第273話 蜘蛛と光と熱、そしてトンズラ

▼セオリー


 全身に雷をまとったライギュウが拳で地面を叩く。それが新しいラウンドのゴングとなった。

 ライギュウの一撃を回避したラヴィは再び壁を蹴って上空へ舞い上がる。さっき防戦一方にされたのと同じパターンだ。だけど、こっちだって良いようにされるばかりじゃない。

 まずは対応を変えてパターンを崩す。俺とホタルは手裏剣を投擲し、エイプリルは爆弾で範囲攻撃を仕掛けた。それに対し、ラヴィは壁を蹴りジグザグに進みながらも確実に距離を詰めてくる。

 手裏剣や爆弾を物ともしないのは想定通りだ。しかし、さらに空中殺法の使い手が増えればどうなる?


(アーティ、やれ)


 召喚したアーティに頼んでおいた精鋭蜘蛛たち。彼らは夜の闇に乗じて壁面に待機している。俺たちの投擲を一通り捌き切ったラヴィは笑みを見せ、忍者刀を構えた。


 急降下攻撃の予兆。

 その瞬間、周囲に潜んでいた蜘蛛たちが一斉に飛び掛かった。


「なんでっ、蜘蛛!?」


 目の前に突如現れた蜘蛛に思わずラヴィの注意が向けられる。攻撃をくじく様はさながら猫騙し的だ。その衝撃はラヴィの攻撃タイミングを鈍らせた。


 精鋭蜘蛛は体高50センチ程度とアーティの召喚する蜘蛛の中では小ぶりだ。しかし、技量・隠密・俊敏のステータスが高く、戦闘能力が非常に高い。しかも、そんな精鋭が5体で全周囲から襲い掛かるのだ。

 これにはさすがの頭領も面食らって攻撃を喰らうんじゃないか。そんな俺の甘い予想はいともたやすく打ち砕かれた。


 精鋭蜘蛛の鋭利な牙と前足を巧みな刀捌きで受け流す。その後、目の前にいた蜘蛛の背を土台にして身体を回転させると包囲網から抜け出して見せた。流れるような動作はまるで舞台上の殺陣を見ているかのようだ。


「来ますよ!」


 ホタルの声が俺の意識を戦場に戻す。頭領の戦いっぷりに敵ながら見惚れてしまった。

 明晰の灯を受けてラヴィの動きを見る。今度はホタルが狙われていた。俺はすぐさまホタルへ防御指示を出す。間一髪でホタルのクナイがラヴィの一撃を弾いた。


 実際のところ、明晰の灯の効果を受けたところでラヴィの攻撃を完全に見切れているのは俺だけだった。エイプリルとホタルの技量では動体視力強化の恩恵を受けてもラヴィの速さに追いつけない。動き出しの瞬間に誰が狙われているのか、俺が判断して指示を出し、それでなんとか対応できているのだ。

 本当のギリギリ、この拮抗は綱渡りの上で成り立っている。


「パワータイプの式神だけかと思ったら蜘蛛の召喚までしてたなんて、思ったより嫌らしい戦い方するんだねー」


 再び路地の上空へ跳躍したラヴィは俺へと言葉を投げ掛ける。

 当然返事なんかしない。いや、返す余裕もないのが本当だけど例え返事をする余裕があったとしても返事なんかしないだろう。

 現在の戦力で頭領相手に正々堂々なんてナンセンスだ。ましてや言葉を発することに意識を割こうものなら次の瞬間に討ち取られかねない。


「土蜘蛛より連絡です。開通したそうです」


「分かった。次で決めるぞ」


 常に俺たちの背に隠れていたアーティがヒソヒソと小さな声で俺へ報告する。希望の光、吉報だ。俺は周囲のメンバーにだけ聞こえるように次が本番だということを伝えた。

 それから上空を睨む。俺が会話をする気が無いことを知ると、ラヴィも口を閉じた。そして再び地面へ向けて降りる体勢をとる。


「糸を張り巡らせろ!」


 居ることがバレたのなら隠す必要は無い。蜘蛛としての能力を遺憾なく発揮してもらう。

 精鋭蜘蛛たちは路地裏中に蜘蛛糸を張り巡らせた。これで一直線に俺たちへ攻撃というのは難しくなった。それからさらにダメ押しだ。


「エイプリル、油の使用を許可する」


「えっ、良いの? やったー!」


 俺が許可したのはエイプリルの油爆弾のことだ。街中で使用すると爆破範囲が広がり過ぎるので封印していた。それでも時折エイプリルは外へ出ては爆弾の改良をしていたようだけど、果たして今はどうなっているのか。


「ライギュウはトラックを潰せ」


 ラヴィはこっちでなんとかする。ライギュウにはこちらを絶えず観察している面倒そうな運送屋の方を潰してもらう。

 すごく嫌そうな顔をしていたけれど無視だ。というのも空中から襲い掛かってくるラヴィに対してライギュウは思ったように戦えなかった。対空技が無さすぎるのだ。

 そんなわけなので地上に止まるトラックをスクラップにする仕事を振った。きっと上手くやってくれるだろう。そういうの得意そうだし。




 蜘蛛糸の張り巡らされた路地裏上空でラヴィはほんの少し逡巡したような表情を見せた。しかし、ルートを見いだしたのか、すぐにさっきと同じジグザクな動きで遮蔽物を回避しながら急降下を開始した。


 路地を蹴り方向転換する直後、一瞬だけ速度が落ちるタイミング。そこを狙って精鋭蜘蛛がラヴィへ群がった。

 タイミングは完璧だ。普通ならカウンターパンチで蜘蛛たちにやられてしまうのが当たり前の状況。しかも、今回は目の前の蜘蛛の後ろに後詰めの一匹を携えてフォーメーションを組んでいる。さっきのように蜘蛛の身体を利用していなしても二の矢の攻撃が飛んでくる。

 それこそ空を自在に飛べなければ回避不可能な状況だ。



「蜘蛛のくせに頭使うじゃん。なら少し本気みせちゃおっか、『恋咲術・比翼連理』」


 彼女の唇がゆっくりと言葉を紡いでいた。そう俺の目には映った。実際にはそんな時間は無かったはずなのに、いやにゆっくりと言葉が聞こえてきたように思う。

 忍術を唱え終えた後、突如空中で小さな爆発が起きた。周囲にいた蜘蛛たちはそれこそまさに蜘蛛の子を散らすように吹き飛ばされていく。


 爆発の出どころはラヴィの背だ。背中から何かが生えてきたのだ。

 突如、何も無かった場所に質量が生み出され、うごめき、蜘蛛を蹴散らす。

 大きく左右へ広げたところでようやく何が生えたのか理解できた。

 それは翼だ。乳白色で彩られた天使のような翼が生えていた。


「『雷霆術・雷鳴』ッ!」


 直感的に、何かヤバいと感じた。俺は雷鳴で瞬間移動し、ラヴィへと肉薄する。

 目と鼻の先に翼を広げた女性がいた。慈愛の表情で両手を広げるさまは聖母や女神を連想させる。しかし、違う。もっと嫌な代物だ。

 近くへ寄った今、ハッキリと目に映る。翼はたくさんの“手”で構成されていた。何十、何百という手が折り重なり、翼の形を模しているのだ。

 手で織られた翼。その違和感が根源的な恐怖を想起させる。


「抱きしめてあげる」


「絶対に御免だ、『雷霆術・閃光』」


 ふわりと翼の揚力によってか、自由落下とは異なる動きで迫るラヴィ。俺は思わず身震いした。ゾワリとした感覚とともに鳥肌が立つ。


 俺はNOという答え代わりの閃光をお見舞いした。閃光は言ってしまえばただの目くらまし。しかし、直接的な攻撃力が無いからこそ、防ぐ方法も原始的な方法しかない。

 光を直視した彼女はたまらず自前の腕で目を覆った。千載一遇のチャンスに、俺はエイプリルから渡されていた油爆弾・改を放り投げる。そして、すぐさま雷鳴で地上へと瞬間移動で戻った。

 地上から見ると油爆弾を起点に周囲へ霧状になった油を噴霧しているようだ。ラヴィの身体にもべったりと油が付着している。



 おっと、のんびり見ている時間は無い。

 ここからはタイムアタックさながら時間との戦いだ。

 アーティが地面にカモフラージュされたふたを開ける。そこから見えるのは地下の奥深くへと伸びる穴だ。そこへ全員が飛び込んでいく。最後に俺が入り込み、仕上げをするエイプリルを待つ。


「威力をこの目で確かめられないのだけが残念ね……」


 名残惜しそうに手で持った爆弾を上空へ投擲すると、エイプリルは俺のいる穴の中へと飛び込んできた。エイプリルを受け止めるとすぐにフタを閉め、穴の中へ落ちていく。自由落下できるほどってどんだけ深く掘ったのやら。

 落下を開始する直後、地上から大爆発の音が聞こえた。連続する爆発音とともに穴の中までも爆炎と熱風が入り込んでくる。どうやらトンデモない火力を生み出せたらしい。爆弾としては成功と言えるだろう。

 暗い穴の中をアーティに率いられて走りつつ、俺はアリスへと逃走成功の報告を送るのだった。


(こちら盛大にトンズラ成功せり)

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