第143話 思いがけない再会
▼セオリー
八百万カンパニーでの一件を終え、桃源コーポ都市へと戻って来た俺はヤクザクラン関係のクエストを探していた。
一つ目の該当クエストはすぐに見つけることができた。
暗黒アンダー都市でホタルに聞いて初めて知ったのだけれど、シマを所有するヤクザクランには定期的な頻度で勢力争いに関するクエストが提示されるのだという。シマを持たない不知見組では知り得なかった情報だ。
ちょうど良く今も芝村組のシマにちょっかいを出しているヤクザクランがいるということで、芝村組の勢力争いクエストに参加させてもらった。
桃源コーポ都市や暗黒アンダー都市のNPCは基本的に弱めに設定されている。そのため、色々と試行段階の忍術を試す機会にぴったりだ。
結果、忍術のコンボや新しい忍具などを試している内に一つ目のクエストは難なくクリア。ランクアップクエストの方も五分の四を達成したこととなり、残すところあと一回ヤクザクラン関係のクエストをクリアすれば中忍頭へランクアップというところまできた。
ちなみに、一つ目のクエストを終えた時点でエイプリルからは中忍頭へ上がったから桃源コーポ都市へ戻るという連絡を受けている。早いよ、シャドウハウンドのランクアップクエストは簡単なのかよ。
いやまあ、実際のところは俺が桃源コーポ都市まで帰っている間もクエストをこなしていたからその分だけ早く終わったのだろう。こうなったら俺もエイプリルが桃源コーポ都市へ帰ってくるまでにランクアップクエストを終わらせなければ……。
というわけで俺は暗黒アンダー都市を見限り、桃源コーポ都市へ出てきた。何故なら思ったよりも暗黒アンダー都市の治安が良かったからだ。
かつてなら蔵馬組がいた分、より頻繁に勢力争いが起きていたのだろうけれど、現在はシマの広さでは城山組の一強だ。他の組もなかなかおいそれと手出しできないでいるらしい。
平和なことは良きことかな。やっぱり争いはね、悲しみしか生まないのよ。それでも戦うという時にはそれ相応の覚悟が必要だ。どこかの黒仮面も言っていた、撃って良いのは撃たれる覚悟のある者だけだ、と。
俺は手っ取り早くクエストを見つけるために、黄龍会やパトリオットシンジケートを含むヤクザクランが多く潜伏しているゲットー街をぶらつく。
かつてここは黄色くエリア分けされ、警戒区域と呼ばれていた。シャドウハウンドなどの警察クランの手も行き届かない治外法権の地だったのだ。
今はリリカを中心とする被搾取階級レジスタンスが企業連合会での席を手に入れたことで、警戒区域の治安回復にもいくらか目が向けられるようになった。
おかげで俺が初めて桃源コーポ都市へ来た時に感じた治安の悪さは一見鳴りを潜めたように見える。
もちろん、現在は隠れ潜んでいるだけで実際にはヤクザクランのフロント企業も未だに蔓延っている。悪だくみして他のクランの首を虎視眈々と狙っている輩もいるのだろう。その辺は長い年月をかけて少しずつ浄化していくしかないのだろう。
そんなことを考えていると、保障区域方面からこちらへ向かって街道を走る一台のパトカーを見かけた。サイレンを鳴らして走る様は緊急性を感じさせる。これはきっと事件だ。行き先は俺の向かっている方向と同じらしい。それならついでに相乗りさせてもらおう。
俺の横をパトカーが通り過ぎようとしたタイミングで、ルーフいわゆる天板部分へ飛び乗った。足に気を『集中』させ、車体と足を吸着させている間に、左手へ装備した長手甲の機構を発動させる。これによりパトカーのサイドミラー部分にワイヤーを引っ掛けることで体勢が安定した。
「パトカーに飛び乗るなんてどこの常識外れのアンポンタンですの?」
「おっ、リリカじゃん」
窓から身を乗り出し、こちらへ向かってキャンキャンと吠える相手はなんとリリカだった。シャドウハウンドの上忍であり、現在は被搾取階級レジスタンスの代表も務めている。
「あら、セオリーさん御機嫌よう……って違いますわ。こっちは急いでいるんですの。タクシー代わりにしようというなら公務執行妨害で逮捕いたしますわよ」
「いやいや、待てって。事件の匂いがしたから俺も手伝おうと思ったんだよ」
「そうでしたの? でしたら都合が良いですわ。そのままお聞きになって」
ふぅ、なんとか誤魔化し切れた。ちょうど良く通り過ぎたパトカーをタクシー代わりに使っているのは事実でもある。公務執行妨害でさらにカルマ値が下がるのは避けたいところだ。もはやヤクザクランになってしまったのだからカルマ値を気にする必要があるのかは知らんけども。
それはさておき、リリカによれば南部ゲットー街に居を構える黄龍証券を囲むように結界術の行使が確認されたのだという。それを見た一般人の通報によりシャドウハウンドが出動、という流れらしい。
「黄龍証券ってことは黄龍会のフロント企業か」
黄龍会と言えばヤクザクランである。早速、当たりを引いたみたいだ。
「さあ、もう着きますわよ」
リリカの声を聞きつつ、俺は頷く。少し離れた位置からもすでに見えていた。建物を囲むように広がる円形の結界。その結界はどこか見覚えがあった。
黄龍証券の手前でパトカーが止まり、俺は車のルーフから飛び降りる。背後ではリリカが車から出てくる音が聞こえた。
「やっぱり、この結界はあの時のヤツらか」
建物の前にはかつてエイプリルを痛めつけた黄龍会の忍者の一人、トンファーを持った男が立っていた。これでほぼ確定だ。
後日、エイプリルから聞いた情報を元にするなら結界の中にはナイフの男もいるのだろう。
それはそれとして相手側は俺たちが着くのを待ってましたとばかりにすでに臨戦態勢を取っていた。パトカーのサイレンが遠くから聞こえた時点で、彼らも覚悟が決まっていたのだろう。しかし、トンファーの男だけは俺を見て目を丸くさせた。
「お前は逆嶋の?!」
トンファー男も俺のことを覚えていたらしい。驚いた後、厳戒態勢で武器を構えた。
「気を付けろ、あの男の攻撃を受けると身体の自由を奪われるぞ」
即座に情報共有を行う辺り場慣れしている。逆嶋で会敵した時は完全に虚を突けたというアドバンテージがあったけれど、今は五分五分の状況だ。いや、敵の方が人数が多いことを考えると不利だろうか。
「あら、セオリーさんは手の内がバレているんですの?」
「あのトンファー男とは一度戦ったことがあってな」
「でしたら、ワタクシがお相手を務めましょうか」
リリカが優雅な所作で前へ出る。そういえばリリカの戦闘って見たことがないな。
ただ、今は結界の中が気になる。前のエイプリルの時のように誰かが執拗に痛めつけられているかもしれない。もし閉じ込められているのがNPCであれば、時間の経過は取り返しのつかない出来事へ発展する可能性もあるのだ。
「ありがたい申し出なんだけど悪い。俺は一刻も早く結界の中へ介入しなきゃならない。だから、一瞬でケリをつける」
「あら、強気ですのね」
「まあ、見てなって。『支配術・
俺の求める声に従って、死せる魂が今ここに呼び戻される。
『
それは敵を倒した際に発生する光の粒子を俺が吸収すること。つまり、死にゆくNPCのいる現場に立ち会わなければいけないわけだ。
他にも忍術の名に任侠と付くことからカルマ値の低い対象だけとか、俺が『仮死縫い』にした相手だけではないか、など色々と想像できる。しかし、どれも推測の域は出ていない。
それでは何故、光の粒子を吸収したことが関係していると確定したかと言えば、俺が『
「また用かぁ? セオリー様よぉ」
「ライギュウ、目の前の結界を叩き割ってくれ。周囲の忍者は巻き込んでも構わない」
「呼び出して早々、人使いの荒いこったなぁ」
そう、ライギュウだ。
彼は愚痴を言いつつも口の端を吊り上げ、拳を握りしめたのだった。
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