第178話 世界軛の迷宮
▼ハイト
大きな木の
「やっぱり、中身はダンジョンか。索敵役を連れてきて正解だったな」
「わっ、私、まだ中忍なんで、そんなに期待しないでくださいね……」
「アルフィ、緊張するのは分かりますが、なるべく気を楽にしてください。いざとなれば私たちが敵を倒しますから」
「はいぃ……、分かりました」
肩を震わせるアルフィに対し、アヤメは優しく話しかける。まあ、このパーティーにいきなり入れられたら緊張もするか。なんせ、上忍頭と上忍しかいないパーティーに中忍一人だもんな。レベル差がかなりある。
アルフィはシャドウハウンド所属の中忍だ。追跡者の
最初、アルフィは逆嶋支部の隊長であるアヤメから呼び出され、とても恐縮していた。そりゃ、たしかに隊長格からいきなり呼び出し喰らったら、何かやっちゃったかと心配にもなるわな。
実際には、クエストに参加するメンバーの中に索敵が得意な者がいなかったから、基地で暇そうにしていた彼女に白羽の矢が立ったというわけだ。
俺たちのパーティーはそれぞれアヤメが攻撃役、コタローが補助役、アルフィが索敵役を担っている。ちなみに俺が何の役割かっていうと……うーん、「何でも役」ってとこか?
陣形は先頭をアルフィが進み、その後ろをアヤメ、俺、コタローの順番で続く。各フィールドには様々なマップがあり、今回はダンジョン型のマップだ。これは「‐NINJA‐になろうVR」というゲームにおいては珍しいタイプのマップである。何故なら、忍者とは冒険家ではないからだ。未知の秘密を追い求める冒険家と違い、忍者は誰かの秘密を盗み出したりするのが本領となる。そのため、クエストの舞台となる侵入先も街中や企業ビルなどであることが多い。
逆にこういったダンジョン型マップは、ユニーク忍具の眠る遺跡だとか、ユニークモンスターの住処のような、その場所自体に目的や報酬が隠されているパターンのクエストに多い。
今回も世界の
通常のクエストでは忍者の敵は同じ忍者だ。だから、相手がやってくる攻撃なんかはある程度予測がつく。相手の動きも人型の範疇に留まる。しかし、ダンジョンでは同じ忍者よりも多種多様なモンスターの方が敵として登場する頻度が高い。
モンスターは実に色んな種類がいる。よくあるのは動物や昆虫を模した生き物型モンスター。現実にもいる生物なのでだいたいは動きが読みやすい。しかし、そこはゲームなので現実には有り得ないような生態になっている場合もある。
爆発性の鱗を持つカメレオン型モンスターがステルス爆撃してきたり、亀の甲羅にロケットランチャーが融合して移動砲台のように攻撃してきたり、それはもう様々だ。
それ以外にもファンタジー感あふれるオークやミノタウロスといった空想上の生き物もモンスターとして登場する。過去にいたユニークモンスターの中にはドラゴンなんかもいたらしい。そういう意味ではイリスが使役する大怪蛇イクチなんかも空想上のモンスターか。
いずれにせよ、モンスターは攻撃方法が様々だし、骨格が人と違うため、慣れていないと戦うこと自体が難しい。サソリ型モンスターの
あとはギミックも面倒この上ない。遺跡型ダンジョンなんかは最奥に安置されたユニーク忍具を守るため、侵入者を迎撃する凶悪なトラップが仕掛けられているのが普通だ。あとは、知恵を試すパズルギミックなんかもあるか。
「バウッ!」
「あっ、ヘルマン君が反応しました。この先、モンスターがいます」
先頭を行くアルフィが警戒するように声を上げる。彼女の使役する忍犬ヘルマン君は嗅覚で索敵を行う。しかし、老犬のため機動力が低く、基本的にアルフィが胸に抱えて歩くという絵面になる。なんとも微笑ましいが、それでも索敵の力は十分に発揮してくれる。次の曲がり角の先を壁に隠れつつ慎重に窺うと、索敵した通りモンスターが徘徊していた。
「あれは……
「いや、尻尾を見てよ。鎌になってるだろう」
「ははぁん、なるほど
コタローとともに頷き合う。おそらく、ここは妖怪系のモンスターが
「あのぅ、かまいたちってなんですか?」
服の袖をクイクイと引かれ、何だと振り返ると、アルフィがおずおずと尋ねてきた。
「ん? 妖怪だろ」
「そ、そうなんですね……」
「ハイト、説明が足りません。
今度はアヤメに注意を受けた。いや、だって鎌鼬は鎌鼬だろ。三匹で役割分担していて、転ばす役、斬る役、薬塗る役の三位一体の妖怪だ。アルフィへ視線を向け直し、聞いてみる。
「三匹のイタチがそれぞれ転ばして、斬って、薬塗ってくる妖怪なんだけど、……知らないか?」
「すみません、知りませんでした」
「いや、謝ることじゃない。……ちなみに、アヤメは?」
「私もメジャーな妖怪以外は分かりませんよ」
「あれ、そうなのか。ほら、ゲゲゲの~で有名なアニメとか観なかった?」
「そんな作品は知りませんね」
どうやら、このゲームの世界では妖怪といえばの代名詞的な作品が公開されていないらしい。ついでに言うと、アルフィも観たことが無いようだった。まあ、昔の作品だから仕方がないか。この分だと地獄先生の方も知らないだろうな。
「となると、俺かコタローが判別できない妖怪が出てくると厄介だな」
「そうだね、妖怪と言えば弱点を突かないと倒せないなんてものも多いし」
コタローの言う通り。妖怪といえば自分ルールを押し付けてくるタイプのものが多い。正しい解法を知らないと沼にハマりがちだ。そういう意味でも、ここは厄介なダンジョンと言えるだろうな。
次に俺とコタローに変わって、アヤメとアルフィが壁際からモンスターのいる通路を覗き込む。すると、すぐにアヤメから疑問が飛んできた。
「ところで、先ほどのハイトの説明では三匹で一組の妖怪でしたが、あれは一匹しかいませんよ?」
その質問を受けて、俺は腕を組んで首をひねった。
そうなのである。覗き見た時に自分でも変だなとは思った。もしかしたら俺の記憶違いだろうか。答えに窮しているとコタローが口を挟む。
「確かに、アレは一匹だね。というか、ボクの知ってる
「そうなのか?」
「うん、そもそも
コタローの知ってる
「これも妖怪の面倒なとこだな。伝承やらに地域差がある」
もっと言えば、二次創作によって付け足された属性を知らず知らずの内に正しいと思い込んでいる場合さえあるのだ。こうなってくるとモンスターの行動パターンが読めなくなってくる。どの伝承を下敷きにして生まれたモンスターなのかで対策が変わってくるからだ。
「なるほど、二人の知識にも違いがあるわけですね。ですが……、なんにせよ、倒せば良いのでしょう」
アヤメが壁際から通路へ躍り出た。そして、掌を
「ハイト、フォローを頼みます。『礫地術・天地脈動』」
アヤメの忍術が発動すると、
その生成速度は半端じゃない。コンマ数秒で上下の立方体が挟んで潰す。バチンと恐ろしい音が響き渡り、土煙が周囲を舞う。……これ、俺のフォローいるか?
「バウッ!」
突如、アルフィの腕に抱かれたヘルマン君が声を上げた。警戒の鳴き声だ。前言撤回、やっぱり必要だったわ。
「『花蝶術・胡蝶乱舞』」
即座に青い蝶を生み出し、周囲に飛ばす。今のアヤメの攻撃を回避したというのなら、かなりの俊敏さだ。目を凝らし、周囲を観察する。
「ヘルマン君が後ろだって言ってます」
「その情報、サンキュー!」
蝶を後方へ重点的に配置する。すると、ある一点へ蝶が向かうと細切れにされた。そこにいるのか。
「アヤメ」
「次は逃がしません。『礫地術・圧壁』」
術を唱えると通路いっぱいに石の壁が生成される。俺たちとモンスターが完全に分断された形だ。というか、俺の蝶もほとんど壁の向こう側なんだけど。
「ハイト、モンスターはまだ同じ場所に居ますか?」
「おー、そういうことね。あぁ、いるよ」
片目をつむり、蝶を通して壁の向こうを視る。蝶を引っ切り無しにぶつけてやってるのでその場から動けず、迎撃を続けている。ほとんど攻撃能力のない蝶なんだけど、プレイヤーやNPCに比べて知能の低いAIは危険と判断して自動的に迎撃してしまう。これで時間が稼げるのだから、こういう点ではモンスターの方が対処が楽だな。
「『礫地術・圧壁』、……『天地脈動』」
「おーおー、エグいねぇ。モンスターの後方にも壁を作って逃げ場を潰してからの圧殺かよ」
「敵に強みがあるなら、それを生かせない状況を作り出す。戦いの基本です」
そう言いながらアヤメは生み出した石壁などを消していく。盤面戦術においては他にもっと優れる軍師タイプのNPCがいるが、こと実戦闘においてアヤメは非常に頭が切れる。
相手することになった
「にしても、このダンジョン、面倒だな。初っ端の敵であの強さかよ」
ダンジョンの最初に接敵するモンスターというのは一つの指標だ。そのモンスターをどのくらいの余裕を持って倒せるか。それによって、ダンジョン攻略に本腰入れるかどうかを考えるプレイヤーも多い。
俺たちに関しては、今のは楽勝だったとはいえ相性差もある。はてさて、この先どんなモンスターが出てくることやら……。
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