第272話 真綿で絞めらるる指名手配

▼セオリー


 キャロット製菓のラヴィが路地の壁を足場にして縦横無尽の高速移動を見せつける。

 頭領の名は伊達ではなく、俺とエイプリル、ホタルの三人は防戦一方だった。


 なんとか持ちこたえているのはホタルの忍術『蛍火術・明晰の灯』があったおかげだ。この術の効果は視覚強化。一定時間の間、対象の技量に応じて動体視力が上がり、相手の動きがスローモーションに見えるという強力なバフスキルだ。

 いや、正確に言うなら「はずだった」か。本来、同程度の力量であればスローモーションに見える相手の動き。しかし、相手が頭領となればそうはいかない。


 上空でラヴィの持つ忍者刀がキラリと電灯の光を反射する。ラヴィが足に力を込め、跳躍する。足場にされた路地裏の室外機が破裂すると同時に、彼女は急転直下の突撃を繰り出していた。刃の残光が落雷の如く宙に浮かぶ。


「右だ、エイプリル!」


「はいっ!」


 俺の声に反応してエイプリルがクナイを振るった。それによりラヴィの急降下斬撃をギリギリで弾く。なんとか動きは目で追える。あとは身体の反応が追い付いてくれるかだ。

 続けざまに切り下ろし直後の隙を狙って咬牙を振るう。しかし、次の瞬間にはラヴィの姿は跡形もなくなっていた。

 まさに立体機動。彼女の動きは不死夜叉丸の動きを彷彿とさせる。まだ、直線的な動きだからなんとか対処できているけれど、フェイントなどが絡み出したらお手上げだ。


 そういう意味でラヴィはまるで本気を出していない。

 こちとら冷や汗ダラダラでホタルの『明晰の灯』頼りに攻撃を受け流すので精一杯。繰り返されるヒット&アウェイは集中力をじわじわと削いでいく。

 それに引き換え、ラヴィは汗一つかかず余裕の笑みを浮かべてすらいた。まるでこちらの力量を測るかのような攻撃はテストでもさせられているかのようだ。

 そう感じるということは、彼女の掌の上で転がされているのが実態というわけだろう。






 しばらくの応酬の後、ラヴィは軽トラックの側に飛び降りた。

 まだまだ彼女は涼しい顔をしている。こちらの疲弊の度合いとは大違いだ。それでも俺たちへ追撃を加える気がないらしいのは幸いだった。

 トラックへ寄り掛かるラヴィに対して運転手が声を掛ける。


「加勢は必要ですかい?」


「要らなーい。向こうはガードだけで手一杯じゃない」


「ま、そうみたいすね。よっ、さすが頭領!」


「っていうか、なんでヤマタ運輸は頭領、寄越さなかったの。重要な標的なんでしょ?」


「ウチの頭領は奇々怪海の頭領と別任務に駆り出されてるんすわ」


「ふーん、中四国のコーポ同士で悪だくみしてんだー」


「いやいや、悪だくみだなんて人聞きの悪い」


 一息ついたラヴィはヤマタ運輸のトラック運転手と雑談を始めた。これ幸いに俺たちは息を整える。忍術のクールダウンタイムを消化して次に備えるのだ。

 やっぱり思った通り頭領と真正面からぶつかるのは無理だと思い知った。こっちは全力で対処しているのに向こうは余裕綽々だ。


 それにしても、彼女たちの雑談によれば最悪、この場に頭領が4人襲来していたのか。ユニークモンスターを相手にする規模の人員だと、ふざけんなって話だ。

 そうはならなくて心底ホッとする。逆に言えば、あのクロマグロ社長が頭領を使って企む別のなにかも十分に気になるが……。


 まずはこの場を切り抜けるのが第一か。

 どうやらラヴィは俺たちを十分に甘く見ている。おそらく「鳴神忍軍」が来るまでの時間稼ぎが狙いだろう。



 鳴神忍軍が出動していると分かった時点で、俺たちは鳴神忍軍のことを調べられる限り調べた。

 鳴神忍軍。天罰ペナルティの執行機関。特にプレイヤーから恐れられる特徴が、指名手配の状態で鳴神忍軍によって倒されたプレイヤーは経験値へ大幅なマイナス修正が入る、というものだ。


 奇々怪海のクロはプレイヤーを忌避している。不死身のプレイヤーに対してNPCの取れる防衛手段はそう多くない。しかし、無いわけではない。

 その一つが「鳴神忍軍」を使ったプレイヤーキルだ。手間はかかるが成功すれば対象のプレイヤーの心を大きく折ることができる。


 確認できた情報だと、軽いペナルティで上忍が中忍に格下げされたパターンがあったらしい。2段階降格だ。もしも俺が下忍に戻されたりしたら一ヶ月くらい寝込むかもしれない。とはいえ、まだ寝込めば復帰できる程度のペナルティだ。

 しかし、最悪のパターンでは、頭領から下忍にまで落とされたプレイヤーもいたらしい。どれだけカルマ値をマイナスにすればそんなことになるのだろう。悪行ロールプレイの成れの果てか。そこまでされたらさすがに心がポッキリ折れてしまう。



 まあ、ようはバッドマナーを更生させるためのゲームシステムを活用するのがクロのプレイヤー排除の方法なのだろう。

 だから、目の前で雑談に興じるラヴィは俺たちに止めを刺そうとしない。鳴神忍軍が駆け付けるのを待っているのだ。


 手馴れてやがる。

 一体、何人のプレイヤーがこの罠に掛けられたのだろう。


 バッドステータス「指名手配」。鳴神忍軍のことを調べている時に、ついでに指名手配についても調べたけれど、こいつが厄介だ。

 プレイヤーから重要NPCへの攻撃をトリガーに付与されるバッドステータス。対象の重要NPCが所属する街や協力関係のクランなどから犯罪者として扱われ、攻撃を受けるようになる。そして、自決コマンドが使用不可となる。


 この自決コマンドの使用制限が憎たらしい。

 これによって、いざとなったら自決してリスポーンポイントまで逃げるという選択肢が取れない。それこそ鳴神忍軍のようなペナルティを付与してくる相手にされるがままにされるしかない。


 だからこそ、俺はなんとしてでも逃げなくてはいけないのだ。

 最早、手段を選んでいる場合ではない。そちらが「指名手配」という手を切ってくるなら、こちらも相応の手を切らざるを得ない。

 右手を前に、左手を後ろにかざすと忍術を唱える。


「『支配術・黄泉戻し任侠ハーデスドール』」


「『口寄せ術・虚巨群体招来』」


 右手の粒子が前方で小さな少年を形作り、その反対、俺の背の影に隠れて白い蜘蛛が一匹召喚された。俺の持てる最強戦力、それをぶつけて勝機を見いだすしかない。


「わーぉ、まだ諦めてないんだ。今度は式神?」


 俺の行動に気付いたラヴィは口笛を吹いた。三人がかりで防戦一方だった俺たちをだいぶ舐めているらしい。だけど、それでいい。


「ライギュウ、目の前の忍者は頭領だ。ぶちかませ!」


「はっはぁ、良い相手を用意するじゃねぇか!」


「アーティ、精鋭の蜘蛛と地面を掘るのが得意な蜘蛛をそれぞれ用意できるか」


「了解しました」


 ライギュウへ大仰に指示を下し、背後のアーティへはこっそりと指示を出す。

 さぁて、盛大にドンパチしてトンズラさせてもらおうか。

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