第137話 筒抜け
▼セオリー
昼間にもかかわらず、カーテンを閉め切ったホテルの一室。
ここは旅館が焼き尽くされた後、新しくコヨミに手配してもらった部屋である。無駄にホテルの上層階にあるスイートルームを用意されたけれど、現在はエイプリルとも別行動だし、正直俺一人だと持て余す広さだ。
そんな部屋には今、俺の他に神主がいた。日輪光天宮の神主に扮する元ツールボックスの中忍ピックだ。彼は急ぎの報告があるということで直接俺へと会いに来た。
「それで、急ぎの報告ってのは何だ?」
「計画を次の段階へ進めるとの連絡が来ました。どうやらツールボックスは本格的に動き出すようです。計画は予定通り、パトリオット・シンジケートの構成員を八百万カンパニーの社員へと成り代わらせるとのこと」
「急に動き始めたな。何か懸念材料が消えたか?」
「おそらくはセオリー様が彼らの懸念材料だったかと愚考します」
あぁ、そうか。確かに急に外部から来た人物は警戒対象になるわな。そして、どう転ぶか分からない邪魔な懸念材料だったわけだ。
「上忍のリベッタがセオリー様に成り代わり、強引に計画を押し進めようとしています」
「リベッタ……。そいつはマグマを降らせてきたヤツと同一人物か?」
「その通りです」
彼の用いる窓を使って空間を繋げる固有忍術は、かなり汎用性も高く便利な忍術のはずだ。にもかかわらず、そいつが俺に成り代わったのか。彼に関しては自由に動かせる駒として取っておいた方が有効に思える。正直、もったいない。
「もしかして、ツールボックスって動員されてるメンバーの数が少ないのか?」
「はい、今回の任務で動員された人数は四人だったようです。元々暗殺クランは少数精鋭ですので、母数が少ないのです。これでも普段の任務に比べると多く手配された方ですよ」
言われてみれば暗殺の任務で動かす人員はせいぜい一、二名か。そう思えば四人動員しているというのは多い方なのかもしれない。
「四人か。つまり、ツールボックスに関しては構成員が全て分かったわけだな」
「はい、私とジョイント、ネイラ、リベッタの四名のようです」
目の前にいるピック、ピックより聞かされた成り代わりをするための隠蔽を施す忍術が使えるジョイント、俺を尾行していた二人がネイラとリベッタか。リベッタが俺に成り代わっているということは、マグマで焼け死んでしまったのがネイラだろう。
「さっきから思ってたけど、ピックは任務中の仲間を知らなかったのか?」
「捕縛尋問で情報が漏れる恐れがあるので、私はジョイントしか一緒の仲間を知らされていませんでした。基本的に上位ランクと下位ランクの二人一組で暗殺に臨むのですが、任務の全容を正確に伝えられるのは上位ランクの方だけです」
ほうほう、なるほどな。
それじゃあ、尾行された時もネイラを捕縛したところで大した情報は得られなかった可能性が高いわけか。
「ちなみに四人で確定っぽく話してる根拠はなんだ?」
「次の計画でジョイントも現場に入るからです。もしも、他にこの任務に就いているペアがいれば、先にそちらの下位ランクの忍者から現場に入るはずですから。ましてや、ジョイントは成り代わりに必須な隠蔽忍術の使用許可を得ている忍者ですので、本来ならおいそれと現場には出てこなかったはずです」
なるほど、そういう意味ではネイラを脱落させたことには意味があったようだ。無理やり舞台上に引きずり出せたわけだからな。
それにしても、成り代わりに使う忍術は使用するのに許可がいるのか? てっきり、ジョイントの固有忍術なのかと思っていたけれど、そういうわけではないのだろうか。
「成り代わりに使う忍術ってジョイントの固有忍術じゃないのか?」
「それはツールボックス内でもトップシークレットなので深くは教えて貰っていません。ですが、クラン忍術ではないかと思われます」
「クラン忍術、か」
……んで、クラン忍術って何だ?
誇るわけではないけれど、なにせ俺はゲームを始めてまだ一ヶ月半くらいしか経っていないのだ。当然、ゲーム内の情報に関しては無知なことの方が多いくらいだ。
そういう意味ではシュガーというアドバイザーは、俺にとって重要な仲間だったのかもしれないな……。
しかし、今の俺には心強い味方がいる。
カモーン、ヘルプ機能!
俺は青白く光る電子巻物を出現させ、メニュー画面を開いた。そして、メニュー画面上部のタブ欄の中からヘルプのタブを開く。
えー、検索窓を使った方が早いかな。「ク・ラ・ン・忍・術」で検索、と。おー、出た出た。
『クラン忍術とは、結成されたクランが特定の条件を達成したり、偉業を成し遂げたりした際に取得できる忍術である。最初はクランリーダーのみが使用可能であり、条件を満たせばクランメンバーに使用許可を与えることができるようになる』
どうやら、そういうことらしい。言ってしまえばクラン版の固有忍術というわけだ。
今後も分からないことはヘルプで確認していこう。ヘルプ様様だ。どうしてこんな便利な機能を使っていなかったのか。答えはタカノメに教えてもらうまで知らなかったからです。確認不足。圧倒的怠慢。自業自得である。
というか、ヘルプ機能って精々がチュートリアルで教わった程度のことを復習できるだけのものだと思うじゃん。だから、存在を知ってはいても見向きもしてなかったんだよね。
今まで遊んだゲームでもヘルプ機能なんて開いたことすら無かったし……。
いや、過去のことを悔やんでも仕方あるまい。これから先、使っていけば良いのだ。人間は進化する生き物。俺も日々進化している、学習して強くなるのだ。
ゲーム内機能の素晴らしさに感動し過ぎて脱線してしまった。話を戻そう。
「それで八百万カンパニーを内側から乗っ取ろうって話だけど。具体的にツールボックスは次に何を仕掛けてくるんだ?」
「次の一手では、一部署を丸々乗っ取るつもりみたいですね。具体的には私のような神職に就く職員が所属する神社運営部署を丸ごと、です」
「そんなのパトリオット・シンジケートの構成員に務まるのか? すぐ混乱が起きると思うぞ」
「はい。ですので私とジョイントが運営部署の要職に就いて、他部署とのパイプ役になります」
ははぁ、そういう手を使う訳か。ツールボックスのメンバーだけが他部署と関わる地位に就くことで、極力パトリオット・シンジケートの構成員のボロが露見しないようにする作戦なのだろう。
「なるほど、相手側も考えたな。そこから一部署ずつ攻略していくわけか。一人ずつ成り代わるよりよっぽど早く済むな。なんなら初めからそうすれば良かったんじゃないか?」
「そうもいきません。一部署の職員を自由に集められる立場の者なんてそうそういませんから。今回は聞き込み調査という名目で人を集めることができるセオリー様の立場を利用できたからこそ行えたのです。……それでも
俺に成り代わることができたからこそ強引な計画変更が可能になったわけか。
さて、そうなると次にリベッタが号令を掛けてきたタイミングが勝負所になるかもしれないな。コヨミにも連絡をしておこう。
「よし、こちらはいつでも動けるようにしておく。ピックは基本的にはツールボックスとして動いてくれ。……ただし、もしエイプリルに何かあった時は例外として彼女を助けろ」
「了解しました。それでは、私は戻ります」
ピックは人目をはばかるようにこっそりと部屋を後にした。
そうして残されたのは俺一人だ。目をつむり、これからのことを思案する。
リベッタがパトリオット・シンジケートに連絡し、成り代わり要員の構成員を呼び出すのに数日は掛かるだろう。それから神社運営部署へ聞き込み調査の号令を発し、一ヶ所に全員が集まれる日取りを調整する。となると、概ねこれから一週間から二週間が勝負ってとこか。
目を見開き、立ち上がる。
相手の次の一手は勝負を決定付ける大きな一手となることだろう。これを全力で潰す。こちらのやるべきことは定まった。
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