第299話 情報の抜け道は蛇の道
▼ルペル
摩天楼ヒルズの街中に突如として大量の偽神眷属が投下された。当然、何も知らないプレイヤーやNPCは大混乱だ。
しかし、ピリピリとした緊張感を漂わせつつも最後の一線は越えずに済んでいる。その原因は大多数の偽神眷属たちが無闇に周囲を攻撃せず、ただ立ち尽くしているからだ。
もちろん現在進行形で私たち
統率された動きは最初に湧き上がった混乱をいくらばかりか緩和したらしい。そのタイミングで上空に浮かぶ飛行船から拡声されたクロの声が響き渡った。
「摩天楼ヒルズに住まう諸君、私は奇々怪海の社長を務めるクロだ」
自己紹介とともに飛行船の側面に設置された巨大モニターへクロマグロの姿が映し出される。
「現在、摩天楼ヒルズで起きている情報攪乱は知っているだろう。しかし、我々はそれを断固として否認する。奇々怪海が偽神を操り、悪だくみをしているなどというのは質の悪い嘘だ。どうか、賢明な諸君には正しき者がどちらなのか判断して頂きたい」
映像の中のクロは言葉を区切ると、一度大きく身体をくゆらせた。それが合図になっていたかのように地上のバケガニたちがハサミを器用に使って紙を配り始めた。
「あれはいったい……」
私が疑問を口にするが早いか、リデルが城壁から飛び降り、バケガニの一体からチラシを奪い取った。
「偽神眷属を研究した報告書のようですね。偽神眷属の活用、都市防衛における有用性を挙げています」
「あえて公表することで行為を正当化しよう、と?」
報告書が人々の手に行き渡り始めた頃合いを見計らい、再び飛行船から声が降ってくる。
「我々は新たな資源の有効活用する方法を模索・研究しているに過ぎない。しかし、対話せず悪と決めつけた者たちの手により、奇々怪海港にある海棲生物研究所は攻撃を受けた」
飛行船のモニター映像が切り替わり、炎上する海棲生物研究所の様子が映し出される。
「この惨劇は山怪浮雲のクランによるものだ。そして、次の標的をここ、摩天楼ヒルズと定め、大軍勢が押し寄せてきている。シャドウハウンドはこの件を傍観するという愚かな決定を下した。しかし、私は摩天楼ヒルズを守りたい。協力してくれるものは共に戦って欲しい」
飛行船のモニターには、ぽんぽこ組のキンチョウ組長の他、山怪浮雲の忍者たちが海棲生物研究所を襲撃する様子が映し出されている。
おそらくは一方的な襲撃であるかのように編集されていることだろう。しかし、この映像だけを見た者たちの中には心が揺れる者もいるはずだ。
情報操作には情報操作で対抗する、というクロの強い意志が感じられる。権謀術数を良しとする摩天楼ヒルズに居を構える者なだけある。
だが、それよりも気になる点が一つ。
「どうやって海棲生物研究所の映像を手に入れたんだ?」
遠距離通信を遮断する通信妨害装置は未だに健在だ。本来ならクロは摩天楼ヒルズの外部情報を手に入れられないはずだった。
何も分からない状態にしたまま、合流した山怪浮雲のクラン連合とともに追い込む。そういう作戦だったはず。これでは、その前提条件が崩れてしまう。
「おい、ルペル! 考え事はいいけどよ、そろそろこっちもマズいぜ。バケガニの対処が追い付かねぇ」
ウォルフの叫び声にハッとして周囲を見渡す。スズ、リデル、ウォルフの三人が押し留めてくれているが、城壁の下から際限なく湧いてくるバケガニたちによって形勢は徐々に押され始めていた。
(メイズ、私たちを回収してくれ)
(通信妨害装置はどうするの? そこじゃないとダメなんでしょ)
(装置は捨て置く。いずれにせよ、守り切れないなら同じことだからね)
四人固まって後退し、スズの兵隊がバケガニを押し留める。その隙に私たちはメイズの術で隠れ家であるアパートの一室へ転送されたのだった。
隠れ家に戻った後も頭を働かせる。これからどう動くのが最善手なのか。
こちら側の負け筋は、金之尾コンサルティングとキャロット製菓から援軍が到着すること。通信妨害装置の効果がきちんと発揮されていたのであれば、各地から援軍が出発するのは今以降となる。それなら山怪浮雲のクラン連合が合流する方が早いだろうし、クロに引導を渡す時間も十分にある。
だが、海棲生物研究所のことをクロはすでに情報として得ていた。つまり、通信妨害装置を潜り抜けた可能性が高い。そうなると山怪浮雲のクラン連合が到着して、そう経たずに援軍も到着してしまう恐れがある。そうなれば内と外から挟撃を受け、山怪浮雲側が壊滅の危機に瀕するだろう。
「あのさ、ルペル」
「なんだい?」
頭を抱えて悩む私にメイズが声を掛けてきた。恐る恐るという表現がぴったりの表情をしている。何かやってしまった時の表情だ。
「実はフェッチストックから頼まれて彼を転送したの」
「フェッチストックを? どこへ?」
私への報告を後回しにしてでもメイズに転送を依頼したとなると、何か急を要する場面だったのだろう。
「あの、その……奇々怪海のビルへ」
「なんだって!?」
奇々怪海の本社ビルへ転送しろとフェッチストックが言ったのか。何故だ。
(フェッチストック、返事できるかい。今キミはどこにいるんだ?)
(おや、バレちゃったか)
飄々とした彼の顔が思い浮かぶ。しかし、独断専行で私へ報告もなしに行動を起こすというのは良くない。そういう時、大抵は危険な橋を渡っているものだ。
(『フェッチストック、今どこにいるんだ』)
(術まで使わなくたって嘘は言わないよ。今居るのは飛行船の中さ)
(……やはりか)
敵地のど真ん中に潜入するのがどれだけ危険なことか。それも逃げ場のない空へと飛行船は飛び立ってしまった。私の声に怒気が混じったことにフェッチストックも気付いただろう。それに対し、彼は努めて明るい振舞いを続けた。
(まあ、そう怒らないでよ。危険な橋を渡った代わりに良い情報を手に入れたんだ)
フェッチストックの言葉の後、目の前に電子巻物が出現した。巻物の中には録音された音声ファイルが入っている。上空から送信されたものだろう。私は
「クロマムシ、お前が『尻尾切り』で帰還とは……、一体何があったんだ?」
「俺のことは後でいい。アオダイショウ、すぐに社長たちへ報告してくれ。海棲生物研究所と偽神オトヒメ研究所が同時攻撃を受けた。おそらく次は摩天楼ヒルズへ来るはずだ」
「何だと、襲撃があったのか!?」
「綿密に計画されているようだった。急がなければ手遅れになる。PA-BS1で録画した映像も渡しておく。社長たちなら上手く活用してくれるはずだ」
「分かった、渡しておこう。お前は
「あぁ、そうさせてもらう……」
音声ファイルの再生はそこで切れた。クロマムシと呼ばれた者とアオダイショウと呼ばれた者の会話音声。
話の流れからクロマムシは向こうの研究所に居たのだろう。そして、山怪浮雲のクラン連合による襲撃に遭い、『尻尾切り』なる手段を用いて摩天楼ヒルズへ戻ってきたのだ。おそらくは転移系の忍術であろう。通信妨害装置では防げないイレギュラーだ。
しかし、安堵できる点もある。クロマムシが報告するまでアオダイショウは研究所の状況を全く分かっていなかった。つまり、通信妨害装置はちゃんと機能していたということ。ホッとして肩から力が抜ける。
(なるほど、これは重要な情報だ。私の悩みのタネがピンポイントで解消されたよ)
(そうかい、それなら奇々怪海に忍び込んだ甲斐もあったってもんだ)
(……そうだ、どうして奇々怪海に忍び込もうだなんて危険な真似をしたんだ)
(おっと藪蛇だったかな。なぁに、シャドウハウンドで奇々怪海が不審な動きをしていると小耳に挟んでね)
飄々と答える様子から、どうやら懲りてはいないようだ。しかし、こちらにとって重要な情報だったことも事実。それは認めざるを得ない。
(今回ばかりは助かったから、危険な真似にも目をつぶろう。ただし、一つだけ命令だ。『フェッチストック、必ずそこから脱出するんだ』)
(ハハッ、当然さ)
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