第189話 潜入! 蜘蛛洞窟

▼セオリー


「ここで儀式忍術を使ってるのか」


「陰気臭ぇ雰囲気がぷんぷんに漂ってやがらぁ」


 敵が使役する蜘蛛の一匹を『空虚人形』で操り、呼び出された場所へ案内させたところ、向かった先はお化け屋敷だった。建物の見た目は至って普通のお化け屋敷だったが、よく見れば定期的に蜘蛛が湧き出している。


「マキシの肉人形がいつまでもつか分からない。さっさと侵入しよう」


 現在、さっきまでいた観覧車ではマキシが文字通り孤軍奮闘している。加えて俺とライギュウ、ダイコクが居なくなったことが相手にバレないよう、代わりとして肉人形を生み出してもらった。

 蜘蛛の大軍に対して相性の良い忍術を持つマキシではあるけれど、それでも気力が無限にあるわけではない。いずれは倒れてしまうことだろう。そうなれば俺たちがその場にいないことを相手にも知られてしまう。俺たちがまだ観覧車にいるという嘘がバレるまでの時間で速やかに八重組の忍者を見つけ出さなければいけない。


「にしても、この段ボール、本当に隠密効果が上がってるのか?」


「失礼なことを言うもんじゃない。これはユニーク忍具『蛇の隠れ蓑』という由緒正しき隠密用忍具なのだぞ」


「そりゃ、説明はされたけどさ……。いまいち信じきれないんだよなぁ」


 今、俺たち三人は見た目的にはただの段ボールを頭から被っただけの状態で移動していた。この段ボールはダイコクが所持していたものだ。嘘か本当かユニーク忍具なのだという。正直、一つの段ボールに男三人で詰めるというのは地獄なのだけれど、意外にも大きさが可変式だったため三人が余裕を持って入れる程度の大きさに広がってくれて事なきを得た。


「おっと、止まるぞ」


 段ボールの隙間から外を覗くダイコクが号令をかけ、ピタリと止まる。俺たちもそれに合わせて息を潜めた。左右に開いた隙間から俺も外を覗き込む。すぐ横を一メートル近い大きさの蜘蛛が通り過ぎていった。こんな不自然な場所に段ボールが置いてあるのに見向きもしない。どうやら、この段ボールの効果は本物らしい。マジかよ……。


 ダイコクのユニーク忍具のおかげで蜘蛛に気付かれることなく順調にお化け屋敷内部への潜入に成功した。建物の中へ足を踏み入れると、途端に不穏な気配が感じられた。まるで化け物の腹の中へ入ってしまったかのような息苦しさを感じる。


「足元に気を付けろ、蜘蛛糸のトラップがある」


「……本当だ」


 ダイコクの忠告を聞いて、足元をよく見ると、まるでピアノ線のように見えづらい細さの糸がピンと張られていた。おそらく侵入者対策の罠だろう。


「よく気付いたな」


「これでも傭兵稼業を長いことやってきてるからな。この手のトラップには慣れたものさ」


 その後も定期的に張られた蜘蛛の糸を回避し、奥へと進んだ。ダイコクの観察眼に助けられ、潜入は順調だ。もし、俺一人であれば一本目の蜘蛛糸の時点で引っ掛かっていたことだろう。


「初めての場所へ潜入する時は絶えず目に『集中』を使用しておくと良い。そうすると通常時には気付けない事でも違和感を覚えるようになる。その違和感の出どころを探すんだな」


「なるほど、参考にさせてもらうよ」


 俺の『第六感シックスセンス』は明確な死が近付くと警鐘を鳴らしてくれるけど、逆に言えば、その前段階では特に反応が無い。罠のトリガーを踏んで死の危険が迫ってから初めて反応し始める。でも、それじゃあ侵入者を報せるタイプの罠なんかだと遅すぎる。そういう意味で俺は、相手に気付かれず忍び込まなければいけない潜入ミッションを不得手としていた。

 こんな風に、まだまだ学ぶことはたくさんあるんだな。ゲームにおける便利な小技なんかは知識量で差が付く。つまり、まだまだ学べば学ぶほど強くなれるってことでもあるわけだ。俺は自然と笑みがこぼれていた。





 お化け屋敷の中を進んでいくと、不意に開けた空間へ出た。


「あの穴はなんだ?」


 ダイコクが立ち止まり、前方を凝視する。脇から俺も見てみると、開けた場所の真ん中にはコンクリートの床をぶち抜いて大きな穴がぽっかりと開いていた。そして、そこからひっきりなしに蜘蛛が湧き出ていた。どうやらその穴は建物の地下へと続いているようだ。俺が支配した蜘蛛も前足の一本で穴の下を指し示している。


「蜘蛛帝国は地下に広がってるってことか」


「そのようだな。ここから先はより一層、気を引き締め直した方が良いだろう」


 お化け屋敷自体は百景島シーアイランドの建物だけど、あの穴を降りた先に広がる地下は八重組の忍者が、この戦いが始まってから作り出した空間だろう。そうなると、まさに相手のテリトリー真っ只中に入って行くわけだ。

 おそるおそる穴の近くまで寄っていき、中を見下ろす。剥き出しの土を補強するように蜘蛛糸が張り巡らされ、洞窟のような様相を呈している。支配した蜘蛛はぴょんと跳ねるように穴の中へ入って行く。3メートルほど落下して、地面に着いたようだ。暗くて見えづらいため遠近感がおかしくなるけれど、深さ自体はそれほどでもないらしい。俺たちも続いて穴へと飛び降りた。


「こっからは横穴が続くのか」


 落下地点から周囲を見渡すと、今度は横向きに穴が続いていた。まさに洞窟だ。もしくはアリの巣のようでもある。

 進んでいくとまさしく横穴がいくつも伸びている。こんなアリの巣みたいに入り組んだ地形、案内役が居なければ儀式忍術の中枢まで辿り着くなんて、とてもじゃないけど無理だったろうな。


「この短時間でこれほどの陣地を形成するとは恐ろしいものだな……」


 ダイコクも唸るように通路を眺めた。今回に限って言えば『支配術』様様だ。案内役になっている蜘蛛も心なしか胸を張っているように見える。

 それからいくつもの分かれ道を迷いなく進んでいく。緩やかに下っているのでいつの間にか相当地下深くまで潜っている。というか、どんだけ深くまで掘ったんだよ。そちらに感心してしまう。

 そんなことを考えていると、いよいよ今までに無く開けた空間へと出た。特に見上げた時に高さが5メートル以上あるようでやたらと天井が高い。


「げっ……、アレって卵か?」


 天井を見て気付いた。大きな繭のような卵が天井一面に引っ付いているのだ。よく見てみれば壁や地面にも糸で固定された卵がわんさか発見できる。ここ、虫が苦手な人にとっては地獄だろうな……。


「奥を見てみろ、八重組のくノ一がおるぞ」


 ダイコクに言われて見てみると、地面から一段高くなった場所に土を盛り上げて椅子のようにして座る一人の女性がいた。黒い長髪を垂らした姿には見覚えがある。八重組の忍者だ。


「おや、お前、どうして戻ってきたんだい?」


 不意に女性が声を出した。慈しむような声音はまるで赤子に問いかける母親のようだった。よく見てみれば、俺が支配した蜘蛛が八重組の忍者の足元まで近寄っていた。


「私の言葉が分からないのかい」


 女性が手を差し出すと、蜘蛛は手の平の上にぴょんと跳び乗った。それから手を顔の前まで持って行き、女性はしげしげと蜘蛛を眺める。


「何か変ねぇ……」


 女性は蜘蛛を上空に放った。そして、身体を屈めて背を上に向ける。すると髪の毛が蠢き出し、宙を舞う蜘蛛を絡めとった。そのままゆっくりと蜘蛛を自分の後頭部の辺りへ下ろしていく。


 ───ガパァ。

 突然、女性の後頭部が縦に割けた。その裂け目は背中を突き抜け、大きな穴となって左右に広がる。蜘蛛はその穴の中へと放り込まれたのだった。


「そう、他の忍者に支配されていたの……。それでここまで連れてきちゃったのね」


 ブツブツと呟く女性の声を『集中』により強化した耳で聴きとる。ヤバい、今のでバレたっぽい。でも、まだ段ボールを被ってるし、見えてないはずだ。そう思っていると、女性が頭を上げて、ギラリとこちらを睨み付けた。その視線は寸分の狂いもなく、俺たちを見ていた。

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