第139話 ゲームリザルト:変革の始まり
▼セオリー
目の前で光の粒子となって消えていくリベッタを見送る。
パトリオット・シンジケートから送り込まれた構成員たちは捕縛することができたけれど、ほとんどが中忍以下の者ばかりだった。おそらく送られてきた者たちの中で、パトリオット・シンジケートが何を画策し、暗躍していたのかを知る者はいないだろう。
ツールボックスに関しても上忍二人ともが自決してしまい、追加の情報は得られなかった。
終わってみればずいぶんと呆気なく八百万カンパニーを襲った殺神事件は幕を閉じた。
情報戦を制し、戦いが始まる前に勝負を決める。ある種、理想的な勝ち方とも言えるだろう。何にせよ、逆嶋に続き日輪光天宮でもパトリオット・シンジケートの策略を打ち崩すことができた。これで二つ目の白星だ。
ヤツらが何を考えているのかは分からず仕舞いだけれど、好き勝手にさせないことに意味があると思う。こういった活動が関東サーバーで暗躍するパトリオット・シンジケートに対する牽制となっていればいいけど……。
幕引きの余韻に思いを馳せていると、ホールの扉が開き、コヨミとタカノメが入ってきた。周りには医療忍術に秀でた忍者を引き連れている。
「おつかれー! ケガ人はいるかなー?」
ダメージを負った時に備えてコヨミやタカノメたちには後詰め兼回復役として待機してもらっていたけれど、出番は回ってこなかった。
「なんだ、全部倒しちゃったのかー」
「パトリオット・シンジケートの構成員に関してはその通りだな。舞台裏で捕縛して転がしてるから対応を頼む」
「りょうかーい」
コヨミの手振りで八百万カンパニーの忍者たちが舞台裏へ向かう。それを尻目にコヨミは俺へと近付いてきた。
「なんだか浮かない顔だね」
「あ……、また顔に出てたか。いやさ、ツールボックスの上忍は追い詰めた後に二人とも自決されちまったんだ」
「なるほどねー、それじゃあツールボックスに関してはこれ以上の追加情報は望めないか。あたしたちの手でツールボックスの尻尾を掴んでやりたかったけど、残念だねー」
これで情報としては振り出しに戻ったようなものだ。
再びパトリオット・シンジケートが動き出すまで後手に回ることとなる。
「そうだ、コヨミの方も結界を張ってくれてありがとうな、おかげでリベッタを逃がさずに済んだよ」
「そのくらいお茶の子さいさいだよ」
簡単そうに言ってのけるけれど、コヨミの『祓魔術・浄界』は気力消費の激しい忍術だ。しかも、ホール全体を包み込む大きさで張ったのだから、前回俺をマグマから守るために使ったものとは比にならない規模となる。
「さすが頭領だな」
「へっへーん、コヨミ様にかかればお安い御用ってわけさ」
「……高級気力回復薬を五本カラにしてる。安くはないでしょう」
「ちょっと裏話はバラさないでよー」
結界を維持できたカラクリをタカノメが暴露する。
高級気力回復薬っていくらするんだろうな。たしか、逆嶋でイリスが大怪蛇イクチを大量召喚した際に使っていたという気力を完全回復させる高級丸薬は一粒で百万近くすると聞いた。俺のポケットマネーでは一粒すら買えない値段である。
おそらくコヨミの気力は同じ頭領であるイリスのそれと比肩するだろう。そう考えると高級気力回復薬という物の値段もおおよそ想像がつく。頭領の金遣い、怖いね……。
「それはさておき、これで一件落着だね!」
「おう、お疲れ様」
コヨミの言う通りだ。何人かの犠牲は出てしまったものの、結果として八百万カンパニーを内側から
そんな、これから祝勝会でも開こうかという雰囲気になっている中、俺のポーチの中で通信端末が受信音を鳴らし始めた。連絡手段としてカザキに持たされていたものだ。
通信端末のモニター画面を確認すると案の定連絡をくれた相手はカザキだった。ちょうど良いタイミングなので八百万カンパニーでの勝利を報告しよう。そう思い、通信端末の通話ボタンを押す。
「セオリーさん! やっと連絡が繋がりましたか。どこにいたんですか? こっちは大変な騒ぎになってるんですよ!」
「お、おいおい、落ち着けって。一体、どうしたんだ」
いつも不敵な笑みを浮かべて余裕を見せるカザキらしくもない切羽詰まった声色に、俺は何かただ事ではない事態の始まりを感じ取った。
「ふぅ……失礼、少々取り乱しました。実はですね、我々企業連合会の一角である三神インダストリがパトリオット・シンジケートの手により陥落したのです」
「何だって?」
三神インダストリが陥落した?
まさかの事態だ。カザキが慌てた様子で連絡してきたのも分かる。
三神インダストリは関東サーバーにおいて東の三神貿易港を牛耳っている。つまり、その一帯がパトリオット・シンジケートの手に落ちたということだ。
「とうとうパトリオット・シンジケートが関東への足掛かりを得たってわけか」
今まではどっしりと腰を据えられる場所を持っていなかったパトリオット・シンジケートだけれど、これからは一つの土地に根付いて力を発揮することができる。今までの暗躍を鑑みるに、危険な一派が根を張ってしまったと見て良いだろう。
「それに関して何ですが、もう一つ共有すべき情報があります」
「なんだ?」
「パトリオット・シンジケートから甲刃連合へ打診が来ているのです。ヤクザクラン同士で手を組み、関東地方を一つに纏め上げないか、という提案が……」
「んな、アホな提案があるかよ。パトリオット・シンジケートは甲刃連合と黄龍会をぶつけ合わせた張本人だろう? それが今度は手を組もうだなんて虫のいい話があるか」
「その通りです。しかし、上位幹部の中には提案を飲もうという者がチラホラいます。おそらく秘密裏にパトリオット・シンジケートと手を結んでいるかと」
「ふざけてる。このまま言われるがままに提案を飲めば、パトリオット・シンジケートの掌の上じゃないか」
「関東地方を征服する際の捨て駒として使われるのが落ちでしょうね。それも分からず保身に走った上位幹部は見限りましょう。私は今からパトリオット・シンジケートに対して徹底抗戦を掲げている上位幹部と連絡を取ります。とにかく本格的に内部分裂してしまう前に仲間を増やす必要がありますので、セオリーさんの方でも足を動かしてください」
「分かった。情報ありがとな」
「いえいえ、礼には及びません。それに私たちは一蓮托生だと話したばかりではないですか」
それからすぐにカザキからの通話は切れた。
不味い事態だ。パトリオット・シンジケートの提案によって甲刃連合は二分されようとしている。そして、提案に乗る側に対してはパトリオット・シンジケートの助力が加わるだろう。そうなれば提案を断る側に不利となる。
その天秤を覆せるだけの仲間を搔き集めることができれば良いけれど、これまで散々暗躍してきたパトリオット・シンジケートのことだ。手は広く伸ばしているだろう。もしかしたら、暗黒アンダー都市のヤクザクランにも誘いの手が伸びているかもしれない。
「なんだか大変なことになってるみたいだねー」
「あぁ、これから近い内にヤクザクラン同士の大きな抗争が起きる」
「また、パトリオット・シンジケートが絡んできてるの?」
「そうみたいだ。次から次へと面倒ごとを引き起こしてくれるよ……」
俺は苦虫を嚙み潰したような顔をして愚痴を吐き捨てる。それを見たコヨミは俺の肩に手を置いて笑顔を見せた。
「大丈夫だよ。セオリーくんは二回もパトリオット・シンジケートの思惑を打ち破ったんだ。次だって相手の計画を頓挫させてやればいいんだよ」
「そうは言うけど、今回だってコヨミやタカノメの力があったから何とかなっただけだ。俺自身はほとんど無力だった」
「……何言ってるのさ。あたしたちだって一人一人ではパトリオット・シンジケートの計画を打ち破れなかったよ。それをみんなの力を纏め上げて対抗できるように持って行ったのはキミの働きだよ。ねぇ、自信を持って」
……ははっ、慰められてしまった。それだけ、今の俺には余裕がないように見えるってことだ。
コヨミには先輩らしいところを見せられてしまったな。でも、おかげで弱気になっていた自分から目を覚ますことができた。先輩に感謝だ。
まずはパトリオット・シンジケートの良いようにさせるのは断固として拒否しなくてはならない。
これまで逆嶋や八百万カンパニーに対して画策していた悪だくみはどれも非道なものばかりだった。このまま関東をパトリオット・シンジケートに征服されてしまえば、その非道な手段がまかり通る世界になってしまうことだろう。
そんな世界には絶対にさせたくない。
決意は十分。あとは後悔しないための選択を始めよう。
まずはカザキ同様に仲間集めから。甲刃連合の内部はカザキの方が良く知っているだろう。それなら、俺は俺にしかできない仲間集めをするだけだ。
そう決意を固めていた時だった。
突然、青白く光る電子巻物が目の前に展開される。その現象は俺以外にもエイプリルやコヨミ、タカノメ、それからコヨミが呼んだプレイヤーの忍者たちの前に出現していた。
『ワールドクエストシーケンスが次の段階へ移行します』
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前回の話で説明不足だった部分。
コヨミの結界『祓魔術・浄界』により、リベッタはアジトへと逃走するための『接合術・二点間印結合』を妨害されてしまいました。しかし、その直前にエイプリルが転移を使っている描写があります。
その点に関しては、コヨミの結界の仕様が「外界との繋がりを断つ」ものであり、内部での転移を妨害するものではないからです。第三十二話に出てきた『戦陣術・決闘結界』と同じ仕様ですね。
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