書いてください」


「むっ、なにやら分からんが姫の頼みとあっては断れるはずもなし」


 即座に浜宮は神楽の持つ紙にサラサラと名前を記入した。その紙は当然、セミナーハウス参加者名簿一覧である。一名確保。神楽と鷹条は勝ち誇った表情で諸手を挙げてガッツポーズした。これが格闘ゲームであれば勝利確定演出が入ったことだろう。


「これで人数は揃った! 淵見くん、喜びなさい。行けるわよ!」


 神楽が高らかに宣言する。淵見は正直途中から置いてけぼりだったが、神楽の宣言を聞き、我に返った。行けるのだ、合宿に。それは大学生というかけがえのない時間を謳歌できる約束手形。この時、未来は確定した。


 青い空、白い雲、真っ赤な太陽。海が呼んでいる───。

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