第298話 スズの兵隊

▼ルペル


 地面を割り、金属の兵隊がワラワラと立ち塞がる。数にして二十五体、相手忍者の二倍以上だ。

 スズの固有忍術『戦歌術・ソルジャーマーチ』は全身が金属でできた兵隊を呼び出し戦わせる忍術である。兵隊たちは物理的な攻撃への高い耐性を持ち、倒されても新たな兵隊が地面から湧き出す。その特性からスズは撤退・防衛戦における遅滞戦闘のスペシャリストなのだ。


 しかし、金属兵の群れを前にして、敵も一歩たりとて引く気は無いようだ。『忌名術』の効果を受け、行動できないシャコを除いた敵側上忍頭の二人が襲い来る。内一人が兵隊の胴体に掌底を当てて忍術を唱えた。


「『荷解にほどき術・四散バラバラ』」


 すると兵隊を構成する鎧がほどかれ、糸の切れた人形のように崩れ落ちていった。荷解きという概念を相手に適用する忍術か、実にヤマタ運輸らしい術だ。

 本来なら装備品や忍具などを無理やり引き剥がし、相手を弱体化させる術なのだろう。だが、スズの兵隊は中が空洞で金属鎧のガワしかない。つまり、装甲を分解されるということは即ち破壊されるのと同義だ。

 狭い範囲で見れば天敵、だがしかし、広い範囲で見ればどうか。


「やりますな。しかし、兵隊は一人ではありませんぞ」


 兵隊が一体破壊されてもスズは動じない。手に持った指揮棒を振り上げ、上忍頭二人へ重点的に兵隊を固める。一人に三体、四体と兵隊が群がる様は金属鎧であることを除けばゾンビ映画のようだ。


「なら、これでどうだ! 『騎槍術・舵木カジキ通し』」


 もう一人の奇々怪海所属と思しき上忍頭が巨大なランスを召喚し、術を唱えた。すると構えられた槍の切っ先からまばゆい光がほとばしり、エネルギーの奔流が円錐状に放たれた。


 視界一杯に光があふれる。だが、私を守るように仁王立ちするスズの背中を見て、少しも不安を感じなかった。この一撃でスズの兵隊は突破できない。彼はそう信じている。そして私は、そう信じるスズを信じている。


 果たして光が収まると、そこには巨大な金属兵が身を挺して我々を守っていた。特に光の奔流を受け止めたであろう胴体部分は深く抉られ、ほとんど貫通しかかっていた。致命傷に近いことは想像に難くない。

 思った通り、巨大な金属兵は攻撃を受け止め切るとすぐにボロボロと崩れ落ちた。


「十人と相殺とは、なんとも強力な一撃でしたな。ですが、まだ兵隊は眠る時ではありませんぞ」


 スズが指揮棒を振るうと崩れ落ちた金属兵の残骸から再び新たな金属の兵隊たちがワラワラと立ち上がる。


「馬鹿な、破壊してもキリが無い」

「クッ……、しかしヤツの気力も無限ではないはず」


 敵の漏らした言葉に少しヒヤリとする。

 彼らの言った通り、スズの兵隊は再生にスズ自身の気力を用いる。そして、スズの金属兵は防御性能に優れる代わりに一体毎のコストが重い。つまり、本来であれば十体が合体した巨大金属兵が一撃で消し飛ばされた状況は、気力管理を考えると頭を抱えたくなるような事態なのである。


 しかし、相手はそれに気づくのが少し遅かった。

 いまや金属兵の陣形は再構築され、最初の攻め立てる勢いは削がれてしまった。


 現状、彼らの強みは上忍頭が三人居ること。私がシャコに『忌名術』を仕掛けた後も、上忍頭の数は二対一で向こうが数的有利を取っていた。

 であれば、その時点でより苛烈に攻め立てなければいけなかった。スズの気力を一瞬で削り切り、私の下まで肉薄しなければいけなかったのだ。


 もちろん、これは結果論だ。自分が彼らの立場で、あのタイミングで全ベットして攻撃を仕掛けられるかは分からない。

 元より私たちに有利な状況へ誘い込んだのだから、なるべくしてなった結果だ。NPCキラーの私と防御性能トップのスズが組んでいる時点で向こうは詰んでいたのだ。


 忍者の戦闘において十秒は長い。コンマ数秒の世界で命の取り合いをしているのだから。しかし、戦闘には緩急がある。急を殺し、緩を生かす。それが撤退戦における殿しんがりを務めるスズの強み。ここに約束の十秒は守られた。


「スズ、パーフェクトだ。『シャコ、やりやすい方を狩れ』」


 私の声にシャコが反応した。踏み出し、凶悪な拳を振りかぶる。それはランスを構える奇々怪海の上忍頭へ放たれた。奇々怪海同士のマッチアップ。シャコがそう判断したのなら任せるとしよう。


 さて、これで形勢は逆転した。

 残った敵はヤマタ運輸の上忍頭が一人と有象無象が七人。対するこちらは私とスズ、それから金属兵が二十五体だ。『忌名術』のリソースはほとんどシャコに持っていかれているが、他の術で補助はできる。


「残りの掃除を済ませようか」


「承知しましたぞ」


 ヤマタ運輸の上忍頭には金属兵の物量を押し付け、周りの忍者たちは催眠・洗脳系の忍術で前後不覚にして一人ずつ片付ける。ここまでくれば消化試合だ。ほどなくして奇々怪海・ヤマタ運輸の刺客たちは全滅したのだった。





 私たちの戦いが終わって間もなく、リデルとウォルフもヤマタ運輸の放ったトラックを全滅させ、戻ってきた。


「ハッハーッ、片付いたぜ!」


「ウォルフ、リデル、お疲れ様だったね」


「いえ、こちらは手応えの無い陽動しかいませんでした。本命は通信妨害装置だったのでしょう?」


「あぁ、相手は結構なリソースを割いてきた」


 上忍頭三人は貴重な戦力だ。それを捨て石にするとは考えにくい。リデルの言うように通信妨害装置の破壊が本命だったはずだ。本命の線が潰えた今、奇々怪海のクロが繰り出してくる次の一手は慎重に見極めなくてはならない。


 私たちの任務は、摩天楼ヒルズで奇々怪海とヤマタ運輸を孤立させ、情報を遮断し、身動きを取れなくすることだ。そうすれば山怪浮雲のクラン連合とセオリーたちが竜宮城と海棲生物研究所での仕事を終えて、ここにやってくる。それまで耐久すればよい。

 逆に言えば、私たちの耐久が失敗すると金之尾コンサルティングとキャロット製菓へ連絡が行き、増援が来てしまう。気を抜くわけにはいかない。


(こちらフェッチストック、ルペルに良い報告だ)


(おや、それは嬉しいね。どうしたんだい?)


 変装が得意なフェッチストックには潜入任務を頼んでいる。任務内容はシャドウハウンドの内情を調べ、動きをリークするというものだ。


(奇々怪海からシャドウハウンドへ再三の出動要請が入った。建前はヤマタ運輸のトラック運送に対する攻撃が業務妨害にあたる、というものだそうだが……シャドウハウンドはこれを突っぱねた)


(ほう、シャドウハウンドのトップ連中にも少しは泥舟を嗅ぎ分ける嗅覚を持っている者がいたようだね)


 これでシャドウハウンドから助力を得ることは絶望的になった。通信妨害装置も健在の今、金之尾コンサルティングやキャロット製菓へ救援を求めることもできない。

 さらに良い報告は重なる。


(こちらカメリア、山怪浮雲のクラン連合より連絡があったわ。あと三十分も掛からず摩天楼ヒルズに到着するそうよ)


(分かった。ありがとう)


 街の城壁の上から西の方角、遥か上空へ顔を向ける。

 通信妨害装置の効果が及ばない空高くに小さな点が浮かんでいる。熱気球だ。カメリアはあれに乗り、摩天楼ヒルズの中と外を観察し、報告する観測手となっている。さすがに狙撃支援は届かないが、見ることだけは可能だ。

 彼女は通信妨害装置に引っ掛からず、なおかつ私たちと『念話術』はできる絶妙な位置にいる。それが今回の任務においては重要なポジションだった。


「タイムリミットが決まった。残り三十分耐え切れば山怪浮雲が到着する」


「なんだ、楽勝じゃねぇか」


「気を抜いてはいけないさ。彼らも自分たちが追い詰められていることは認識しているだろう。破れかぶれにトンデモないことを起こす可能性だってある」


「手負いの獣も追い詰めた時がもっとも怖いと言いますぞ」


 奇々怪海が何をしてくるか分からない。スズが言うように玉砕覚悟で最後の戦いを仕掛けてくることも十分にあり得る。


(奇々怪海本社ビルの屋上に巨大な飛行物体!)


 カメリアから報告が入る。摩天楼ヒルズ中心部にそびえる奇々怪海ビル、そちらへ目を向けると、屋上に巨大な球体が生まれていた。話によればビルの屋上は流体金属に覆われていたという。その流体金属が見る間に膨らんでいき、横長の楕円形に変形していく。


「アレは……、飛行船か?」


 変形を終えた姿は、まるで巨大な飛行船だった。あんなものまで用意していたとは思わなかったが、しかしアレで一体、何をしようとしている。まさか、あのまま空を飛んで逃げるつもりか?


 呆気に取られていると、まさに飛行船が空へ浮かび上がった。街に大きく黒い影が落ちる。そのまま逃亡を危惧したが、予想は外れた。代わりに飛行船の下部が開き、ポロポロと球体状の物体が街へと投下されていった。


「なんだぁ、ありゃ爆弾か? だとしたらマズい量だぜ」


「……さすがにそこまで破れかぶれになるとは思えない」


 街一つ焦土にでもしようものなら、奇々怪海は運営の許容ラインを踏み越えてしまう。それは致命的だ。


 街に降下された球体を観察する。地面に落ちた球体に筋が入ったかと思うと外側に展開された。内側に折り畳まれていた細長い脚が外へ広がり、巨大なハサミも姿を現す。

 つまり、偽神オトヒメの眷属、バケガニである。いまだ飛行船から同様の球体が何百、何千と降り注いでいる。それら全てが偽神眷属であろう。


 最悪の手を切ってきた。いや、この事態は想定しておくべきだったか。おそらくクロは兵隊化した偽神眷属の物量で摩天楼ヒルズを掌握し、籠城するつもりだ。


「おいおい、蟹の大群がこっちに押し寄せてきてるぜ」


「……そのようだね」


 ウォルフが眼下を指差す。城壁の下へバケガニたちが集結しつつある。すでにその数は百を軽く超えていそうだ。はてさて、どうしたものかな。

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