第62話 リリカのお誘い
▼エイプリル
暗黒アンダー都市。
世間一般に噂されている情報によると、ヤクザクランの巣窟と目されている場所であり、桃源コーポ都市の地下に広がるもう一つの世界だとまことしやかに囁かれている。実際にその場所を見た者はおらず、ヤクザクランの流したデマだとか、存在しない場所だとか言われているという。
「結局のところ、その暗黒アンダー都市っていうのはあるの?」
「ありますわよ」
リリカはさも当然のように肯定する。つまり、暗黒アンダー都市が嘘偽りだとか、存在しない場所だとかいう情報は一般人向けに脚色された世界観説明ということか。
「その時点で情報操作されてるんだ」
「プレイヤーや一部のユニークNPCからすれば周知の事実だとしても、一般NPCには知られていない方が都合の良いことが多いのでしょうね」
「それにしても、どうして場所の存在をあやふやにしているの?」
暗黒アンダー都市があるならあるって断言しても良さそうに思える。
「例えば貴方が一般市民だとして、地下にヤクザクランの巣窟があります、と言われたらどうしますか?」
「そりゃ、怖いって思うかな」
「そうでしょう。そうなったら、次に警察機関に要請が来ますわ。ヤクザクランを野放しにするな、とね」
「……あっ、そっか。だけど上層部はヤクザクランと癒着してるから手出しできない」
「その通りですわ。しかし、何もしなければ警察の信用が薄れ、桃源コーポ都市から人々が去って行ってしまう。そうならないために桃源コーポ都市のトップはこぞって暗黒アンダー都市の存在を認めていませんの」
「なるほどなぁ。……っていうか、桃源コーポ都市のトップ全体が協力してるの?」
「フフッ、この都市に居を構えるコーポクランでヤクザクランと
「く、腐りきってる……」
「かつては正義感のあるユニークNPCも存在しました。けれど一人残らず謀殺されてしまいましたわ。……つまり、貴方がココで信用しても良いのは貴方の仲間たちだけです。分かりましたか?」
「うん、分かった。わかったけど……」
話を聞くに、地下にはヤクザクランの巣窟が広がり、地上には信用ならないコーポクランが蔓延っているということになる。しまいには少しでも正義感を燃やそうものなら、ただちに謀殺されるという。
「ここってもしかして、この世の地獄?」
「……フフッ、アハハ、アハハハハッ! ……もう、ずいぶんと正直な感想を吐くのね。思わずツボに入ってしまいましたわ」
リリカはお腹を押さえて、テーブルに突っ伏してしまう。さっきまでの気品あふれる振舞いからは考えられないほどだ。リリカは十二分に笑った後、顔を上げながら乱れた髪を整え、目の端に残る涙を指で拭った。
「そうですわ。ここはこの世の地獄。謀略と暴力の渦巻くディストピアですわ」
「そ、そこまでは言ってないよ?」
「……でも、そんなディストピアを崩壊させたら、楽しいと思いませんこと?」
さっきまで笑っていたのが嘘のように冷たい目をしたリリカは、事も無げにその言葉を語りかけてきた。
ヒクッと私の頬がひきつる。それはつまり、今の都市の形態やあり方をを崩壊させるということだろうか。それは根底を揺るがすことだ。そんなことをすれば、この都市全体が大混乱に陥ることは間違いない。
「……これはタイド様からの極秘任務ですの。そして、貴方たち一行に関しては信用に値するとタイド様からお言付けを頂いておりますわ。だからこそ、この話をしているのです」
「そんなことをしたら、大混乱になりませんか?」
「そうならない為に、私たちは動いていますわ。腐った部分は都市の
「……うん、言いたいことはだいたい分かったと思う。でも、それを受け入れるかはパーティーの皆と相談してから決めるね」
逆嶋でお世話になったタイドの手引きということなら、私も信頼できることではある。しかし、規模が規模だけにおいそれと手を貸すとは答えられない。まずはセオリーとシュガーに相談する必要がある。
「そうですわね、それが良いですわ。ただ、分かって欲しいのは今が絶好の好機だということ。今まで、これほど暗黒アンダー都市が騒がしくなったことは無かった。この騒ぎに乗じれば、きっと桃源コーポ都市を変えられると思いますの」
リリカの言葉には熱があった。変えたい、という熱意である。さっき言っていた正義感のあるNPCはことごとく謀殺された、という言葉にも実感がこもっていた。もしかしたら、彼女の親しかった人物も……。分からないけれど、少し手助けしたいという気持ちは私の中で湧いてきていた。
あれ、そういえば肝心の問題があった。セオリーは桃源コーポ都市の中心部に入ってこれないじゃない!
「えっと、話は変わるんだけどさ。パーティーリーダーのセオリーが桃源コーポ都市の中心部に入れないんだけど、何とかする方法ってないかな?」
私の言葉を聞いて、リリカはニコリと微笑んだ。ああ、その話ね、というような笑みだ。おそらくタイドからセオリーがカルマ値マイナスな件は聞き及んでいるのだろう。
「その話ならタイド様から伝えられていますわ。カルマ値をプラスに戻すのがこちらとしては一番楽なのですが、保障区域すら入れないとなるとカルマ値はかなり低くなっていますわね。裏技をつかう必要がありそうですわ」
「面倒かけちゃってごめんね」
「そんな気にすることありませんわ。それに報告によれば、他のプレイヤーがカルマ値を下げてしまわないように自ら汚れ役を買って出たと見ましたわ」
リリカの言葉に、自分のことではないのに誇らしい気持ちが湧き上がる。その報告書の件なら私も読んだ。ハイトが組織抗争の裏で起きていたカルマ室長とパトリオットシンジケートの裏工作に関してまとめた報告書だ。
一般の警備員を無力化する際にセオリーは戦闘行為を行った。しかし、それは双方にケガが出ないようにするために力を使ったのであり、セオリーは著しく危害を加える意図はなかった、ということを示す文書だった。
この報告書のおかげでセオリーのカルマ値の減少はかなり低減されたのだという。本来のカルマ値低減を食らっていた場合、普通の都市に入るのにも制限がかかってしまった場合があったらしい。
「さて、裏技に関してですが、その前に桃源コーポ都市の区域分けに関して説明しておきましょうか」
「区域分けってマップに白・青・黄で色分けされていたもののこと?」
「そうですわ。桃源コーポ都市では納税率やカルマ値などを複合的に判断して、住居や事業を
リリカが声を発すると青白い電子巻物が空中に展開される。それはキャンバスのように広がり、空中で静止した。リリカの細い指がキャンバスの上を撫でるように滑る。中心に小さい丸を描き、それを囲うようにして順々に丸を描いていく。
「中心にある一番小さな丸がマップの白いゾーンですわ。正式な名称は滅菌区域。ヨモツピラーを中心に限られた巨大コーポだけが軒を連ねる場所ですわね。他にも富裕層が泊まるための高級ホテルなどもここにありますわ」
「滅菌区域……。なんか嫌な言い方ね」
低所得者やカルマ値の低い人物を菌呼ばわりして、それらをシャットアウトした空間と言う風に聞こえる。
「次に滅菌区域を囲う一回り大きい丸、マップでいうと青いゾーンが保障区域と言いますわ。いわゆる一般的な住民のほとんどがここに当たりますわね」
「保障って何を保障しているの?」
「治安ですわ」
「えっ……だって、おかしくない? まだ外周にゲットー街があるのに」
「えぇ、おかしいんですのよ。都市の最外周に広がるのがマップの黄色いゾーンで、警戒区域と言いますわ。警戒区域ではシャドウハウンドや警察機関の治安維持機能がほとんど正常に働いていませんわ。彼らが警戒区域で動く時はただ一つ、区域を無理やり越えようとした者が現れた時だけですわ」
数刻前の出来事がフラッシュバックする。セオリーが保障区域へと入ろうとして、ドローンに撃たれた時のことだ。逃げるセオリーを追いかけるように、その後をパトカーが何台も走り、追っていくのが遠目に見えていた。
「セオリーは逃げ切ったって言ってたけど、大丈夫だよね? 今、セオリーと連絡が取れなくなってて」
「あぁ、やっぱり昼過ぎ頃に出動騒ぎがあったのは貴方のところのリーダーが原因だったのね」
リリカは合点がいったという表情で、手を打つとそれから私を安心させるように言葉を続けた。
「大丈夫よ、今のところ区域越境未遂の者を捕まえたという情報は来ていないわ。それに連絡が付かないとなると、おそらく彼は地下に行ったのでしょうね」
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