第221話 不世出の知識
▼セオリー
「おう、いいじゃねぇの。しっかり『神縫い』が定着してるぜ」
「すごい、すごい! 咬牙が直ったんだね」
俺の掲げた雷霆咬牙をエニシは興奮した様子で見つめた。それを一緒になって横から眺めるエイプリルも大喜びだ。どうしても直せなかった咬牙が直ったことに一番喜んでいるのは俺以上にエイプリルかもしれない。
さて、どうやら咬牙と神縫いは上手く融合してくれたらしい。それは良かった。しかし、それよりも気になることがある。時間を置くとすぐにエニシはどこかへ放浪してしまうからな。そうなる前に俺はエニシへと尋ねた。
「ところで、聞きたいんだけど神域忍具ってのは何だ?」
「神域忍具だぁ? なんだそりゃ」
「あれ、エニシも知らないのか」
これは想定外だった。
「おい、なんだよ、言ってみろ。俺の知らねぇ忍具があるのか?」
なんだかエニシは神域忍具という単語を聞いて余計に興奮し始めた。やはり彼自身も忍具の知識に関しては
「雷霆咬牙、この武器の種別が神域忍具になってたんだ」
「見せてみろ」
雷霆咬牙を受け取ったエニシは口を閉じて真剣に観察し始めた。刃を水平にして覗き込んだり、柄を握ってゆっくりと振ったり、傍目には何をしてるんだかよく分からない。
「たしかに神域忍具となってるな。……おい、咬牙の最初の忍具としてのランクは覚えてるか?」
「えっと、たしか上忍具だったはずだけど」
忍具には忍者と同じようにランク分けがある。通常の「忍具」、上等な「上忍具」、希少で強力な「極上忍具」、超希少で莫大な力を持つ「天上忍具」、以上の四つが主な忍具のランク分けである。そして、元々の咬牙は上忍具だった。
「ユニークモンスターの素材を使って上忍具かよ」
「うぅ、だってあの時は下忍だったから……」
エニシの呆れ声に反応して、エイプリルが恥ずかしそうに呟く。
たしかにユニークモンスターの素材はかなり貴重なモノらしかった。イリスから貰った時にコタローやアマミが驚きの声をあげていたのを今でも覚えている。
そんな希少素材で作られたのが上忍具というのがエニシには
「あぁ、下忍で扱ったのか。そりゃあ、ポテンシャルを引き出すのも無理だわなぁ」
下忍の時に作ったと聞き、エニシは納得した表情を見せる。
なおも難しい表情を見せたまま雷霆咬牙を観察し、さらにエニシ自身の気を忍具へと流し込んだ。
「何をしてるの?」
「気を流して現状の忍具がどれくらい消耗しているか、内部構造にダメージは無いかを確認してんだ。お前も覚えとけよ、メンテに欠かせない技能だ」
「わ、分かった!」
エイプリルの質問にエニシが答える。おかげで俺もエニシが何をしているのか分かった。
「んで、分かったことだが……、『雷霆咬牙』の忍具的強度は天上忍具に匹敵する」
「えっ……」
天上忍具というと、逆嶋でカルマ室長を封印した『
つまり、雷霆咬牙はそんな伝説上の忍具と肩を並べるほどの一品に昇華されたってのか? 驚きも度を過ぎれば口から何も出てこなくなる。二の句を継げず、ただただ黙りこくってしまった。
「へっへ、驚いてんな。そりゃあ、そうか。驚いてんのは俺も同じだぜ」
「あ、あぁ、正直冷静に状況を飲み込めてない」
「だろうなぁ、ただし一つ気がかりな点がある」
「なんだ?」
「最初の質問だよ、『神域忍具』って言っただろう。こいつが何だか分からねぇ」
俺が最初にした質問だ。雷霆咬牙が天上忍具に匹敵する忍具的強度を持つことは分かった。しかし、忍具ランクは存在しない『神域』というもの。
これが『神縫い』と融合した結果なのか。だとしても、作成者であるエニシにすら分からないなんてことがあるだろうか。
「そういえば、不死夜叉丸が持ってた薄緑も神縫いと融合してたんだろう。だったら、あの日本刀だって神域忍具だったんじゃないのか?」
「……いいや、薄緑の忍具ランクはそんなんじゃねぇよ。そもそも、薄緑は神縫いと融合できてねぇ」
「はぁ、どういうことだよ?」
「薄緑は刀身に神縫いを埋め込んだだけで、とても融合だなんて呼べる代物じゃねぇ。あふれ出す力をギリギリで抑え込む鞘代わりってとこだ。当然、ランクも極上忍具から変化してなかった」
不死夜叉丸の刀、薄緑は本来のランクである極上忍具から変わることは無かった。それは神縫いと融合できなかったから。それじゃあ、やっぱり神縫いが影響を与えてるとしか思えない。
「なんか調べる方法とかないのか?」
「いやまあ、調べる方法もあることにはある」
「えっ、あんの? だったら頼むよ、エニシだって分からないままだと気持ちが悪いだろ」
エニシは「うーん」とか「だけどなぁ」などと乗り気でない様子で結論を引き延ばしている。そんなに嫌がるような方法なのだろうか。
「嫌がる理由はなんだよ。もしかして、お金がすごい掛かるとか?」
忍具の鑑定とかで多額の金銭が必要とか言われたら、たしかに俺も渋るかもしれない。
「おい、俺を舐めんじゃねぇよ。金くらいでぴぃぴぃ言わねぇさ」
「だったら何なのさ、せめて方法だけでも教えてくれよ」
「面倒くせぇな。どうせ、理解できねぇぜ」
「話してみなきゃ分かんないだろ」
「……なら、『知識権限』、この言葉を知っているか?」
突っぱねるエニシに対して俺が食い下がると、ようやくエニシはぶっきらぼうに答えた。『知識権限』、ユニークNPCの持つ特殊技能だ。それが今、何の関係性がある?
「知らねぇならこの話はここでおしまいだ」
「待って! その技能なら私も持ってる」
俺の沈黙を無知と受け取ったのか、エニシは早々に話を切り上げようとする。しかし、そこに今度はエイプリルが食い下がった。
「あん? ……お前、ユニークNPCなのか」
「そ、そうだけど」
エイプリルの返答を聞いて、エニシは驚いたような表情を見せた。
「そうだったのか、てっきり二人ともプレイヤーかと」
どうやらエニシは俺だけでなくエイプリルまでプレイヤーと勘違いしていたらしい。
「知識権限があったら何か分かるのか?」
「あー、分かったから急かすんじゃねぇ。エイプリル、お前の知識権限は何レベルだ」
「私はレベル3だけど」
えっ? 俺はエイプリルの方へ顔を向けた。知識権限のレベルが上がったという話はとんと聞いていなかった。
「レベル、上がってたの?」
「黙っててごめんね。でも、知識権限のレベルって上がっても全然変化とか無かったんだよ」
「あぁ、そうなのか」
特に何も変化を感じないのであればわざわざ報告する必要もない。そうエイプリルが判断したのも仕方がないだろう。
「レベル3か、まだまだひよっこだな」
「むぅー、そういうエニシは何レベルだっていうの?」
「へっへ、俺か? 俺はレベル7だ」
「えぇー!」
ドヤ顔で宣言するエニシと驚くエイプリル。うん、全然凄さが分からない。というか、知識権限のレベルが上がって何か得はあるのか?
「それでレベル7の知識権限があると何ができるんだ?」
「聞いて驚くなよ、なんとこの世界の秘匿された情報を任意で検索・閲覧できるのさ」
秘匿情報の検索と閲覧だって? ずいぶんと眉唾な話に飛んだものだ。しかし、知識権限という技能の名称から考えれば妥当な能力にも思える。そして、それが本当だとすると……
「本当にすごいな」
「だろう」
「でも、だったら何故そんなに渋るんだ?」
そんなすごい能力、出し惜しみする理由もないだろう。それこそプレイヤーが攻略サイトを見てゲームプレイするような万能感があるだろう。
「阿呆、そんなんロマンがねぇからに決まってんだろうがよ」
「ロマン……」
なるほど、たしかに俺もゲームをする時に攻略サイトなんかは封印するタイプだ。初見の感動を濁らせるようなことは極力したくない。
「それは確かに分かる。調べれば分かるからって何でも先に知るのが良いわけじゃないよな」
「おぉ、分かってんじゃねぇか!」
「でも、それはそれとして神域忍具に関しては調べてくれ」
俺の返答にエニシはその場でズルっと肩を落とした。
「あんだよ、ロマン分かるんじゃねぇのかよ」
「ロマンが大事なのは分かる。だけど、今回に限ってはアンタすら知らないってのが問題だ」
「おいおい、俺だって人の子だぜ。忍具のこととはいえ知らないことだってある」
「実は、俺の方でも忍具について詳しいヤツにあたってたんだ。ニド・ビブリオっていうクランでユニーク忍具部門にいた忍者だ」
「ほう、あの変態集団か」
「でも、空振りだった」
神域忍具の名を目にしてからすぐにシュガーへフレンドチャットで確認していた。
ちなみに、イクチ戦の後は無事に元の場所へ戻されたらしい。だから、ルペルやホタル、アリス、アーティなんかも元居た場所に送還されているはずだ。
さて、それよりも重要なのはシュガーが神域忍具を「聞いたことない」と返答したことだ。ユニーク忍具の知識にかけては他の追随を許さないと自称するシュガーが全く知らないという。そして、
「もしかして、この世界で『神域忍具』が確認されたこと自体が初めてなんじゃないか?」
「……」
俺の推測を聞き、エニシは黙ってしまった。正直な話、「そんな馬鹿な話があるか」と一笑に付してもらいたかったんだけれど、エニシからはそんな笑い話にできるような雰囲気は微塵も感じられない。
それからエニシはぽつりぽつりと言葉を漏らし始めた。
「だから、俺は知識権限で調べたくないんだよ」
「どういうことだ?」
「この世界でまだ発見されていないこと、そんなんいくらでもある。だが、それを詳しく知ってしまうのは話が別だ。どれだけリスキーなことか分かるか?」
一般には知り得ない情報を独占している。しかも、それがこの世界でまだ発見すらされていないとなったら。野心家であれば莫大な既得権益を獲得するチャンスであると考えられるだろう。
しかし、俺のような一般市民の考えからすれば爆弾を抱えているようなものだ。この技能を知られれば誰に身柄を狙われるか分からない。エニシもこんな風に思っているのだろうか。
「その顔色、ヤバさは伝わったみたいだな」
「あぁ、だけど知識権限は意外と持ってるNPCも多いんじゃないか?」
逆嶋で会った闇医者のおキクさんですら知識権限は持ってたのだ。であるならば、意外とポピュラーな技能なのではないだろうか。
「その辺のNPCが持ってる知識権限なんざ、せいぜいレベル3か4止まりだ。レベル7以上に到達してるヤツはほぼ居ねぇよ」
ふむ、エニシの言葉をそのまま信じるなら、知識権限レベル7の市場価値がとんでもないことになるな。それこそヤクザクランなんかに命を狙われてもおかしくないだろう。
「ただ、お前はそれを手にしてしまった張本人だしな」
エニシはそう言うと、俺の手に雷霆咬牙を持たせた。たしかに、何だか分からない代物ではあるけれど、俺の武器であることに違いはない。
エニシは長い長い溜め息を吐いた。それは少しずつ覚悟を固めていっているかのようだった。
「……エニシ?」
おそるおそる声を掛ける。すると、エニシは顔をぱっと上げた。
「仕方ねぇ、調べるか」
その顔には未知の忍具に対する知りたいという欲求が表れていた。
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