第147話 純然たる力の差

▼セオリー


 勝った。そう思った瞬間だった。


 男の心臓へ吸い込まれていくはずだった曲刀・咬牙の刃先が砕け散る。横方向からの強い衝撃により咬牙を握っていられず、持ち手である柄の部分が吹き飛んだ。


「な……!」


 何が起きたんだ……?

 衝撃を受けた方向へ顔を向ける。目の前の男から意識を逸らすのは自殺行為に近いものだったけれど、それでも確認せずにはいられなかった。エイプリルが俺のために作成してくれた咬牙を破壊したのだ。一瞬で怒りの沸点まで血が上ってしまっていた。


 顔を向けた先、一つのビルに目が吸い寄せられる。数百メートルもの距離が離れているのにも関わらず、『第六感シックスセンス』のおかげか、俺へと向けられた敵意を感じ取ることができた。

 自然と手を筒のように丸めて目に当てる。『遠見術』、……見えた。その屋上に女性の姿があった。


 遥か先には小さな身体に不釣り合いなほど大きなスナイパーライフルを構える少女の姿があった。被った赤い帽子からあふれ出る金髪のツインテールを風に靡かせている。

 俺が『遠見術』で覗いていることに気付くと、口角を吊り上げて笑って見せた。


「おいおい、戦闘中に余所見かァー?!」


 少女に注目している間に目の前の男が至近距離まで近付いてきていた。手にはサバイバルナイフを持ち、踏み込みと同タイミングで横薙ぎに振るわれる。

 慌ててバックステップで回避しつつ、クナイを投擲して牽制するが、男は手にしたナイフを最小限の動きで振り、刃の側面で弾いた。


 まずいな、この男単純に戦闘慣れしてる。

 こちらの攻撃への対処が常に冷静だ。少しでもパニックになってくれれば付け入る隙も生まれようものだけれど、どれも丁寧に返されている。

 こいつが冷静でいられなくなるような度肝を抜く攻撃手段が必要だ。こういう時こそ、エイプリルの『影跳び』のような初見殺しが効きそうなんだけどな。こうなったら再びライギュウの力を借りるしかないか。


「『支配術・黄泉戻し任侠ハーデスドール』」


 右手を前に掲げ、忍術を唱える。掌から光の粒子が零れだし、それが人の姿を形作っていく……かと思われた。しかし、俺が手を掲げた瞬間に肘から先が吹き飛ぶ。

 咬牙が破壊された時と同じだ。横方向からの強い衝撃、着弾と同時に破裂する弾丸。気付けばボタボタと血が零れていた。


 当然、ライギュウは召喚できていない。忍術の完成を妨害された結果だ。

 ギリと奥歯を噛み締める。目の前の男に集中すると遠方の射撃が飛んでくる。だが、地力でも男の方が上だ。圧倒的に不利な戦いを強いられていた。


「ハッハァーッ、何かしようとしたか? だが、俺たち相手にゃ力不足だったようだな!」


 悠然とした態度で俺へと歩み寄ってくる。咬牙と右手は失ったけれど、まだ両足と左手が無事だ。大丈夫、まだ戦える。クナイを構え、『仮死縫い』の黒いオーラを纏わせた。


「へっ、こりねぇな。いいぜ、一本だけ狙撃支援無しでやってやる。身の程を知りやがれ」


 男はビルの屋上へ向けて手を振る。そして、「こいつは俺がやる」というジェスチャーをして見せた。俺を指差してから首を掻っ切るモーションをしたのだから、大体そんな意味だろう。

 だが、こちらとしては有り難い申し出だ。狙撃手の少女が気になって、目の前の男に集中できないでいた。ただでさえ、この男一人でも厄介なのだ。勝手に縛りプレイしてくれるなら大いに利用してやろう。


「良し。これで一対一だぜ。掛かってきな!」


 言われずとも攻撃させてもらう。ただでさえ黄龍会の事務所での一戦で片目を失っているのだ。その上で片腕にもなってしまった。もはや守勢に回れば手が足りない。とにかく意表を突いて『仮死縫い』による攻撃を当てるしかない。


 俺はクナイを男の胴体へ向けて突きだす。突進の勢いを殺さず、身体ごと体当たりするような軌道だ。

 相手の戦い慣れている様子を見るに、通常の牽制を交えた戦い方をしていてはジリ貧になっていくことが予見できた。であれば肉を切らせて骨を断つ。多少のカウンターは必要経費として食らうことを前提とし、とにかく攻撃を一発当てるという方向性にシフトした。


「馬鹿正直な攻撃だぜ」


 その声が聞こえた後、俺は空中を一回転していた。

 自分の身に何が起きたのか、まるで分らなかった。


 そして、気付けば地面に仰向けで転がされていたのだ。視界に移るのは広大な空と周りに屹立きつりつするビルだけ。それから遅れて突きだした腕の異変に気付いた。

 肘の関節部分が燃えるように熱い。それに腕を動かす感覚が無くなっていた。立ち上がって確認しようにも両腕が使えず、起き上がることができない。


「ほら、落ち着けよ。身体をバネにして腹筋を使え。そうすりゃ起き上がれるだろう」


 子どもにモノを教えるかのように男は語り掛ける。言われて気付いた。たしかに足を振った勢いと腹筋を活用すれば起き上がれる。どうやら俺はかなり気が動転しているらしい。まるで冷静になれていない。

 言われた通りにして身体を起こす。どうやら左腕は肘の辺りで綺麗に折られているようだった。肘から先がとんでもない方を向いてしまっている。


「何をしたんだ」


 思わず聞いてしまっていた。さっきの問答無用な態度からして返事は期待していなかったのだけれど、今度は返答があった。


「ハッハァーッ、驚いたか。アレは柔術さ。掴みやすい位置に腕を突き出してきたから、絡めとって一本背負いってわけだ。何が起きたか、全く分からなかっただろう」


「……あぁ、気付いたら空を見上げてた。完敗だ」


 なるほど、背負い投げを受けたのか。しかし、相手の投げモーションは全然把握できなかった。一瞬で視界が360度回転し、気付けば転がされていた。

 三人称視点の格闘ゲームでならば投げ攻撃を受けることはあるけれど、一人称視点のゲームで投げ攻撃を食らったのは初めてだ。思った以上にリカバリーができない。自分の現在位置を一時的に見失ってしまう。


「それで? 俺のことをどうするつもりだ。もはや文字通り手も足も出ない状態だ。煮るなり焼くなり好きにしろよ」


「急に潔くなったなぁ!」


 男は手に持っていたサバイバルナイフを消すと、代わりに鋼鉄製の手枷を出現させた。


「企業連合会の情報は有用だ。悪いが捕縛尋問させてもらうぜ」


「それは仕方ない。……けど、どうやって捕縛するつもりなんだ?」


「ん? ……ハッハァーッ、そうだった。両腕とも使えないんだったな。これじゃあ捕縛の意味がねぇ」


 男は自分で言ってから手を腹に当てて笑い出した。こいつには余裕がある。敵を目の前にして隙を晒して笑いだすほどの余裕だ。俺は意趣返しとばかりに身体をバネのように使い、全身で蹴りを繰り出した。狙いはこいつのすねだ。悶絶しやがれ。


「おっと、危ねぇ。まだやる気があるとは良い根性してるじゃんか」


「一発くらい食らわせたかったんだけどな……」


 残念ながら不意を打った蹴りも軽く跳躍して回避されてしまった。もはや、ここまで全ての攻撃が読まれるとお手上げだ。俺の手に負える相手じゃない。せっかく中忍頭まで上がったのに、上には上がいるものだ。


 そうこうしている内に両足を掴まれ、足枷をめられてしまった。手枷は無理なので、足枷というわけだ。

 俺の隣にはリリカも拘束されて転がされている。リリカは俺が咬牙を破壊されて視線を他に向けた一瞬の内に、当身かなにかを受けて気絶させられていたようだ。両腕を縄で縛られ、さらに口枷も付けられている。気付いた時に忍術を唱えるのを妨害する目的だろう。


「それじゃ、お前らはここで仲良く爆死してくれ」


 手榴弾を見せつける男は一歩ずつ後ろに下がっていく。そして、手榴弾の有効射程から離れると安全ピンを引き抜き、俺たちの下へ放ったのだった。

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