第61話 お嬢様、参戦!
▼エイプリル
近付いてくる金髪縦ロールお嬢様。その視線の先にいるのは私だけだ。隊服までお嬢様風に改造されており、ふわりとスカートが翻る。
その女性は私の目の前で立ち止まった。上から下まで値踏みされるような視線を感じる。
「あの、私に何か用ですか?」
控えめに尋ねてみる。やはりどれだけ記憶を掘り返してみても彼女と出会った記憶は無い。年齢は同い年くらいだとは思うけれど初対面のはずだ。というか、これだけ全身目立つパーツで構築されていれば一度見たら忘れないだろう。
「貴方はエイプリルでよろしくって?」
名前を言い当てられた。向こうの目的は間違いなく私だったらしい。
「はい、そうです。でも、私たちって初対面ですよね?」
「何を当たり前のことを言ってらっしゃるの。当然、初対面ですわ」
「で、ですよね~」
じゃあ、どうしてこの人は私のことを知っていたんだろう。頭の中に疑問符が湧き上がる。そんなハテナマークが顔に出ていたのだろう。お嬢様の方も
「あら、聞いておりませんの? タイド様からお願いされて、ワタクシ待っていたのですけれど」
「え、タイド副隊長ですか!?」
シャドウハウンド逆嶋支部でお世話になったタイドの名がここで出てくるとは思わなかった。しかし、よくよく振り返ってみると逆嶋で別れの挨拶をしに行った際、『桃源コーポ都市の本部基地に言った際には不便が無いように取り計らっておこう』というような言葉をタイドより頂戴していた気がする。
「そういえば、不便が無いように取り計らっておくって言ってました!」
「ちゃんと話が通っていたようで良かったですわ」
私に話が通っていたことを確認すると、お嬢様はスカートの端を軽く摘まむように持ち上げて優雅に一礼した。
「ワタクシはシャドウハウンド本部基地所属の上忍、リリカですわ」
「中忍のエイプリルです。よろしくお願いします」
拙いながらも挨拶を返す。すると、私の返事を見て、リリカはニッコリと微笑んだ。
「礼儀はなっているようね。ですが、ワタクシは上官ではありませんし、タメ口で構いませんわ」
「は、はい、分かりました」
「ノンノン」
「……えーっと、分かった。よろしくね、リリカ」
「エクセレント。そうしましたら、ワタクシに付いてきてくださいな。いくつか事前に伝えておきたい注意事項がありますの」
リリカは声を潜めるように伝えてくる。真剣なまなざしで見つめられたため、思わず私も神妙な様子で静かに頷き返した。それからリリカが先を行き、私はその後を追って歩いて行った。リリカは足早にシャドウハウンドの本部基地から出ると、大通りを進んだ先にある繁華街方面へと向かう。
しばらく歩き、通りにあった喫茶店へと入った。店員に案内され、壁際の一席へ通される。席に着くなり、私は周囲をゆっくりと見回した。シックな雰囲気をした内装と優雅な音楽が流れる店内は居心地が良さそうだ。テーブル間の距離も広めにとられているため、他の客の会話もそこまで気にならない。
「良いお店ですね」
「そうでしょう。ワタクシのお気に入りですわ」
店員が注文を聞きに来た時には、私は何が美味しいのか分からなかったため、リリカが頼んだものと同じ紅茶を選んだ。しばらくして、運ばれてきた紅茶からは爽やかな甘い香りが漂う。香りに誘われるまま、ティーカップに口をつけた。
「はぁ……、美味しい」
「ローズヒップは香りも良いですし、ビタミンCも豊富で肌に良いんですのよ」
「詳しいのね」
「フフッ、現実の世界でも紅茶をよく飲むから覚えてしまったの」
「へぇ、むこうの世界のことはあまり分からないけれど、こっちと同じような世界なんだよね? なんだか不思議だなぁ」
私が何気なく零した言葉に、リリカはハッとした表情で口元に手をやった。
「あぁ、ごめんなさい。タイド様から聞かされていたのに失念しておりましたわ。NPCとの会話で現実世界の話をするなんて、褒められたことではなかったわね」
「大丈夫だよ、私はそういうのはあまり気にしていないから」
リリカが謝ったのはプレイヤーだけが知り得る世界のことをユニークNPCである私の前で話してしまったからだろう。
逆嶋を出る時にアヤメ隊長から忠告をもらった。曰く、ユニークNPCは精神的にナイーブになりやすいのだ、と。
知識権限という世界の真実に触れてしまったが為に、何も知らない通常のNPCともプレイヤーとも違う存在になる。そして、中途半端な世界の狭間で生き続けることになることで自己の認識に自信が持てなくなり、自我が不安定になってしまうことがあるのだという。
たしかに私も色々と思い悩む時があった。でも、黄龍会との組織抗争の折に死を目前に体感して、そこをセオリーに助けてもらった瞬間に何もかも吹っ切れたのだ。これからも思い悩むことはあるかもしれない。けれど、彼がいる限りはきっと大丈夫、そう思えてならなかった。
「貴方、恋をしているのね」
「えぇっ?!」
私はギョッとしてリリカを見る。リリカは優雅な所作で紅茶を一口すすると、静かにテーブルへと戻した。それから真っ直ぐに私の目を見つめてくる。
「逆嶋のアヤメと同じ目だわ。彼女もある時を境に、……なんていうのかしら、危うさのようなものが減ったのよ」
「それって……」
「ハイトという隊員が逆嶋支部に入ってから、よ」
「そうなんだ……」
アヤメとハイトの関係性は逆嶋支部では女性隊員だけで話す時の鉄板の話題の一つだった。年頃の女性隊員たちで集まれば自然とそういう会話に花が咲くものだ。しかし、女子たちの間で話に上がるのは二人が出会った後の話が基本だ。その前のことはあまり知られていない。まさか、アヤメ隊長にも不安定な時期があったなんて初耳だった。
「アヤメにとってのハイトに当たる存在が貴方にもいるのよね?」
「そ、そう直接的に言われると照れるというかなんというか……」
頭の中には一瞬でセオリーの顔が思い浮かび、そして私の顔は茹ダコのように真っ赤になる。顔を手で扇ぎながらリリカの顔を見返すと、彼女は悪戯っぽく微笑みながら私の様子を見ていた。
「からかわないでよ、もう」
「あら、ごめんなさいね。なんだか
「なにそれ、もしかしてリリカはソッチの
「そういう意味ではありませんわ。どちらかと言えば、子を見守る母親の気持ちかしら」
「勝手に私を娘にしないでよ」
「フフッ」
リリカは笑って誤魔化すと紅茶をすすった。私も熱くなった顔を冷まそうと紅茶を口に含む。まだ温かいので顔の熱は取れなかったけれど、頭は冷めて冷静になった。
「そういえば注意事項がどうこうって話だったけど」
最初にリリカから言われたことを思い出したので尋ねてみる。
するとリリカは眼を鋭く細めると顔を近づけてきた。そして、周りに聞かれないように声を潜めて話し始める。
「それでは本題に入りますわね」
「……うん」
それまでの和やかな会話ムードから一転して剣呑な雰囲気さえ感じる。その真剣な言葉から、私も姿勢を正して傾聴する様子を見せる。
「最初に伝えることは、シャドウハウンドの本部基地は信用してはいけない、ということですわ」
「えっ、……それは、どうして?」
最初の一発目から度肝を抜かれる発言だった。そして、度肝を抜かれると同時に、リリカがわざわざシャドウハウンドから出て、外の喫茶店に場所を移した理由も察した。
思わず辺りをキョロキョロと見回す。こんな話、他の隊員に聞かれたらあらぬ疑いをかけられてしまいそうだ。
「詳細を話すと長くなるので手短に説明しますわね。ここのシャドウハウンド上層部はヤクザクランと癒着していますの」
「癒着……、上層部の腐敗ってわけ?」
「そうですわ。そして、面倒なことに最近ヤクザクランの方が騒がしくなってきておりますの。……なんでも、それまで元締めを務めていた組長が亡くなって、次の元締め争いが過激化し始めているとか」
「元締め争いか。それはゲットー街とかでの話?」
カルマ値がマイナスになっていたセオリーが街の中心部へ入れなかったように、ヤクザクランの構成員は街の中心部へは入って来れないだろう。となると、最外周部のゲットー街などが戦場となりうる。
「いいえ、違いますわ。この桃源コーポ都市には裏の都市がございますの」
「裏の都市?」
「えぇ、その名も『暗黒アンダー都市』ですわ」
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