第82話 勝利の価値は

▼セオリー


 咬牙が筋肉を透過してライギュウの肉体を分け入っていく感触が伝わる。どうやらクリティカル攻撃になったようだ。つまり、この刃の先には急所足りえる器官があるということ。


「予想は大当たりだったな」


 前回の戦いで胸に咬牙を突き立てた時の違和感。『仮死縫い』を受けたにも関わらず、即座に復活して見せた。

 いくらライギュウが化け物だと言っても人間ではある。今までの戦闘経験から考えても普通なら『仮死縫い』を心臓に受けて即座に回復することは有り得ない。


 そうなってくると『仮死縫い』が効かなかった理由が当然あるわけだ。可能性の候補はいくつか挙げられる。

 一つ目に考えられるのは超自然回復力を持っている可能性だ。傷を付けたそばから即座に修復されるような驚異的回復力を持っていれば『仮死縫い』による傷もすぐに塞がってしまうことだろう。しかし、ライギュウが驚異的な回復力を持っている可能性は低いと考えられた。何故ならゲンの短刀による攻撃で出血をした際、治っていく様子が見られなかったからだ。

 二つ目に考えられるのは状態異常への耐性により『仮死縫い』を受け付けないという可能性だ。この問題は『仮死縫い』による仮死状態の付与が果たして状態異常なのかという問題も孕むけれど、それよりも先に否定する材料がある。初めて俺がライギュウと邂逅した時に手足を『仮死縫い』で斬りつけた時に追ってくることができなかったからだ。つまり、この可能性も低い。


 こうなってくると可能性もかなり絞り込める。『仮死縫い』は確かに効く、自然回復力が高いわけでもない。となると俺の攻撃した箇所が急所じゃなかったとしか考えられない。

 俺は心臓部へと攻撃する時、自然と左胸を狙って刃を突き立てるようになっていた。それは当然心臓が左に寄っているからだ。しかし、今回はそこが盲点だった。


「まさか心臓が逆にあるとはな」


 医学的に言うと内臓逆位だったか。身体の中にある臓器の位置がまるで鏡写しのように左右反対へ配置されているのだという。この身体的な特徴により、『仮死縫い』の影響から逃れていたというわけだ。

 このことに気付けたのは幸運だった。たまたまシュガーが読んでいた昔の漫画で、この内蔵逆位を強みにしているキャラクターが出てきていたらしいのだ。俺一人の知識ではライギュウを倒すことはできなかったかもしれない。仲間に感謝だ。


「セオリーさん、成功しましたか?」


 背後からホタルが呼び掛けてくる。今度こそ立ち尽くしたまま動かないライギュウを尻目にホタルへと振り返った。そして、勝利を宣言した。


「俺たちの勝利だ!」


 この勝利は俺だけのものじゃない。勝機を見つけるまでライギュウの攻撃を耐え忍んだゲンと勝利へ繋がるか細い線を繋ぎ止めたホタル、この二人がいたからこそ得られた勝利だ。

 その後、ホタルに介抱されて、すぐにゲンも目を覚ました。ホタルと俺の顔を見てハッと顔を上げた。


「ライギュウはどうなりました?」


 慌てた様子で周囲を見回すゲンに俺は指でクイクイと指し示す。そこには未だに仁王立ちで立ち尽くすライギュウがいた。


「凄い、本当に倒せたんですね……」


 戦闘も終わり気が抜けたのか、ゲンは普段の腰の低い話し方に戻っていた。この人が本当にライギュウとタイマンでメンチ切ってた人と同じ人物とはとても思えないな。人の変わりように思わず笑いが零れる。


「ゲンが猛攻に耐えてくれたおかげだ」


「いえ、私は防御をひたすら固めただけですから」


「あの化け物相手にそれできるのが凄いって」


「そうですか? 助けになったのなら良かったです」


 ゲンは照れたように笑う。

 それから俺たち三人は掴み取った勝利を称え合った。






 しばらくして上層階の喧騒が気になってきた。ゲンは上階の戦況を見てくると言って階段を上って行った。

 ライギュウの相手は不知見組とゲンが行い、蔵馬組の相手は城山組が務める。そういう話だった。とはいえ、若頭を抜いた城山組の戦力がどれほどのものか心配はある。ゲンが言うには構成員の練度では城山組が一番だから問題ないと豪語していたけれど本当に大丈夫だろうか。


 だが、それよりも先に済ませなければならないことがある。俺はゆっくりと仁王立ちするライギュウへと近付いた。そう、彼に止めを刺すのだ。このまま放置していてはいずれ『仮死縫い』が切れて再び災いをもたらす存在となるだろう。

 俺は咬牙の柄に手を掛ける。ステータスの化け物であるライギュウに止めを刺すとなると大変だ。どうしたものかと思っていると、ホタルが俺の服の裾を掴んだ。


「どうした?」


「あの、……ボクも手伝います」


「おう、そうか。でも無理はしなくても良いんだぞ?」


「いえ、無理とかはしてないです。それにセオリーさんの装備でライギュウに止めを刺すのは骨が折れると思いますよ」


「それは確かにそうなんだけど」


 ホタルはそう言うと人差し指を立てて、指先に火を灯した。


「このままライギュウを火葬にします。火は一定量の継続ダメージを与えるので、どれだけ頑丈でも炙り続ければいずれ倒せるはずです」


「なるほど、そんな手があったか」


「セオリーさんが仮死状態にし続けてくれること前提の方法ですけどね」


 それからライギュウはホタルの火によって燃やされた。燃やしている最中、炭化していったり、爛れてグロテスクになったりする様を想像したけれど、そんなことは無かった。ライギュウの身体は燃え尽きた部分から徐々にポリゴン状の粒子となって空気中に消えていったのだ。


 最後には残すところ顔と胸だけとなり、それももう間もなく消えようとしていた。

 そんな時、不思議なことが起こった。ライギュウの心臓部付近の肉体が粒子となって消える際、空気に霧散するのではなく、俺の身体へと吸い込まれていったのだ。


「げぇ、なんで俺に吸い込まれたんだ、気持ち悪い」


 もしかして死後に発動する呪いのようなものが仕込まれていたのかもしれない。慌ててステータスを開き、状態異常などに掛かっていないか確認する。


「呪いですか?! どうしてセオリーさんの方へ? 止めを刺したのはボクなのに」


 ホタルも混乱しているようだ。たしかに捕縛までは俺が行ったけれど止めはホタルだ。呪いであればホタルの方へ向かいそうなものである。そんな謎の現象に驚き慌てるけれど、いくら待てども何も起きない。五分ほど経った時点でグラフィック描写の問題で吸い込まれたように見えただけだろうと結論付けた。


 俺とホタルは安堵でため息を吐き、お騒がせな粒子に憤る。ホタルは何かあっては悪いと次々に懐から解毒薬やら丸薬やらを取り出して用意してくれていた。しかし、それらを使う必要も無いようだ。


「ふぅ……、最後まで驚かせてくれるよ、まったく」


「良かったです、何事も起きなくて」


「そしたら、俺たちも上階の様子を見に行くか」


 ホタルが薬品類を懐に仕舞い直すのを見ながら提案する。


「そうですね。エイプリルさんがボウガン部隊を倒してくれたみたいですし、大丈夫だとは思いますが」


 たしかにボウガン部隊は蔵馬組の主戦力の一つだったらしいので、それが壊滅している時点で城山組が有利とも言える。ゲンが陣頭指揮に戻った今ならなおさらだ。


「ところで気になってたこと聞いて良いか?」


「はい、何ですか? ボクに分かることであれば答えますよ」


 ホタルの了解を得た後、俺はホタルの胸元を指差して質問した。


「その懐に忍具を仕舞うのって忍術かなんか?」


「えっ?」


 そう、忍具を仕舞う所作を見ていてずっと気になっていたのだ。

 逆嶋ではコタローがよく懐から忍具を取り出していた。俺やエイプリルはポーチを付けて、そこに忍具を入れている。ポーチは忍具専用の収納スペースになっている為、見た目以上に大容量の物が入るけれど、それでも限界はある。

 腰元に装備できるポーチは一種類だけなのでもっと多くの忍具を持ち歩くためにはより収納力のある高価なポーチを購入する必要がある。


「ポーチとは別枠扱いで忍具を懐に仕舞えるなら、その分の収納スペースが増えて便利だなぁ、と思ってさ」


 ホタルも懐に忍具を仕舞ってはいるけれど腰元にも別にポーチを装備している。ということは必然的に別枠の忍具収納スペースがあるってことだ。それを是非とも聞きたかった


「これは亜空間忍術っていう種類の忍術ですよ。巻物屋のレア枠なので運が絡みますけどね」


「へぇ、そうだったのか」


 巻物屋は高価だという印象があってあまり立ち寄っていない。今度からはもう少し頻度を上げて通うことにしよう。

 俺の見ている前でホタルは床に広げていた忍具を摘まみ上げ、服の襟を開いて中に入れる。すると収納されてしまうのだ。なんとも不思議な光景だ。


「あんまり見つめられると恥ずかしいですよ……!」


「え、あぁ、ごめん!」


 気付けば食い入るように胸元を覗いていたため、距離が近くなりすぎてしまった。ホタルは照れたように顔を赤らめていた。






▼エイプリル


 蔵馬組のボウガン部隊、その最後の一人を倒し終えた。後半はかくれんぼの様相を呈したため、見つけ出すのに多少苦労した。しかし、シャドウハウンドで追跡者の役割ロールを持っているという自負から根性で全員見つけ出した。


 最後の一人を縛り上げたところで突然、嫌な予感が胸をよぎった。

 この嫌な感じは今までも感じたことのあるものだ。例えばセオリーがイリスに鼻の下を伸ばしたり、ランにデレデレしたり、アリスの服をはだけさせたりしていた時に感じていた。


「まさか、また他の女の子に手を出してる……?!」


 建物の窓から見える蔵馬組の事務所を眺める。建物の壁には大穴が開いていた。


「さすがにあんな大規模な戦闘が起きてる中でそんなことしないか」


 私は予感を振り払うと、セオリーと合流するため蔵馬組事務所の方へ戻るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る