第149話 窮状打開の一手

▼セオリー


 エイプリルに付いて逃げた先は逆嶋バイオウェアの中央支部だった。アリスが上手く時間を稼いでくれたおかげで追手が来ることもなく辿り着くことができた。

 ビルに入ってすぐのフロントには、いつもの受付員ではなく忍者が配備されていた。空気もピリピリと張り詰めているようで、ものものしい雰囲気を感じる。


「誰だ!」


 俺たちが入るなり、フロントで待機していた忍者が臨戦態勢となって尋ねる。ボロボロな状態の俺とリリカを見て、幾分か警戒心が和らいだようだったけれど、それでも依然として武器は構え続ける。


「なんだか物騒だな。俺は企業連合会の会長、セオリーだ。こっちはシャドウハウンドのリリカ、それから腹心エイプリル。身元確認はこれで良いか?」


 電子巻物を出現させ、所属や名前を相手に見せる。確認を終えると、警備についていた忍者はすぐさまエレベーターまでの道を開けてくれた。エレベーター脇には別の忍者が待機しており、俺たちの案内はそちらに引き継がれる。


「お待ちしておりました。セオリー様が来られた際には社長室へ通すように言われておりますが、お怪我の具合は大丈夫でしょうか?」


 エレベーターへと一緒に乗り込んだ案内役の忍者は恐る恐るといった様子で俺へ声を掛けてきた。

 言われて自分の状態を見返す。片目は抉れ、片腕が吹き飛び、さらに反対の腕は綺麗にポッキリと骨折している。たしかに傍目はためにも大丈夫か、コイツと思われても仕方ない状態だ。


「大丈夫だ。とりあえず、桃源コーポ都市で何が起こっているのか、パットと情報共有したい」


「……っ、分かりました」


 案内役の忍者は目を見開いた後、職務を全うするようにAランクカードキーをスキャナーへかざした。

 逆嶋バイオウェアの社長室へ来るのはいつぶりだろうか。企業連合会の正常化を目指してパットに協力を求めに行った時以来か。


「失礼します。セオリー様がご到着いたしました」


「どうぞ」


 案内役の忍者が扉をノックし、俺たちが着いたことを告げる。すると中からパットの声が返ってきた。了承を得たので遠慮なく入室させてもらう。両腕が使えないので、扉を開けるのはエイプリルにお願いした。


「やぁ、セオリーさん、無事に再会できて嬉しいです。……おっと、どうやら無事では無かったようですね」


「途中で襲撃に遭ってな。エイプリルとアリスのおかげでなんとか逃げ切れたよ」


「そうでしたか。アリス君をそちらへ送って正解でした」


 どうやらアリスが俺の下へ駆けつけたのはパットの判断でもあったようだ。

 良かった、実はひそかにアリスが護衛対象であるパットよりも俺を優先させ、暴走していたんじゃないかと気が気でなかったのだ。そういうわけではないと知って安心した。


「おや、セオリーさん、とんだ大怪我ですねぇ。大丈夫ですか?」


「……大丈夫だから社長室に来たんだよ。そんでお前はどうしてここに居るんだ、カ・ザ・キぃ?」


 そうなのだ。社長室の応対用ソファには先客としてカザキが腰かけていたのだ。

 ついさっき緊迫感のある録音された音声を聞いたばかりなのに、この状況はあまりにかけ離れている。舐めた言い訳しやがったら蹴り飛ばしてやる……!


「おやおや、怖い顔しないでくださいよ。もしや甲刃重工へ向かいましたか? 行かないでくださいと録音メッセージを残したかと思いますが」


「うるせー! カザキのピンチかと思ってなりふり構わず向かってたんだぞ」


 一蓮托生を誓った仲間が窮地に立たされていると思って、シャドウハウンドのパトカーにすら乗せてもらい、かっ飛ばしていたのだ。それが逆嶋バイオウェアの社長室で悠々とソファに座りくつろいでいたと知った脱力感よ。


「これはこれは……、そこまで私のことを思ってくれていたとは思いもよらず、すみませんでした。そして、ありがとうございます」


「とりあえず、ここに至った経緯を教えてもらおうか。ついでに今何が起こっているのかも知ってる限り教えてくれ」


 身体から力が抜けていき、ソファに沈み込むように座り込む。片腕が無いからかバランスが悪いな。身体の重心がしだいに傾いてしまう。それを見たエイプリルは折れている腕の側に座り、俺の身体を支えてくれた。


「その前にドクターを呼びますね。情報の共有くらいならケガの処置を受けながらでもできるでしょう」


 俺の状態を見たパットは内線で社内に常駐する医者へ連絡を取ってくれたようで、すぐに白衣を着たおじいさんが到着する。なんでも逆嶋バイオウェアお抱えの医療忍術の使い手であり、移植のスペシャリストなのだという。


 突如、社長室で行われる公開手術オペ。情報共有をしながらというのもあって、皆に見られながらである。なんだかちょっと恥ずかしい。

 俺の状態を見たおじいさんは助手に伝達し、必要な道具を揃えていく。その中には培養液に漬けられた目玉と腕もあった。次から次へと社長室へと運ばれてくる。

 もしかして、情報共有を社長室でやるって俺が我が儘を言ったみたいな風に受け取られてないかな。いやはや、心配事が尽きない。


 というわけで、医療忍術による緑色のオーラが俺の抉れた片目と吹き飛んだ片腕を覆い、移植用の目玉と腕をくっつける作業が始まった。

 手術を受けている間にカザキが逆嶋バイオウェアへ逃げ込んだ経緯や桃源コーポ都市に舞い込んだ災難の情報も聞くことができた。


 カザキの居た甲刃重工へは甲刃連合の他の幹部による差し金で刺客が送られてきたそうだ。

 甲刃連合の幹部内訳は上位幹部が五人、下位幹部が五人の計十名で成り立っている。その内、下位幹部は俺とカザキ以外の三人ともがパトリオット・シンジケートへ寝返ってしまった。上位幹部は徹底抗戦を掲げる者が一人、日和見している者が二人、寝返ったのが二人である。

 つまり、ほぼ甲刃連合を二分されてしまったに等しい状況なのだ。


「徹底抗戦を掲げる冴島組のキョウマさんがパトリオット・シンジケート側に付いた上位幹部二名を抑えていますが、それもいつまで持つやらですね」


「なら、俺たちもそのキョウマって人の下へ加勢しに行こうぜ」


 カザキの説明を受けて俺は居ても立ってもいられなくなる。どう考えても二対一は不利だ。その上、バックにはパトリオット・シンジケートの支援もある。このまま何もせずに手をこまねいていれば甲刃連合すべてが飲み込まれてしまうだろう。


「まあまあ、そう結論を急がずに最後まで私の話を聞いてください」


 浮足立つ俺を制するようにカザキは手で俺を抑えるジェスチャーをした。それからニヤニヤとした笑みを浮かべて話を続ける。


「我々は慎重に事態を見極めて動かなければいけません。今、本当にすべきことはなんでしょう。甲刃連合の内部同士で潰し合うことでしょうか? いえ、違います。それではパトリオット・シンジケートの思うつぼです」


 カザキに諭され、ハッとなる。たしかに今までも別の組織同士で戦わせ、自身の損害を最小限にしてきたパトリオット・シンジケートだ。今回は同じ組織ではあるけれど、離反させ戦い合わせるというやり口は同じだ。


「俺たちが冴島組へ加勢しに行くのはパトリオット・シンジケートの思惑通りなのか」


「その通りです。考え得る限りで最悪の悪手となるでしょうね。両者が消耗しきった後、悠々と我が物顔で占有しにやって来ることでしょう」


「……なら、どうするよ。どっちにしろ冴島組だって上位幹部と二対一を強いられている状況は厳しいんじゃないのか」


「そうですね、そこでキーパーソンとなるのは日和見している二人の上位幹部を動かすことです」


「そいつらは何なんだ。甲刃連合が無くなっても良いのか?」


「彼らはある程度利権を貪れればどちらでも良いのでしょう。後から勝ち馬に乗る気でいます」


 なんとも面倒な奴らだ。こちらが劣勢になればすぐさま敵側に付くに違いない。だが、逆に言えばこちら側が有利に傾けば加勢してくれるはずだ。


「つまり、盤面をこちらが優勢になるよう動かさなきゃいけないわけか」


「そうなりますね。では、その為にどうすれば良いか分かりますか?」


 カザキはまるで教師のように問題を提起し、俺に考えさせる。

 うーん、冴島組への加勢は悪手であるという。その理由は内部同士での潰し合いになってしまい、実質的な黒幕であるパトリオット・シンジケートへ損害を与えられないからだ。

 ということは、寝返った上位幹部二人の後ろ盾となっているパトリオット・シンジケート自体に損害を与えれば良いということだ。

 現在、パトリオット・シンジケートが根城としているのは三神インダストリが居を構えていた三神貿易港である。つまり……


「……三神貿易港へ打って出る、とかどうだ」


 守勢に回るとジリ貧ならば攻勢に回る。冴島組にはギリギリ持ちこたえてもらって、その間にパトリオット・シンジケートを攻略するのだ。わりと一か八か、むしろ不利気味な立案だけれど、どうだろうか。

 カザキは笑みを深くして肩を震わせる。おい、無茶苦茶言ってんな、コイツとか内心で笑ってんじゃないだろうなぁ!


「フ、フフフッ、そうですよ。分かってるじゃないですか、セオリーさん」


 あれ、合ってたの?

 正直、ちょっと無理があるかな、とか思ってたんだけどな


「ですが、現在の手駒だけでその判断をするのは無謀です。せめて、判断材料を増やしてから言ってください。今のままだと蛮勇な突撃にしかなりませんよ」


 やっぱりそうだよな。

 言ってて無謀だな、と思ったもん。


「そう言うってことは、蛮勇な突撃を勝利の一手に変えるような材料が揃っているのか?」


「その通りです。むしろ、そのために私は今ここに居るわけですよ」


「そのためにここに居る……?」


 ここはどこだ。逆嶋バイオウェアの中央支部だ。カザキの隣に座るは中央支部の総責任者であるパット。まるで肩を並べるかのように座っている。

 ははぁ、なるほどね。俺が声を掛けるまでもなくカザキの方でも手を回していたわけだ。


「甲刃重工は逆嶋バイオウェアと手を組みました。そして、関東掌握を目論むパトリオット・シンジケートへと攻勢を仕掛けます」

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