第145話 争いの芽
▼セオリー
「『支配術・
仮死状態となったナイフ男はたやすく俺の手中へと落ちた。すぐさま命令を下し、結界を解除させる。
結局、最後までナイフ男は俺のことが分からなかったようだ。トンファー男の方はすぐに気付いていたけど、さすがに面と向かって対峙していないと分からないものなのだろう。
前回はナイフ男がリスポーンした瞬間に『仮死縫い』で仮死状態へと追いやったからな。俺のことを認識すらしていなかっただろう。哀れなナイフ男はまたもや俺に操られる羽目となったわけだ。
「大丈夫か?」
壁際に放り投げられ、それからずっと地に伏していた猫娘へ声を掛ける。
全然動きのない様子に相当なダメージを負っているのではないかと心配してしまう。
「助けて頂いて、ありがとうございます……」
戦いが終わったことを確認した猫娘は上体を起こした。案外、すんなりと身体を起こしたので、思いのほかケガは浅いのかもしれない。
「回復用の丸薬ならあるけど、ケガは?」
「大丈夫です、ただ肩をお借りしてもいいですか」
「あぁ、それくらいお安い御用だ」
隣にしゃがんで肩を貸す。それから腰に手を回して立ち上がるのを手伝った。
なんか妙だな。俺の肩へ回された方の腕は問題ないけど、逆の手をやたらと俺の胸元に当ててくる。まるで胸板を確認するかのような手つきだ。
「あの……、お名前を聞かせて頂いても?」
「あぁ、名前くらい別にいいぞ。俺の名前はセオリーだ。キミは?」
「セオリーさんですね、私はモモと言います」
「そうか、思ったよりケガも酷くないみたいで良かったよ」
「ところで、セオリーさんはどこぞのクランに所属してるんですか?」
話が急転換してきた。ケガのことなどどうでもいいと言わんばかりの方向転換である。
所属クランか、特に言って困ることでもないし良いか。
「不知見組っていうヤクザクランだよ」
「そうなんですね、……じゃあ、私もそのクランに入ります!」
「……え?」
……え?
いやいや、どういうことだよ。思わず心の声と肉声がシンクロして間抜けな声を漏らしてしまった。それくらい話の流れが急すぎるのだ。
どんな思考回路を経た結果、そうなるのか。まるで意味が分からない。
「だってだって、白馬に乗った王子様がごとく颯爽と駆けつけてくれたんですよ?! しかも、片眼を犠牲にして敵を倒し、その上でまず先に私のことを気遣ってくれるなんて、惚れるに決まってるじゃないですか! もうキュンキュンですよ、キュンキュン!」
すわ地雷を踏んだかと思うほど、急に舌が回り始めて
あれ、もしかして彼女を助けたのは失敗だったかな、などと後悔し始める程度には怖いくらいの豹変っぷりだ。
もしかしなくても、白馬に乗った王子様は俺のことを指しているのか。やめてくれ、エイプリルのご主人様呼びもしんどかったのに、今度は王子様と来たか。実は俺って女難の相でも出てたりしないよな。
「モモさん、それくらいにしてはいかがですか?」
そんな俺のピンチを救う一言を投げかけてきたのは、ちょうどよく扉をくぐり事務所内へと入ってきたリリカだった。
「げぇー、高飛車お嬢様!」
「ワタクシ、あなたに対して高飛車な態度を取ったことはありませんわよ」
どうやら二人は面識があるらしい。にしても、モモの口調の
二人が顔見知りということはモモもシャドウハウンド所属なのだろうか。
あれ、でも、そうなるとモモは警察クランからヤクザクランに乗り換えようとしてることになる。本気かよ、ちょっとクレイジーの
「なあ、リリカ。彼女と知り合いなのか?」
「えぇ、シャドウハウンドの後輩といったところですわ。つい先日、始めたばかりの新米でしてよ」
「へぇー、……って、それじゃあプレイヤーかよ!」
「あれ、言ってなかったっけ?」
テヘペロと舌をちらりと覗かせ、頭に手をやるモモ。
いつの間にか丁寧な言葉遣いからフランクな言葉遣いになっている。こっちが素に近い喋りって感じだな。
「まあ、プレイヤーだと分かっていても助けに行っただろうけどさ。でも、それならここまで焦って結界に侵入する必要は無かったなぁ……」
「ごめんね、ダーリン。私のためにケガまでしちゃって、うるうる」
いつの間にか肩を貸していただけなのに、腕を絡めとられ、強制的に腕を組んでいるような状態となっていた。
「誰がダーリンだ、誰が」
「いやん、もう照れちゃって。そういう
ヤバい、さぶいぼが立った。ゾワリと首の裏辺りからむず痒いような不快感が広がっていく。
「ライギュウ、この人を引き剥がしてくれ」
リリカと同タイミングで事務所内に入って来ていたライギュウへと救いを求める。
自分で振りほどこうとしたけれど、まるで関節技でも食らっているかのように腕に絡みつかれて離れられない。まあ、自力で引き剥がせないのは概ね俺の筋力が1なせいだ。
「なんだぁ、
「命令だ、引き剥がせ」
「……はいよっとぉ」
即座に命令口調へと切り替える。
どうやら『
「いやーん、愛しの王子様との仲を引き裂かないでー」
「この人ずっとこんな感じなのか?」
「そうですわね、彼女と会話すると大体こんな感じでしたわ」
「……そっか」
どうしよ、基本的に不知見組は誰でもウェルカムな姿勢でやっていこうと思っていたんだけど、今回ばかりはクラン加入を拒否しちゃうかもしれない。一方的な好意は時として恐怖を感じさせるのだ。
「ごめんってー。もうウザ絡みしないからぁ、本当に!」
「自覚はあったのか」
ライギュウによって引き剥がされたモモはペタリと地面に座り込むと、懇願するように俺を拝み倒した。
「彼女の話は半分冗談くらいに聞き流すのがちょうど良いですわ」
「えぇ、酷い! そんな風に思ってたの?」
「妥当な評価だと思いますけれど……」
あー、なんだ。リリカとのやり取りも含めて、少しモモというプレイヤーを理解できた。つまり、悪く受け取ると彼女はひたすらふざけ倒しているのか。
そう思って話を聞いてみれば意外とコミカルな人物なのかもしれない。まあ、とはいえ、いまだに彼女の頭の中がただ単純にお花畑な可能性も捨てきれないけど……。
「それはさておき、モモはこんなところで何をしていたんだ?」
「あ、そうだった。ダーリンのおかげで無事にクエストクリアできそうだよ。ありがとね、むちゅー」
素早い身のこなしから距離を詰め、熱烈なキッスを浴びせられそうになったがカウンター気味に長手甲でガードする。
直後にゴツという鈍い音と共に長手甲へと正面衝突していた。こいつ、減速というものを知らんのか。
「感謝のチッスくらい受け取ってよね、ぶんすか」
「いや、今の勢いでされたらダメージ負いそうだったけど」
減速無しに顔面から突っ込んでくるのはもはや頭突きと変わらない。
というか、はからずも俺の裏拳に勢い殺さず顔面から突っ込んできた形になったけど、モモの方こそダメージは大丈夫なのか?
……あ、ケロリとしてるわ。もう気にしなくていいか。
「そうそう、何でここに居たのかだっけ。それはね、クエストで黄龍会に不正流入するお金の証拠を探ってたんだよ」
今度は急に真面目になった。
それにしても黄龍会に不正流入するお金ねぇ。なんだか聞き覚えのある話だ。
「証拠は掴めたのか?」
「うん、ばっちり!」
手に握った書類にはまとまった金額が黄龍会へと不正に振り込まれている証拠が残されていた。
「ただ、これだけだと下忍相当までしかクリアできないんだよね~」
モモは言いながら黄龍会の事務所を
あっと言う間に事務所は箱の中身を引っ繰り返したかのような惨状となってしまった。
「うわぁ、これあとで片付ける人、大変だろうなぁ……」
そんなどうでもいいことを思わず考えてしまう。
「あったー!」
ようやく目当てのモノを見つけたようだ。
結果的にモモのクエストを共同でクリアへ導いたような形となったので、どうせならということで見つかったものを一緒に確認する。
「お金の出処は、……パトリオット・シンジケート? よく分からないけど、他のクランからだったみたい」
「んなっ、パトリオット・シンジケートだと?!」
黄龍会はパトリオット・シンジケートの手先として二度も抗争を仕掛けてきている。
だが、パトリオット・シンジケートの采配によって、黄龍会はかなりの痛手を負っていたはずだ。それでも、いまだに繋がりは続いているのかと驚いた。黄龍会からしてみれば、まるで使い捨ての駒のように扱われているとは思わないのだろうか。
しかし、続くモモの言葉はさらに衝撃的だった。パトリオット・シンジケートと黄龍会の繋がりが未だに続いているということすら些細な問題だと思える。
「それが中忍相当の内容で、さらに中忍頭相当の内容も見つけたよ。えー、なになに関東地方のヤクザクラン統一を目的に、関東全域を巻き込んだヤクザクラン大抗争を仕掛ける、だってさ」
ヤクザクラン大抗争。
大きな戦いが始まろうとしていた。
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