第136話 お手並み拝見

▼リベッタ(ツールボックス上忍)


 敵の懐に飛び込むというのは情報収集において非常に有効だ。ツールボックスに所属してから様々なクランに潜入してきたが、いつだってこの考えが揺らぐことは無い。


 闇医者の治療を受けた直後、コヨミの下から伝令役の忍者が来た。タカノメという忍者だ。彼女によればコヨミはセオリーの受けた火傷をいたく心配しているとのことだった。

 俺は医療忍術のおかげで痕も残らず火傷を治療できたことを、伝令役のタカノメを通して伝えた。するとエイプリル同様に、コヨミも俺を本物のセオリーだと信じ切ったようだ。すぐにコヨミから新たな宿泊場所を提供された。



 ここは平凡なホテルの一室。目立たせないための配慮か、それとも再び襲撃された時の損害を考えてか、もしくはその両方だろうか。

 とにかく、次に提供された宿泊場所は簡素な作りをしたビジネスホテルの一室だった。ベッドの縁に腰かけて窓の外を眺める。


 唯一懸念していたのはピックからの情報で知っていたコヨミの忍術『祓魔ふつま術・浄焔』である。『完全模写』すら破られそうになったと聞いていたため、その術だけは受けるわけにはいかなかった。

 とはいえ、セオリーの配下と目されるエイプリルも俺を信用したようだし、コヨミから疑われる心配は万に一つも無くなったと見て良いだろう。


「情報の整理をしたい。現状の分かっていることや推測も含めて、これまでに情報共有した内容を話してくれるか」


 俺はエイプリルを呼び出すと、早々に要件を告げた。

 この情報の引き出し方は元から部下を持っている地位の高い人物に成り代わった際に使える方法だ。

 もちろん、ピックからも情報は得ているが、彼が成り代わったのは忍者でもなんでもない日輪光天宮の一神主だ。彼の立場だと我々に対する敵対勢力の中枢まで潜り込むことは叶わない。


 現状、八百万カンパニーの中で我々の暗殺に関して嗅ぎまわっている中心メンバーはコヨミ、タカノメ、セオリー、エイプリルの四名だ。この四名が重要度の高い情報を共有し合う会議の場に揃っていたことは確定している。

 その内の一人、エイプリルから情報を引き出せれば、八百万カンパニー側が現在知り得ている情報をほぼ丸裸にできるだろう。


「情報を整理?」


「あぁ、色々とあったから俺の中の情報をもう一度確かめたいんだ。火傷のせいで頭から抜けてしまった情報もあるかもしれない」


 おっと、セオリーはあまり配下を使って情報の整理はしない人物だったか。エイプリルに情報確認をする理由も一緒に伝える。

 こんがらがった頭の中を整理する時に、第三者の視点から情報を再確認するのは手元の情報を見つめ直すのに有効だ。ぜひ、セオリーには見習ってほしいものだな。


 ふっ、と内心で思わず笑ってしまう。とうに彼はあの世に行ってしまったというのに俺は何を言っているのか。成り代わりが順調に行き過ぎて下らないことを考える余裕まで持てている。

 いけない、いけない。俺は気を引き締め直してエイプリルへと目を向けた。彼女は俺の説明に納得したようで、これまでの経緯を話し始めた。


「それじゃあ順を追って話すね」


「よろしく頼む」


「まず、企業連合会を通してコヨミさんから連絡が来たんだよね。八百万カンパニーの神様が三人も殺されちゃったっていう事件の調査依頼。……セオリー、会長なのに何でも屋みたいなことさせられるの、やっぱりおかしくない?」


 一応の情報として知ってはいたが、セオリーが企業連合会の会長というのは真実だったのか。忍者としてのランクが中忍と聞いた時、立場とランクの乖離に驚いたものだ。もう一度、調べ直させようかと思ったくらいだ。

 こういった些細な情報も当事者たちから聞くと情報の確度もより一層高いものとなる。


 それにしても、エイプリルの言うことは分かる。

 確かに会長という役割のすることが殺神事件の調査というのも不思議な話だ。まるで使い走りか何かのようだ。

 とはいえ、セオリーはそれを苦にしているようにも見えなかった。彼の中では納得していることなのかもしれない。いずれにせよ、下手なことは言えないな。


「今更、そんなことを言ってもな……」


 ひとまず俺はどちらとも取れるように曖昧な返事をした。これまでにセオリーとエイプリルはどんな会話をしていたのか、あまりにも事前の情報収集が足りていない。不用意に断定的な言い方はしない方が良いだろう。

 結局、エイプリルはそれ以上深く突っ込んで話を広げることは無かった。これに関しては好感触だ。主人から情報の整理がしたいと言われているのだから、別の話題に脱線しようものなら無能も良いとこだ。


「日輪光天宮へ着いた後、真っ先にコヨミさんへ会いに行ったよね。小さな神様が生み出されるのを見せてもらった時は驚いたなぁ」


「あぁ」


 俺は頷く。もちろん、そんなエピソードがあったとはつゆほども知らない。おそらく小さな神様を生みだすというのは【神降ろしの巫女】であるコヨミの称号忍術のことだろう。

 コヨミに関しては相当に情報を集めている。もしも彼女に成り代わることができてしまえばより簡単に話は進んだのだ。しかし、頭領を暗殺して成り代わるのは至難の業だ。ハイリターンだが、ハイリスクが過ぎる。


 それに、そもそも我々のボスからはコヨミに対して暗殺と成り代わりをする線を完全に排除するように指示されていた。

 たまにあるのだ、対象の情報も集め切り、いつでも暗殺して成り代われるという状況にあっても、その選択をボスより否定されることが。


 俺には知る由もないが、おそらく我々に知らされていない秘密があるのだろう。暗殺対象に問題があるのか、それともクラン忍術『完全模写』の方に問題があるのか。

 いや、考えるのはそう。手足はただ指示された内容を実行すればいい。不用意に藪をつつけば蛇を出しかねない。


「コヨミさんの考えだと、八百万カンパニーをよく思わない勢力が力を削ぐために神様を殺してるんじゃないかって言ってたね。でも、どうして神様だけを狙うのかは不明だから、そこも含めてセオリーに調べて欲しいって要件じゃなかった?」


「そうだったな……」


 どうやら、八百万カンパニーはまんまとこちらの術中にハマっているようだ。ボスからの指示でコヨミの生み出す神は『完全模写』できないと言われている。そのため、本来であれば神を殺す必要は無かった。

 しかし、それにしたってパトリオット・シンジケートの画策する八百万カンパニーの内部へと『完全模写』によって少しずつ水面下から浸透していく、という作戦は悠長に過ぎる。

 普通にやったのでは何年も掛かってしまうだろう。にもかかわらず、パトリオット・シンジケートの構成員どもは三文芝居も良いとこの演技しかできない。これでは時間をかければ容易くバレてしまう。


 そのため、ツールボックスは偽物の敵対勢力を作り出した。八百万カンパニーの神様を執拗に狙ってくる謎の襲撃者という虚像だ。

 さすがに神を三体も殺すと途端に狙いづらくなった。常に複数人で行動するようになったし、八百万カンパニーに所属する者たちも神様の存在を気に掛けるようになった。

 だが、ツールボックスの狙いはそこだ。全員の注目が神へと向いた時、逆に他の所属忍者たちへの注目が弱まる。そこを突いて、暗殺と成り代わりを実行しようと画策しているのだ。


「それから全員の警戒意識を高める目的で八百万カンパニーの所属忍者に情報共有する会議を開いて、それから私たちは独自に調査を開始したんだよね」


「あぁ、それで調査をし始めた途端、神様殺しの犯人連中に命を狙われる結果となったわけだな」


 俺は話を引き継ぐように事の顛末を口にする。あまりに喋らないのも不自然なので、確定で分かっている情報においては俺も言葉を発する。


「聞き込み調査は空振りだったし、あの尾行してきた忍者はなんとしてでも捕まえたかったねー」


 ポロリと零した細かな発言も聞き逃さなかった。聞き込み調査は収穫無しだったわけだ。もちろん、こちらとしても証拠を残すヘマはしていないので当然ではあるのだが。


 こうして八百万カンパニーは未だに情報をほとんど掴めていないということが分かった。つまり、俺が成り代わったセオリーのもたらす情報は重要度が高くなる。想像以上に内部から引っ掻き回せるかもしれない。

 このアドバンテージは是非とも有効活用したい。最も大きく取り返しのつかない罠にハメて、八百万カンパニーを一撃で再起不能にしてしまいたいところだな。

 俺は内心で暗い笑みを浮かべるのだった。

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