第148話 腹心、かくあるべし

▼セオリー


 放物線を描いて投げ込まれる手榴弾。走馬灯というものだろうか、いやに時間がゆっくりと感じられた。

 死への導火線が迫りくる中、どうするのが最善だったのか、どこの選択を間違えていたのかを振り返る。早くも俺は一人反省会をし始めていた。


 その時だった。コツンと壁のようなものに手榴弾がぶつかった。そして、何故か爆発するでもなく、逆再生するかのように手榴弾が同じ軌道を描いて男の方へと投げ返される。


「な、なにぃー?!」


 投げた本人が一番驚愕である。何故か自分へ向かって返ってくる手榴弾に対して、男は慌てて後ろ向きに駆け出した。

 爆発と同時に煙が辺りを包み、俺とリリカの姿を覆い隠す。と同時に地面の感触が消失した。ドプンと水の中に潜ったかのような感覚とともに影の中へと引きずり込まれた。


(エイプリルか?)


(間に合って良かった! ちゃんと掴まっててね、逃げるよ)


 絶体絶命の状況下、現れたのはエイプリルだった。一足先に中忍頭となっていたエイプリルはすぐさま八百万神社群から桃源コーポ都市へ帰って来ていたらしい。なんにせよ、彼女の忠誠心に助けられた。今回ばかりは本当に死を覚悟するレベルの完敗だった。


(それから助けに来たのは私だけじゃないよ)


 エイプリルは俺とリリカの身体を掴むと影の中を全速力で移動していく。煙が立ち込めている間は周囲一帯に影ができている。今の内に離れられるだけ離れるというわけだ。

 しかし、俺たちが移動し始める瞬間、それとは別に一つの人影がエイプリルの『影呑み』の中から飛び出していた。


(一人で出ていったけど……)


(私たちが逃げ切るまでの時間稼ぎをするってさ)


 エイプリルの『影呑み』は気力消費が激しいため、それほど長く潜伏してもいられない。多少離れたら地上に出ることとなる。

 奇襲を仕掛けてきた奴らは俺より何枚も上手うわてだった。時間稼ぎ要員がいなければ、あっという間に追いつかれてしまうだろう。

 そういう意味で考えると、彼女は俺の味方の中でも最強の時間稼ぎ要員だ。むしろ時間稼ぎどころか逆に倒してしまうのではないかとすら思える。


「……頼むぞ、アリス」


 俺は後にした戦場へ一人残した腹心を思い、名を呟くのだった。





 ▼アリス


 片耳がピクリと動く。

 主様あるじさまの声はしかと私の耳に届いていますよ。そう心の内で答えた後、目の前に立つ男を見る。

 一瞬だけチラリと確認しただけだったけれど、主様の状態は酷いものだった。両腕を使用不能にされ、片目も潰されていた。さらに足枷まで嵌められ……、もう我慢ならない。


「おいおい、どういうことだ。捕縛した二人の姿が消えたと思ったら、モデルみてぇなネーちゃんが現れるたぁ。さすがの俺も驚きだぜ」


「うるさいですね。すぐにその軽口をけないようにしてあげます」


「ハッハァーッ、怖いねぇ。だが、気の強い女ってのも嫌いじゃねぇ」


「黙りなさい」


 ぴしゃりと言い放つと同時に手裏剣を投擲する。即座に手裏剣は一枚から二枚、二枚から四枚と倍々に増えていき、男の逃げ場を塞いだ。


「手裏剣分身だぁ?!」


 男はサバイバルナイフを手元に出現させると、飛び交う手裏剣を丁寧に叩き落していく。そのナイフ捌きはなかなかのお手並みではあります。ですが、これはどうでしょう。

 指をクイと曲げ、その指先から伸びた糸を使い、手裏剣の一つを操る。それは男の背中から奇襲するように軌道を変える。


 刺さった。

 そう確信した瞬間、一発の弾丸によって死角から迫っていた手裏剣は撃ち落された。弾丸の飛んできた方向を見る。ビルの屋上に少女が一人。目の前の男をフォローするように立ち回っている。


(遠距離からの射撃支援は面倒ですね、『相呪術・天秤呪い』)


 ガクッと身体に重みを感じる。数多の呪いが私の身体へと降り注がれている。しかし、それと同時にビルの屋上にいた少女も苦しみ出す。

 これで精確な狙撃による支援はできないだろう。さらに反射の力を使い、自分へ向けられている呪いを跳ね返す。紫色の煙が私の身体から引き剥がされ、ゆっくりとビルの屋上にいる少女の下へ漂って行った。


「何をしたんだ?」


「答える必要はありません」


 男は少女が呪いにより前後不覚に陥ったことを察知したようですね。少女の方向を見て、それから私を見て目を見開いている。


「あれだけ距離が離れているのに一瞬で行動不能にするとは、とんだ化け物がいたもんだな!」


 男の警戒心が最大限に高まっていくのが伝わってくる。まるで手負いの獣の如くギラギラとした視線を向けてきていた。

 たとえ男が格下であっても油断してはならない。どんなことをしてでも相手の隙を突き、食らい付いてやろうという剥き出しの闘争心が垣間見える。こういった手合いは後々の脅威となり得る。この男を生き残らせては危険だ。


 対象の危険度を再確認すると、すぐさま行動に移った。クナイを構えると、男と肉薄する距離まで接近する。クナイとサバイバルナイフがぶつかり合い、金属同士の弾ける音が飛び交う。幾度かの衝突の末に、それでも勝負はつかなかった。


 この男、想定以上に近接戦闘が上手い。明らかに私の方が筋力も技量も俊敏さも勝っているのに、それでもあと一歩というところが届かない。刃先が男の急所を捉える寸前、急に暖簾のれんに腕押ししているかのようにゆらりと避けられ、距離を取られる。


「不思議な感覚ですね、固有忍術ですか?」


「ハッハァーッ、やっと会話する気になったか」


「別に手を止めるわけではありませんよ」


 なおも急所をクナイで突き刺そうと猛追する。それに対して、男はのらりくらりと攻撃を避けていた。ここにきて気付く。途中から男はほとんどこちらへ攻撃をしなくなっていた。私のクナイに対してサバイバルナイフを合わせることすらしていない。

 避ける動きが洗練されてきている? 疑問を解消するため、再び手裏剣を投擲し、手裏剣分身による面攻撃を実行する。


 さっきはサバイバルナイフで叩き落してなんとか避けていた手裏剣を、今度は回避だけで躱していく。しまいには対応し切れていなかった死角からの手裏剣すら避け切って見せた。

 射撃支援の少女を動けなくした後から男の慢心が消えた。私との戦いの最中、極限の集中状態、一種のゾーンと呼ばれる状態に入っているのではないか。


 そうなると窮鼠猫を噛むとも言いますし、こちらも丁寧に対処させていただきましょう。

 『相呪術』の反射は無事に届いたようで、二倍の呪いをその身に受けた少女は完全に意識を落としたようだ。一度、『相呪術』と反射を切り、今度は目の前の男に呪いを仕掛ける。


「『相呪術・天秤……、なるほど、視界をさえぎりますか」


 男へと呪いを仕掛けるために目を向けた瞬間、爆風がお互いの中間位置で巻き起こった。私が一瞬だけ意識を少女の方へ向けたタイミングで、男は爆発物を投げ込んでいたようだ。


 少女が目を向けられただけで行動不能になったことから、私の「目」に対して最大限の警戒を払っていたのでしょう。少女が意識を失った瞬間と私が意識を一瞬少女へ向けた瞬間、それらの合致するタイミングを見逃さず、しっかりと対策を取ってきた。

 素直に称賛すべきですね。彼は戦闘巧者です。同格以下なら圧倒できるほどの強さでしょう。ですが、その程度で私を煙に巻けると思っているなら、その計算は間違っています。


「『手裏剣術・再演』」


 先ほどから何度も投擲した手裏剣は周囲に散らばっている。分身で増やした手裏剣も含めて全てが地面に落ちたままになっていた。それらが私の号令と共に空中へ浮かび上がる。


「『相呪術・呪い合わせ』」


 空中に浮いた手裏剣に紫色のオーラ、呪いが付与される。呪いとはただ単純に回避すれば良いというものではありません。本来呪いは思念であり、正しく呪詛を返さない限りは永遠と付き纏うものです。さあ、踊りなさい。


 手裏剣が煙を突き抜けて殺到する。まるで天体の星の軌道を表すかのように、数多の手裏剣が縦横無尽に宙を舞う。

 ゾーンに入った人間は驚異的な集中力を発揮すると言います。しかしながら、人間の脳は過度の集中に耐えうるように設計されていません。つまりどうなるかと言えば……。


「はぁ……はぁ……、くそったれめ」


 煙が晴れた先、男は立っていた。驚異的な連続回避を成し遂げ、それでもなお襲い来る手裏剣を極最低限の動作で回避し続けていた。しかし、それがそう長くは続かないだろうことは男の顔を見れば一目瞭然だった。

 男の足元には大きな水たまりができていた。異常なほどの発汗、体中から汗が噴き出している。それから目も真っ赤に充血していた。絶えず襲い来る急所を正確に狙う手裏剣の群れに対して瞬きすらも許されなかった。


「よく頑張りました。ですが、もう眠りなさい」


 今度こそ避けようのないタイミングで『相呪術・天秤呪い』を仕掛ける。ギリギリの中で綱渡りしていた男の最後の線がぷつりと途切れる音がした。

 ふっと身体から力が抜け、顔面から地面に倒れゆく。その後を追うように無慈悲なる手裏剣が雨のように殺到していった。






 ********************


 逆嶋でカルマに操られていた時のアリスは単純な行動しかとれない状態になっていました。

 それに引き換え、今回は万全な状態のアリスです。タイトルは「腹心、かくあるべし」ですが、アリスに関しては「頭領、かくあるべし」といったところですね。

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