第300話 色彩豊かに絶望振りまく蛇たち


 摩天楼ヒルズ上空に奇々怪海の社長クロを乗せた飛行船が浮かび上がり、地上はバケガニが跋扈ばっこする。そこに海棲生物研究所を攻め落とし、反転駆け付けた山怪浮雲のクラン連合が合流した。



 大混戦。

 一言で表現するなら、これが最適だろう。山怪浮雲の忍者たちはバケガニと戦闘を開始し、中四国地方の大都市「摩天楼ヒルズ」は瞬く間に戦場と変わる。


 山怪浮雲側にとって幸運だったのは、摩天楼ヒルズに元から居た忍者たちの中で敵対的な者が少なかったことだ。大多数はどちらの味方に付くわけでもなく、事態がどう転ぶのかを静観している。これにはルペルやウォルフによる情報暴露が思いの外、大きく作用していた。

 つまり、どちらが正しいことをしているのか現時点では判断できない、と考えた者が多かったのだ。おかげで戦闘は山怪浮雲側にとって有利に進んでいった。


 しかし、順調に進むバケガニ掃討とは裏腹に問題もあった。それは摩天楼ヒルズの高層ビル群よりも遥か高みで滞空する飛行船への攻撃手段に乏しいことだ。

 下位ランクの忍者はもとより上位ランクの忍者であっても対空攻撃、それも遥か上空に浮遊する巨大な飛行船に対して有効打を与えるような忍術を持つ者は少ない。


 うかうかしていると金之尾コンサルティングやキャロット製菓から援軍が来てしまう。早急な対応が必要だった。





 摩天楼ヒルズ外壁西部。攻め込んだ山怪浮雲陣営が本拠地を構えた場所である。そこにはぽんぽこ組のキンチョウやシュガーの姿があった。

 ルペルは情報を共有するためにメイズの力を借りて、この場所へ一早く駆け付けたのだった。


「シュガーミッドナイト!」


「ルペルか。聞いたぞ、上手くやったらしいな」


「頭領に褒められるとは光栄だね、賛辞はありがたく受け取らせてもらうよ。ただ、のんびりしている暇はないんじゃないかな。飛行船に手出しできないままでは、いずれ援軍が来てしまうからね」


「……あぁ、まさか空に逃げ出すとは思わなかったな」


 二人して外壁の縁から飛行船を見上げる。シュガーも標的が飛行船に乗ったと聞いてからずっと手を考えていた。


「とりあえず、カナエに岩を投げさせてみたが、途中で撃ち落された。たとえ無理やり乗り込もうとしても同じように途中で妨害を受けるだろうな」


「頭領でも打つ手なしか。……ちなみに、奥の手・・・を使った場合はどうなんだい?」


 ルペルの質問を受けて、シュガーはしばし黙考した。

 彼の奥の手、それはシュガーゴッドを降臨させること。セオリーが雷霆咬牙を入手するための試練にて、竜神イクチを相手にシュガーゴッドは空を飛んで戦っていた。まるで魔法少女と怪獣の異種格闘技戦だと、あの場にいた全員が呆気に取られたほどの理外の戦闘。

 ルペルはその光景を覚えていた。頭領にのみ許された上忍頭では踏み入れない領域、そこに活路があるのではないか。


「──当然、可能だ。飛行船を地上へ引きずり下ろせるだろう」


「それなら!」


「だが、ダメだ」


 ルペルが希望を見いだしたところに、シュガーは待ったをかける。


「どうしてなのか聞いても?」


「分かっているだろうが、神を降臨させた後、俺はしばらく戦力外になる。そして、ヤマタ運輸の頭領はまだ倒せていない」


 シュガーは電子巻物を展開する。それはルペルが送った音声ファイルだ。クロマムシとアオダイショウという二人の会話が録音されている。


「声を聞いて驚いた。このクロマムシという忍者は、俺が海棲生物研究所で戦ったヤツだ。たしかに手応えの無い終わり方だと思ったが、転移系忍術で脱出していたならそれも頷ける」


 シュガーの説明を聞き、ルペルはごくりと唾を飲んだ。

 まだ、シュガーとヤマタ運輸の頭領の戦いは終わっていないのだ。ここでシュガーが戦力外になれば頭領との戦闘を山怪浮雲のクラン連合とルペル率いる寓話の妖精たちテイルフェアリーズで受け持つ必要が出てくる。

 ルペルの脳裏に浮かぶのは、イリス一人の手によって瞬く間の内に敗れ去った自分たちの姿。頭領と上忍頭の差をまざまざと感じた一戦だった。


「もし、このまま飛行船を落としても、ヤマタ運輸の頭領に戦況を引っ掻き回されるのがオチだ。せめてシルバーキーが来てくれれば後を任せて飛行船を落とせるんだがな」


「そうなると奥の手はまだ切れないか。……竜宮城突入組はどうなってるんだい?」


「一応、オトヒメは倒したとセオリーから報告があったな。そしてシルバーキーの方は音信不通」


 シュガーの報告を聞き、ルペルは肩を撫で下ろす。

 偽神オトヒメは無事に倒すことができたのだ。結果、この戦いがどう転ぶにせよ、偽神眷属の兵隊を無限に作り出すというクロのたくらみは瓦解したのだ。


「なら、あとはクロをなんとかすれば良いわけだね」


「そう上手くいけばいいがな」





「飛行船下部、再び開きました!」


 二人が話をする中、山怪浮雲の忍者が報告の声を上げる。見れば飛行船の下部が開き、新たな物体が投下された。その数は七つ、人の形を模した金属の塊である。その姿がシュガーには見覚えがあった。


「あれはヤマタ運輸の強化外骨格パワードスーツ!?」


 七つの強化外骨格はそれぞれ外装を青・赤・緑・黄・白・金・銀に彩られていた。目立つ塗装は強者の特権。それが各々に施されているということは……。


「ヤマタ運輸の頭領め。藪を突いたらトンデモない化け物が出てきたな」


「どういうことだい?」


「俺の予想が正しいなら、あの七機は全て頭領だと思った方が良い」


「それはずいぶんと、……外れて欲しい予想だね」


 空中機動で七機が散り散りに地上へと降りていった。シュガーの頬を汗が伝った。もしも、あの七機全てがクロマムシと同等の実力者であるならば、形勢は一気に逆転されるだろう。

 地上へ降り立った七機はすぐさま山怪浮雲の忍者たちへ攻撃を開始した。流麗な斬馬刀さばきは瞬く間に忍者を斬り伏せ、立体的な高速機動は忍者をも翻弄する。


「まずい、戦線が瓦解する。俺がすばやく片付けていく。ルペルたちは各方面のフォローに回ってくれ」


「予想は大当たりってことみたいだね」


 ルペルはやれやれといったポーズを見せつつも、すぐに頭を切り替えて動き出した。メイズへ連絡し、寓話の妖精たちテイルフェアリーズの面々へ号令を出す。そして、自身も戦場へ転移されていくのだった。






▼シュガー


 ルペルが動き出すのを横目に俺自身もカナエに背負われて動き出した。目標は一番近くに降り立った一機。白い強化外骨格だ。

 阿吽入道やノゾミ、タマエも呼び出し、『断罪斧クビオトシ』をカナエに装備させる。小手調べの時間は無い。最初から全力だ。


 白い機体が地上を蹂躙いているすぐ近く商業ビルの屋上へ降り立つ。眼下では山怪浮雲の忍者が蜘蛛の子を散らすように逃げまわっていた。いまやバケガニを掃討するどころではない。


「好き勝手やってくれたな。阿吽入道、拘束しろ」


 白い機体を挟み込むように配置された阿吽入道が同時に注連縄しめなわを投擲する。注連縄は素晴らしい精度で白い機体の両腕を拘束した。クロマムシには縄を蛇へと変化させられ、拘束を解かれた。その対策に今回は両腕を拘束させてもらう。


「悪いが一撃で終わらせてもらうぞ」


 カナエがクビオトシを構えて飛び込む。そして、首を狙って巨大化させた斧を横薙ぎに振るった。

 白い機体は一瞬の内に首をはね飛ばされた。機体の四肢から力が抜け、地面に崩れ落ちる。クロマムシの時と同じだ。倒したように思えるが、いやに手応えが無い。


「なるほどなるほど、クロマムシがやられたのは、このコンボか。やられたよ、僕のPA-WS1が一撃とはね」


 背後から突然声がした。振り返り見ると、そこには白い忍者装束。細い目をした男が立っていた


「何者だ?」


「僕はシロマダラ。でもどうせ、僕らが何者かなんて君は察しがついてるんだろう?」


「……ヤマタ運輸の頭領だろうってことくらいはな」


「ふふ、正解だよ。君さ、クロマムシ一人を倒しただけで終わりだと思ったでしょ。僕らをそんな簡単に倒せると思わないでよ」


「ペラペラと長話が好きなんだな。強化外骨格を失って戦えるのか?」


 クロマムシはカナエに首を飛ばされて即座に逃げの一手を選んだ。ということは、強化外骨格に戦闘力の大部分を依存している可能性もある。むしろ、そのくらいのリスクが無ければ頭領が八人いるなんてのは釣り合わない。必ず何か裏があるはずだ。法外な強さには代償が伴うはず。


「別に僕が戦う必要はないさ。初めから一機は落とされるつもりで来てるんだ」


「なに?」


「君を釣って、必ず倒すためにね」


 シロマダラの言葉とともに、上空からカラフルな色が四方に降り注ぐ。青・緑・金・黄の4色の機体が俺を囲うように集結したのだ。そうか、散り散りになったように見せかけて、襲撃を受けた一人の下へ他が集まる。そして、俺を全員掛かりで仕留めるという作戦だったわけだ。


「そうか、……罠だったのか」











***********************


祝!300話達成!!

気付けば300話です。自分がここまで一つの作品を続けられるなんて思ってもみませんでした。なんだかんだライフワークの一つになっているので、このまま完結まで走り続けたいです。

ストーリーの流れ自体は最終回まで妄想できているので、あとはタイピングを続けるだけ。そう、アウトプットを頑張るのだ……!

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