第63話 情報共有と帰還の一報

▼エイプリル


「地下って暗黒アンダー都市のこと?」


「状況を鑑みるにおそらくそうでしょうね。突然、桃源コーポ都市から出て行ったりする人なのでしたら、その限りではないのですけど」


「さすがに街自体を出ていくなら一声かけてくると思う」


 桃源コーポ都市の警察機関が街を出るまで追いかけ続けてくるなら、一旦街の外まで退避することもあるかもしれないけれど、最後に念話術で話をした時の様子からして、なんとか振り切って安全を確保できたようだった。

 となると、リリカの予想通り暗黒アンダー都市にセオリーは入ってしまったのかもしれない。


「でも暗黒アンダー都市ってヤクザクランの巣窟なんでしょう? 大丈夫かなぁ」


「では、その疑問を解消するためにも話を戻しましょうか」


 リリカは空中に浮かぶ電子巻物のキャンバスを指で指し示すと、重なり合った丸の下に横長の楕円形を描いた。


「これが暗黒アンダー都市ですわ。ここは街中のマップなどには表示されませんが、便宜上赤く色分けしますわね。一般に知っている者たちの間では危険区域と呼びます」


「危険区域……、それじゃあ、やっぱり危険な目に遭ってるの?」


「そうとも限りませんわ。地下には地下のルールがあります。それを守っていれば地上と大差ありませんの」


「でも、当然シャドウハウンドや警察機関が治安維持のために活動したりはしてないでしょう」


「その点は大丈夫ですわ。暗黒アンダー都市ではヤクザクランが治安維持のために活動していますのよ」


「へぇ、そうなんだ。意外かも」


 それからリリカは暗黒アンダー都市のことを教えてくれた。

 少し前までは芝村組というヤクザクランが元締めとして暗黒アンダー都市を牛耳っていた。しかし、芝村組の組長が亡くなり、いくつかの有力なヤクザクランが元締めの座を狙って争いを始めたのだ。そんなゴタゴタが影響して、今は地上のコーポクランと地下のヤクザクランの連携が上手く取れていない状況なのだ。

 どうしてそんなに詳しいのか尋ねると、シャドウハウンドの中でも隠密に長けた者などはたびたび暗黒アンダー都市へと侵入して情報収集しているのだという。


「できることなら、暗黒アンダー都市が元締め争いで足の引っ張り合いをしている内に、地上のコーポクランをなんとかしたいところですわね」


 コーポクランの上層部と地下に潜むヤクザクランはお互いに相手をフォローし合うことで甘い蜜を共有してきた。つまり、どちらかに喧嘩を売ることは必然的にもう片方も喧嘩に参加してきてしまうことになる。腐敗したコーポクランの上層部を正常化するために動く際に、ヤクザクランの身内争いは好機と呼べるものだろう。


「返事は早い方が良いよね?」


 場合によってはセオリーと合流する前にリリカたちが蜂起してしまうかもしれない。


「そうですわね、地下の動き次第ではありますけれど、一ヶ月以内には決行する予定ですわ。ですので、一週間後までにはお返事を頂けると助かりますわね」


「分かった、一週間後までに返事ね。決まったら連絡するよ。色々と教えてくれてありがとね」


 そう言って私は残った紅茶を一息に飲み干す。そうと決まればさっさとセオリーと合流しなくちゃいけない。シュガーの方もクランへの顔見せは終わっただろうか。できることならシュガーと先に合流し、連携してセオリーを探すのが効率も良いだろう。

 しかし、お代を置いて席を立とうとした私に、リリカは待ったをかけた。


「お待ちになってくださいな。もし、本当に暗黒アンダー都市に入ってしまったのだとしたら、闇雲に探しても見つけられませんわよ」


「えっ、そうなの?!」


 そうなってくると話が変わってくる。セオリーが自発的に出てこなければ合流することができない、ということになってしまう。


「これまでのプレイヤーたちの調べで、暗黒アンダー都市への入場資格はカルマ値-30程度と言われていますの。ですから、貴方やワタクシが暗黒アンダー都市へ入ろうと思うと裏口を使わなければいけませんわ」


「裏口ってさっきも言ってた方法だよね」


「その通りですわ。保障区域へ入る裏口と暗黒アンダー都市へ入るための裏口はほぼ同種のもの、対になっていると言っても良いかしらね」


 その裏口による入場の方法と言うのは、入場資格を既に得ている人物が特定のパスを入手した状態で入場したい人物とパーティーを組むことである。

 それだけ聞けば簡単に思えるが、ここで問題になってくるのが特定のパスである。入場資格を得ることはカルマ値が要件を満たすだけで良いため、簡単に得ることができる。しかし、特定のパスに関しては、特定の人物の好感度を上げたり、固有のクエストをクリアするなど、いくつかのハードルがある。


「ワタクシが貴方のパーティーリーダーを保障区域にお連れすることは簡単なのですけれど、暗黒アンダー都市への裏口パスはさすがに今すぐ用意とはいきませんわ」


「そっかぁ。それなら、セオリーからの返事を待つしかないか」






 それからリリカとは情報提供の礼をして別れた。ちょうどシュガーの方からも用事を終えたという連絡が入った為、合流してお互いに手に入れた情報を共有することとした。


「なるほどな、腐敗したコーポクラン上層部と水面下で進行する蜂起軍か。関東地方サーバーの中央都市にも関わらず、ずいぶんとキナ臭いことになっているものだ」


「シュガーの方では何か情報は掴めた?」


 私の情報を聞き、天を仰ぎ見るようなオーバーリアクションをしていたシュガーは、サングラスをクイっと掛け直すと質問に答えるように頷いた。


「こちらの情報はコーポクラン上層部と地下都市のユニークNPCについてだな。コーポクランに関しては同じような情報だな。保全のために賄賂を撒き、小狡く立ち回る者たちの話を聞いたよ」


「蜂起軍の情報はなかったの?」


「そうだな、ひたすら桃源コーポ都市の腐敗についての情報ばかりだった。そちらの情報源はリリカと言ったか。かなりのやり手だな、情報の統制がしっかりしている」


 そこまで言ってシュガーは一度言葉を区切り、顎を撫でるようなしぐさをしてから再び口を開いた。


「……もしくは、蜂起軍の中にユニークNPCが所属していない、というのも理由の一つかもしれないな」


「あぁ、たしかにリリカもそんなこと言ってたよ。正義感に燃えるユニークNPCは皆謀殺されてしまった、って」


「ユニークNPCが絡んでいない場合、ウチのクランは途端に情報収集力が弱まるからなぁ」


 シュガーは頬をポリポリと掻いて笑う。

 シュガーの所属するクランは知の蒐集者たちが集う場所「ニド・ビブリオ」。そのクランの特色は何と言ってもユニークを冠する情報に対する知識量だ。NPC、モンスター、忍具など何であれユニークと付いた時の情報収集力たるや知識収集系クランの中ではトップクラスの実力を誇るという。しかし、逆に言えばその熱量はユニークが絡まなければ発揮されない。


「だが、逆に言えばユニークに関してはかなりの情報が集まった。地下に広がる暗黒アンダー都市に関しては、元々地下の元締めだった芝村組のライゴウという組長が半年前に亡くなり、それからゴタゴタが続いている」


 リリカからの情報でも聞いた内容だ。元締め争いの激化によるゴタゴタだと言っていた。しかし、シュガーはさらに話を続ける。


「トリックスター的な人物はライゴウの息子であるライギュウだな。奴だけはステータスが化け物だ。おそらく何事も無ければ、このライギュウと手を組んだクランが次の元締めとなるだろう」


「シュガーがそう言うってことは相当強いんだね」


 その人物に関してはリリカからも聞かされていなかった。しかも、頭領ランクであるシュガーが化け物と太鼓判を押す相手だ。よほどの強さなのだろう。


「とは言っても俺も情報でしか知らないから戦闘スタイルなんか実際に見ないと分からないことも多いけどな。嚙み合わせ次第では案外簡単に倒せるかもしれん」


 シュガーはおどけて見せるが、私としてはセオリーがその人物と邂逅していないことを祈るばかりだ。プレイヤーは死んでもリスポーンできるから心配するなとはセオリーが度々言ってくれているけれど、それでも大事な人が死ぬのは気が気ではない。

 そう思っていた矢先のことだった。突如、『念話術』による声が脳内に届く。


(もしもーし、急に連絡取れなくなってスマン)


 それはセオリーの声だった。


「セオリー! 大丈夫なの?!」


 勢い余った私は念話術と同時に、実際口に出して大きな声を発していた。それからすぐに気づいた。周りの往来を歩く人々が奇異の視線を向けていることに……。

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