第146話 バッドマックス

▼セオリー


 シャドウハウンドの新米忍者モモが得た情報は千載一遇のものだった。

 パトリオット・シンジケートは甲刃連合に対して手を組まないかと甘い言葉を囁きつつ、並行してしっかりと抗争の準備も進めていたのである。


 電子巻物を呼び出し、ステータスを確認する。よし、ちゃんと中忍頭へランクアップしているな。個人的な用事を優先してしまったけれど思わぬ収穫だ。この情報を手土産に日和見している甲刃連合の上位幹部を懐柔しよう。


 そうと決まれば情報を有効活用してくれそうな相手、カザキへと連絡を取る。

 たしかパトリオット・シンジケートに対して徹底抗戦を掲げている上位幹部と連絡を取っているはずだ。その結果や今後の動き方も検討したい。できることなら一度会って話をするのが良いだろう。

 カザキから持たされていた通信機を操作し、カザキと連絡を取る。しばらく待ち、通信が繋がると自動音声が流れ始めた。


『この通信機で連絡が来ているということはセオリーさんですね。……困ったことになりました。良いですか、これからはヤクザクラン以外の仲間を見つけてください。そして、絶対に甲刃重工へは来ないでください。頼みましたよ。──ザザッ──ブツ。──ツーツー』


 焦ったような声音でカザキが喋っている。その背後では間近に迫る戦いの音が鳴り響いていた。緊迫感のある状況の中、最後にはノイズが混じり、通話が切れてしまった。

 いつ録音された音声かは分からないけれど、俺はすぐにでも甲刃重工のビルへ向かわなければいけないと感じた。


 弾かれたように黄龍会の事務所を飛び出す。警戒区域であるゲットー街は桃源コーポ都市の最外周だ。ここから中央に位置する滅菌区域に向かって突っ走る。少々時間はかかるがそれしか手段が無い。

 そう思っていると途中で後ろからパトカーが追随してきた。そして、横並びに並走すると窓が開き、中からリリカが声をかける。


「何を焦っているんですの? もし良ければお乗りになってくださいまし、相談頂ければ手を貸しますわよ」


「リリカか、助かる」


 俺は行きと同じようにリリカが乗るパトカーへ飛び乗る。そして、少々マナーが悪いけれど走行中のパトカーへ扉を開けて乗り込んだ。中に入って分かったけれど、このパトカーは運転席が無人だ。プレイヤーが乗って行き先を指定すると勝手に移動してくれるらしい。便利だな。


「それで、さっきの通信で何を言われたのかしら?」


 リリカは真っ先に疑問をぶつけてくる。その質問はもっともだ。はたから見ていれば、通信を終えた途端、俺が急に走り出したように見えたことだろう。

 俺はリリカへ甲刃重工の取締役であるカザキの身に危険が迫っているかもしれないこと、甲刃重工のビルに来るなと言われたことなどを説明した。


「録音された音声なのでしょう?」


「あぁ、そうだ」


 冷静な様子でリリカは聞き返す。俺の返事を聞くと、考え込むような仕草でリリカは押し黙った。

 ネックはそこだ。もしかしたら、すでに何もかもが遅いのかもしれない。それでも立ち止まるという選択肢は無かった。俺の願いでパトカーは全速力で甲刃重工へ向かってもらった。


「こちら、シャドウハウンド所属リリカですわ。直近で滅菌区域での出動命令は出ていますかしら?」


 しばらく思案した後、リリカは胸元のピンバッジで連絡を取る。シャドウハウンドの隊員は全員が胸元に影を食らう猟犬をモチーフルにしたピンバッジを装着している。そして、そのピンバッジは連絡を取り合うための通信機の役目も果たしているのだ。

 もし、甲刃重工で戦闘があったならシャドウハウンドへ通報がいっている可能性も考えられる。その確認をしてくれているのだろう。


「……空振りですわ。通報も何も来ていないようですわね」


「なら、あとは直接乗り込んで調べるしかないな」


 ちょうど車は中間層である保護区域を抜け、間もなく滅菌区域へと入る。エリアの境目にある横長のトンネルを潜り抜ければ滅菌区域だ。初めて桃源コーポ都市に来た時に受けたものと同じ赤い光が車内を通過していく。カルマ値チェックの検査だ。

 そういえば企業連合会の会長になった恩恵はここにもあったな。いつだかの俺は保護区域すら入れてもらえなかった。入ろうとした途端に戦闘用ドローンに追いかけ回されて、あわやショットガンでハチの巣にされかけたもんなぁ。


 企業連合会の会長という役職を得たおかげでカルマ値に関係なく桃源コーポ都市のセキュリティを素通りできるようになった。地味にこれが一番の恩恵と言って良い。これが無ければ毎回、甲刃重工へ行くたびにエイプリルに拘束された状態で中に入る必要があったかもしれない。



 そんな思い出が脳裏を一瞬掠めている間にトンネルが終わりを告げる。

 光が差し込み、外の景色が映った。ゴミ一つ落ちていない滅菌区域の街並みだ。


 そんなトンネルの出口に男が立っていた。かなりガタイの良い男だ。迷彩柄のズボンに黒いシャツを着ており、筋肉が盛り上がっているため、シャツがピッチリと肌に張り付いていた。そして、極めつけは長い筒のようなものを肩に担いでいる。

 パッと見で思った感想は、フランクな服を着ている軍人さんのようだと思った。迷彩柄のズボンがそう思わせるのかもしれない。

 さらにそこから連想していくと、肩に載せた長い筒はいわゆるロケットランチャーのようにも見えた。断定しきれなかったのは俺の願望が混じったせいかもしれない。だってそうだろう、もしアレが本当にロケットランチャーだったとしたら、……嫌じゃん?


 男がニヤリと笑ったのを感じる。そして、『第六感シックスセンス』が最大限の警鐘を鳴らした。どうやら嫌な予想は当たってしまったらしい。

 リリカの座っている側の扉を開けて、一緒に車から転がり降りる。走行中の車から飛び降りるなんて大変危険な行為だけれど背に腹は代えられない。

 直後、俺たちの乗っていた車が大爆発を起こした。爆風を背に受けて硬いアスファルト道路を転がり回る。狭いトンネルの中で爆発を起こすなんてどんだけクレイジーな野郎だ。


「ケホッ、ケホッ……リリカ、大丈夫か」


「ええ、あなたのおかげでなんとか無事ですわ。あの方、何者ですの?」


 煙が立ち込める中、リリカの手を引いて立たせる。

 ロケットランチャーをぶっ放した男はまだトンネルの外だろうか。煙が立ち込めており、外の様子は分からない。


「ワタクシが索敵いたしますわ。……『身音術・拡音』」


 リリカはそう言うと、指をパチンと鳴らした。その音は通常の指で鳴らす音の何倍にも膨れ上がり、音の波がリリカを中心にして広がっていく。

 音を操る忍術、これがリリカの固有忍術か。


「周囲百メートルを索敵しました。トンネルの外には先ほどの男性一人だけですわね」


「便利なもんだな。よし、それなら二人がかりで突破しよう」


「わざわざ待っている辺り、罠かもしれませんわよ」


「それでも俺は甲刃重工に行かなくちゃならない。忠告してくれたカザキには悪いけどな」


 俺の返答を聞くと、リリカはフッと笑い、それから頷いた。


「あなたには助けてもらった恩がありますものね、最後までお手伝いしますわ。それにパトカーを爆破するなんて、あの殿方はシャドウハウンドを舐めていますわ!」


 たしかに公営警察機関であるシャドウハウンドの車にロケットランチャーをぶっ放すなんて喧嘩を売っているとしか思えない所業だ。共闘することとなった二人で煙の中を走り、トンネルの出口から脱出する。

 出口の側ではいまだに先ほどの男が立っていた。ちょうどロケットランチャーの次弾を装填していたらしい。楕円形をした弾頭をランチャー部分に入れている。あまり銃火器には詳しくないけれど、単発型のロケットランチャーはリロードに時間がかかるようだ。

 だったらもっと早めに飛び出して先制攻撃した方が良かったかもしれない。


「ハッハァーッ! あれで死なないとは反射神経が良いな!」


「お前はどこの手先だ?」


「そんなもん素直に言う訳ないだろう、ファイアーッ!」


 次弾装填までの時間を与えてしまったせいか、問答無用でロケットランチャーをこちらに向けてぶっ放してきた。周囲の被害とかお構いなしかよ、困った輩だ。

 だが、今度はこちらにも対応する余裕がある。クナイを投擲して砲弾と衝突させる。『集中』で腕力を強化して投擲したクナイは空中でロケット弾頭と衝突し、派手に爆発した。


 再び視界が煙で覆われる。しかし、リリカは煙も構わず飛び込んだ。

 同じタイミングでパチンと指を鳴らす音も響き渡る。リリカによる音の索敵だ。これで煙に紛れていようと男の居場所がはっきりと分かるのだろう。


 咬牙を構えて前を見据える。何もできない時間がもどかしい。しかし、視界が悪い状況で俺が一緒に飛び込んでも邪魔をするだけだ。だったら、煙が晴れた後の詰める場面で一気に加勢する方が良い。

 この状況下ならリリカが優勢なはずだ。俺は追い詰められた相手に対する後詰めをきっちりとこなせば良い。


 待っている間に乾いた発砲音が連続するように響く。銃火器の音だ。たらりと冷や汗が頬を伝う。嫌な予感がした。

 さらに少しの時間が経ち、煙が晴れる。果たしてそこには地面に倒れ伏したリリカの姿があった。うつ伏せのリリカの上にし掛かるようにして男が座り、片手で腕を拘束している。


「ハッハァーッ、活きの良いお嬢さんだ。煙を目くらましに利用して攻めるのは良いやり方だがな、音の索敵はさっきトンネルから出る時にも使っただろう。同じ手をそのまま使い回すのは悪手だぜ!」


 そう言う男の顔面にはゴーグルのような機械が装着されている。

 ミリタリー系統のゲームで見た記憶がある。ナイトビジョンゴーグルだ。光を増幅させたり、熱赤外によって暗闇などでも敵の居場所を知る装備。まさかそんなものまで持っているとは思いもしなかった。

 男はゴーグルを額まで持ち上げて俺を見た。


「さて、あとはお前だけだ。企業連合会の会長さんなんだってな。見た目は若いのに大したもんだ」


 そう言いながら、リリカを拘束する手とは逆に構えたアサルトライフルを向けてくる。おそらく避けることはできる。忍者の動体視力は生半可なものではない。普通の弾丸の速度なら難なく避けられるだろう。

 しかし、倒れ伏しているリリカを見るに、両方の足を正確に撃ち抜かれている。射撃の腕はかなりのものだ。素直に避ければそれを見越して避けた先を撃ち抜かれるだろう。

 彼我の距離は十メートルほどだ。詰め切れるか……。


「セオリーさん、耳を塞ぎなさい!」


 俺も銃を構える男もリリカが出し抜けに放った大きな声に意識を持って行かれる。だが、俺は何故とかどうしてとか考える前にすぐさま耳を手で押さえた。

 直後、耳をつんざくような大音量の不快音が鳴り響いた。まるで耳のすぐ近くにライブ用の巨大なスピーカーが置かれ、そこから不快な音を増幅させて直撃されたような衝撃だ。


 十メートルという距離が離れており、なおかつ手で耳を抑えてこれなのだ。リリカのすぐそばにいて、両手も銃を持つのとリリカの腕を拘束するのに使っていた男は一体どれほどのダメージを受けたことか。

 耳を抑えたまま男を見ると苦痛に顔を歪め、思わず両手で耳を抑えていた。これにより、リリカの拘束が解ける。俺も好機と見た。駆け出して距離を詰める。その分だけ不快な音によるダメージは大きくなるけれど一瞬であれば我慢できる。

 距離を詰め切り、咬牙の射程範囲内に敵を捉える。


「『不殺術・仮死縫い』」


 黒いオーラを纏った曲刀は寸分の狂いもなく男の心臓へ向けて吸い込まれていった。

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