第144話 結界唐竹割り、悪行への立ち入り
▼セオリー
かつて暗黒アンダー都市で死闘を繰り広げた相手、ライギュウ。新しい忍術の試行錯誤をしていたところ、俺が呼び出せる対象にしれっと混ざり込んでいたのである。最初に見た時は目を疑った。
『
そりゃあ、呼ぶよな。ピックの様子を見れば分かるように俺の指示には絶対服従のようだったし、手が付けられない暴走状態になることはないと踏んで呼び出した。
その結果、分かったことは万全のライギュウを呼び出せる訳ではないということだ。
身長は140センチメートルくらいだろうか。俺はおろかエイプリルよりも低い背。かつて二メートルを超していた巨躯と筋肉ダルマのようだった肉体は鳴りを潜め、薄い胸板と華奢な腕を覗かせる男の子と化していた。
「覚悟しなぁ」
しかし、声変わり前の幼さが残る声でありながら、正拳突きの構えを取った瞬間から周りの空気が一変した。
バチバチと空気が弾け、ライギュウの右拳に雷のようなオーラが纏われる。そのまま拳を引き絞り、黄龍会の事務所を覆うように張られた結界へと照準を合わせる。
「あの攻撃を止めろ!」
一早く、トンファー男が危険性を察知したらしい。周りの仲間に声を掛けつつ、自身も駆け出してトンファーを振り上げた。
「『芝村拳法……』
惜しかった。ライギュウが拳を引き絞る前に駆け出していれば間に合ったかもしれない。
しかし、無慈悲にもトンファー男他数名がライギュウまであと一メートルにも満たないという距離まで詰め寄ったところで破壊的な力の奔流が解放された。
「……男の迅雷突き』!!」
距離を取っていれば防御態勢で受けることもできただろうに、近付いてしまったがためにロクなガードもできずに直撃を受けていた。
派手に吹き飛ぶ黄龍会の忍者たち。ライギュウの拳から発射される暴力的な力の波動は彼らを吹き飛ばし、なおも前進を続けて結界へと到達した。
直撃して数秒、結界が不自然な揺れとともにたわむ。ギリギリのところで保っているのか。そんなところに、なおも力が加えられ続けた結果、許容限界を超え、パキッという音を響かせながら結界に一筋の
しかし、そこで結界は持ちこたえた。
全盛期のライギュウであればあのまま結界ごと破壊していただろう。しかし、現在のライギュウは見た目から推定するに十一、二歳くらいの少年と化している。華奢な体躯を見れば分かる通り、そのパワーは全盛期とは比べるまでも無く弱まっている。
「ほぉ、俺の拳に耐えるか。やるなぁ」
突きに耐えきった結界を見るや、続けてライギュウは跳躍した。高く高く飛び上がる。その内に、握り締められた右拳は天へと突き上げられた瞬間に手刀へと変わっていた。
そのまま自由落下により、結界へ向けて落ちていく。目標地点は正拳突きにより
破壊音が周囲に轟く。
驚いたな、あれだけやっても人が一人通り抜けられる程度の穴しか空かないのか。ライギュウの力不足が影響しているのか、はたまた結界の強度自体が高かったからなのかは定かではないけれど、なんにせよ目標は達せられた。
「ライギュウは外で待機。リリカに協力してくれ」
即座に修復されていく結界へ滑り込みつつ、後ろを振り返った俺はそう指示を出した。吹き飛ばされたはずのトンファー男たちが再び立ち上がっていたからだ。
かつてなら『金剛術』で防御を固めたゲンすら余波で気絶させるほどの威力を誇った『男の迅雷突き』であるけれど、ずいぶんと威力が下方修正されてしまったらしい。
「では、セオリーさん、中は頼みますわよ。外の六人は捕縛しておきますわ」
ライギュウに並び立つリリカが俺を送り出すように声を掛けてくる。
リリカは上忍だ。人数差があってもなんとかするだろう。そもそも、パワーがダウンしたとはいえ、それでも結界に無理やり穴をこじ開けるだけの力を誇るライギュウだ。あの二人になら任せて問題ない。
というわけで、店内へと侵入を果たした俺は奥にある事務所スペースへと続く扉をゆっくりと開けるのだった。顔をヒョコっと出して内部を窺う。ばっちりと目が合った。
そこにいたのはナイフ男と猫娘だった。結界を生み出した張本人であるナイフ男は想定の範囲内であるけれど、まさかもう片方が猫娘だとは驚きだ。
彼女は身体に数多の切り傷を受け、さらに足を掴まれ宙吊りにされている。どう見ても絶体絶命の場面だ。しかし、生きている。ギリギリ間に合ったようで良かった。
「お前が結界に無理やり侵入してきたアホか?」
振り返った動作のままナイフの男が俺へと尋ねる。
流石に侵入時の音が派手過ぎて中にまで聞こえていたらしい。できれば不意を打って倒したかったんだけど、こうなったら正々堂々と正面から戦うしかないか。
「アホとは酷いな。俺はただ中に囚われてる人を助けたかっただけだぜ」
「はっ、アホの上に
そういうと猫娘を事務所の壁へと放り投げる。不自然な体勢から投げられたせいで受け身も取れず、
起き上がることすらできないほどに痛めつけられたのか。脳裏にフラッシュバックするのは、あの時の痛々しい姿をしたエイプリル。
奥歯がギリと鳴った音が聞こえた。そこで初めて自分が歯を噛み締めていることに気付いた。拳も痛いくらいに握り締められている。
「……ゲームだから楽しみ方は人ぞれぞれではある、そう頭では理解してるつもりなんだけどな」
どうやらナイフ男の楽しみ方に対して、俺は怒りを覚えているらしい。頭の中の冷静な部分では相容れない思想だからといって排斥するのは間違っている、と分かっている。しかし、NPCをいたぶり、自分の欲求を満たす為だけに殺すのは許容できない。
だが、許容できないからと言って糾弾するのも意味がない。彼の行動はゲームの根幹を司る運営によって許容されている。それならば彼を止めるには彼の土俵で打ち負かすしかない。
「悪いが、お前を楽しませるような戦いはしない」
「へぇ、そうかい。だが、そんな大口叩いて大丈夫か? 負けて吠え面かくなよ」
ナイフを構える男に対し、俺は曲刀・咬牙を構える。
「『不殺術・仮死縫い』」
黒いオーラが咬牙を包み込み、妖しく光らせる。ナイフ男は警戒心を露わにしつつもジリジリと距離を詰めてきた。
そうなるよな。相手の武器は近距離専門のナイフだ。いくら俺の固有忍術が怪しくたって結局は踏み込まなければ始まらない。
機を窺うように軽いフットワークで揺さぶりをかけてくる。俺がフェイントに引っ掛かった瞬間に飛びかかろうという見え見えの罠だ。なんとも分かりやすい。ただ、向こうが戦闘のイニシアチブを取っているのは確かだ。盤面を動かして攻めてきている。
対して、俺は守勢に出ている。相手はナイフという射程の短い武器をわざわざ使っている。つまり、近距離戦を得意としているわけだ。『仮死縫い』は攻撃が当たらなければ効果を発揮しない。避けるのが上手い相手とは相性が悪いのだ。
エイプリルから聞いた話によれば、避けるのが上手い相手という印象は受けない。しかし、エイプリルの『影跳び』から繰り出される攻撃は非常に避けにくい。だから避ける選択肢を除いた可能性がある。
……いや、ここは黄龍会のフロント企業である黄龍証券の建物だ。リスポーン地点を建物内に設定している可能性が高い。それならかつてエイプリルへ対して実行した肉を切らせて骨を断つ戦法をしてくるかもしれない。
もし、そうであれば攻撃を自分から受けに来てくれるから好都合ではある。
よし、踏み込んでみよう。
ナイフ男のフットワークの切れ目、地面に着地した瞬間を狙い、一気に攻勢へと転じる。足へオーラを『集中』させ、近距離戦闘の間合いへと突入する。
「良いねぇ、削り合おうぜ」
咬牙を横薙ぎに一閃する。それに対してナイフ男は余裕の表情で笑いながらナイフを突きだす。寸分狂わず俺の目を狙っている。
やはり、相打ち狙いか。策に慢心したな。左目くらいくれてやる。
直後、左目から血飛沫が舞う。熱した棒で眼球を貫き、押し当てられたかのような感覚が襲いかかる。現実であれば絶叫するようなダメージだったろう。しかし、俺は自身のダメージを無視してナイフ男の腹部を切り裂いた。
一合の斬り合いの後、距離を空ける。左目がチカチカとして赤黒いカーテンで視界が覆われる。これはかなり視界が悪いな。思った以上に彼の行動に対して頭へ血が上っていたのかもしれない。とんでもなく効率の悪いダメージトレードをしてしまった。
反省をしつつ、地面に倒れたナイフ男を見下ろす。腹部を大きく切り裂いたため、下半身がほとんど動かなくなったはずだ。
「なんだこれ、足が動かねぇ。傷は深いが動けなくなるほどじゃないはずだろ」
「混乱してるみたいだな、だけど種明かしをする義理もない。このまま終わらせてもらうぞ」
近付いて行き、うつ伏せに倒れる彼の心臓へ向けて、背中から咬牙を突き付ける。
「はっ、やられたぜ。斬った相手を動けなくさせる麻痺毒、それを武器に付与する固有忍術ってとこか」
「これで終わりだ」
ベラベラと死に際も騒がしい男だ、と思いながら咬牙を突き刺す。
「俺を倒せるなら片眼も惜しくないってか。はっ、この後が楽しみだぜ。ひゃっはっは」
「言っておくけど、リスポーンを利用した無限コンボはさせる気ないからな」
「はっはっは……、へ?」
ナイフ男は何故それを知っているとでもいうような間抜けな声をあげて、そのまま仮死状態となったのだった。
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